第19話 ストラマー辺境伯3



「お茶をすぐに用意してくれ」

「畏まりました」


 ストラマー辺境伯は山本を応接間に残して別室に向かうと、お茶を用意するように屋敷のメイドに頼んでいた。


「……最高だよ……ソフィア」


 もの凄い気持ち悪い独り言を呟いている。彼がイケメンだからギリギリ許されるレベル。山本が同じようなことを言おうものなら目も当てられないだろう。


――イケメン貴族は山本のことをガッツリ異性として狙っていた。


 その場にメイドを呼べばいいものを、わざわざ山本のいる応接間を離れてお茶を容易しているのも自らの手でお茶を山本に差し出すためだった。


 どうして山本なのか。化粧は厚塗りでスタイルも悪く、お世辞にも美人とは言い難い見た目に仕上がっている。むしろ女装がバレていないのが奇跡なレベル。


 答えは簡単だ。


 辺境伯は容姿の醜い女性に性的興奮を覚えてしまう。そういう性癖なのだ。いわゆるブス専だ。現在屋敷で抱えている十数人の妾もその外見のせいで婚期を逃した女性ばかり。

 ルッキズムというのは根深いものだ。容姿の劣っている人間は自尊心の傷つけられた経験のせいで自己肯定感が極端に低いことが多い。

 そしてこの男は自尊心の傷ついた彼女たちに甘い言葉をかけて依存させるのがそれはもう大好きだった。逆に生まれつき容姿が優れて周囲から愛されて来たような女性には全くといって興奮しない。むしろ萎えるまである。


 その点、山本は逸材だった。


 ルーナの半歩後ろで不安そうに佇んでいる女装した山本の姿を一目見た瞬間にストラマー辺境伯は心を打ち抜かれた。

 女性にしては広い型幅、出っ張った頬骨。濃い化粧はきっと荒れた肌を隠すためだ。しかも、王女殿下に聞くところによると彼女は不幸属性持ち。なんでも呪いのせいで声を失ったのだとか。完全に性癖のねじ曲がったイケメンの好みドンピシャだった。


「ふふふっ……」


 話した感じかなり好感触だったな。応接間で交わしたやりとりを思い返してニヤつくイケメン。なかなかにキモい。いよいよその爽やかフェイスでは許されないキモさに突入しつつあるストラマーだった。


 実は初めて会った時、ルーナの横で女装メイドがこわばったような表情を浮かべていたのをこの男は見逃していなかった。目聡い男である。

 彼女にとっては失われた声を取り戻す希望を与えてくれたはずの主人であり恩人のはずの王女殿下。そんな王女殿下の前でさえ緊張や負い目のせいか気を張っていたその少女。そんな彼女が自分の前で涙を見せた。 

 彼の目にはそんな彼女が自分の前では気を許したように見えていた。それ故のニヤつきだった。曰く、この調子ならあの少女をすぐ堕とせるな。


「もう一押しで堕ちるか……。いやいや焦るな、僕。まだ帰ってしまうまで猶予がある。じっくり攻めることにしよう」


 どうやって山本のことをモノにしようか案を巡らせていると――


「少しよろしいですか? ストラマー殿」


 後ろから男に声をかけられた。


「……済まない少し二人きりにしてくれ」


 使用人に声をかけて人払いをする。メイドが礼だけしてその場を去った。


「ルーナ・バズコックスが来たようですね」

「……ええ」


 この男は王国と敵対する隣国、ダムド帝国の貴族――バトラー伯爵だ。


「――予定通り、今日の深夜に彼女が寝ている間に奇襲を仕掛けさせます」

「分かっています……」

「まさか、今頃王国に刃向かうことに怖じ気づいているのですか? ですが貴方に他の選択肢は無いはずだ。まあ、それは貴方自身がよく分かっているはずですが」

「っ……」


 ツェッペリン平原は王国は随一の農耕地帯であり、この地域を治めるストラマー家の王宮における影響力も絶大だった。だが、数年前に原因不明の瘴気が蔓延してからは作物の収穫量もめっきり減り名門ストラマー家の力も衰えて久しい。他の貴族共に落ち目だなんだと揶揄される始末だ。


 当代のストラマー家の当主であるこの男、ヘンリー・ストラマーはその状況に焦っていた。


 このままではやばい――女が囲えなくなる、と。


 実は妾の数が増えていく内に彼女たちの服や食費や装飾品、嗜好品などによる出費が馬鹿にならない額に達していたのだ。依然なら何とか賄えていた額。だが今の財政状況では財政が破綻するのも時間の問題。長年の黒字によって蓄えてきた貯蓄も底を尽きてきた。


「最初にも言いましたがこれは脅しなどではありません。対等な取引です」


 そしてストラマーが今の状況に危機感を募らせている時にこの男が接触してきた。


『ルーナ・バズコックスを消したい』

『協力してくれれば悪いようにはしない。そちらも困っているのだろう』


 あの男はそう囁いてきたのだ。当初は商人を装っていたがその時にダムド帝国のバトラーという貴族だと明かされた。


「……王女殿下の暗殺に協力すれば、私と妾達の帝国への亡命を手配し、さらにそれ相応の待遇を用意して頂ける。そうでしたね?」


 そしてこの男バトラーは交換条件として自身とお気に入りの妾数人の亡命と身分の保証、具体的には今の辺境伯の地位と同等の地位を帝国で与えることを提案してきた。際限なく広がる瘴気の被害は解決法が見つかる目処もない。奇跡でも起きない限りストラマー家も王国もこのまま没落するしかない。ならばいっそのこと領地も国も捨てて帝国の地でやり直したほうが良いだろう。


 そうしてストラマーはバトラーの提案に頷いたのだった。


「ええ。最後まで協力していただければ、ですけどね?」

「…………」

「まあ、とにかく今夜の実行は確定事項です。ご承知とは思いますがこのことはどうぞご内密に。では私はこれで失礼」


 そう念押しして、バトラーは去って行った。


「…………」


 ストラマーはお茶を持って山本の待つ応接間へと戻った。

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