【プライド・フロム・マシン】 #2

鋼鉄の扉に朱色の線が引かれてゆくのを、人々は戦きながら見つめた。分厚い鋼鉄をも貫く振動は、それに伴い強まってゆく。扉の向こうに存在し得るものを、人々は知っている。それから逃げるように、ここに集ったのだから。朱線は太くなり、白み始めた。そして…扉諸共、爆発した! 1



「「「人類!完殺!」」」爆ぜ溶けた扉を踏み越え、炭めいた黒をパーティクルじみて散らす異形の機械が殺到する!「殺人ロボットー!」逃げ惑う人々!「虐殺ダ!」「みッ」転んだ女を槍が貫く!「鏖殺ダ!」「あばあッ!?」走る男に斧が振り下ろされる!「「廃棄処分ダ!」」老人が!若者が!死ぬ! 2



…別の避難所!電子機械で作られていたこのビルディングは全ての電源を落とされ、原始機械の砦と化していた。その一角、人の気配に乏しい薄暗がりにて肩を支え合う男女あり。彼らは父母に決められた許嫁を振り切り、駆け落ちしてツクバを訪れたのだ。この場に彼らの知己はなく、慰め合うしかない。 3



ドオン…ドオン…。音が響く。「何だろう…少し様子を見てくる」離れようとする男の腕を女が掴む。「行かないで。お願い…」「麻里…」その瞬間、壁が倒壊して女を潰して殺!「アバーッ!」「麻里ーッ!」「「人類!完殺!」」異形の機械が壁穴から殺到、男を引き裂いて殺!「ぎいっあッ」 4



…別の避難所!建物の構造が突如として変質し、撲滅歯車じみて回り始めた石材床に老人が挟まれる!「がばああああ」「父さん!」男が老人の腕を掴んだ瞬間、天井が降り、老人諸共に男を磨り潰した。否、彼らだけではない。同じ部屋、別の部屋。建物内部の全人間が潰され千切られ、鏖殺されていた。 5



黒をパーティクルじみて散らす異形の機械群が、変容する建物を取り囲んでいた。建物は…おお、何ということか…!さながら邪悪なる滅裂殺巨大戮タカアシガニロボットめいた姿に変わり、その巨体を持ち上げたではないか!「人類!完殺!」威容を崇める機械たち。血の紅が、涙じみて巨体より流れる。 6



ツクバ・シティは、人類完殺を謳う機械が跋扈する殺戮の巷と化していた。紅いエネルギーラインが走る黒き機械の犬を伴い、ガロは死を歩き渡る。おお、ガロよ。機械を管理すべき最強無敵のAIよ。伏せたるその紅き瞳で何を見、何を想うのか。 7



十字路に差し掛かるガロ。彼は何かを考えるように顎を擦ると、やがて来た道を引き返した。犬はその背を見送ると、あるじとは別の方向に歩き出す。どちらの動きにも迷いはなく、真っ直ぐであった。2つの影は、地獄を闊歩する。 8






探偵粛清アスカ

【プライド・フロム・マシン】 #2






宏樹はナイフに纏わりついた循環液を払い、納刀した。大通りには黒を散らす異形の機械…その残骸が折り重なり、墓標めいている。血のように赤いエネルギーの残滓が蠢き、そのあるじが藻掻くように明日香の足首を掴んだ。「人間…殺ス…」明日香は溜息をつくと、瀕死ロボットをストンプ破壊した。 9



「キリがないな」宏樹がぼやいた。「この調子じゃ自衛隊のツクバ殲滅戦開始時刻になっちまうぞ」「そんなこと言われてもさ」明日香は携帯端末のMAPアプリを呼び出し、自分たちを表す青い光点と、南下した先にある赤い光点を見比べる。「この大通りが最短ルートだからなあ」「ウウム」 10



二人は、病院を南下した先にある小規模な工場地帯を目指していた。所謂町工場と呼ばれるものが集まった地域である。ツクバではそういったものの保護も積極的に行われている。大規模な電子機械化がなされないここならば、明日香の面…彼女の氷の異能の源たるネオギアを修復できると踏んだのだ。 11



問題は大通りを南下する為、否が応でも殺戮機械の目に留まることであった。現状出現するものは弱く、対処には困らない。『5474N』という特有のWi-Fiも飛ばしており、接近感知も容易だ。だが、今後に強力な敵が現れないという保障はなく、この都市にはルミナスバグもいる可能性が極めて高いのだ。 12



