性悪王女と奴隷の俺~エロゲ世界に転移したけどハードモードの日々でした~

みけねこ

一章

第1話 転移


『いや、それで彼女がさ……』

「……はいはい、よかったな」


 夜十二時を回る頃、俺――山本ユウマは自分の部屋で勉強机に向かいながら親友と携帯電話を片手に通話をしていた。


『……お前、ちゃんと俺の話聞いてる?なんか返事適当だし、カタカタ、キーボード打ってる音が聞こえるし』

「聞いてる訳ねぇだろ? お前の惚気話はもううんざりなんだよ。聞かされる方の身にもなれ」

『……お前、もしかして俺に彼女が出来たからって僻んでるのか?』

「うわっ、うっぜぇ……殺していいか?」


 中学の時は共に冴えない感じのグループに所属していたにも関わらず、親友は俺とは別の高校に進学して高校デビュー。

 その末に彼女が出来たと報告されたのがつい先月のことだ。

 彼女に時間を割いているせいか、俺が遊びに誘っても断られること数回。明らかに付き合いが悪くなった昨今だ。

 その上たまにこうして通話をすると、気づけば惚気話を聞かされている始末。


 なんで、お前だけちゃっかりだけ彼女つくってるんだ。非モテ仲間じゃなかったのかよ。

 俺はそんな不満を募らしていたのだった。


 わざとらしい口調でおどけては見せたが、内心はがっつり親友に嫉妬している。


『くっくっくっ……あ、そうだ、なんなら今度うちの高校の奴らで隣の女子高と合同で合コンやるらしいから来るか?』

「えっ! マジで!……あっ、いやいや、一人も知り合いがいないのに行ったって浮くだけだろ。大体高校生で合コンなんか開くのはそれなりに女慣れした奴らじゃないのか?そんな奴らの中にいたら絶対に埋もれて空気になる自信がある」

『なんで自慢気なんだよ……そんなだから童貞なんだよ』

「うるせぇよ!」


 自分は童貞を卒業したからといって上から目線で話してくるのが心底気に入らない。

 そんな親友への反発から合コンの誘いに否定的な返事を返したものの、実際のところは合コンという響きに少なからず心が揺れていたのはコイツには内緒だ。


 くそう。やっぱり素直に参加すると言えばよかったか……。そうすれば俺だって……。


 今になってグダグダ後悔し出す情けない俺だった。


『……んで、話変わるけどお前パソコンで今何やってるわけ?』

「……エロゲ」


 親友の質問にボソリと答える。


『エロゲ? お前まだやってたのかよ……ホント好きだよな?』


 ああ。そうだ。


 俺はエロゲが大好きだ。愛していると言ってもいいね。


 エロゲとの出会いは中学生の頃に遡る。


 きっかけは些細なことだった。性に目覚めて以降、動画や漫画をオカズにオナニーを嗜んできたが、ある日、たまには違う物をオカズにしたいと思い立った。

 たまには趣向を変えるのも一興だろう。そこで思い至ったのがエロゲだ。


 プレイし始めた最初はその良さが理解できなかった。大半のエロゲではエッチなシーンに到達するためには会話イベントやバトルでキャラクターの好感度上げをする必要がある。

 なんでオナニーのためにこんなに苦労しないといけないんだ。やっぱり動画や漫画の方が手っ取り早くていいじゃないか。

 初プレイの感想はそんなものだった。


 だが、初めて長編のエロゲをクリアしたとき。長い旅路の果てにエンディングへとたどり着いた俺は感動により涙を流した。

 泣きながらシコった。


 それは青天の霹靂だった。


 俺は自分を恥じた。俺が間違っていた。エロゲはただシコるためのものじゃない。


 ――人生だ。キャラクターそれぞれに境遇があって、培ってきた考え方がある。それを追体験して本気でキャラクターを好きになる。その先でようやく至高のエロに辿り着く。


 そういうものなのだと知った。


「いやいや、お前、エロゲを舐めるなよ! エロゲは奥深いんだよ! お前が簡単にやったセックスなんかよりももっと崇高で尊いものなんだ!」


 オタク特有の早口が炸裂してしまった。エロゲのこととなるとつい語る口にも熱が入ってしまうのだ。 


『お前、その誤魔化してる感じ気持ち悪いぞ?』


 親友が茶化すように言う。電話の向こうでは意地の悪い笑みを浮かべていることがありありと分かる口調だった。


「あ?」


 毒を吐かれて思わず喧嘩腰になる。


『素直にエロいシーンが見たかったって言えよ。エロゲをやってる時点で誤魔化しても意味ないぜ?』

「…………」


 ぐぬぬ。痛いところをついて来やがる。それに関してはグウの音も出ない。そりゃエロゲやってるんだからエロシーン目的に決まってるだろう。

 ――だが、違う。そうだけどそうじゃないんだ!


