第2話 邂逅
「っ……」
俺は酷く冷たい空気の中で目を覚ました。片手を付いて上体を起こす。
まず、目に入ったのは鉄格子。六畳ほどの広さの完全石造りの部屋。
かなり年季が入っており、角の方では石の隙間から水が漏れて水溜りを作っている。
一言で俺のいる場所を表すとしたら――牢屋の中だった。
自分の置かれている状況が全く分からない。
「……何だ、ここ」
――すると、今度はカツカツと靴音のような音が響いてきた。
「!?」
俺を襲ったのは今まで経験したこともないような恐怖だ。
靴音はどんどん大きくなっていく。
意味も分からずこんなところに閉じ込められた。それに加えて、得体の知れない誰かが近づいてくる。
それが恐怖を掻き立てた。身を震わせ、自分の体を守るように抱きすくめる。
「……お目覚めですか?」
檻の向こう側、金髪長髪の少女が立っている。手にもつランプが人形のように整った顔を薄暗く照らしていた。見とれるほどの美少女だ。
彼女の赤い瞳が鋭く俺を射抜いている。
次に目を引いたのがその服装。街中でおよそ見かけることのないドレス姿だ。まるでコスプレイヤー。
――というかちょっと待て、というかこの格好は……。
「えっ……」
小さく戸惑いの声を上げてしまう。
当たり前だ。
目の前の少女の外見がファンワーのヒロイン――ルーナ・バズコックスそのものだったのだから。
しかもルーナは、ついさっきまで画面上で見ていたヒロイン。
嘘だろ……。
「…………」
ルーナ似の少女は何も言わずに鉄格子の外からじっと俺の方を見ている。
――これはまるで異世界転生じゃないか。
ゲームの世界に入り込んでしまうという、ラノベや漫画のお約束展開。
もちろんすぐにそうだと断定するのは軽率だ。
目の前の少女も、こんなところに閉じ込められているのも、一般人参加型のドッキリ番組などではなかろうか。或いはものすごくリアルな夢を見ているのではないのか。俺の脳の冷静な部分はそんなことを訴えかけて止まない。
それとも、もしかすると本当に異世界ラノベよろしく目の前の少女は本物のゲームのキャラクターで、自分はゲームの世界に入り込んでしまったのだろうか。
あらゆる可能性が頭を駆け巡る。
ひとまず心を落ち着けて、さっきから何も反応がない少女に話しかけようとしたその時――
「やっと目が覚められましたのね!」
少女は跳ねるようなキャピキャピした声で話しかけてきた。
「っ!? はっ、ひゃい!」
驚いて声が裏返る。
「今、そちらに行きますねっ!」
少女が鍵を取り出して鉄格子を開け、中に入ってきた。床に座り込む俺の前にしゃがみ込み、グイッと顔を近づける。
「うえっ! な、なな、何ですか!?」
「お話したかったです! ずっと目を覚まさないから心配しましたよ?」
どうやらここで相当な時間、気を失っていたらしい。
「お名前は何というのですか?」
「や、山本ユウマです……」
「まあ、なんて素敵なお名前でしょう! なら、ユウマ様とお呼びして宜しいですか?」
それから、俺は自分の身に起きたことをありのままに説明した。自分の部屋でゲームをしていたら、気づいたらここにいたんだ、云々。
そして、最後にこう尋ねる。
「あの……俺はどうしてここにいるんでしょうか?」
彼女は目を閉じてスーと息を吸い込む。その仕草がなかなかエロティックに感じられて、俺は少し興奮を覚えた。
「えっと、まず自己紹介が遅れましたね。私はバズコックス王国第一王女ルーナ・バズコックスです」
「…………」
やっぱりか。
それに彼女の声が思い返せばエロゲのボイスと全く同じだ。
ここがあのエロゲの世界であるという確信が強まる。
「それと、ユウマ様がこの世界にお呼びした理由なんですが……」
ルーナがチラッとこちらを見たかと思うと突然頭を下げてきた。
「ごめんなさい!」
「えっ……」
「実は、ユウマ様を召喚したのは私なんです」
「…………」
「驚かせてしまいましたよね……ご迷惑だっておかけしましたし」
彼女が申し訳なさそうな悲しそうな顔で俺を見る。
マジかよ。
一方で俺は驚きと同時に、期待感をムクムクと膨らませていた。
この展開、いいぞ……。もしかして、今から俺の異世界チートが始まってしまうのか。悪いな、親友よ。俺は異世界でモテモテハーレム生活を送らせてもらうぜ!
