第51話 デジャヴ

「アンタね……いい加減にしなさいよ……」

 

 姉御と街で別れると俺はルーナを再び地下牢に呼び出して土下座をしていた。こうも何度もしていると俺の土下座の価値が下がってしまいそうだがこの際やむを得ない。


 ――俺は辺境伯を助けることに決めた。やはり、あのまま姉御を放っておくことは出来なかったのだ。


 辺境伯を助けようと思ったのはいいが、それには彼女の力を借りないわけにはいかない。必要なのは第一に権力、第二にも権力、そして第三にも権力である。


「いちいち呼び出すんじゃないわよ。それに、また土下座? 完全にデジャヴね……それで今度は何なの?」

「辺境伯の死刑が決まっただろ。アレ何とかならないか?」


 そう言うとルーナは顔を真っ赤にしてプルプルと震え出した。あれれ〜おかしいぞ〜?


「はああああっ? 何を言い出すのかと思ったら、ストラマー卿の死刑を取り止めろっていうの? 駄目に決まってるでしょ! あの男は王女である私の命を狙ったのよ? 死刑ですら生温いわ」


 声を荒げて言うルーナ様。どうやらお怒りのご様子だ。


「別に私自身の私怨って訳じゃないわよ。国家を転覆させるような裏切り者には最も重大な処罰を下す。これはどこの国でも同じ事よ」

「…………」

「もしかしてアンタ、私が一度は頼みを聞いたからって何度でも言うことを聞くなんて思い上がってるんですじゃないでしょうね! アレはあんたが王国の危機だって言うから仕方なく乗ってあげただけなの! そこの所分かってる?」


 ギクリ。正直、土下座したら頼みを聞いてくれるだろと楽観的に考えていた節があることは認めよう。


「はあ……っていうか、アンタ……頼んでた魔導具はどうしたのよ……」

「え〜と、それは〜」

 

 俺は視線を脇に逸らすことしか出来ない。困ったな……。実は、持たされたお金はすべて姉御に渡して置いたのだ。一文無しの俺は魔導具屋に行くことも出来ずにそのまま王城に返って来た。


「はぁ~」

 

 クソデカ溜息。


『何回溜息つくんだ、この小娘は。老けるぞ』


 ブラックモアが失礼極まりない発言をしている。多分聞こえてたらタダでは済まないだろうな。


「話してみなさいよ」

「え?」


 何だって?


「だ〜か〜ら〜話してみなさいってば!」

「……どういう風の吹き回しだ?」

「どうせ何か理由があるんでしょ? ろくでもないことだったら許さないんだからね!」


 ルーナは腰に手を当ててふんぞり返って言うのだった。



「……そう」


 俺は洗いざらいを話した。姉御との出会い。彼女が愛する辺境伯を追って遥々王都にまでやって来たはいいが、会うことも出来ずに途方に暮れている事。何とか辺境伯を死刑から救い出し、一緒にひっそりと辺境の地で暮らさせてやれないかという事。


「やっぱり無理ね」


 黙って俺の話を聞いていた彼女から発せられたのは否定の言葉。


「え?」


 嘘でしょ? 完全に話を聞いてくれる雰囲気だったのに、どうして。


「――だって、それって全部アンタの私情でしょ?」 

「…………」

「アンタの言っている事はただの押しつけよ。そのアンジェリカって娘を助けたいという自分の私情を無関係の私に押し付けようとしている。それで私がホイホイ言うことを聞くと思った?」


 私情。確かにそうだ。俺にとっては助けてやりたい人でもルーナにとっては他人。ルーナが姉御を助けてやる理由はない。


「この前の帝国に向かってほしいっていう頼み事は違う。あれは王国の存亡に関わる問題だった。何ならアンタには、よく話してくれたと感謝すらしてるわ。でも、今回の件は違うでしょ。アンタの個人的な希望。私の王女という立場を使って協力することは出来ないのよ」