宏樹は明日香の端末を覗き込んだ。「このルートで迂回するのはどうだ」「時間掛かりすぎるよ。せっかく真っ直ぐな道があるんだから、真っ直ぐ行かなきゃ損でしょ」「お前が道覚えられないだけだろ」「はぁ!?そんなことねえし!鼻毛出てるんだよ」「…」宏樹は背を向け、鼻毛を抜いた。「痛ッ!」 13



「生き残りが誰もいないとは流石に考えられない。逃げるなら歩きの人はまず大通りを避けるし、機械達だってそう考えるんじゃない?」「…それもそうか」頭を掻く宏樹。「群れと鉢合わせたら、長い縦列と斗うことになる。現実的じゃないな」「でしょ」「お前、考えてたんだな」「はぁ~!?」 14



明日香は宏樹の胸ぐらを掴んだ。「あったま来たこの野郎!今ここでケチョンケチョンにしてやる!」「おーい」「そんなことしてる場合かよ」「おーい!」「うっさい!」明日香は宏樹を背負うようにし、一本背負いめいて投げ飛ばした。宏樹は体を捻って着地。苛立たしげに明日香を見…固まる。 15



「篠田」「どしたァ、怖気づいたか!?」「おーい!」「後ろだ」「そんな手に引っかかるか!」「いいから後ろを見ろ!」「あぁ…?」苛立たしげに振り向く明日香。そこには闇色のパーカーを来た青年がいた。濡羽色の髪の下、血のように紅い瞳が呆れたように揺れている。「やっと気付いてくれた」 16



青年は咳払いし、明日香たちに芝居がかって手を差し伸べた。「改めて…お困りかな、親愛なる隣人よ。僕に話を聞かせて貰えるかい?」沈黙が落ちた。不審と胡乱の沈黙だった。明日香は歩み寄っていた宏樹と見合わせ、肩を竦めた。「行こっか」「だな」「ちょいちょいちょいちょいちょいッ!」 17



青年は、立ち去ろうとする明日香らに大股で追い縋る。「いいの!?明らかに訳知りの人だよ!?」「俺たちに突然芝居を始める隣人はいない」「仕方ないだろ、そういう決まりなんだから!」「そんな仕事、やめたらどうです?」「そんなことできるか!僕はここの管理AIなんだよ!」「ほう」 18



二人の足が止まった。全く同時に、青年に対して値踏みをするような視線を向ける。「管理AI…つまり機械。今、ツクバで機械ほど信用できないものはありません」「そういうことだ」宏樹はナイフを抜き、指で回すと青年の首に突き付けた。瞬間、宏樹の眉根が寄る。「どうしたの?」「…ホログラフだ」 19



「そうなんだよ」当てがわれた切先からわずかにノイズを走らせながら、ホログラフ製の青年は肩を竦めた。「今、僕はほぼスタンドアロン状態なんだ。ツクバの殺人機械をどうしようもできない。逆に、殺人機械から干渉もされないけど。それが僕が狂ってない証明になるんじゃないかな」 20



「…いいだろう」宏樹はナイフを回し、しまう。明日香は警戒を絶やさぬまま青年を見る。「それで、管理AIが何の用です」「ガロ」「?」「僕の名前」ガロは朗らかに笑った。「…(株)ハイドアンドシーク諜報部13班、原 宏樹だ」「同、監査官代理の篠田 明日香です」「監査官?探偵の粛清?」「ええ」 21



「そうか…それは丁度よかった」ガロはわずかに目を伏せた。ドームの空を瞬間的にノイズが覆い、彼の顔を影が隠す。しかしそれが晴れた時、ガロは再び笑顔を貼り付けていた。「それで、用件は?」「君たちが目指す場所への近道を教えてあげる。代わりに」ガロは指を立て、明日香の鼻先に向けた。 22



「《ベルゼブブ》を斃してほしいんだ」 23



────────────────



タイムリープは眼下に広がる闇を見通す。闇の底、ツクバ・ドーム外縁には、ドームを囲むように、ずらりと並んだ戦車隊と歩兵部隊が広がる。牙を剥き出す獣のように、口を開いたSSM(地対地ミサイル)が物々しい。「しかもありゃ核弾頭式じゃねえか?ツクバを滅ぼす気かよ。自衛隊が聞いて呆れるぜ」 24



