第23話 襲撃2
「ひいいいっ!」
リアムは目の前のグロテスクかつショッキングな光景に思わず小さな悲鳴を上げた。訓練や模擬戦では同期の中でも頭一つ抜ける実力の持ち主だが、実戦経験はまだまだ浅い。彼のグロへの耐性はほとんど無かった。
一方で、ペイス隊長は熟練の騎士だ。今は冒険者や自警団にも手に負えない魔物の討伐などが主な任務だが昔は帝国との紛争で戦ってきた経験もある。この程度では動じない。
「……王女殿下、これは一体? 帝国が殿下の暗殺を企てていたということですか? でも、どうしてたくさんの衛兵が守っている宿泊所に侵入できたのか……」
帝国の暗殺者。それに全く驚いた様子も見せない王女殿下。今の状況について全く頭が追いついていない隊長殿だった。
ドタドタと廊下から足音が聞こえる。屋敷の衛兵が騒ぎを聞きつけてやって来たのだろう。
「……ああ、まずいですね」
「こ、今度は何を?」
「二人とも少し離れて下さい。少し片づけをします」
そう呟くと手のひらを黒ローブの亡骸に向けると、ブオンと魔方陣が展開される。ペイスとリアムが慌ててサッとその場を退くのと、ほぼ同時に放たれたのは炎。火炎放射器もかくやという火力だ。炎が収まると、さっきまであったはずの死体も血溜まりも跡形もなくなってしまった。残ったのは床や壁が半分以上、真っ黒に焦げた部屋だけ。宿泊所自体が燃えてなくならなかったのが不思議なほどだ。
「「………」」
これには二人も唖然。
「ど、どうされましたか!」
ちょうどそのタイミングで宿泊所を守る衛兵が部屋に入ってきた。ストラマー伯爵家のお抱えの騎士だ。
「あの、皆さん。お騒がせして申し訳ございません。ちょっと火炎魔法でランプの火をつけようとしたんですが、ちょっと寝ぼけて加減を間違えてしまって」
眉を下げて申し訳なさそうな表情でそう言ってみせる。相変わらず嘘をつくことと演技力には定評のある王女様だ。
「そ、そうですか。お怪我はありませんか?」
「ええ、大丈夫です」
「それなら良ったのですが……」
「あの、本当に申し訳ないのですが、別室はありますか? 事情は私の方から辺境伯に説明申し上げますので」
「わ、分かりました。すぐに用意致します」
宿泊所の衛兵が部屋から去って行く。
「行きましたね」
「あの……殿下、申し訳ないですが、ご説明願いますか?」
ペイスが恐る恐るといった様子で問う。ルーナは辺りを見回して他に人がいないか確認して口を開く。
「今から言う事は同行している他の騎士達にも周知して下さい。ただしそれ以外の方には決して漏らさないで下さいね。多分さっき駆けつけてきた宿泊所の衛兵も含めてストラマー家の人間に怪しまれないようにして下さい」
その後、ペイス達に伝えられたのは完全に寝耳に水のあれやこれ。辺境伯の裏切り。帝国との内通。王女の暗殺への関与。そして先手を打って裏切り者を捕えるというルーナの計画。
にわかには信じられない事実だった。
「失礼ですがそれは確かな情報なのですしょうか?」
「ええ、確証は高いと考えております。内部からの告発です」
「陛下はこのことは?」
「いえ、お父様には報告しておりません。王宮内での動きは十中八九、辺境伯に感づかれるでしょうから。そうなったら相手に先手を取られてしまうでしょう?」
「…………」
衰退したとはいえ未だストラマー辺境伯の王宮内での影響力は無視できない。王国は国王すら無視して物事を進められないほど貴族の発言権が強い。そしてそれが王国が弱小国家たる所以の一つだった。
「だとしても、殿下と我々だけでは余りに危険では……」
「私は――」
決意のこもったような声。
「王国を守りたい。それだけなのです。どうか協力していただけませんか」
「…………」
「既にこうして帝国の暗殺者が私の枕元までやって来ているのです。メイドのシアンには今、ストラマー家内部の協力者に接触するために動いてもらっています。王都に戻ってからでは遅いのです! 戻ってからでは……帝国の手が王宮内部にまで及んでしまいます!」
本来なら主君である国王陛下に伺いも立てずに、王国の貴族に刃を向けるなど出来るはずもない。
だが、行きの道中で魔物に襲われた時、助けてもらった。そして自分達が護衛の役目を果たすことが出来ていないという負い目。そしてそんな王女殿下があろうことが臣下である自分たちに下手に出て頼んでいる。まさか断ることはできない。
この方に自分たちの命運を預けよう。後でどのような処分を受けようとも構わない。二人は互いに目を合わせて決意する。
「勿論でございます」
ペイスとリアムは跪いてそう答えた。
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