第63話 接触

 俺はルーナたちと別れ、一人で別棟へ向かっていた。


 敷地は広大で、案内板を頼りに何とか指定された場所にたどり着く。部屋は入学式が行われた大講堂ほどではないが、それでも相当広く、大学の講義室を思わせる。教室は段差がついており、どこからでも黒板が見やすい設計だ。既に半数以上の生徒が静かに席に座っている。前の世界の学校なら、こんな緊張感はなかっただろうが、さすがは国の最高峰の教育機関だ。


 感心していると、やがて教壇に一人の男が現れた。彼は教師のようだ。


「ええ、まずは改めてご入学おめでとう。我が剣術科へようこそ」


 ドスの効いた声。眉は吊り上がり、しわが深く刻まれている。正直怖い。顔面凶器といってもいい。大柄で、服の上からでも分かるほど筋骨隆々。身長は遠目に見た限りだが、2メートル近い。


 そして、その男は黒板にチョークで文字を書き始めた。


「剣術科主任のフックだ」


 チョークが男の筆圧に耐えられず、粉々に砕けた。その瞬間、教卓の前に座っていた男子生徒が小さく悲鳴を上げる。すごい迫力だな……。


「今更言うまでもないが、ここを卒業した者には将来が約束されている。お前たちはいずれ軍の上官となり、何百、何千人を指揮することになるだろう」


 その言葉に、ふと考えた。この場所は軍事機密が重要なはずなのに、俺たちのような他国の者を簡単に招き入れている。帝国は、王国を完全に舐めているのだろうか?


「お前たちは難関試験を突破し、今ここにいるはずだ」


 一方で、俺は何の努力もせず、王女様のお供として裏口入学のようにここに来ている。罪悪感が込み上げてくるが……まあ、今さらどうにもならない。割り切るしかない。


「だが――」


 フックは声を張り上げ、全員を睨みつけた。


「そう簡単に卒業できると思うなよ」


 緊張が走る。


「お前」


 彼は教卓前にいた男子生徒に質問を投げた。


「は、はいっ!」

「この剣術科の定員は?」

「ろ、六十人ですっ!」

「今年の卒業生は何人だと思う?」

「え、えっと……ご、五十人くらい――」

「違う。十一人だ」


 彼がすべて言い終わる前にフックは否定した。


 十一人? そんなに少ないのか?


「どいつもこいつも途中で逃げ出した。本当に根性なしばかりだったな」


 自ら目をかけて教育したはずの生徒を根性なしと断ずるフックにショックすら覚えた。スパルタ教育か……俺はそんな環境に耐えられるのだろうか。ここは剣術科だが、剣術なんてまるでできないし、不安しかない。大体俺はなんで剣術科なんかに配属されてるんだ。


「明日から本格的な鍛錬に入る。まずは基礎体力づくりだが、お前らが音を上げるのが楽しみだ」


 フックは嫌らしい笑みを浮かべた。


「あと、一週間以内に事務室で履修の申請を忘れずに。それじゃあ今日はこれで解散だ」


 最初の講義は終わり、まるで台風のごとくあの強面教師は教室を去っていった。生徒たちは徐々に席を立ち始め、お前はどこ出身だ、入学試験でどこが難しかったなどと、初対面の生徒同士が和気藹々と自己紹介を始めていた。


「先生めっちゃ怖かったな」

「君たちはいいよ、ただ見てるだけだったんだから。僕なんか当てられちゃってホントに失禁するかと思った……」

「うん、さすがに同情するよ……」

「でもさ、五十一人中」

「ってことは今年も五分の一しか卒業できないの」

「いや、まだそうと決まったわけじゃ」


 そんな中、一人だけ黙って席に座っている男がいた――ジークだ。


 その姿を一目見て驚いた。イケメンだ……。彫りの深い顔に凛々しい眉。ゲームではプレイヤーに感情移入させるためか容姿が描かれていなかったが、まさかこんな美形だったとは。くそ、このイケメンがヒロインたちとズッコンバッコンしていたのか……なんて考えを巡らせている間に、ジークは席を立ち、教室を出ていってしまう。


 俺は慌てて後を追った。ジークは廊下の先で立ち止まる。そして角で息を潜める俺の耳に、ジークの声が聞こえてきた。


「おい」

「………」

「お前、何か知ってるんじゃないか。この学校の教師なんだろ?」

「……何が言いたい」


 追及するジークに対してフックは黙ったままだ。あいつ、馬鹿か! 用意もなしにいきなりそんなことを聞いてどうする。


 いつ強面教師の怒りが爆発するのかとこっちは気が気ではない。


「……お前は確か学園長が目をかけているという特待生か……お前が何を言っているか、私にはさっぱり分からんが教師にその態度とは、ハッ、舐められたものだな」


 見ているだけで背筋が凍ってしまう光景だ。あんな強面に突っかかるなんて、こいつ怖いもの知らずか。


「少々教育が必要なようだな」

「……っ、がはっ……答えろよ」


 フックがジークの胸ぐらを掴んでいる。やばい……。止めるべきか、と思うが足がすくんで動きだせずにいると――


「おい、そこに隠れている奴出てこい」


 背筋が凍った。バレてしまったか。仕方ない。


「す、すみません!」


 俺は観念して角から出ると、ジークの頭をガシッと掴んで無理やり頭を下げさせようとする。俺はジークと知り合いの振りをすることにしたのだ。


 だが、ジークは俺の手を振り払って睨みつけてくる。


「お前は……王国の……」


 フックが俺を見つめ、ため息をついた。俺の素性は当然知られているらしい。


「おい、お前らどういう関係だ」

「いえ、ちょっとたまたま仲良くなって。たまたま見かけたのでつい割り込んでしまいました。こいつが失礼なことを言ったんですよね? 俺も謝りますから、どうか今回は見逃してください!」

「………」


 まずいな。これで誤魔化し切れるだろうか。見下ろしてくるフックの視線が一層厳しくなっている気がする。だが、それなら何か言い訳を、と思考を巡らせているうちに――

 

「二度目はないからな」


 そう言い残し、去っていくフック。緊張が解け、どっと疲れが押し寄せる。


「お前……なんなんだよ。誰だよ」


 残されたのは俺とジークの二人だけ。


 ジークは困惑した表情で俺を見つめている。


 こいつは今両親を魔族に殺され、心を閉ざしている。誰も信用せず、全てを一人で抱え込み両親の敵を求めここまでやってきた。誰ともなれ合うことなくただ席に座り敵意を隠さないその姿が思い起こされた。


 そんな彼に俺はヘラッと笑って声をかけてやるのだ。


「まあ、助け舟を出してやったってことよ。感謝しなよ?」


 これが俺とジークの初対面だった。

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性悪王女と奴隷の俺~エロゲ世界に転移したけどハードモードの日々でした~ みけねこ @wonderwall

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