それでも今日の自衛隊の戦力はあまり当てにはなるまい。ここを突っ切り突破することはできよう。…自衛隊だけが相手ならば。タイムリープの目は、展開する自衛隊のあわいにAAA«エースリー»の部隊が点在しているのを認識していた。トモシビグループ最強の会社を相手取るのは、無謀そのものだ。 25



「別の道探すか…」タイムリープは振り向き、飛び降りた。ノイズ混じりの空に走った亀裂が遠ざかり、病んだ光を受ける瀝青の伽藍が近づく。ツクバ・シティ。機械が血の宴を繰り広げる、終わった都だ。遠く、残酷巨大タカアシガニめいたロボットが蠢くのを見ながら、前転着地する。 26



タイムリープは、明日香に断たれた腕を補綴するべくツクバを訪れていた。ここで何かが起きていることは把握していたが、質がよく、早く、安い。サイバネ手術に重要な3点に於いて、ツクバを上回る場所はない。そのまま殺人機械を狩って遊んでいたら、いつのまにやら都市が自衛隊に包囲されていた。 27



じきに殲滅戦が始まるだろう。それまでにこの街を脱出しなければ、命はない。結果のわからない斗いが好きなのであって、負け戦も勝ち戦も趣味ではない。なれば問題は『どこから抜け出すか』だが…。「人間…殺ス…」横道より聞こえる濁った声。タイムリープは溜息をついた。 28



建造物のあわいより異形の機械群が姿を現す。黒をパーティクルめいて散らすそれらは、カメラアイを真っ赤な殺戮の歓喜に輝かせ、タイムリープを見た。「はァ~…」タイムリープは頭を掻いた。興味のないものを前にした子供じみた目を、所在なさげに漂わせる。「もう遊んでる暇はねぇンだよなァ」 29



次の瞬間、突如として何かが先陣を切る機械を貫き倒した。「!?」危険を察知した機械たちの足が止まる。遅れて銃声が鳴り……否、実際、銃爪が引かれたのは、先頭機械が倒れてより後であった。「見えたか?見えねェよな。未来からの弾丸なんてよ」タイムリープは硝煙を振り払った。 30



「「「ピガガーッ!」」」機械の群れが殺到した!タイムリープは鼻を鳴らすと、ダスターコートを広げた。その内側には大量の50口径リボルバー拳銃がマウントされており、タイムリープはそれを抜くと次々に放り投げる。「ピガッ!」殺人機械が斧を振り下ろす!しかし機械の胸には、既に銃口が向く! 31



BLAM!「ピガガーッ!」動力部に風穴を開け、機械は倒れ込んだ。タイムリープは続く機械を睨み付け、そちらに銃を向ける。BLAM!「ピガガーッ!」「ピガッ!」斃れる同胞を跳び越え襲い来る者あり!「せいッ!」銃撃反動を速度に転化したキックが迎撃!「ピガガーッ!」「ピガッ」「ピガッ」 32



壁を蹴り跳び、後方に回る機械の一群をタイムリープは見た。包囲殲滅の腹積もりか。「くだらねぇ」タイムリープは正面機械を銃撃殺すると、反動キックで側面機械を破壊。「「ピガガーッ!」」勢い足元の拳銃を蹴り上げ掴むと、他方の機械を銃撃破壊!「ピガガーッ!」 33



「せいッ!」銃撃反動を活かしバク転跳躍!BLAMBLAMBLAMBLAM!上方からの銃撃で機械の群れに穴を開ける!「「「ピガガーッ!」」」斃れた機械が地面の拳銃二挺を跳ね上げた。タイムリープはそれを掴んで着地、同時に銃撃!BLAMBLAM!「「ピガガーッ!」」「せいッ!」反動キック!「ピガガーッ!」 34



BLAMBLAM!「「ピガガーッ!」」「せいッ!」反動キック!「ピガガーッ!」拳銃を投げ捨てると、足元の銃を蹴り上げ掴む!BLAM!「「ピガガーッ!」」「ピガッ!」BLAM!「ピガガーッ!」側方からの斧斬撃を倒れ込んだ機械が防ぐ!BLAM!「ピガガーッ!」機械貫通弾丸が投げ捨てた拳銃を弾く! 35



