第39話 魔剣使いのバトラー1
「本当にあなたは素晴らしいですね。絶大な魔力だ。とても人間とは思えない」
「……誰?」
一見するとニコッと爽やかな笑みを浮かべる男。だが、その頭には二本の角。魔族の証だ。
ルーナが俺のほうに一瞬だけ目を向けた。彼女の言いたいことは手に取るように理解出来る。
なんで魔族がいるのか。知っていたなら何故言わなかったのか。そう言いたいのだろう。
だが、これは俺にとっても全く想定外の事態だった。
「私は魔剣使いのバトラー。お見知り置きを」
魔剣使いバトラーは魔王配下の大魔族。魔王側近にして物語終盤の強敵だ。こんな所で登場していい敵ではない。なぜ、こんな所にバトラーが? ありえない。
そんな疑問で俺の頭は埋め尽くされる。
「……私に何の用かしら?」
「魔王様の命であなたを始末しに参りました。ルーナ・バズコックス様。あなたは危険だ」
その時、バトラーが直立不動のまま剣を振るった。すると、剣がゴムの様に伸びたのだ。
「……!」
ルーナは驚きで目を見開く。持ち主の腕の動きについてくるように、ヒュンと風を切る音を立てて剣先がルーナに迫る。まるで鞭のようだ。バトラーとルーナの間には普通の剣なら間合いを詰めなければ届かないほどの距離が空いていた。
だが、バトラーの魔剣ならば話が変わる。その特徴は一言で言えば変幻自在。伸縮も柔剛も持ち主の思い通りに操る事ができる。
周囲の木が斬撃で切られて倒れた。この木が自分の体だったらと想像すると背筋が凍る。
「ふふふっ、準備はよろしいですか?」
バトラーの怒濤の攻撃が始まった。ルーナは的確に障壁を展開して一つ一つの攻撃を裁いていく。
斬撃が障壁にはじかれるたびに金属同士がぶつかる耳をつんざくような音が絶え間なく響く。目を開いているのも恐ろしいが、目を閉じているのはもっと恐ろしかった。すぐ近くに死の気配を感じる。俺は息を潜めながら、その戦いを瞬きもせずに見ていた。
*
「どうやら、私の方が優勢のようですね」
「くっ……」
暫くの攻防の後、ルーナは防戦一方にまで追い込まれていた。
地面にへたり込んでいた俺の体に、攻撃に押されてジリジリと後退した彼女のブーツがトンと触れた。
このままじゃ不味い……。
そんな考えが顔に出ていたのだろうか。
「安心しなさい。この私が負けると思う?」
ルーナはそう言うとふわりと飛んで、敵の背後に回った。相手の背に向けて、杖を向け魔方陣を展開する。
だが、バトラーの方が技の速度で勝ったようだ。ヒュンと魔剣を振るうと、また鞭のような斬撃が放たれる。
「……!」
障壁を作り慌てて防御に回る。だが、刃が障壁に当たった瞬間、刃先が障壁を迂回するようにぐにゃっと曲がった。
「な……」
剣先がルーナの左胸に突き刺さった。服が赤黒く染まっていく。手から力が抜け杖がカランと音を立て地面に落ちた。
「ぐっ……がっ……」
痛々しく苦しそうな声だ。足がガクガクと震えている。
「大丈夫ですよ。安心して下さいね。すぐに楽になりますから」
「っ……」
傷口から血が刃を伝い柄に向けてじわじわと逆流していく。バトラーの剣は血を吸うことで強化されるのだ。人間を切れば切るほど強くなる魔剣だ。
「ふふっ、この子、まるで生き物みたいでしょう?」
そう言って片手で握った魔剣を愛おしむように刃をツウと撫でた。指が切れて流れた血が染みていく。
「この子はね。血を飲めば飲むほど強くなるんですよ? 本当に可愛いでしょう」
血を奪われたルーナは貧血状態に陥っているのか虚ろな目をしている。
「…………」
胸に刺さっている刃を手で強く握りしめた。彼女の手の内が切れて鮮血に染まる。なんと、その部分から剣先が切れた。
「……!」
すぐに魔剣は再生してもとの姿を取り戻す。
「ぐっ……かはっ……」
ルーナが血を吐く。その体が白く淡い光に包まれた。回復魔法だ。
彼女の胸に突き刺さったままだった剣先が自然に抜けるて地面に落ちると、魔力の粒子となり自然に消えていった。
「はあ……はあ……」
「さぞかし辛かったでしょう? 痛かったでしょう? まさかこれを続ける気ですか?」
「……馬鹿にしないでよ。私は誇り高いこの国の王女なの。これくらい何とでもないわ」
彼女は尚も闘志を失っていなかった。ただ使命感だけをエネルギーにして立ち上がろうとしていた。
「そうですか。流石です。なら、続きと行きましょうか」
戦いが再開された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます