第21話 騎士達の会話

 ルーナとシアンが寝静まったころ、宿泊所の別階にある護衛達の詰所。

 国王直属の近衛騎士隊の兵士ということもあり、待遇も良く騎士達にもそれぞれ二人一部屋ずつ部屋が与えられていた。

 昨日の夜の魔物との激しい戦闘に加え、レーナードにたどり着くまで丸一日歩きっぱなしだったことで彼らの疲労もピーク。ペイスは全員に早急に自室で休むように指示を出した。お前らは明日に備えてもう寝ろ、と。

 ペイスも全員が部屋に入ったのを見届けると自身も部屋に入った。


「隊長、お疲れ様です」

「ああ。おやすみ」


 同室の騎士とそれだけ話してランプの火を消し、床につく。


「…………」


 三十分程が経過した。横を見れば同室の部下は布団をかぶってもう寝ているようだ。 

 ペイスは隣の騎士を起こさぬようにそっとベッドを抜け出して武器や武器を装備してドアに手をかけた。

 だが、その時後ろから声をかけられる。


「……隊長?」


 とっくに寝たと思っていた若い騎士だった。


「何だ? リアム。まだ寝ていなかったのか? 今日は休めと言っただろう?」

「どこに行んですか?」

「……何でも無い」


 リアムと呼ばれた若い騎士は少しの間の後、恐る恐るといった様子で尋ねる。


「あの、もしかして寝ずの番をするおつもりですか?」


 ペイスは図星を当てられて、バツの悪い顔をする。


「ああ」

「…………」


 素直に認める。これ以上は誤魔化しても体裁が悪いだろう。


「……あの、俺も行っていいですか」

「駄目だ。お前は休んでいろ」

「いえ、それは出来ません」


 部下を休ませようとするペイスに対して、リアムは頑なに引き下がらない。


「……どうしてだ?」

「……多分、隊長と同じ理由です」

「……そうか。なら一緒に来い」


 リアムの用意が終わるのを待ち、一緒に部屋を抜け出した。ルーナの部屋まで廊下を歩いて向かう。

 そして王女殿下の寝室の前で沈黙して二人して座り込んでいた。


「…………」

「…………」


 しばらくすると、リアムが小声でこう切り出した。


「あの、昨日は助けて頂いてありがとうございました」


 リアムは深く深くペイスにお辞儀をする。


 実はリアムはエルダートレントとの戦闘でペイスにかばわれた事で九死に一生を得た若い騎士、まさにその人だった。

 彼はとっさに助けに入ってくれた上司に深く感謝すると同時に、自らの油断と慢心を恥じていたのだ。


「……いや、上司として当然のことだ。むしろ敵の強さを見誤って指示を出した俺の責任だよ。申し訳なかった」


 ペイスは部下に頭を下げた。


「そ、そんな、頭を上げて下さい!」


 リアムにとってペイスは尊敬の的であり憧れであった。ペイスの元で任務に当たることが決まった時も嬉しくてたまらなかった。そんな彼に頭を下げられては慌てるのも仕方が無い。


「お言葉ですが、あんなの分かるわけありませんよ! 前例がないんですから」


 あの魔物は何の変哲もないトレントのように擬態していたが、実際はその正体はとんでもないバケモノだった。

 人間が戦っていいような相手ではない――普通ならば。


「だが、それでも王女殿下は見抜かれた」

「…………」


 ペイスの唇を噛みしめ悔しそうな横顔を見て、リアムは何も言えず俯いてしまう。


「……殿下ってあんなに強かったんですね」

「お前は殿下の魔法を見るのは初めてだったか?」

「……はい。噂は聞いてましたけど。ここまでとは……次元が違うというか何と言うか」

「私も驚いた……私も殿下の魔法の才は十二分に承知しているつもりだったさ。だがあれ程の大威力の魔法を扱いになるとは思わなかった」

「確か、若くして宮廷魔道士との模擬戦で全員を倒してしまわれたとか?」

「ああ。たしか殿下が九歳のときだった。そこから殿下は魔物討伐に出かけられるようになったのだ。陛下はそれはそれは心配していたさ。これはお前も知っていると思うが、私と陛下は幼少の頃からの付き合いだからな。それに、私にも殿下と同い年の娘がいるから、心配する気持ちは痛いほど分かったよ。もし仮に自分の娘が魔物退治に行くなんて言い出したら……ああ、きっと猛反対しただろうな」


 ペイスは首に掛かった銀のペンダントを開いた。中身は写真だった。


「ご家族ですか?」

「ああ」


 中央にはニコリと満面の笑みを浮かべた女の子、その後ろにはぎこちない笑顔を浮かべるペイスとその横に柔らかく笑っている妻と思われる女性が映っている。

 未婚のリアムにはいつかはこんな家庭を築きたいと思うほど幸せな光景に見えた。


「すまない。話を戻そう」

「それで陛下は私にお目付役を託された。私のことを信頼して下さってのことだ」

「最初のうちはギルドに掛け合って危険度の低い魔物を討伐しに行った。私と部下を前衛、殿下を後衛としたパーティー形式だった。絶対に怪我をさせる訳にはいかなかったし、殿下もまだあの頃は実戦には不慣れだったからな」

「だが殿下の成長速度は目を見張るものだった。あっという間にお一人で魔物を倒せる様になって、魔物のランクもどんどん上がっていった。その頃にはもう私はただついて行っているだけになっていた」


 ペイスは懐かしむ様に遠い目を浮かべる。


「今日の魔物との戦いなんて殿下が助けて下さらなかったら、俺たちは全滅だった。俺たちが守るべきはずの殿下に守られる。そんなことがあっていいのか? 敵が強かったからなんて言い訳にもならない。王国に仕える騎士として、護衛として失格だ……。私にこの任務を託された陛下にも顔向けできない」


 熱が入る。


 ペイスはどこか遣りきれないような表情を浮かべた。リアムは何も答えることが出来ない。


「っ……すまないな、こんなしょうもない愚痴を聞かせて。別にお前らを責めてる訳じゃない。さっきも言ったが、全部、俺の実力不足だ」

「……いえ、私も同じ気持ちですから」

「そうか……そうだったな。ありがとう。やっぱり、それでも日々、精進して目の前のことを一つずつやっていくしか――」


 ペイスがそう続けようとした時だ。


 背後からガシャンという何かが割れる音がした。続けてドンというような鈍い音が聞こえる。ルーナの部屋からだ。


「……!」

「っ……隊長!」


 二人は目を見合わせる。


「……行くぞ!」

「はい!」


 二人はそのまま迷う事無く部屋に突入した。

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