タイムリープは戻り来た銃を掴むと、機械の隙間を縫って弾丸を通し、別の拳銃を跳ね上げた。全ての弾丸は、彼の緻密な計算に基づき展開している。おお、何たる空間を完全に支配したシステマティック極殺領域戦斗か!否、此は最早戦斗にあらず。蹂躙。そう、機械が人に、踏み躙られていた! 36



BLAMBLAMBLAMBLAM!「「「ピガガーッ!」」」BLAMBLAM!「「ピガガーッ!」」「せいッ!」「ピガガーッ!」BLAM!「「ピガガーッ!」」「せいッ!」「ピガガーッ!」BLAMBLAMBLAM!「ピガガーッ!」  37



「せいッ!」「ピガガーッ!」BLAM!「せいッ!」「「ピガガーッ」」BLAM!「ピガガーッ!」BLAM!「ピガガーッ!」BLAMBLAMBLAMBLAM!「「ピガガーッ!」」BLAMBLAMBLAM!「「ピガガーッ」」「せいッ!」「ピガガーッ!」BLAMBLAM!「「ピガガーッ!」」BLAMBLAM!「「ピガガーッ!」」…… 38



……KILLIG、KILLIG、KILLIG……。薬莢の転がる音が響いた後、静寂が訪れた。「ちッ」残心したままに舌を打つタイムリープ。地面に落ちている銃の一つがブレイクオープンし、撃ち殻を地面に吐き出していた。常の彼ならば有り得ぬミスであり、未だ義手が馴染み切らぬ証拠だ。 39



今はまだ弱敵ばかり故に何事もないが、今後どのような怪物が現れるとも限らず、それが自分を歯牙にも掛けぬ強者でない保証もない。やはりツクバ脱出が急務だ。タイムリープは残心を解くと拳銃を拾い集め、弾丸を込め直す…。 40



…黒い機械の犬が、タイムリープの姿を眺めていた。血のようなエネルギーラインが体表を走り、その明滅に合わせ、音声情報が発信される。「繧ウ繝溘Η繝九こ繝シ繧キ繝ァ繝ウ縺ッ蝗ー髮」縺ィ謗ィ貂ャ縲ゅヤ繧ッ繝千?エ螢願ィ育判縺ォ闍・蟷イ縺ョ菫ョ豁」繧定ヲ∬ォ九?よ姶蜉帙r蝗槭&繧後◆縺」 41



───────────────



二八式警備機人は警備ロボットの最新型である。数億に渡る思考モデルによる擬似感情機能を搭載。その場に最適な行動を選択し、市民に不安を与えない。戦闘能力も高く、中型クラスマルファクターを狩猟することが可能だ。これの登場により、多くの武装ボランティア隊員が転職を余儀なくされた。 42



ツクバに於いて、二八式警備機人はツーマンセルで扱われる。友好的に振る舞う者と、徹底して合理的に振る舞う者。二者の掛け合いが市民の心をほぐし、親近感を抱かせるのだ。しかして本質は変わることなく戦闘機能を保持した警備機械であり、それは現在の暴走状態にあっても何ら変わりはしない。 43



一機の二八式警備機人が、瓦礫の隙間より通りの様子を伺う。覗いた程度では見えないが、動体センサーには多数の反応があり、それらは全て『5474N』という名のWi-Fiを放っていた。原因不明の暴走状態にある機械の特徴だ。「こっちは駄目だな」機人は独り言つと、しめやかにその場を離れる。 44



周辺を警戒しながら歩く。彼…型式番号28-10773は、3日前に整備工場で目覚めた。28-10551以外に仲間がおらず、かつ警備本部と連絡が取れないことから、ツクバに異常が発生していることを知る。だが整備工場には、両親とはぐれ、逃げ込んできた少女がいた。 45



善良なる市民に寄り添い、味方をすること。それが彼ら機械化警備隊…ツクバ・ガーディアンの基本原則だ。少女を保護し、(存在するなら)安全な場所へ送り届けること。彼ら二機はそれを最重要目標と定め、行動を開始した。 46



安全地帯を求める彷徨の中で、分かったことは2つ。機械の暴走は外的要因、それも恐らくWi-Fiに起因すること。それは機械から機械へ『感染』することだ。機械化警備部隊は、それに呑まれ既に全滅していた。ならば自分たちだけで、何としても少女を安全な場所まで送り届けなければならない。 47



