第25話 慰問2

 俺達は慰問を終えて教会を出た。


「王女殿下。あの子が申し訳ありませんでした。改めて非礼をお詫びします」


 馬車に乗り込もうとするルーナに司教は振り返って深々と頭を下げる。あの子とはアリシアと呼ばれていた幼女のことだ。彼女は自身の母親の病状を訴えようと司教やシスターの制止を振り切ってルーナに駆け寄っていた。


「頭を上げて下さい。その件はもういいですから」

「……殿下の寛大な心に感謝します」


「それよりも――」

「司教はあの子に伝えたのですか? お腹の子供を生むことが出来ないということを」

「…………」

「彼女がどれほどショックを受けるか分かってのことですか?」


 ルーナは責めるように司教に言った。


「……本当はこのことは秘密にしておくつもりだったのです。話せば母親が倒れてショックを受けた彼女に追い打ちわかけることになるのはわかっていましたから」

「…………」

「ですが、シスターと治療の方針について話してるときの会話を彼女に聞かれてしまったのです。本当にアリシアには申し訳ないことをしたと思っています」


 司教は目線を落として力なく言った。


「あの子の母親……最後まで目を覚ましませんでしたね。回復魔法をかけたら心なしか穏やかな表情をしていたような気はしましたが……」

「沢山の瘴気の被害者を見て来ましたが、彼女の母親のような成人が意識を失ってしまうほどの重体になることは滅多にありません。幼い子供や老人なら分かりませんがね」

「ならば、どうしてでしょうか?」

「実は調べた所あの子の母親は生まれつき病弱だったようなのです」

「……あの子はつい最近まではお母さんは元気だったと言っていましたが」

「多分娘の前ではずっと気丈に振る舞っていたのでしょう。ですが三年もの間、瘴気にさらされた結果ついに限界が来て倒れてしまった」

「そうですか……」


「王女殿下、そういえばさっき皆にかけて回った回復魔法は……」


 アリシアの母親に魔法をかけた後はルーナはシアンさんと手分けして回復魔法をかけて回った。

 一人一人の手を握り話を聞いた。アリシアの母親や一部の人以外のある程度体力のある人達は意識がはっきりしていたのだ。

 今の生活で困っていることは無いか。どんな症状に悩んでいるか。中には王女殿下自らが優しく話してくれた事に感動の余りに涙を流す者もいた。


「持続型の回復魔法です。既存の術式を改良してみたのですが……上手く行ったようで本当に良かったです」

「やはり……いやでも、まさか、そんなことが……」


 老人は大きな教会の司教になるだけあって回復魔法に関してはエキスパートのようだ。だが、そんな司教でもそ今まで見たことも聞いたこともなかったような魔法らしい。


「私なりに研究してみましたが、それでも多分一週間と持たないでしょう。難しいものです」

「…………」

「やはり根本的な解決をするしかないようですね」

「恐れ入りますが、瘴気が私の領内で発生してからもう三年が経ちます。それ以来何も原因がわかっていないのですよ? 今さら見つかるとは思えませんが……」


 辺境伯が横から口を挟んだ。


「私は諦めませんよ」


 ルーナは尖く辺境伯を視線で射すくめた。


「――約束しましたから」


 俺はさっきまでの教会での出来事を思い出していた。


 可哀想だな、と同情することは容易い。でもあんな風に声をかけてやることができるだろうか? 抱きしめてやることができるだろうか? 安心させてやることができるだろうか? 

 そんな気持ちを抱えながら、俺は瘴気に冒された人達に回復魔法をかけて回るルーナを見ていた。


 そして、治療が終わるとルーナは教会の壇上に上がってその場の全員に呼びかけたのだ。


『こんにちは、皆さん』


 呼びかけるまでもなくこの場の全員の視線はルーナに向けられている。


『あなた方の苦しみは私の手のひらではとてもすくいきれないほどのものでしょう。でも、私はこの国の王女として必ず瘴気の原因を突き止めてあなた達を苦しみから解放します』

『だから、あと少しだけ。あと少しだけ。耐え忍んではもらえませか』


 その場の誰もが彼女の話に聞き入っていた。彼女から目を逸らしている者などただの一人もいなかった。


「約束……しましたから」


 ルーナはまるで自分に言い聞かすようにまた繰り返した。


「…………」


 重苦しい沈黙が立ちこめた。瘴気の原因を突き止めて解決するという彼らとの約束。それを果たすのが極めて難しいことは、辺境伯、司教、そしてルーナ自身、その場の誰もが理解していた。瘴気が発生して被害が出始めてから数年、誰もその原因すら分からなかったのだから絶望するのも無理はない。


 ――だが、俺は知っている瘴気の原因もそれを解決する術も。

 だからこそ、ここまでやって来たのだ。

 俺の肩にあの幼女の母親のそして瘴気に冒された王国の民の命運が掛かっていると思うと、気が引き締まった。


「……一旦、屋敷に戻りましょうか」


 立ちこめていた沈黙を破ったのは辺境伯だ。


「ええ」


 その言葉に従って、俺達は馬車で教会を出発した。

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