期待を膨らませた俺は意気揚々と答えてみせる。
「えっ、いやいや! 全く、そんなことないですよ」
俺はニヤニヤを隠すので精一杯。
突然、目の前が現れた美少女が自分を慕ってくれるというあまりにも都合の良すぎるシチュエーションに違和感を持たなかったかといえば嘘になる。
いきなり意味の分からない状況に置かれて不安も当然あった。
――だが、それらも圧倒的下心の前には無力であった。
「でも、どうして俺を……?」
『あなたは選ばれし者で、この世界を救って欲しいのです』そんな言葉を期待しつつ尋ねる。
「順を追って説明しますね。ここ数年、我が王国は瘴気による魔力欠乏症のために危機に瀕しています」
――魔力欠乏症
この世界での魔力は生きとし生けるもの全てが持つ生命力のようなものだ。何らかの原因で体内の魔力が枯渇すると、動物も植物も衰弱し、最悪の場合は死に至る。それが魔力欠乏症だ。
「人口の二割が魔力欠乏症に冒され、大勢の患者が教会に押し寄せました。さらに農耕地帯での被害が酷く、国の財政は火の車です」
ルーナは続ける。
「王国中の有力な宮廷魔法使いや僧侶、そしてもちろん私も解決の為に力を尽くしましたが、原因すら分からない」
「…………」
「そんなある日、王宮の書庫で私は本を漁っていました。何とか被害を抑えるためのヒントが得られないかと期待していたのです。そして一冊の書物が目に留まりました」
彼女が一冊の古びた本を取り出して見せてきた。
「長い歴史を誇る我が国は太古の昔、我が国は外敵の侵入によって滅亡の危機に陥ったとされています。そんな時に一人の大魔法使いが立ち上がりました。それがこの本の著者――大魔導ベルベットです」
聞いたことの無い名前だ。
「かの英傑は驚くべきことに召喚魔法によって戦況を覆したとされています。使われた魔方陣――救国の魔方陣についてこの書物には詳しく書いてありました」
彼女がページを開いて見せてくると謎の模様とその周りに見慣れない文字がビッシリと書いてあった。
「実際のところ眉唾だと思っていました。この魔法を今まで他の誰かが使った記述がないのです。でも瘴気を解消する為の方策がこれ以外ありません。私は藁にも縋る思いで召喚魔法を使うことにしました」
「………それで連れてこられたのが俺ってことですか?」
「ええ。そうです」
トンデモ展開だった。
「あの……それで俺にどんな力があるんでしょうか……?」
俺にどんな能力があるのか。魔法か剣術か。期待が膨らむ。
「そうですね……」
少し間を置いて彼女が答える。
「――あなたには王国を救う力があります」
「えっ?」
返って来たのは曖昧な答えだった。何だか雲行きが怪しいような。
「本当……ですか?」
「本当です。自覚はないかも知れませんが私には分かります」
ハッキリと断言してくる彼女。
まあ……いいか。
美少女に言われると不思議とそんな気がしてくる。あれか。多分自覚ないパターンだ。俺なんかやっちゃいました?みたいな。
「私はこの国を守りたいのです。どうか力を貸して下さい。お願いします」
「わ、分かりましたっ! そ、それで具体的に俺は何をしたら……」
「それはですね……」
胸と胸が触れ合うほどの距離まで近づいてくる。そして、ルーナは上目遣いで俺の目を覗き込むように見ると――両手で包むように俺の手を取り握った。
見つめ合うこと数秒。
「っ……!」
俺の心臓はバクバク。期待に鼻の穴を膨らしてしまう。浮かれまくり妄想しまくりだ。
これはいよいよ本当に転生して原作知識やらチートで活躍したりしてこの子とイチャイチャしちゃうやつだ。
悪いな親友。俺は異世界で男の夢を叶えるぜ!
「少し失礼しますねっ」
次の瞬間、なんとルーナが俺の首筋に右手を伸ばしてきた。
「えっ……な、ななな何ですか」
突然のアクションに戸惑うが、まさか振り払うことなど出来ない。
するとルーナの片手から眩いほどの白い光が発せられる。眩しい。思わず目をつむる。
「っ……」
光が収まるのと同時に俺の首から肩にかけてずっしりとした重みがのしかかる。
「……え?」
見ればなんと俺の首に鋼鉄の首輪がつけられていた。
なんじゃこりゃあああっ!?
「こういうことです♡」
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