第53話 強襲1

「姉御!」


 彼女が路地裏から飛び出そうとするのを止めるべく、彼女の上着の袖を引いて路地裏に引っ込ませる。


「ちょっとちょっと! 何やってるんすか! バレちゃいますよ」


 姉御は俺がいることが信じられないというように目を見開き口を金魚のごとくパクパクとさせている。言っちゃ悪いがかなり間抜けだ。


「ん、あ? お前こそこんな時間に何やってるんだよ!?」

「……いや、俺は……」


 今からストラマー卿を救出しようとしている事を彼女に伝えるべきだろうか。つい、答えを濁してしまう。


「……というか今は女装していなんだな」


 すると、姉御が俺の姿を上から下まで舐めるように見て言う。


「ええ、まあ……」


 そういえばそうだった。


 急いで出てきたということもあり、化粧もウイッグもしていない。ただし、服はメイド服だけど。

 結果としてゴリゴリの男にメイド服を着せただけの感じになっている。違和感も甚だしい。


「アンジェリカさん、まさかあの衛兵の所に正面切って突っ込むつもりじゃなかったですよね……?」

「いや、だって……」


 まあ、そうか。愛する辺境伯が明日処刑されると知って彼女が黙って見ている訳がない。

 彼女が門番の所に突っ込む前に阻止することが出来たのは運が良かった。それで彼女まで捕まってしまったら、事態が余計複雜になる所だった。


「だって……ヘンリー様が殺されちゃうんだろ? 公には何も発表されてないけど王城で働いているお前が言うならまず間違いない。そんなことを言われたら黙って見てる訳にはいかないよ……」

「……処刑は覚悟してなかったんですか? こんなことをはっきり言うのは憚られますけど、隣国との内通に、王女暗殺未遂。ストラマー卿のした事は死刑されるに十分だと思いますよ」

「いや、分かっていたよ……。分かっていたけど、ヘンリー様が殺されてしまうなんて現実、私にはどうしても受け止めきれなかったんだ……」


 涙声で呟く姉御に俺は返す言葉もない。


「それにあまりに突然過ぎるた。明日だなんて……。まだ、喋れてもないのに」

「…………」

「そうだよ。思えば全部が全部、突然だった。ヘンリー様がいきなり近衛騎士たちにいきなり拘束されてさ? そのまま連れて行かれちゃったんだ。急に裏切り者とか帝国と内通とか言われても意味分からないよ……」


 あの日の出来事は彼女にとって残酷だっただろう。愛する男が突然国の裏切り者として連れ去られて会うことすら出来なくなってしまう。その痛みは察するに余りある。普通なら心が折られてしまっても不思議ではないだろう。


「だからさ、私、ちゃんと会って聞きたいんだ。本当に王国を裏切って王女殿下を殺そうとしたのは本当なのか、そしてどうしてそんな事をしたのか」


 それでも彼女は前を向いてここまでやって来た。俺は前を向いて進み続ける姉御の力になりたい。


「だから、だから、今夜会いに行くしかないんだ。ごめんな。だから――」


 放してくれ、そう続けようとした彼女の言葉を遮って言う。


「大丈夫ですよ」

「えっ……」

「――俺も行きますよ。今から一緒にストラマー卿に会いに行きましょう」


 渾身のキメ顔で言って見せる。どうよこれ、今の俺、目茶苦茶カッコよくないか?


「それはお前も牢屋の襲撃に協力するってことか?」

「はい」

「いや……でも、お前を巻き込む訳にはいかないよ。こんなことをして、もし捕まったらどうなるかくらい分かるだろ? これは私が一人でやらなければいけないことだ」


 姉御は俺の申し出を固辞する。まあ、彼女がそう言うのは予想の範囲内だ。でも、俺もここまで来て引き下がる訳にはいかない。


「いえ、俺はこの為にここまでやって来たんです。アンジェリカさんが許さなくても俺はついて行きます」

「山本……お前……」


 彼女は逡巡の後――


「……そうか、じゃあ改めて頼む。私に協力してくれ」


 手を差し出してきた。


「もちろんですよ」


 そして、俺はその手を握り握手を交わしたのだった。



「でもどうするんだ? 無策のままいきなり飛び出そうとした私が言うことじゃないが、どうするつもりだ?」

 

 一つだけ策がある。


――ブラックモアの力を利用するのだ。


「おい起きてるか?」


 俺はさっきから何も言わないブラックモアに呼びかける。


『ムニャムニャ』


 コイツ寝てやがるな。


「おい、起きろ!」

『何じゃ、うるさいな……お前達の退屈な話に飽きて寝てしまってたわ』

「これからお前と入れ替わりたい。出来るか?」

『は? ああ。まさか儂の力を利用してあれを突破するつもりか』


 あれ、とは俺達の障害である厳重な警備のことだろう。


「ああ」

『馬鹿か。儂が体を奪ったらお前の要求など聞くわけがなかろうに』

「…………」


 確かにそうだ。


 成り行きで俺の体に入っているだけでコイツは魔族で敵なのだ。そう都合よく動いてくれる訳がない。


 何とかしてブラックモアの力を利用出来ないものか。


 正直、他人の力を利用としてばっかりでダサい、などと言われてしまうかもしれない。


  ――うるせえな、バーカ!


 普通に突撃してどうにかなるとはとても思えないし、時間も限られている。そして俺自身に何の力もありはしない。

 ならば今持っている武器を何とかして利用するしか方法がないのだ。外野は黙っていろ!


 俺が脳内でそんな被害妄想を垂れ流しているとブラックモアが言い出す。


『……お前に良いことを教えてやろう』

「何だよ」

『――小僧、お前多分魔法使えるぞ』

「えっ?」


 俺が魔法が使える? 全く実感が沸かない。


『試しに、そうだな……エナジードレインでも使ってみろ』

「えっ」

『ほら、あの甲冑の男。あの門番に向かって意識を集中してエナジードレインと唱えろ』

「え、エナジードレイン」


 言われるままに呪文を復唱するが、特に何も起らない。


『いや、違う違う。そうじゃなくてだな……もっと体の中心を魔力が流れるイメージをしてだな……』 

「お、おい、さっきから何を一人でブツブツ言って……」


 姉御が戸惑いの声を上げる。彼女からすれば俺が一人で見えない誰かと会話し出した状況。頭がおかしくなったと思われても仕方ない。だが、今は姉御の印象を気にしている場合ではない。


 そしてその時のことだった――


「エナジードレイン!」


 俺が呪文を唱えると門の前の衛兵二人がパタリと倒れた。


『やったな』

「えっ?」

『エナジードレインは対象の魔力を吸い取る魔法。あの男達は魔力を失って気絶したのじゃ』


――待って……俺、魔法使えるじゃん。


 ここに来て衝撃の事実発覚である。俺は二チャアとほくそ笑んだ。


 

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