 要は俺はルーナの公的な立場を利用することの重さを軽視していたのだ。

 反論は出来なかった。何かを言い出そうにも言葉にする前に萎んでしまう。ルーナの言うことは余りにも正論だった。だからこそ悔しくて堪らない。


「話はそれだけ? じゃあね」


 ルーナは俺を残して地下牢を去っていった。取り残された俺は暗がりの中、一人うなだれていた。



 その夜。


 俺は寝付けないまま、ベッドの上でただ天井の一点を見つめていた。最近はメイドの業務で朝から晩まであくせく働いているせいか夜はグッスリだったので、こんなにも眠れない夜は久しぶりだ。


『おい』

「うえっ!」


 マジでビビった……。心臓飛び出るかと思ったわ。呼びかけて来たのはブラックモアだった。自分の頭の中で声が聞こえるという状況には未だに慣れない。ルーナにはこいつがまだ俺の中にいることその内、ボロが出ないといいのだが。


『お前、このまま何もしないでいいのか?』

「うるせえな……分かってるよ……」


 俺は寝返りを打つとそこには無機質な壁。


 夜が明ければストラマー辺境伯は処刑される。脳裏には何度の姉御の打ちひしがれた表情が浮かんでは消えていく。

 このまままでいいのかという焦燥感とルーナに断られた以上俺にはどうしようもないという諦観が押しては返す波のようにせめぎ合う。


 壁にそっと手を触れてみるが、壁が何か答えを与えてくれるはずもない。


『あの女を助けたいのではなかったのか?』

「…………」


 そんなことは分かってる。分かっているがどうしようもないのだ。


『……正直、儂はお前はもっと無謀で猪突猛進な馬鹿だと思っていたのじゃがな』

「……どういうことだ?」


 突然ロリ魔族が意味深なことを言い出すした。意図が掴めなかった俺は聞き返す。


『お前はあのバトラーという魔族が小娘を追い詰めた時に間に立ち塞がったじゃろ?』 

「お前……アレを見てたのか?」


 あの時はブラックモアが俺の体を乗っ取る前だったはずだ。


『ああ。儂は力のほとんどを失い指輪の中に封印されていたがお前達の会話くらいは聞き取ることが出来た』

「…………」

『馬鹿だと思った。ろくに魔法も使えないただの人間。無論、お前の魔力を持たないという特殊な性質や儂の封印された指輪の存在を計算に入れてはいたとは思うが、それでも確信するほどじゃなかったじゃろ?』


 俺はコクリとうなづいた。


『大抵の人間にとって死は何よりも勝る恐怖の対象。お前はそれを振り切って動き、結果として小娘を助けることができた。勿論、小娘も助けられずお前も死ぬ可能性の方が圧倒的に高かったが、それでもお前が動かなければ小娘が助かる可能性はゼロだったのだ』

「辞めてくれよ……恥ずかしい」


 もしかしてコイツ、俺のことを褒めてるのか? 何か、照れくさいな……。


『何を照れておるんじゃ! 別に褒めたわけではないわ!』


 そんなことを考えているとブラックモアが声を張って突っ込んできた。

 うるせえ……。こいつ、ガキの声だから叫ぶと耳がキンキンするんだよな。


『ただ、だからこそ儂は不思議でならないのじゃよ。魔族を相手に一歩踏み出して見せたお前が今回の件でグダグダと悩んでいる理由がわからん。――相手は所詮人間じゃろ?』


 そっか。


 ブラックモアの言葉が俺の中でストンと腑に落ちた。今回の相手は所詮人間。魔族と比べたら大したことはない。俺ならきっと出来る……はずだ。


 俺は布団を頭まで被ると目をギュッと瞑った。心の中で数字を数える。一つ、二つ、三つ、よし!


 勢いよく布団から抜け出す。


 思えばルーナの意向に反した行動を取るのは二度目になるのか。


「よし! 行くか!」

『フンッ、そう来なくっちゃな』


 俺はバシッと頰を叩くと部屋をそっと抜け出した。



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