『ん? どうした? 何とか言えよ? キモオタ』


 執拗に俺を追及する親友に遂に堪忍袋の緒が切れた。


「は〜、もういいだろ!じゃあな」

「あっ、おいっ!」


 山本は一方的に電話を切った。椅子にもたれて天井をみあげる。背もたれがギーと音を立て軋んだ。


「はあ〜、彼女か~」


 クソデカ溜息。


「……あ~あ、くだらねー」


 嫉妬心を打ち消すように独り言を一発、部屋にぶちまける。ふと、脇においた今プレイ中のエロゲのパッケージに目が留まった。


「……相変わらずスゴイよな、これ」


――ファンタジックワールド


 略称はファンワー。勇者の血を引く主人公は学園に入学し、そこで出会うヒロイン達と共に嘗て地上を支配し数百年越しに力を取り戻した魔族に立ち向かっていく、RPG要素のあるエロゲである。美麗なグラフィックに多種多様なヒロイン、豊富なシナリオで数年前に一躍エロゲ界の金字塔に上り詰めた作品だ。


 表には戦闘シーンのヒロイン達の姿が描かれている。そして、裏側はというと、ほぼ全裸のメインヒロインが面積の大半を占めている。間違っても親には見せられない絵面。かろうじて局部を隠すボカシがまたイヤらしい。


 そして、驚くべきはそのパッケージの大きさ。


 だが、それにも理由がある。エロゲというのはなかなかニッチなジャンルで買い手が少ない。ビジネスを存続させるには、農業におけるブランド化のように、一商品あたりの単価をあげるしかないのだ。要は、エロゲを買ってくれる貴重な客に、より多くお金を使って貰おうということだ。だから、こうして設定資料集やCG集やらオマケがついてくるようになった。パッケージも大きくなる訳だ。


「ホント、隠し場所に困るんだよな、コレ……」


 親にバレないように隠すのも難儀だ。普段はバレないだろうという希望的観測のもと押入れの出来るだけ奥に隠している。

だが実は既にバレているかもしれないという不安は尽きない。

 だが、考えても仕方ない。今のところ両親は何も言って何も言ってこないのだから、バレてないと思っていた方が精神衛生上いいだろう。


「まあ、いっか……続きでもしよ」


 会話イベントの選択肢やキャラクターのレベルによって見れる結末が変わる。


「え〜と、今どこまでやったっけ?」


 進捗を確認するためパソコン画面を凝視する。


「あ〜そっかそっか、そうだった。まだルーナのシナリオか……」


 画面に映っているキャラクターを見てテンションが露骨に下がる。

 このエロゲの特徴は様々な性癖に対応していることにある。

 だが、それは裏を返せば好みではないヒロインやエンディングも中にはあるということだ。


 今攻略中のヒロイン――ルーナ・バズコックスが俺にとってはそうだ。


 腰まで届くほどの長い金髪。赤い瞳。


 隣の国のお姫様というキャラなのだが、俺の性癖には全くといって刺さらなかったのだ。


その理由は――まあ、今はいいだろう。


 だったら攻略しなければいいと思うかもしれないがそうも行かない。ゲームの仕様上ここを通過しなければ俺のお目当てのメインヒロインちゃんの攻略にまで進めないのだ。


 イライラさせてくれるぜ、このゲーム……。


 メインヒロインのビジュアルや前評判や謳い文句に釣られて買ってしまったが失敗だったかも知れない。


 だが、お年玉をはたいて買ったこのエロゲ。最後までやらなければ勿体ないというもの。ここで投げ出したら消えていった諭吉も泣いてしまうだろう。


「よし、やるか!」


――一時間後


「あれ? ルーナエンドになっちゃったんだけど! どうなってるんだよ、畜生!」


――二時間後


「はあ? またかよ! おかしいだろ? どこで間違えた……」


――三時間後


「うわあああああっ! 何でだよ! くそ!」


 三時間たっても全く先に進まず苛立っていた。パラメータの調整が悪いのか、選択肢を間違えたのか。何度やってもルーナエンドになる。


「あ~あ、今日はもういいや。眠たいし。そろそろ寝るか~」


 時計を見れば時刻はもう午前三時を過ぎていた。そこで、はたと違和感に気付く。


「あれ?」


 パソコンの画面がブラックアウトしていたのだ。マウスをカチカチとクリックしてみても何も手応えがない。諦めて再起動しようと電源ボタンに手を伸ばそうとしたときのことだ。


 酷いめまいが俺を襲った。


「っ……」


 視界が歪む。


「だ、れ、だ……」


 そこでパタリと意識が途切れた。


 朦朧とした意識の中、最後に一瞬だけ見たのは


――倒れ込んだ俺を見下ろしている誰かの姿だった。


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