第50話 再会
「はぁ……」
陛下との話し合いに同席した日の夕方、鬱屈した気持ちを抱えながら町を歩いていた。
『人間共が虫けらみたいにいっぱいいるな。どいつもコイツもまとめて消し飛ばしてやりたいな』
ブラックモアは脳内で物騒な事を呟いているが、確かにジェネシスの街には人が溢れている。大通りには服屋や酒屋、八百屋など多種多様な店が建ち並び活気盛んといった様子。流石首都というべきか。
どうして俺が一人で外出しているのか?実はルーナの指示によりお遣いに出されたのだ。曰く私が密かに発注した魔導具を受け取って来なさい。俺は金貨数枚を持たされて魔導具店を目指していた。
「はぁ……」
また溜息を一つ。
『おい、どうした。浮かない顔して』
「いや……」
『ストラマー卿の処刑が決まった』陛下の言葉が脳内で繰り返されるのだ。確かにストラマー辺境伯は他国と共謀して王女を暗殺しようとしたのだ。妥当な量刑だろう。処刑されるのは仕方が無い。
仕方ないのだが、心残りなのは姉御――アンジェリカさんのことだ。レーナードを発つ前に見せた彼女の鬱々とした表情がどうにも引っかかる。彼女が処刑のことを知ったらどう思うだろうか。
とても考えたくはなかった。
そんなことをぼんやりと考えて街を進んでいくと誰かが争うような声が聞こえてきた。
「あれ……?」
建物と建物の隙間。細い路地で外套を身に纏った人が縋り付くようにして男性にしがみついて喚いている。
『何だ? あの女は?』
どこかで聞き覚えのある声だった。
「何ですか貴方は、しつこいですよ!」
「ピチピチの二十代のパンツだぞ! そうだ、ここで脱いでやろう。だからどうか、どうか銅貨十枚を、いや五枚でもいいので!」
被っていたフードが脱げてその顔が露わになる。まさか、どうして彼女がこんな所に。
『おい、小僧あの女がどうかしたのか?』
「いや……」
俺はあまりの衝撃に何も言えなかった。
「だ、だから、結構ですってさっきから言ってるでしょ……」
「何だ、まさかパンツよりブラジャーが好きなのか? ならセットでどうだ!」
「ひっ……払います、払いますから勘弁して下さい!」
男は手持ちの巾着袋を取り出すと袋ごと女性に投げてその場を逃げるように去って行った。
「ちょっと待ってくれ……お金、お金を落としてるぞ……」
俺とすれ違って行った男性を目で追う彼女。そして――
「「あっ……」」
目が合った。
「お前、まさか山本か……」
俺はこうしてアンジェリカさんとの再会を果たしたのだった。
*
俺は姉御の手を引くと近くの喫茶店に連れて来た。流石に放ってはおけない上に事情も聞きたい所だ。主に自分の下着を売りさばこうとしていた理由などについて。
ウエイトレスのお姉さんにコーヒーを二人分注文して窓際の席を陣取る。
「…………」
姉御は何も言わずに俯くばかり。大柄な体に加えて浮浪者のごとく汚い服装はこのおしゃれな場所には似つかわしくなく、他の客の注目を一身に集めている。一緒にいるのがちょっと恥ずかしい。
このままでは埒があかないと、俺は沈黙を破ることにする。
「あの、まず聞きたいことがいろいろあるんですけど……まず何でパンツなんか売ろうとしてたんですか?」
「まさかっ、見てたのか!?」
今までのしおらしい態度から一変、ガバッと椅子から腰を浮かせて俺に詰め寄ってくる。
『まさかこの女……あれだけの醜態を晒しておいて誤魔化せるとでも思っていたのか……』
ブラックモアが呆然として言う。その点は全く同感だ。
「はあ……実はお金がなくてな……勢いに任せて王都に来たのはいいものの交通費で持ち金をほとんど溶かしてしまったのだ。どうにかお金を工面しなければ飢えてしまう所だったのだ」
なるほど。大体は想定の範囲内だ。その証拠に対面に腰掛けた姉御の顔はよく見ると頬が少しこけていた。ろくに何も食べていないのだろう。
「いや、だからってパンツを売るのはどうかと思いますよ?」
すると姉御は耳たぶを真っ赤に染めてそっぽを向いた。何を乙女みたいな反応してんだ、この人は。
「……いや、何を今更恥ずかしがる事があるんですか……あんな白昼堂々下着を押し売ろうとしといて」
「押し売りとは人聞きが悪いな」
「…………」
姉御は腕を組んで頬を膨らませる。
いや、押し売り以外の何物でもなかっただろ。あの男の人、最終的には逃げ出してたぞ。可哀想に。
「まあ、でもこのお金は流石に使う訳にはいかないな。後で落とし物として届けておこう……」
「いいんですか? お金なかったんじゃないんですか?」
「いや、何かの対価として手に入れたものじゃないんだから受け取れないよ」
意外と倫理観はちゃんとしているんだよな、この人は。
「お前はどうしてここに?」
「いや、ちょっとお遣いを頼まれて……」
「王女殿下の頼みか?」
「ええ、まあ」
「そうか、でもお前まだ女装してるのか? 大変だなお前も」
彼女は俺が女装していることも、何なら異世界から来たことすらも全て知っている。俺が彼女に自分で話した。俺の理解者ともいっていい存在だ。
不思議なことに彼女には全てを受け入れてくれそうな包容力のようなものを感じたのだ。少なくとも初対面の時は……。あんな醜態を見てしまったせいで今はそのイメージは崩れつつあるんですけど。
『なんか哀れまれてないか?』
ブラックモアが姉御の言葉に訝しがる。 いや、でも実際、哀れなんだよな俺……。異世界に召喚されて意味も分からないままルーナの横暴に巻き込まれてさ。確かにルーナは最初にした約束に従って俺を守ってくれている。それは分かっている。でも、そもそもあの女が余計な事をしなかったら俺は危ない目に遭うことすらなかったんだよな……。完全にマッチポンプじゃねえか。
閑話休題。気を取り直して姉御の事について尋ねる。
「それでアンジェリカさんこそどうして王都に?」
「…………」
姉御は俯いて答えない。だが、俺には何となくその予想はついていた。
「――まさか、ストラマー卿を追いかけて?」
「……ああ。最初は他の妾みたいにヘンリー様のことは忘れて実家に帰ったり、商売をしたり、冒険者になったり別の道を歩もうと思った。でも、やっぱり私には出来なくてさ。気づいたら貯金を全部持って王都行きの馬車に乗ってたんだ」
「…………」
「でも、いざ着いてみたらヘンリー様は牢屋に入れられて会えなかった。衛兵に面会を頼み込んでも取り合ってくれなくてさ。ホント、私、情けないよな……」
完全に神経衰弱に陥っている様子だ。でも俺は慰めの言葉を持ち合わせていなくて、むしろ今から伝える事実のナイフは彼女を深く傷つけるだろう。
「あの……他言無用でお願いしますが」
でも、言わなくてはならない。隠し立てすることは出来ない。俺は、俺のことを信じて話を聞いてくれた姉御に対して誠実でありたいから。
「……なんだ?」
運ばれて来たコーヒーカップに口をつけている彼女。俺は重い口を開いた。
「――明日、ストラマー辺境伯は処刑されます」
姉御は体を硬直させた。
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