第54話 強襲2

「アンジェリカさん、行きましょう」

「え? ああ」


 俺達は倒れた衛兵を横目に門を通って建物の中に急いだ。

 上手いこと建物の影に隠れつつ、エナジードレインを使って衛兵を倒しながら進んでいく。


「おい、今更だけどこれ殺してないよな」


 人がこうもバタバタと倒れていく様子を見ていると不安になってしまう。


『あ? 何をビビってるんじゃ、お前』

「いや、だって人殺しなんて絶対嫌だよ」

『何じゃお前、チキンじゃな……』


 うるせえよ。チキンとか言うな。むしろ平気で人殺せる方が問題あるだろ。まあ、この世界の常識ではそうではないのかもしれないが。


「山本、お前、魔法なんか使えたのか?」


 長い通路を進んでいると、後ろをついてくる姉御が恐る恐るといった様子で俺に問いかけてくる。


「ええ、まあ……使えるというか急に使えるようになったというか……」


 事情が複雑すぎて説明に窮する。


 その時だ――


 通路の脇の扉が開いて一人の衛兵が出てきた。


「な、何だお前ら!」

「エナジードレイン!」


 最早使い慣れてきたエナジードレインを使って難なく衛兵を倒す。


「おい、どうした」

「侵入者だ!」


異変を察知した衛兵数人がゾロゾロと飛び出してくる。


「エナジードレイン!」


 すると衛兵たちは気を失いバタバタと倒れる。マジでエナジードレイン無敵すぎる。魔法ハンパね〜。自分でやった事とはいえちょっと引いてしまう。


「何ていうか……お前、すごいな……」


 姉御もちょっと引いている。まあ、そうだよね。何も出来ないと思ってた男が急にこんなに強くなったら、何ていうか怖いよね。


「なあ、山本。ちょっと中に入って見ないか? ヘンリー様が捕まってる牢屋の場所も分からないし、闇雲に建物の中を探しても仕方がないからな」

「そうですね」


 俺達は衛兵が出て来た部屋に入った。見る限りどうやらここは衛兵達の詰所のようだ。


「……これは」


 テーブルの上には資料が置いてあった。見ればこの施設に収容されている人間の名簿のようだった。


「おい、こっちに牢屋の鍵が沢山置いてあるぞ」


 部屋の別の場所を見ていた姉御が振り返って言う。

名簿をずっと上から下に眺めていくとヘンリー・ストラマーの欄があった。国家転覆及び外患誘致の罪より死刑。処刑は秘密裏に執行。そしてその日付は明日だ。

 物々しい文言に気が引き締まる。


「辺境伯は三十二番に収容されているみたいです」

「え〜と……三十一番、三十二番……これか!」


 姉御が棚から鍵を取る。


「……行きましょうか」

「ああ」


 俺達は部屋を出ると、三十二番の牢屋ヘ向かった。



「アンジェリカさん、多分この先です」

「ああ」


 長い廊下の両側には頑丈そうな鉄の扉がずらりと並んでおり、俺達を威圧している。この中に囚人達が一人ずつ収容されているのだ。扉には番号が振ってあり、そこから察するにこの廊下の先にストラマー卿の牢屋があるはずだ。


「心の準備は大丈夫ですか……?」


 さっきから言葉数の少ない姉御に問いかける。振り返ると後ろからついて来ている彼女の表情はどこか浮かない。

 彼女が辺境伯と離別してからは初めて顔を合わせることになる。いざ対面するとなるとどうしても緊張してしまうのだろう。


「いや……ちょっと待ってくれ」


 彼女は自立ち止まると、自分の頬を両手で挟むようにバシッと叩いた。


「よし! もし、大丈夫! 行こう」


 そして、俺達は遂に辺境伯の捕らわれている三十二番の牢屋にたどり着いた。


「行きますよ……」

「ああ」


 カチャリ。


 手に入れた鍵を使って扉を恐る恐る開ける。


 扉の向こう側には一人の男が暗闇の中で蹲っていた。ボロボロの服を着ており、髭は伸び放題。かつての面影は見る影もないがそれでも垣間見える色気と端正な顔立ちは紛れもない。ストラマー卿だ。


「……誰だ?」


 彼は潤んだ目でこちらを見つめ、掠れた声で問いかける。


「君はアンジェリカ……?」


 見知った顔を見つけたせいか、彼の表情が驚きに染まる。

 

「どうしてここに……」


 辺境伯、いやかつて辺境伯だった男は目の前の光景が信じられないといった様子で瞬きもせずに見つめ続けている。


「ヘンリー様」


 そんな彼の問いかけに答えることなく姉御は呼びかける。


「一つ聞きたいことがあります」

「……何だ?」

「――本当にヘンリー様は帝国を裏切り王女殿下の命を狙うような事をしたんですか?」


 それは彼女が受け止め切れていない残酷な真実。本人の口から話して欲しい。そうしないと彼女は前に進むことが出来ないから。


「…………」

「私は信じたくないのです。自分は本当はやっていない、無実だと言って欲しい」


 姉御は地面に座りこんだままの辺境伯を見下ろす。


「答えて下さい」

「私は……」


 辺境伯は言葉を喉に詰まらせる。


「いや、それは全部本当のことだ。私は帝国と内通し、言われるがまま王女殿下の暗殺計画に協力した」

「どうしてそんなことを……」


 沈黙が場を支配する。


 だが、のんびりもしていられない。時間が経てば異常を聞きつけて増員が来るかもしれない。もし辺境伯や姉御が捕まってしまえば、俺達がしてきたことの意味がなくなってしまう。


「――ストラマー卿、俺達は貴方を助けに来ました」


 このままでは埒が明かないと想った俺は二人の間に割って入った。


「助けに来た? どういうことだ?」


 訝しげに聞く。


「貴方は明日処刑されて死にます」

 

 俺は辺境伯に事実を突きつける。


「ああ……知っているよ。私も今日聞かされた。死刑になるのは捕まった時から覚悟していたはずなのに、見てくれよ。今も震えが止まらないのだ」


 彼のしわがれた手が暗闇の中小刻みに震えていた。


「ですが、アンジェリカさんは貴方との幸せな暮らしを取り戻すことを望んでいます。貴方を死なせたくはないと。我々はその為にここに来ました」

「…………」

「だから、もし貴方がここを出て彼女と共に生きる未来を望むなら――彼女の手を取って下さい」

「……そうなのか? アンジェリカ」


 彼は声を詰まらせがら姉御に問いかける。


「……貴方は本当にどうしようもない人です。こんな罪まで犯して……」

「ど、どうして、ここまで……私なんかのために……」


 今にも泣き出してしまいそうな声だ。


「――私は貴方を愛してしまったから。私は貴方と一緒でしか生きられないのです。ヘンリー様」 

「ああっ……うっ……」

「だから、一緒にここを出て平和に暮らしましょう? ね?」

「うっ……うっ……うあああっ……アンジェリカ……アンジェリカ……」


 落ちぶれた男は自分を献身的に愛してくれた女性の胸に抱かれ、情けなく獣のように慟哭する。二人は抱き合うとそのまま数分間泣き止むことは無かった。


 俺は声をかけることも出来ずにその様子を後ろでただ見ていた。


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