第20話 王女の企み
一方、時を同じくして宿泊所の一室ではルーナとシアンが話し込んでいた。
「シアンはもう下がっていいわよ」
ルーナはお風呂上がりだ。先ほどまで着ていたフォーマルなドレスとはうって変わって、ほとんど下着のような薄っぺらい服を着ている。ネグリジェというやつだろうか。下着の隙間から見える胸元や白い太ももがなかなかにエロい。
彼女は濡れた髪を魔法を巧みに駆使して乾かしている。人力のドライヤーだ。これを行うには風属性と火属性の魔法を組み合わせたうえ、その力を繊細にコントロールする必要がある。もし加減を間違えれば自分の髪が燃えてしまう。彼女の魔法操作技術の高さが伺える一幕。
そして、そんなルーナを巧みにバレないように視姦している人間が一人。
――そう、シアンである。
主人に対して劣情を抱き始めてからの日課となっているチラ見。シューティングゲームのように目線で狙う。透けて見える背中は五点。濡れた髪が張り付くうなじは十点。服から除く太ももは五十点みたいな。今夜のおかずをゲットしようとそれはもう必死だ。
風呂に入る前に勇気を出して、お背中をお流ししましょう、などとも申し出た。
だが、それくらいは自分でしたい、あなたの手を煩わせることない、などともっともらしいことを言われて断られたガチレズメイドだ。
ルーナは無意識のうちにシアンに裸を晒すのを回避していたのだ。本能的にこの女は危険だと察知していたのかは知れないが、すごい危機察知能力である。だがこれだけ近くで、しかも何年にもわたってジロジロ見られているのに、ルーナは一向にこのメイドのやましい気持ちに気づいていない。とんでもない鈍感だ。
相手の下心に気づかず無防備を晒している人間がここにもまた一人。辺境伯に狙われているのにも関わらず全く気づかない山本とルーナは同じ穴のムジナだった。
「あの」
「何?」
「どうしてあの男を辺境伯のところに?」
あの男とは山本のこと。シアンはルーナが山本が辺境伯のところに行くように誘導したことに疑問を覚えていた。そう思うのも当然だ。あの行動は誰の目に見ても不自然だった。
「……もしかしてスパイですか?」
最も合理的な理由として考えられるのがそれだ。
「スパイ?」
なぜなら――
「私たちがここに来た一番の目的はダムド帝国と繋がっていると噂される辺境伯の尻尾をつかむことなんですから」
一ヶ月ほど前ストラマー辺境伯が帝国の人間と内通しているという告発がストラマー家の内部からルーナにもたらされた。ルーナは国内のあちらこちらで魔物の討伐や病気の治療に取り組んできた。ストラマー家の中にも彼女に恩義を感じている人間がルーナに密告したというわけだ。
今回の遠征の本来の計画は慰問という表向きの目的の裏で他国と内通するストラマー辺境伯を牽制する狙いがあった。
もしボロを出してくれれば恩の字。容赦なく潰す。その用意もあった。
アンデッド云々はむしろそのついでだ。未だに山本の話に関しては話半分でしか信じていないルーナ。自分でも分からなかった瘴気の原因があんなもやし男に分かってたまるかと思っている。
「スパイ? アイツがそんなこと出来ると思う? ただのもやし男じゃない?」
「間違いございません」
ただ山本をスパイとして辺境伯の屋敷に送り込んだというシアンの予想は外れたようだ。彼女の中で思い出されるのは王宮の風呂場での出来事。山本は為す術もなくシアンに半殺しにされていた。内通者に対するスパイなんて重要な任務を任せられる訳がない。
「大体辺境伯の屋敷の関係者に協力者がいて彼女が教えてくれたことだって言ってたでしょ? 今更、部外者のアイツが行ったって何も分からないわよ」
「だったら、どうしてですか?」
「辺境伯はアイツのことをえらく気に入っていたでしょう?」
どういうことだ? シアンにはルーナの発言の意図が分からない。
「ええ、まあ……」
確かにシアンの目にも辺境伯の興味が女装メイドに注がれていたように見えていた。実際、ルーナの提案に乗っかってお持ち帰りしているのだから確定しているといっていい。
「何か裏があるのではないですか? 先方は王国を裏切って帝国と内通している可能性があります。だとすればこちらを警戒しない訳がありませんし」
「いやそれはないわ。少なくとも辺境伯がアイツに興味を持った理由はそれじゃない」
「なら、どうしてですか?」
「ふふふっ……ところであいつブスじゃない? あなたの化粧の技術でもあのレベルのブサイクはどうしても誤魔化しきれないわ」
当たり前のようにブサイク認定されている山本だった。
「まあ、それはそうですね」
真っ先に肯定するシアンもシアン。だが、山本に化粧を施した張本人である彼女は山本のブサイク具合をよく理解していた。
正直に言って素の山本は決してイケメンではないが、寄ってたかって言われるほどにブサイクではない。だが、この世界の住人の顔面偏差値が高すぎること、そして女装が絶望的に向いていないことによりブサイクのレッテルを貼られるに至る。哀れな男だ。
「でもきっと、だからこそ辺境伯はアイツを気に入ったの」
「?」
「実はね。情報によるとどうも辺境伯はブスな女が好きらしいのよね。妾もたくさんいるけど全員容姿に劣る女性ばかりだそうよ」
え? 何それ?
「そう、なんですか?」
この瞬間、メイドの海馬にはストラマー辺境伯はブス専という、下らない情報がシアンの海馬に蓄積されてしまった。
「そうでもなかったら辺境伯がアイツを気に入るわけないでしょ。実際、あの態度は完全にアイツを狙ってたわ」
嘘だろ……。シアンは唖然とする。
「それは分かりましたけど……あの男を辺境伯のところに行かせた理由とそれに何の関係があるんですか?」
「面白そうだったから」
「え?」
あまりにもシンプルな返答に間の抜けたような声がもれる。
「いや、ただ単に面白そうだったから。本当にただそれだけよ」
「……それはどういう?」
「あいつ、今頃辺境伯にベッドに押し倒されて抱かれてるんじゃないかしら。本当愉快だわ……ふふっ……ははっ……ひひひっ……」
「…………」
ケラケラと笑って心底楽しそうにしているルーナ。そんな様子を見てシアンは気づいた。
ああこの人、本当にあの男のことをおもちゃとしか思っていないのか……。この人結構ヤバいな……。
今まで目の敵にしてきた山本のことが酷く哀れに思えてきたメイドだ。思えば王宮で話も聞かずに彼を半殺しにしてしまった。あれはやり過ぎたなと今更ながら少し反省。
今度会ったときに謝りますか……。
「はははっ……ふふふっ……ひっ……」
シアンが少しだけ山本に歩み寄ろうとしている中、部屋ではルーナの高笑いだけが響いていた。
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