第55話 王女降臨

「喜んでいる所悪いですが、そろそろ急ぎましょう」


 抱き合っている二人に俺は呼びかける。


「あ、ああ。済まない」


 二人の空間を邪魔するのは心苦しいがそう時間に猶予があるわけではない。騒ぎになる前にここを抜け出して安全な所に移動しなければならない。


「確認しますがストラマー卿はここを抜け出してアンジェリカさんと一緒に暮らす。そういう選択でいいんですね?」


 最終確認だ。今までの人生を捨て二人でやり直す。その覚悟があるのか、その確認がしたかった。


「ああ。私の犯した罪は重々理解している。でも、許されることならここまでやって来てくれたアンジェリカに報いたい。彼女と共にやり直したい。本当だ」

「ヘンリー様……」


 なんか、二人がまたイチャイチャし出した。主に姉御が辺境伯にベッタリだ。


 もういい、もういい。それはさっき散々見たから……。


 俺にとっては姉御は初対面の時の包容力のある頼れる大人の女性のままでいて欲しかった。姉御のメスの部分を見るのは正直キツいものがある。


 辺境伯の意思も確認したし、迅速にここを出ないとな。


 そう思って、俺が二人を連れて、この場所を脱出しようとした、その時だ。


――通路の方からカツカツとこちらに近づいてくる足音が聞こえた。


「えっ……」

「誰だ?」


 俺達の間に緊張が走る。


「まさか増員が来たのか?」

「だとしたらまずいな……」


 大人数が押し寄せた場合、俺のエナジードレインでは対処できないかもしれない。もし魔法使いなんて来ようものなら俺は太刀打ち出来ないだろう。


「下がっていて下さい」


 足音がからして、幸い人数は多くないだろう。

 この中で戦闘能力があるのは俺しかいない。エナジードレインでさっきみたいに何とか対処するしかない。


「動くな!」


 先手必勝とばかりに俺は影から飛び出す。そして魔法を発動すべく手のひらをその人物に向けた。緊張の一瞬だ。


「……えっ?」


 ローブで身を纏ったその人物は俺の姿を認識したのか立ち止まる。フードを取って、紅い瞳が鋭く射貫いていて――


「ルーナ……?」


 その人物は王城で眠りについているはずのルーナであった。


「アンタ、派手にやってくれたわね」

「ど、どうしてここに?」


 まさか尾行されていたのか? いつから……。最初から計画が破綻していたのではないかという予感が脳裏をよぎり、思わず背筋が凍った。


「どうしてアンタがここまで辿り着けたと思う?」

「え?」


 いまいち発言の意図が読めない。


「なんで地下牢の鍵は開いていたのかしらね? まさか、地下牢の鍵を私がうっかり閉め忘れたとでも思ってた?」


 この言い様……。まさか、地下牢が開いていたことも。地下牢から外に通じる穴があることも。全部分かった上で俺を泳がせていたのか。


「なんでわざわざそんな回りくどいことを……」

「面白いからよ」


 何とでもないように、さらりと言うルーナ。前にも言っていたが、おもしろいからって、何だそれは。上から見下されているみたいでムカつく。俺はお前のモルモットか何かなのか? いや、違うか。そういや奴隷だったな。


「で、何しに来たんだよ。まさか辺境伯を連れ出すのを止めに来たのか?」


 もしそうなら、まずい。万事休すだ。俺が一対一の勝負でルーナに勝てる訳が無い。彼女が対魔族戦で見せた地形を変えるほどの大魔法を思い出して、嫌な汗が額を伝う。エナジードレインで先手を取って倒すということも可能だが、恐らくルーナの魔力量は普通の人間と比べても桁違いだ。衛兵達のように魔力を吸い取ったからといって簡単に気絶することはまずないだろう。

 そもそも戦力差を抜きにしてもルーナとは敵対したくないというのが本音だ。俺は原作通りに主人公にラスボスである魔王を倒して貰うために、ルーナを帝国の魔法学園に行って貰うように頼んだばかり。敵対なんかしたらその計画も無駄に期してしまう。


「いや、むしろ逆ね」


 彼女はそう言うと、固まっている俺の横をすり抜けて、辺境伯と姉御のいる牢屋に入っていこうとする。


 逆? つまり、俺達に協力してくれるってことか? でも、ルーナは最初俺が相談した時に断った。それなのにどうして今更になって協力する気になったんだ? 

 毎度のことだが、彼女の考えていることが全く読めない。


「あ、そうだ。ここの衛兵達がみんな気を失ってたけど、あれ、アンタがやったの?」


 ルーナが思い出したように振り返った。


「…………」


 ギクリ。そうだ、ルーナは俺が魔法を使えることを知らない。なんならブラックモアが俺の中でまだ生きているということも知らないのだ。


「このことは後で詳しく教えて貰うから」


 彼女の目がキッと鋭くなる。俺の体は彼女の視線で壁に打ち付けられたように動かなくなった。

 要するに滅茶苦茶怖かったのだ。 お前魔法が使えるなんて聞いてねえぞ、ゴラァとルーナの目が言外に語っていた。いや、コイツ口悪すぎだろ。

 俺はブラックモアのことも含めて全部話すことになりそうだ。嫌だな……怖いな。


 ちなみに当のブラックモアは俺にエナジードレインを教えてから、俺の中でずっと眠っている。ずっと喋っていなかったのはそのためだ。

 夜起きてられないとか、あのロリ魔族、普通の幼女じゃねえか。ちょっと見た目相応に可愛い所があるのが、本当にムカつく。


「……殿下!? どうしてここに……」


 そんなことを考えていると、俺の背後から辺境伯が驚愕の声を上げた。そうだよね。そりゃその反応にもなるよね。俺もビックリしたもん。

 そんな辺境伯を一瞥だけすると傍若無人な王女様は告げる。


「ストラマー卿、話は後です。とにかく今は私についてきて下さい」


 俺達三人はルーナに従う形でその場を足早に去った。

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