第40話 魔剣使いのバトラー2

 あれから何分が経過しただろう。


 ルーナは何度も傷を負っては回復して立ち上がる。何度もバトラーの死角を狙うもすべて行動を読まれ防戦一方だった。


「やはり速度では私が勝るようですね。ルーナ様の血を吸ってこの子も満足そうだ」

「ぐっ……がはっ………」


 彼女は苦しみつつもキッと眼前の敵を睨み付ける。


「どうしましたか? さっきまでみたいに回復魔法を使わないのですか?」

「っ……」


 ルーナの魔力が遂に尽きたようだ。立つ力を失った様にその場にへたり込む。


「………やはり所詮は人間の魔力量ですね。もう回復も出来ないのでしょう?」


 バトラーは血を吐きながらひざまづくルーナにゆっくり近づき、魔剣を彼女の首にあてがった。


「死んで下さい」


 死刑宣告だった。


 俺は隅の方でガタガタと震えてルーナが苦しむのを見ることしかできなかった。このままではきっと彼女は殺されてしまうというのに。


 いや……そもそもルーナが殺されたら俺は困るのか?そんな疑問が湧いてくる。バトラーの狙いはルーナだ。

 奴は幸い自分のことを脅威として認識していない。魔族は魔力量で強さを量る。魔力の無い自分など彼らにとってはゴミ同然。実際、バトラーは俺の方を最初に一瞥してから一度も見ていない。


「ねえ……」


 仮にルーナが負けたとしても自分だけは見逃してもらえるかもしれない。ルーナのことも王国のことも自分には関係ない。最悪、命乞いでも何でもすればいい。そんな最低な考えすら湧き上がってくる。


「……何でしょう」

「私は殺しても構わない。でも――王国の民だけは見逃して。どうか、お願い……」


 毅然とバトラーを見つめて言う。戦う力を失い、その命が尽きようとしているその瞬間もその瞳にはまだ王女としての使命を果たすという意志が宿っていた。


 そもそも、俺はあの女のことなんて大嫌いだったじゃないか。横暴で自分勝手で嘘つきだ。

 最初の出会いから最悪だった。自分の都合で召喚しておきながら俺のことを奴隷だと言い放った。それからというもの自分が王女の立場であるのをいいことに、女装させられたり、女装した俺のことを異性として狙っているストラマー辺境伯の所に行かされたり、あの女の俺に対する仕打ちは酷いものだった。

 態度は冷たいし、俺に向けられる言葉は悪口ばかりだ。今、こんな悲惨な状況に巻き込まれているのも、全部アイツのせいじゃないか。そんな女のために必死になってやる義理など無い。


「敗者の言うことを聞いてあげる義理などありませんよ」


 ルーナがどうなろうと俺には関係ない。


「これで最後です」


 ――バトラーが魔剣を振り下ろそうとした、その時。


 自分がこんな行動をとったことが信じられなかった。頭はほとんど真っ白で自分の意思で取った行動だったのかも分からない。考えるより先に体が動いたのだ。こんな経験は初めてだった。


「ま、待て!」


 肩で息をしつつ声を挙げる。自分でも分かるほど酷く震えた声だった。格好もつかない。バトラーの意識が初めて俺へと向かった。


「……何ですかあなた?」

「……あ、アンタ、ど、うして……」


――気づけば俺はルーナとバトラーの間に入るように駆け出していた。



 自分のとった行動を認識して愕然とした。足が自分を嘲笑うように震えている。


 考えもなしに俺は、一体何をやってるんだ?


「…… 興ざめですね。私は今、ルーナ様とお話をしているのですがね……君は使用人ですか?」


 バトラーが尋ねる。


「お、俺は……」


 ルーナの何だ? 咄嗟に聞かれて上手く答えることが出来なかった。 


「君からは魔力が全く感じられなかった。魔法もろくに使えないのでしょう? 君に何ができるというのですか?」


 そうだ。自分には何の力もない。レーナードへの道中、エルダートレントに遭遇した。想定外の出来事だった。護衛の騎士達は勇敢に戦った。そしてルーナは圧倒的な魔法使いとしての才を見せつけ魔物を倒した。

 だが、その時、俺は目の前で巻き起こる暴力の応酬に震えることしか出来なかった。ブラックモアとの戦いの時もそうだ。痛いほどに自分の無力さを思い知った。そして今も。


「はあ……端でじっとしていたら良かったものを」


 バトラーは目を細めて冷たく言い放つ。


「今すぐどけ。十秒以内だ。そしたら、その度胸に免じて殺さないでやる」


 作戦も何もない無鉄砲な突貫。勇敢と無謀は違う。


 ほら、結局何も出来ないじゃないか? 無力だというのにどうして自分はどうしてこんな事をしたのだろうか。救世主気取りか?


「十、九……」


 バトラーがカウントを始める。そのカウントの音をかき消すくらいに心臓の音がうるさい。怖くて怖くてどうにかなってしまいそうだ。


「な、何してるのよ!」


 その時、背後から叫び声が聞こえた。その必死な声は普段の調子とはあまりに違って、一瞬誰だか分らなかった。でも冷静に考えればそれ一人しかいない。


――声の主は俺の背後で地面に膝をついたままのルーナだった。

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