第60話 主人公と蠢く陰謀

――帝国魔法学園。


 この世界最大の巨大国家であるクラッシュ帝国の誇る魔法技術の結集する場所。魔法使いは勿論、剣士やあらゆる武術の使い手の育成機関であると同時に、民間利用から軍事利用に渡るまで魔法を幅広く扱っている研究機関でもある。まさに帝国の繁栄の原動力ともいえるのがこの場所だ。


  当然それだけの国の中枢機関である。首都の真ん中に巨大な敷地を誇り、大通りに巨大な門を構えている。


 その堅牢な門の前に険しい顔をした一人の青年とそんな青年を心配そうに見る少女が立っていた。


「ここに……」

「…………」


 その青年の名をジーク、少女の名前をノエルといった。


 ジークは、短い茶色の髪に鋭い緑色をした目。装備は質素だが、その中でも腰につけた彼の愛剣は亡くなった彼の父親から受け継いだもので、彼が特別大切にしているものだ。


 その横に立つノエルはジークの幼なじみ。長い黒髪を編み込み、簡素な髪飾りをつけている。青い目は揺らぎ、隣に立つ幼なじみのことを思ってか不安に満ちているように見えた。


「ここに僕の両親を殺した敵がいる……」


 ジークの目に宿っているのは憎悪だった。


 クラッシュ帝国の僻地に位置する村に生まれたジーク幼少期に突然両親を失った。ある日両親は街に買い物に行ってくるといい、幼いジークを残して家を出ていったきり帰ってこなかったのだ。後で村の大人に聞かされたのは両親の死だ。なぜ両親が死なねばならなかったのか。

 その日からジークは狂ったように剣術の鍛錬に勤しんだ。そうすれば真実に近づけると信じてか、あるいは内に秘めた理不尽な世の中への怒りを発散するためか。青年にまで成長した彼は、今では村の外に出ては魔物を狩るようになった。


 ある日、ジークのもとに届いたのは特待生としてこの帝国魔法学園へと入学することを認めるという証書。そして、追記してこう書かれていた。『君の両親を殺した敵を知りたくはないか』、と。


「ノエル、行こう」

「うん……」


 二人は学園へと向かっていった。



「ジーク様、ノエル様をお連れしました」

「ああ、ありがとう」


 ジークとノエルの向かった先。そこは帝国魔法学園の中枢に存在する学長室だった。格式高い部屋の奥にはデスクが設置されており、そこには銀髪の髪をなでつけた壮年の男が座っていた。


 帝国魔法学園学長のヨハン・メリーチェインだ。


 スラリとした長身で銀縁のモノクルをかけヨハンの姿は聡明さや狡猾さをうかかがわせた。ヨハンは二人の姿を一瞥した後、声をかけた。


「座ってくれ」


 ヨハンは二人を座席に座るように促す。


「手紙は読んでくれたようだね」

「はい。それであの手紙はどういう意味ですか?」


 学園長たるヨハンの発する威圧感に一切動揺を見せないヨハンに対して、ノエルはこの場の張り詰めた空気に緊張して縮こまっている。


「この国は何かとんでもないものに冒されている」


 ヨハンはゆっくりと話し始めた。


「……突然、何ですか?」

 

 ジークはヨハンを胡乱な目で見る。


「まずは、聞いてほしい。この老いぼれのしょうもない昔話だよ」

「…………」


 ジークはひとまず押し黙った。


「昔、若い頃は正義の為に役人の世界を選んだつもりだった。私は貧しい村で育った。沢山勉強して私のような弱い民を助けてやろうと考えていたんだ。だが、世界はそんなに美しくは出来ていなかった。自分の正義を曲げなかったが為に、蹴落とされ、追いやられ自死に追いやられるものすらいた。私は自分を殺すようになった。自分より強い者には背面服従し、政敵を失脚に追いやった。殺らなければ殺られる、そういう世界だったから。そして政争に明け暮れるうちに気がつけば私は老いぼれ、この学園長の席に座っていた」

「…………」


 ジークとノエルには知り得ぬ世界の話。


「だが、ここ数年で帝国の内部では状況が変わったのだ。血で血を洗うような派閥争いが繰り広げられていたはずの帝国が一枚岩にまとまり始めたのだ。今まで付き合いのあった役人達も人が変わったように上に従順になり、今まであった派閥が」

