第49話 国王との相談

 めちゃくちゃ緊張する。


「お父様、今日はお時間を取らせてしまって申し訳ありません」

「いや、大丈夫だ」


 ソファーにはルーナが腰掛けてテーブルを挟んだ対面には国王陛下が座っている。その脇にメイド服を身に纏った俺が控えている状況だ。


 何でも帝国行きの件を陛下に相談するのに俺も同席してくれということらしい。


 国王陛下に相談することそれ自体はいい。俺からお願いした事だ。むしろありがたいという気持ちの方が強い。

 だが、どうして俺まで同席しなければならないのだろうか。しかしながら俺は頼みを聞いて貰った側。文句を言うことは憚られた。


「ああ、ありがとう」


 俺はお茶を入れると二人の前に差し出した。メイドとしての業務も様になってきたのではないかと思う今日この頃だ。片手でお盆を運ぶのも楽勝だ。


「ソフィアといったな」


 国王陛下に直接呼びかけられては肩をビクつかせざるを得ない。


「少しは話せるようになったか……?」

「…………」


 例によって俺は何も話すことが出来ない。王城では俺は言葉を失った薄幸の少女ソフィアとして名が通っているのだ。チラリとルーナの方を見て答えを委ねる。


「まだ首輪の効果が現れていないのです。でも呻き声くらいは出せるようになったのです。声を出せるようになるのもそう時間はかからないでしょう」

「そ、そうなのか」

「ほら、ソフィア」


 また無茶振りだよ。最早怒りを通り越して諦観の念。


「うっ……ううっ……」


 女装がバレないようにできる限りの裏声で唸ってみせる。一体俺は何をやらされているのだろう。我に返って見れば本当に滑稽な状況だ。

 やっている内に恥ずかしくなってきた。思わず陛下とルーナの様子をウォッチする。

 前者はハンカチで目を覆っている。まさか泣いているのか? 嘘だろ……。俺の呻き声のどこに泣く要素があったというのだろうか。陛下の情緒を疑ってしまう。


「おお……本当に声が戻っている。本当に良かった……」


 ああ、陛下ごめんなさい。これ全部茶番です。


 陛下を騙しているという罪悪感とバレたらタダでは済まないのではないかという不安に苛まれてしまう。というかこんなにも信じ込んでいると逆に怖い。


 そして後者は口を手で押さえたまま肩を震わせて……。おい。コイツ笑ってるじゃねえか。本当にいい根性だ。


 しばらくして落ち着いた陛下は俺の差し出したティーカップに手を伸した。


 一口。


「美味いな」


 なんと俺のお茶を褒めてくれた。達成感と感慨深さがひしひしと押し寄せて来る。ルーナやシアンさんにダメ出しを喰らっては改善する日々が報われた気分。


「それで、ルーナ、要件はなんだ?」


 問われた彼女はというとまだ口を押さえてうつむき肩を震わせていた。いつまで笑ってるんだコイツは。

 だが、間もなく咳払いを一つすると陛下に向き直って話し出した。


「お父様、お願いがあります」

「何だ?」

「単刀直入に言うと帝国魔法学園に入学したいのです」


 言った。ゴクリ。国王陛下がどんな反応をするのか俺も固唾を飲んで見守る。


「えっ?」


 国王陛下はあんぐりと口を開いて呆然としている。国王にあるまじきだらしのない表情だ。


「取りあえず、り、理由を聞いてもいいか?」


 陛下、完全に焦っているご様子。まあ無理もない。シアンさんが言っていたが今回の事件を経て帝国と王国の関係は最悪の状態。こんな状況で娘に帝国に留学したいと言われるなど陛下にとっては寝耳に水の出来事だろう。


「私が帝国に狙われているのは周知の事実です。実際に帝国はストラマー卿を唆して暗殺を企んでいました」

「ああ。そのことは既に確認済みだ。取り調べでストラマー卿、それから一緒に捕らえた帝国の騎士数名も同様の供述をしている。まさか……ヘンリーが帝国と内通して、よもやルーナに手をかけようとするとは思わなかった」

「…………」

「危険な目に遭わせて申し訳なかった。これは私の責任だ」


 深々と頭を下げる陛下。 


「いえ、別に……私は無事でしたから」


 素っ気なく返すルーナ。陛下の娘を思う気持ちに対してルーナの陛下への態度は冷たいものに感じられる。最初に陛下を見たときにも思ったがやはりこの二人には何かあるのだろうか。


「それより問題なのはストラマー卿のみではなく他にも王国内に内通者がいる可能性があることです」

「ああ……そうだな。確かにその可能性は否定できない」

「まだ分かりませんが」

「――内部から帝国を探るべきだと思うのです」


 どこまで本気なのだろうか。俺には彼女の腹の底が読めない。それでもその真に迫った表情は人を動かす確かな力があった。


「それで帝国魔法学園に留学するなどと言い出したのか」

「…………」

「ああ、認めよう。ルーナの言うことは確かに一理ある。一理あるのだがそれは果たしてルーナがやるべき事なのだろうか。私としては娘を危険な目に遭わせることは絶対にしたくない。そうだな、例えば隠密を派遣して内情を探らせるとか――」


 ルーナは陛下の言葉を遮る。


「確かにお父様の言い分は最もです。それが普通のやり方でしょう」

「ならば――」

「でも、それでは遅いのです!」


 ルーナは声を荒げる。


「帝国が私を狙った。そんな事をすれば両国の緊張状態が限界まで高まるのは明白なのにです。近いうちに本当に帝国は王国を滅ぼすつもりだという証拠です。仮に全面戦争になったとして勝てるのですか?」

「…………」

「今から隠密を送るなんて一つの情報を入手するのにどれだけ時間がかかるのでしょうか。きっとその間に王国は滅んでしまうでしょう。でも、私の方から帝国に赴けばある種の抑止力になります。自分で言うのも何ですが私は王国では随一の魔法使い。帝国は自国に爆弾を抱えるような状況になります。相手を攪乱するという意味でも帝国に潜り込むことに意義があると考えます」


 陛下は答えない。


「悠長なことを言っている時間はありません」

「…………」

「お父様には私の父ではなく国王として国を守るための最善の決断をして頂きたいのです」


 額に皺を作り考え込んでいる陛下は葛藤しているはずだ。娘を心配する親心と国を守ろうと動く王女の背中を王として押したい気持ち。


 そして――


「……分かった。そのように帝国に打診しておこう。だが、帝国がこれを受け入れるとは限らんぞ」


 要求を飲んだ。苦渋の決断だったはずだ。


「ありがとうございます」

 

 ルーナは深々とお辞儀をする。


「では、私はこれで――」


 陛下は席を立ち部屋から出ていこうとするが、その去り際に立ち止まって口を開いた。


「ああ、そうだ。あとこれも伝えておこうと思ったのだが、ストラマー卿の処刑が決まった――執行は明日だ」

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