第48話 土下座2


「今生の頼みです! 何とかして帝国魔法学園に入学してくれませんか!」

「……は?」


 そういう訳で俺は土下座を決行するに至る。流石に自分のせいで世界が滅んでしまう罪悪感には耐えられなかったのだ。色々と策を考えたが、最終的には正直に話して土下座で誠意を見せるのが最善という結論に至った。

 ちなみに、この話は内密にした方がいいだろうと地下牢に場所を移しての敢行だ。


『おい! この小娘に土下座など正気か!?』


 何か俺の頭の中でギャンギャン騒いでいる幼女もいるがコイツは放っておこう。


「何よ、突然に……」

「とうとうこの男、頭がおかしくなってしまったのではないでしょうか」


 狼狽するルーナといよいよ遠慮がなくなってきたシアンさん。

 まあ、突然土下座をしてこんな事を言われたら戸惑うのも当然だろう。俺は冷たい地べたに正座をしたまま頭だけを上げて説明をする。


「隣の国のダムド帝国には魔法学園があるだろ?」

「……あるけど、それが何?」

「帝国魔法学園。世界一の大国だけあって帝国だけではなく世界中から優秀な魔法使い、それだけではなく剣士や研究者も集まっている場所ですね」


 ルーナは訝しがった表情でいると、シアンさんが帝国魔法学園について捕捉を入れた。


「そうね。私も昔行ったことがあるけど壮観だったわ。敷地もとんでもなく広くてね……まさに帝国の繁栄の象徴とも言える場所だった。悔しいけど今の王国の魔法技術は帝国には遠く及ばないわね」


 ルーナが唇を少し噛みしめて言う。


「そう! そこに行ってほしいんだよ」

「だから、どうしてよ………」


 来たな。この質問。彼女が帝国に行かなければならないその理由。


 俺は真っ直ぐとルーナを見つめる。


「……っ、な、何?」


 狼狽えたように視線を左右させている彼女に言い放つ。


「――お前が行ってくれないと世界が滅ぶんだ。王国だけじゃない、世界中の人命が危機にさらされるんだ」


 俺なりに精一杯のキメ顔を作って言ってみせる。どうよ。これ。


 まあ、実際問題これは紛れもない事実であり本心を伝えているに過ぎないのだが。


「……世界が滅ぶ? この男何を言い出すかと思ったら唐突に何を……」


 シアンさんは呆れたように呟いている。


 ――だがルーナは違った。


「……それは本当なの?」

「ああ」

「嘘じゃないのね?」

「ああ」

「…………」


 沈黙。


「まさか、この男の妄言を信じるつもりですか?」

「……コイツは何度も事実を言い当ててる。シアンにも前に全部話したけどアンデッドの巣もブラックモアの弱点も全て言う通りだった。コイツの言っていることが伊達や酔狂だとは正直思えないの」

「そ、うですか……」

「王国の民が危険にさらされるような可能性が少しでもあるのなら、その芽は摘んでおかなければならないと思うの」


 一連の瘴気絡みの騒動によって俺の言葉の信憑性がルーナの中で上がっていたらしい。


「……じゃあ」


 よし。これでひとまず良かった。ホッと一安心だ。ルーナを主人公パーティーに引き合わせて魔王を倒してもらうという目的に向かって一歩前進といった所か。


「でも、帝国魔法学園にルーナ様が入学するというのは流石に無理ですよね」


 そんなことを考えていると、シアンさんが口を挟んで来た。


 え、何だって? 無理? 嘘でしょ……完全に俺の意見が通る流れだったじゃんか。


 続けてルーナが捕捉する。


「……そうね。シアンの言うとおり難しいと思うわ。帝国とはいつ戦争になってもおかしくない緊張状態がもう十数年続いている。その上で帝国は私を暗殺しようと裏で動いていたのが明るみになったの。もう戦争勃発寸前。流石のお父様も国境に追加で兵士を送り込まざるを得ないほどなのよ? この状況で帝国の王立学園に行くなんて……」


 その話はメイドとしての業務の傍ら少しだけ小耳挟んでいた。何でも国王陛下の命令によってお取り潰しになったストラマー辺境伯領に何千人規模の軍勢が国境警備と称して送り込まれたという。それだけ両国の緊張状態が高まっているということだ。


 だが、そんな真っ向から理詰めで否定されてしまうと俺の立つ瀬がない。


 だからといってここで諦める訳にはいかない。だって自分のせいで世界が滅ぶなんて俺の弱々メンタルで耐えられるはずがない。


「バトラーは帝国の貴族になりすまして帝国の騎士を動かしてた。帝国は既に魔族に支配されている証拠だ。その帝国がいつ王国に攻勢に出るか分からない。それにお前個人だって魔族に狙われているんだろ? このまま留まっていても解決にならないし王国の人達も巻き添えになるかも知れないぞ?」


 俺は必死にまくし立てる。ここでルーナが動いてくれなければ、後々事態は取り返しの付かないことになりかねないのだから。


「それ、脅してるの?」


 ルーナはギロリと俺を睨む。


「いや、俺は事実を言っているだけで……」


 怖いな。咄嗟にボソボソと言い訳をする。我ながら情けない。


 ルーナはこめかみに指を当てて額に皺を作ると大きな溜息をついた。


「仕方ないわね。はあ……やっと全部解決したと思ったのに……」


 それに関しては全くもって同意だ。俺も完全に安心しきっていた。


「ルーナ様いいのですか?」

「ええ。でも、まずはお父様に相談してみないとね……」


 ルーナはもう一度大きな溜息をつくとそう言うのだった。


「シアン、お父様に時間を作ってもらうように伝えてもらえる?」

「承知しました」


 俺達は地下牢を後にした。


 

 



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