第47話 土下座1

「どうかっ……お願いします!」

「アンタね……」


 俺はルーナに対して土下座をキメていた。額を地面に付けて自分でも百点満点を上げたいくらいの土下座だ。

 そんな俺を見てルーナは呆れ果てたような声を漏らしている。どうしてこんなことになったのかというと、事態は数日前に遡る。


 数日前――


「ああっ……疲れた」


 俺はメイドとしての業務を終えて部屋に帰るとベッドに倒れ込んだ。主人であるルーナが寝るまでは寝れないのだからなかなかにブラックである。給料くらい払って欲しい。


 ブラックモアやバトラーとの戦いを終えて王城でメイドとして働かされていた俺は、一端のメイドとして住み込みで働く使用人達の寮で寝泊まりをすることと相成ったのだ。


 そう。遂に俺は地下牢を脱出したのだ。


 やったぜ。しかも一人部屋だ。こんなに嬉しいことはない。


 思い返されるのは余りに酷すぎる地下牢での監禁生活。食事は干からびたパンとスープだけ。牢屋の隅に肥溜めがあってそこで排泄を済ますしかなかった為、自分のウンコの匂いを常に嗅いでいなければならなかった。寝床すらろくに無くて結局壁にもたれて寝たっけ。QOLが悪い方に限界突破していた。


「……早く服、脱ごう」


 俺はベッドから一度起き上がると来ていたメイド服とパット付きブラジャーを脱ぎ捨ててパンツ一丁になると、すぐに分厚い化粧を水で洗い流した。

 

「ふう……」


 一日の内の相当な時間を女装して過ごし話すのも制限されている。正直なところ息苦しくて堪らない。さらには先輩メイドのシアンさんから仕事のやり方や礼儀作法を厳しく指導されている毎日だ。部活せず家でエロゲ三昧だった俺にはキツい。

 それら諸々から解き放たれた今、もの凄い開放感が押し寄せているのだ。うーん、チョー気持ちいい。たぶんオリンピックで金メダルを獲った北○康介もこんな感覚だったんだろうな……。うん、絶対違うね。分かってたよ?


『全く……なんで儂がメイドなどしなければならないのじゃ……しかもあの憎き小娘の為にせせっとお茶汲みなんか……』

 

 開放感に浸っている俺に脳内で語りかける幼女の声。ブラックモアだ。


「……いや、仕事してるのはお前じゃなくて俺な?」

『あの小娘っ……悠々と足など汲み追って、今にぶっ飛ばしてやるからな!』

「聞いてないし……」


 ずっとこの調子なのだからいい加減うんざりしてくる。


「まあでも、全て片付いて一件落着かな」

『あ? 何をふざけたことを……あの小娘に一泡吹かすまで儂は諦めんぞ……』


 うるせえな、このロリっ娘。


『大体、あの魔族は諦めておらんと思うがな。確か魔王の命令で小娘のことを始末しに来たとか何とか言っておったが……』


 あの魔族とは魔剣使いのバトラーのことだ。俺の身体を奪ったブラックモアはバトラーと対峙したらしい。


「お前さ、もしかして魔王知らないの?」

『魔王なんて知らん。少なくとも儂が封印される前は魔族はお互いに自立した存在だった。互いが本能のままに人間を喰らい強くなっていく。魔族が魔族を従えるようなことはなかったはずだ』

「…………」


 魔王を知らないのか。ブラックモアは長い間封印されていた。その間に魔王という魔族を統率する存在が台頭したのだろうか。ちょうど古代日本で縄文時代から弥生時代に変わってムラからクニが出来て支配者たる王が出現したようにな……。いや、我ながら例えが分かりづら過ぎる。

 

 まあ。とにかく俺の仕事は終わりだ。二度と戦いに巻き込まれることも無く平和な生活を送れることだろう。主人公に任しておけば勝手に魔王を倒してくれる。そして魔王を倒してくれればゲームクリア扱いになって俺ももとの世界に帰れる……かもしれない。今の暮らしは若干窮屈だがメイドの仕事をしながらそれまでは待とうじゃないか。


「……ん?」


 あれ……待てよ。ふと違和感を感じる。


 主人公パーティーには当然ルーナが含まれる。少なくともゲームでは遠距離攻撃かつ高火力の魔法使いであるルーナなしに攻略するのは不可能と言っていい。

 だがルーナがパーティーに加わる切っ掛けはどうだっただろうか。瘴気が蔓延したことで危機に陥った王国は帝国から経済援助を受けることになり、その条件の一つとしてルーナは帝国魔法学園に通うことになる。そこで主人公と出会うことになる。


 ところが今既に瘴気は解決してしまっている。ルーナからは魔力欠乏症に陥っていた人達のうち大半が徐々に快方に向かいつつあると聞いている。幼いながらルーナに訴えていた少女アリシアの母親もようやく意識を取り戻したそうだ。本当に良かった。

 だが、そうなると王国はひとまずは安泰。ルーナが帝国に行く理由もなく、当然主人公パーティーに加わることもない。少なくとも原作通りならルーナがいなければ、まず魔王は倒せないだろう。 


――あれ、ヤバくないか?


 もしかして俺が余計なことをしたせいで世界が滅ぶ……?


 俺、馬鹿じゃん……。RPGの世界に転生する系のラノベ主人公なら最初に考えることだって言うのに。


 血の気が引いていくのが自分でも分かった。


『ど、どうしたお前……なんだか顔色が悪いようだが……』


 ブラックモアが心配そうな声を漏らす。


「どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう」

『こっ……壊れちゃったぞ……』


 そんなこんなで夜は更けていった。


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