「なら、いいことなんじゃ……」


 おずおずとノエルが意見を言う。


「普通に考えればそうかも知れない。だがおかしいだろう。あまりにも不自然で不気味だ。何か得体の知れない圧力が働いている。そうとしか思えない」

「でも、それが僕らと何の関係が?」


 ジークが訝しげに問う。


「単刀直入に言う。この国に巣食う癌の正体を暴き、打ち倒してくれないか?」


 二人は押し黙る。


「私ももう年だ。これ以上のキャリアは望めないし、ここらで善行でもして罪滅ぼしでもしたくなったというわけだ。このままでは今までの罪状で地獄行きだからな」

「……あなたの自己満足のために僕たちを巻き込むつもりですか? 僕たちが頷くとでも思いましたか?」

「ああ」

「最初から父さんと母さんの話を餌にして、僕たちを利用するつもりだったんですね」


 ジークは椅子から立ち上がり、ヨハンを剣呑な目で射貫く。死んだ両親のことを利用し、美しい思い出に泥を塗られるのは彼にとって何よりも許せない事だった。


「……ある意味ではそうだ。言っただろう。私は他人を利用して生きてきたと」


 ヨハンは自嘲する。


「だが、勘違いしないでほしい。これは君にも利益があることだ。これは取引だよ」

「口では何とでも言えます。あなたはそうやって嘘をついて他人を蹴落としてきた。信用できない」

「ああ、そうだな。だが、手紙に書いたこと。あれは嘘じゃない。君の事件には帝国という国家が関わっている。だからこそこの件に無関係ではない。いや、むしろ当事者といっていい」


 ジークはヨハンから宛てられた手紙の内容を思い返していた。


「君も薄々分かってるんじゃないか? 君の両親の事件はただの殺人なんかじゃない。大きな力が働いている。だからこそ私の出した手紙を頼りにここまでやって来た。違うかな?」

「…………」


 息を飲む。図星だった。ヨハンの方がジークよりも一枚も二枚も上手。


「君の父親の死体が出た後、帝国の警察組織は調査に乗り出したが、結局夫婦喧嘩の末に君の母親が父親を殺害して逃亡した。結論づけた。そして後日近くの森で出た死体を母親のものだと結論付けて、捜査を修了した。そうだな?」

「母さんが父さんを殺すわけない。僕を残してそんなことするわけない……」


 ヨハンの口から放たれるのは残酷で無機質な事実の羅列。ジークは膝の上の拳を握りしめる。

 

「君の両親について私は何も知らないが、それでもこの事件には不可解なことが沢山あった」


 私なりに調べたのだが、と前置きしてヨハンは続ける。


「一つは過去に君の両親事件を調べようとした者達は全員、謎の死をとげていたこと」

 

 いかにこの事件が機密事項とされているかが分かった。


「そしてもう一つ。これが実に興味深いのだが――」

「ここ十年ほど首都で起きている複数の殺人事件。それと君の父親の事件が類似していたんだ」

「……え?」

「君達は辺境の出身だから事情に疎いだろうが、ここ十年で約五十件ほど殺人事件が起きている。そして――その死体は全てミンチ状になって発見されたんだ」

「……!」


 驚きのあまりジークは席を立ち上がる。ミンチ状の死体、それはジークの父親の死に様と同じだった。ジークは死体を見てはいない。多くの人の目に触れる前に役人が回収してしまった。だが、村の噂話によるとそれはもう原型をとどめない猟奇的な死に方だったという。


「大丈夫! しっかり」


 トラウマのせいか少しふらついたジークをノエルが支える。


「ああ、大丈夫だ。ノエル心配かけてすまない」

「私は帝国内部の不穏な動き、君の両親の事件、そして今首都で起きている殺人事件、それらが全てが繋がっていると考えている。君には学生として学園におき随時サポートすることを約束する。ジーク君そしてノエル君、どうか引く受けてはくれないか」


 ヨハンが頭を下げる。帝国魔法学園学園長という帝国では大臣にも匹敵する役職の人間が一介の学生に頭を下げている。逡巡の後、ジークは答える。


「やりますよ。父さんと母さんのことを知れる可能性が少しでもあるなら、僕はやります」

「そうか。ありがとう。困ったことがあれば、私を頼るといい」


 学園の入学式は明日だ。

 

 






 

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