第52話 脱出

 自室を抜け出した俺は足音をなるべく立てないようにしながらも廊下を早歩きで進む。 


 俺の為すべきミッションは辺境伯が処刑されてしまう前に救出して姉御と引き合わせてやること。

 

 だが、その計画は早くも行き詰まろうとしている。


 まず、この王城をどうやって抜け出せばいいか分からないのだ。


 廊下の大窓から外が見える。王城全体が高い壁で囲まれており、城壁の上の物見台のような場所には複数人の衛兵がいるのが見て取れた。

 極めて厳重な警備だ。帝国との関係が激化していることが影響しているのだろうか。とにかく、この警備を掻い潜って王城を脱出しなければならない。


 一体、どうすれば。


 記憶を辿る。


 「もしかして……」


 俺は一つの可能性に行き着いた。


 向かったのはお馴染みの地下牢だった。

 ただ、地下牢に向かう扉が施錠されていれば俺の思惑は無に帰す訳だが……。ドキドキしながら鉄の扉に手を掛けて引く。すると、幸いにも軋むような音を立てて扉が開いてくれた。


 やった。鍵は掛かってなかったようだな。


 夕方にルーナと地下牢で話した後、彼女は俺を残して先に帰った。俺は暫くの後に地下牢を出たが、その時当然鍵は掛かっててなかった。そうでなかったら俺はそのままま地下牢に閉じ込められたままだっただろう。

 そして、それならば地下牢の鍵は今も掛かっていない可能性が高いと俺は踏んでいた。もちろん、後からルーナが施錠に来た可能性も十分にあった。だが、それは杞憂だったようだ。


 そして、俺は自室から持って出たランプに火を付けると、地下牢の通路を奥へ奥へと進んでいく。


『おい、こんな所に来てどうするつもりじゃ……』


 辿り着いたのは俺が最初に捕まっていた牢屋。首を締められるわ、碌な生活環境じゃないわで、本当に大変だった。

 そんなことを考えつつズンズンと奥へ進んでいくと、俺は遂に目当ての場所に行き着いた。


 「あった……」


 俺の閉じ込められていたのとは反対側の牢屋の角の所。ここだけブロックがなく穴になっている。人一人通れるかというほどの小さな穴で、深さもどこに続いているのかも分からない。


 ここに閉じ込められていた一週間。

 向かいの牢屋のこの穴がずっと気になっていた。もしかしたら、かつてここに囚われた人が作った抜け穴なのではないか。そんな考えに至るのにそう時間はかからなかった。

 あの穴が向かいではなく俺のいる牢屋にあれば、このクソみたいな監禁生活とおさらば出来たかもしれないのにと何度も歯噛みしたものだ。

 外への抜け道があっても柵の向こう側なら役に立たないじゃねえか。これではニンジンを目の前にぶら下げられて永遠にお預けされている馬ではないかと。


 ――そう思っていた事ありました。


 だが、こんな所で役に立つとはな……。いつ、何が役に立つか分からないもんだな。


『まさか……これを通る気か?』


 ブラックモアが戸惑うように問うてくる。


『外に通じてるとも分からないのにか?』

「ああ」


 そうだ。外に通じている保証も、仮に外に通じていてもそれが王城の外である保証も何処にもない。一か八か。でも、正面突破するよりは何倍もマシなはずだ。

 

『クククッ、お前、やっぱり馬鹿じゃろ?』

「うるせえよ」


 軽口を叩き合うと、俺は穴に体を潜り込ませていった。



「ようやく外に出たか……」


 体を捻らせて何とか前に進むべくもがくこと暫く、ようやく外に出ることができた。服はすっかり泥だらけになってしまったが、まあ仕方がない。


「ここは……」


 俺の声が残響していることに気づく。


 ランプを持ち上げて辺り全体を見渡す。俺がいるのは石造りのトンネルのような空間。真ん中には水路があり水が流れている。振り返ると壁が崩れており土が露出、その真ん中辺りにぽっかりと穴が空いている。どうやらここを通って来たようだ。


『どうやらここは水路のようじゃな。恐らくは城で使う生活用水をここから引いているのじゃろう』


 なるほどな。


「なら、これを辿っていけば……」

『外に出れる』


 俺は水が流れてくる方向に向かって歩みを進め出した。


 歩くこと体感で数分。風を感じた。きっと外だ。


 やっと外に出れたのかと期待に胸が躍る。急ぎ足で前へ前へと進むと見えたのは川だった。予想通り川から王城に水を引いていたようだ。


 緩やかに流れゆく川の水面が月明かりを受けてキラキラと反射している。対岸には小舟が泊まっておりその横には大きな橋が架かっているのが見えた。今日、買い物に出た時に渡った橋だ。


 ラッキーだな。


 俺は今日初めておつかいで外に出たために王都の地理をほとんど知らない。だからこそ、今日通った道や見た物といった僅かな情報を目印にして辺境伯のいる牢屋にまで辿り着かなくてはならない。

 

 だがら、ここで見覚えのある橋に辿り着けたのはかなりデカいのだ。


 この調子なら何とか牢屋までは辿り着けそうだな。

 


 そして、俺はそのまま記憶を頼りに街を進み、昼に姉御がパンツを押し売りしていた路地までやって来ていた。

 その路地を抜けた反対側。建物の影に隠れて表を覗くと、繁華街に突如現れた大きな建物とその門の前には仰々しい鎧を身に纏った衛兵が二人。


 ビンゴだな。


 きっとアレが辺境伯の囚われている場所。元の世界で言うところの留置所のような所なのだろう。


 行ったことがない場所なのにどうして場所が特定出来たのか。


 そう難しい話ではない。


 そのボロボロの様子を察するに泊まる所もなかったはずだ。それに加えて、彼女の辺境伯への深い愛情を鑑みれば、彼女は辺境伯の囚われている場所の近くで寝泊まりしていたのではないかと俺は踏んでいた。

 ならば、俺の行くべき場所は姉御と出会った場所のすぐ近くのはず。そう予想したのだ。


 日が沈み、街の様子が俺が見た時とは少しばかり様子を変えていた為に、ちゃんと辿り着けるか不安だったが何とかなったようだな。


 一時は王城を抜け出すことすら出来ないのではないかと思っていたので、場所を特定出来たことに少しホッとする。


 だが、本題はこれからだ。これから、中に捕まっている辺境伯を救出しなければならないのだ。


 俺がそうやって気を引き締めていると――


「山本……?」


 後ろから声をかけられた。


 思わず悲鳴を上げそうになるが、何とかこらえる。騒がしくすれば衛兵に見つかってしまう。


「アンジェリカさん……」


 振り返るとそこにあったのは――俺を怪訝な顔で見つめる姉御の姿だった。




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