第62話 敵国の王女
翌朝、俺達はそれぞれ事前に渡された制服に着替えると大講堂に移動した。
既に生徒達が大勢集合していた。
「ルーナ様、ここにしましょっか」
「……ええ」
俺は一応従者であるので、ルーナのすぐ横に着席する。何だか、ルーナの隣にいることにも慣れてきた今日この頃である。何というか、人生何があるか分からないものだ。
まあ、ラフレシアが同行していることを除いて、だが。
今日も朝にラフレシアがルーナの部屋に押しかけてきたようなのだ。応対するルーナの顔には気疲れが見て取れた。何というか……ご愁傷様です……。
そして、今もこうしてラフレシアはルーナにベタベタとちょっかいをかけ続けているわけで……。
「ちょっと、手が……」
ルーナはラフレシアがしつこく手を絡めようとしてくるのを振りほどこうとしていた。
「いいじゃないですか〜、女の子同士でしょ?」
いつまでやってんだよ……。っていうか、この人暇なのかな。一応この国の皇女様のはずなんだけどな。
と、ここでこちらに突き刺さってくる複数の視線を感じた。
「見てあれってラフレシア様じゃないの」
「うそ、めっちゃ綺麗……」
「私達と同じ学年の生徒って本当だったんだ」
女子学生の声が聞こえる。ラフレシアについて話しているようだった。
「あれ……? 隣にいるのって」
「もしかしてあれが……バズコックス王国の王女様?」
「ああ、留学してきたっていう?」
「よくも、のこのこと留学してきたよね」
「いやいや、留学っていっても実質的な人質じゃない? 帝国と王国の力関係をみたら……ね?」
「あの子、魔法科でしょ?」
「なんでも相当強いらしいよ」
近くにいた女子学生の声が聞こえてきた。どうやら相当目立っているみたいだ。まあ、それも当然か。なんせ向こう側からすれば、ルーナの敵国の王女様なのだから。否が応でも注目される。
何となく心配になってルーナの方を見る。
いや、別に俺が心配してやる義理もないし、その必要もないはずだが……まあ、ただの気まぐれだ。
あえてその理由があるとすれば、俺なら耐えられないから、だろうか。同調圧力だらけの現代で生きてきた俺の価値観からすると、こんな風に周りから好奇の視線にさらされることは恐ろしいことだ。事実、今も俺に向けられた注目でもないのに身を縮こまらせている。
そして何より俺はゲームの原作シナリオでルーナは学園生活で苦しむのを見てきた。周りからの陰口、好奇の視線、アウェイな環境。主人公に出会うまではそんなものに晒されて居場所もどこにもなく苦しんでいた。
「もう式が始まりますよ……やめてください」
「え〜、冷たいですね〜」
だが――
ルーナは全く気にしてる様子がなかった。むしろラフレシアの対応で忙しいといった様子で……。
俺はルーナに囁く。
「おい……」
「ん、あ? 何よ?」
「周りに見られてるけど、大丈夫か? 何ていうかとても友好的とは言い難いような……」
「あ? 周りの目は……そりゃ厳しいわよ。まあ、あっちからすれば敵国の王女なんだから当然。でも、それくらいで私が折れると思ったら大間違いよ。馬鹿にすんなっての」
ああ、そうか。今のお前ならそう言うよな。
俺は驚き以上に納得していた。そして俺の心配は杞憂だったな、と安堵した。やはり俺ごときの心配なんて無意味だった、と。
本当ならこの学園のアウェイな雰囲気に馴染めずに、故郷を思い出して泣いている彼女はいない。
何の因果か彼女は一人で立つ力を既に手に入れていて……。
ああ、ずっとこの方が良い。
主人公君の力も、周りの力も、借りずに立ち続ける彼女が俺にはただ眩しい。
何となく、そんなつまらないことを思った。
*
「お静かに……これより新入生の皆様に学園長から挨拶があります」
暫くして入学式が始まるアナウンスがされた。生徒達は私語をやめて、会場のざわめきが静まっていく。
壇上に立ったのはスーツを着こなした銀髪の男だ。遠目ではあるがその立ち姿には威厳を感じさせられた。
「皆さん、ご入学おめでとうございます」
男が話し始める。
「当学園の学園長を務めるヨハンメリーチェインと申します」
ヨハン。その名前が耳に引っかかる。
俺は知っている。
この男もゲームの登場人物だ。
ゲームで言う所のお助けキャラだった人物だ。主人公の強い後ろ盾であり、頼れる大人。段々と真実へと迫っていく過程で襲い来る障害から彼を守ってくれる存在。
そして何より主人公をこの学園に呼び寄せた張本人でもある。
――自分ではどうしても知り得ない帝国の秘密を調べさせるために。
「あの人……」
隣のルーナに説明しようとした時だった。
「ん、どうしましたか? 従者君?」
「っ……」
そうだ。ここにはラフレシアがいる。こちらの目的がバレるようなうかつな言動は出来ない。
「いえ、独り言です。なんでもありません」
「そうですか。でも、内緒話は嫌ですよ、二人共」
「は、ははっ……」
目を合わせたルーナは困った顔をしていた。
参ったな……。今後もずっとラフレシアがずっとルーナにべったり張り付くつもりなら、ルーナと事情を共有することすら難しくなる。二人は同じ魔法科だと聞いている。
暫くは俺が単独で動くしかないか……。とりあえず主人公達と引き合わせるまでは頼まれてるし、報告はそれからでもいいか。
「それでは皆様は事前に通知された通りにそれぞれの学科に移動してください。今後の学生生活について説明がありますので」
いつの間にかヨハンの話が終わっていた。
ちゃんとヨハンとも話をつけておかないとな……重要な協力者の一人になるだろうからな。
簡素な入学式が終わると学生たちはぞろぞろと移動し始める。
俺達も一緒に移動する。
少し開けた所に移動すると、自然と立ち止まった。
「じゃあ、従者君。バイバイ。私達は魔法科だからさ〜」
ラフレシアがそう言って手を振り踵を返すと、ルーナが目を向けて来る。じゃあ、頼んだぞ、ちゃんと手はず通りやれよ、と釘を差しているのが分かる。
「ルーナ様、何やってるんですか〜、早く早く〜」
「ええ……」
へいへい、分かりましたよ、と。
「……行くか」
俺はただ、一人、自分の配属先の教室へと向かった。
まずは、主人公君との接触だな。
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