第61話 学生寮にて

「ちょっと、やめてくださいよ……」

「いいじゃないですか、ルーナ様〜」 


 ここは学園の寮の中のルーナの居室。革のソファーに腰掛けたルーナにラフレシアがベッタリとくっついている。何だか百合百合しい雰囲気を感じざるを得ない。


 ルーナが俺を手招きして小さな声で耳打ちしてきた。


「山本! ちょっと! 見てないで、助けなさいよ! あっ、ちょっとどこ触ってるのよ! いやっ……」


 ふ〜ん、エッチじゃん。


 俺はあまり百合の良さが分からなかったのだが、これは何か目覚めてしまいそうだぜ。


 まあ、シアンさんも同じ状況といえばそうだったのだが……。あの人の場合、尊いというよりヤバいが先行してたからなぁ……。

 

 ……さて、どうしてこんな状況になったかというと。


 俺達は王国と帝国の国境沿いから、ラフレシアと帝国側の護衛に囲まれて一緒にやって来た。首都バウハウスにたどり着くとそこは壮観だった。街を歩く人の数、立ち並ぶ建物の大きさ、美しく整えられた景観。正直言って王国の首都ジェネシスとは比べものにならない栄え方である。例えるならば東京と田舎県の県庁所在地くらいは違う。う〜ん、日本の首都一局集中の問題は根深い……。


 話が脱線した。


 まあ、そんなこんなで首都バウハウスに到着した俺たちは、街並みを眺める時間もそこそこに帝国魔法学園へとやって来た。


 これがまたすごいのだ。イメージとしては大学に近いのだろうが、構内には学生と思しき若い男女が、行き交っていた。ああ、俺の手に入れられなかった青春を謳歌してやがる。う〜ん、これは許せねえな。はい。


 そして案内されたのがここ、学生寮である。学生はその身分によらずここで一人一部屋を与えられ過ごすのだという。平民だろうが、貴族だろうが、王族だろうが生徒ならばこの学園では対等な立場というわけだ。封建制度の世の中にしてはえらく進んでいる。


当然、これから学園の生徒として通うことになる俺とそしてルーナも寮で暮らすことになる訳で、ルーナの部屋へと案内された訳だが……。 


「ほら、ルーナ様、紅茶とお菓子はいかがですか? そうだ! 私が食べさせてあげましょう。ほら、あ~ん」

「け、結構です。自分で食べられますから……」

「え~、つれないなぁ~」


 ちょっと休憩しましょうといって座ってからというもの、ずっとこんな調子なのである。

「あの、失礼ですが。ラフレシア様はルーナ様とお知り合いなんですか?」


 恐る恐る尋ねる。


 ずっと疑問に思っていたことだ。


「あれ、従者さんは聞いてないんですか? 私とルーナ様は幼少期からの知り合いですよ? もう、それはそれは仲良しなんですから」

「…………」


 ルーナは黙り込んだ。恐らくは幼少期からの知り合いだということは間違いないのだろう。


 だが、それはおかしい。


 ゲームではそんな設定はなかったはずだ。ルーナとラフレシアは主人公を通じて学園で初めて出会う。敵対する二つの国の王女が仲間として心を通わせていく様に俺も感動したのを覚えている。


 なぜ、こんなにもこの世界はゲームのシナリオから乖離しているのか。俺がこの世界にやって来たことによるバタフライエフェクトという可能性もあった。だが、それでは今回の件やルーナの異様なまでの強さに説明がつかない。二つの事実は俺がこの世界にやってくるより前に原作シナリオからの乖離が起きていることを指し示していた。


 一体、何が起きているんだ。



 しばらくした後、ラフレシアはルーナに構うことに満足したのか護衛を引き連れて部屋から出て行った。

 ルーナ様との学園生活楽しみにしてますからね。入学式で会いましょうなどと、言い残して。


「もう! 嫌だ! 何なのよ、あの子は!」


 ラフレシアが部屋を去ったのを見届けると、ルーナはソファーにだらりと背中を預けて叫んだ。


「アンタも黙ってないで助けてよ!」

「いや、無茶言うなよ。だって相手は帝国の皇女様だぞ? 下手なことをしたらただじゃすまないんじゃないか?」

「……否定できないわね」

 

 ルーナは力なく言う。


「……あっちの皇女様とは知り合いみたいだったけど」


 ラフレシアとの関係について聞いておこうと思った。


「ああ、昔ちょっと会ったことがあるのよ。まだ王国と帝国の関係がここまで悪くなかった頃の話よ。小さい頃のことだし、もう長い間会ってなかったから、久しぶりに会ってあの距離の近さには驚いたけど。確かに思い出してみたら昔からあの子はあんな感じだった気がするわね」

「…………」


 ルーナはしみじみと言う。


「っていうか、そんなことより、あの子。私との学園生活を楽しみにしてるみたいなこと言ってなかった? アンタも聞いてたわよね」

「言ってたな」


 ラフレシアは確かに去り際にそう言っていた。


「まさか、あの子も学園に通うってことかしら」

「言ってることを信じるならばそういうことだろうな」

「はあ……」


 ルーナは大きな溜息をつく。今日の出来事で既にラフレシアにはうんざりしているようだ。両国の関係を鑑みれば向こうの方が立場が強いわけで、やめろと、突っぱねる訳にもいかない。


「取りあえず当面は、協力者とやらとの接触はアンタに任せるわ」


 協力者。このエロゲ世界における主人公と幼なじみヒロインのことだ。彼らなくして、この世界の危機を救うことは出来ないだろう。


「きっと私は厳重な監視下に置かれるはずよ。ラフレシアがやって来たのも多分監視役といったところでしょうね。だから私よりもアンタの方が少しは身動きが取りやすいはず。それでも、どれだけ目を掻い潜れるかは分からないけどね。言い出しっぺなんだから、口だけじゃなくて行動と結果で覚悟を示しなさい? いい? コンタクトが取れたら、その人達を私に引き合わせて頂戴。一緒に作戦を立てましょう」

「そうだな」


 入学式は明日だ。







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