第37話 死霊術師ブラックモア3
その頃、パンイチの俺はダンジョンの入り口から数百メートル離れた場所、大きな岩の後ろで三角座りをしていた。
戦闘に巻き込まれては堪らない。出来るだけ遠くまで避難しようとした俺だったが、力尽きてここにとどまっている次第だ。
「あ〜イテテテ……」
全身に痣やら擦り傷を負っている。それに加えて足が激痛だった。なぜなら、俺の履いてる靴はメイド用の革靴。
「これが、靴擦れってやつか……」
そう。革靴で森の中を走ったせいで靴擦れを起こしていたのだ。だからと言って、靴を脱ぎ捨てて木の根や枯れ草で生い茂る森の中を裸足で歩くわけにもいかない。痛みを堪えて気合いだけで足を前に前にと動かしてきたが、さすがに限界に達した所だった。
「うわっ……」
靴をとってみると踵の部分にできたまめが潰れた状態。なかなかに痛々しい。社会人ならいざ知らず、高校生である俺には今までの人生で革靴など履く機会などなかった。
俺が普段から履いているのはスニーカー。サイズさえ合っていれば靴擦れが起こる事など滅多にない。よって、これが靴擦れ初体験。
異世界で靴擦れの恐ろしさを体感してしまった俺だった。
「くそっ、何で俺がこんな目に……」
余りの自分の惨めさにぼそりと泣き言を一つ。本来だったら自分の部屋でエロゲでもプレイしてシコってダラダラ過ごしていたはずなのに、何故自分ばかりこんな痛い目や辛い目に遭わなければならないのか。
未だに現実を受け入れられない。
「はあ~~」
ドデカい溜息を一つ。
「あいつ、今頃なにやってんのかな~」
脳裏に浮かんだのはこの世界に来る直前に電話で話した親友の顔。近頃はアイツに彼女が出来たせいで疎遠になっていたが、中学校の時はずっと一緒につるんでバカやってきた。その時の思い出が走馬灯のように駆け抜けていく。
最後のアイツとの電話。俺が一方的にアイツのウザ絡みに痺れを切らして通話を切った。最後に喧嘩別れのような形になったことを少し後悔。
「……今頃、俺のことなんて忘れて、彼女といちゃついてるのかな」
くそう。前言撤回。やっぱりムカついてきた。リア充死すべし。
「姉御、大丈夫かな……」
次に浮かんできたのはルーナ――ではなく姉御ことアンジェリカの顔。偶然の巡り合わせで出会ったストラマ―辺境伯の妾の女性だ。誰一人として寄り添ってくれなかった俺にこの世界で唯一優しい言葉をかけてくれた。泣きじゃくる背中をさすってくれた。他の奴らはどうでもいいが、彼女だけは幸せになって欲しいと切に願っている。
傷だらけの体から目をそらすために空を見上げてみる。遙か頭上ではルーナとブラックモアの戦いが続いていた。
「本当、すごいよな……」
ズドンズドンと爆発音が絶え間なく響く。まるで特撮映画のような光景にもはや阿呆みたいな感想しか出てこない。
「決着はもうすぐか」
――俺はルーナの勝ちを確信していた。
確かに原作通りなら、勝てなかっただろう。原作ではルーナは主人公や仲間と共にブラックモアに挑み勝利する。彼女一人で勝てる相手じゃない。
だが、あの性悪王女はどういうわけか原作を遥かに超えるバケモノじみた魔力を持っているようだった。なんせ王国の近衛兵が一切歯が立たなかったエルダートレントを高火力の攻撃魔法で瞬殺してしまうほどだ。
ならば、ブラックモアの弱点――コアの位置さえあらかじめ把握していれば倒すのはそう難しいことではない。
俺が封印を解く前にルーナに伝えたのはブラックモアの核の正確な位置だった。
そしてもう一つ。
死霊術師ブラックモアは自身が長年に渡って蓄積してきた膨大な魔力に絶対の自信を持っている。
だが、それが仇になった。
その絶大な魔力量をバックに高火力の魔法をいくらでも打つことができたのだから。魔力効率なんて考える必要がなかった。
ブラックモアは膨大な魔力を誇る魔族だが魔法使いとしては三流以下。
だから、王国最強の魔法使いといわれるルーナに競り負ける。
「あっ………」
ルーナが放った最後の一撃がブラックモアを貫いた。
「勝ったか……」
俺は自分がダンジョンの入り口から離れた場所にいることに気がついた。
「あっ、そっか。急がないと……」
ゆっくり体を起こす。
「あ~また、あそこに戻るのか……」
距離を考えると気が滅入った。自分の身の危険を感じたためにここまで一心不乱に走ってこれたが、危険が去ってしまえば同じ距離を戻らなくてはならない。
「クソッタレが……」
俺はひりひりと全身が痛むのを我慢しながら、ブラックモアが落ちていった地点に小走りで向かった。
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