「…その時、なんと!849はゴキブリを自分の動力部に放り込んじゃったんだよ!」瓦礫の陰より、28-10551のボイスを検出する。28-10773は、呆れたように表情ディスプレイを消灯した。28-10551は道化役の経験が多く、少女の不安を除くのに適していると判断したが、こう大声を出されては敵わない。 48



しかしそれでも動体センサーが捉える少女の動きは静かなもので、彼女が極度緊張下にあり続けることを示している。「いま彼女に必要なのは、まずは休息か…」「あ、773。お帰りー」独り言に反応したか、28-10551が顔を覗かせた。「どうだった?」「駄目だ。あっちは暴走体でいっぱいだ」 49



「ウーン」考え込む28-10551。「けどあの道が最短ルートだからなあ。あそこ抜けるか否かで30分は違うよ?」「それは以前のツクバのデータだ。今のツクバなら、日単位で考えた方がいいだろう」「日!?そんなに掛けたら、あの子が保たないよ」「ならば強行突破するか?」「無理無理」 50



28-10551は肩を落とした。自分たちで掃討するにしても、確実に手傷を負う。そうなれば『感染』し、全てはおじゃんだ。「別ルート探るにしてもさ、こんなん続いたらあの子が潰れちゃうよ。今でさえ、僕の爆笑トークにクスリとも笑わないんだ」「君がつまらないだけだろう」「あー!?何だよそれ!」 51



「自分は面白いと嘯く人間ほどつまらない。よくあるだろう」「僕らロボットでしょ」28-10551のツッコミを無視し、28-10773は続けた。「君の会話センスについては置いて、まず彼女に休息が必要なのは違いない。そこで」28-10773はマップデータを共有した。現在地から数100m地点に光点が示される。 52



「ラーメン屋?」「飢えは人を苛立たせ、ネガティブにする。まずはここで食事させることを提案する」「フムフム」28-10551は、自分たちに背を向けうずくまる少女を見た。確かに、彼女はまともな食事をできていない。ここで足を休めるのが懸命だろうか。「異議なし!行こう」「声を抑えろ」 53



28-10551は少女の前でしゃがみ込み、目線を合わせた。「そろそろ行こうか。次はご飯が食べられるところに向かうよ」「…」少女は抱えた膝に顔を埋めたまま動かない。「ウーン」考え込む28-10551。やがて彼は、遠くドームの空を指差した。「アッ!あんなところにUFO!追いかけてみようよ!」「…」 54



「やはり君はセンスがないようだ」「何だよー!だったらどうすればいいってのさ!」「まず声を落としてだな…」28-10773は、そこで言葉を切った。そして二機は同時に次元断裂アックスを掴む。「「人間…殺ス…」」瓦礫より異形の殺戮機械の群れが姿を現す。「ひ…」少女が恐怖に息を詰まらせる。 55



警備機械は互いに視線を合わせ、頷いた。「ピガーッ!」瞬間、殺戮機械が跳躍!「SMASH!」28-10551はアックスを振り下ろす。その先には28-10773のアックス!「SMASH!」アックスがぶつかり、28-10551は跳躍機械よりも高く跳ね上がる。彼の腕から機関銃が飛び出し、下方、機械の群れへと向けた! 56



BRATATATATA!「「「ピガガーッ!」」」弾丸が殺戮機械の群れを穿ち食い千切る!貫いた弾丸は跳ね踊り、周辺空間を侵す。「おっと」28-10773は少女に覆い被さり、跳弾から守った。「ピガ、ガッ…」生き残った機械は天を見上げる。アックスを翳し、落ち来る28-10551を。「SMASH!」「ピガーッ!」 57



最後の殺人機械は、正中線で分かたれて活動を止めた。「楽勝、楽勝」28-10551はアックスを肩に担ぎ、笑った。「773、そっちはどう?」「問題ない。折角塗ったペンキが剥げてしまったが」28-10773は、少女から離れた。「あんな作戦を瞬時立案するとは。やはり君はよい戦闘経験を持っている」 58



「あんまり嬉しくないなあ」28-10551は肩を竦めると、少女に手を差し伸べた。「そんな訳で、ここは危なくなった。だから行こうか」「…」少女の瞳は、怯えから頑なへと戻っていた。だが、迷うようにその手を見つめる。やがて少女は、待ち続ける28-10551の手を取った。「いい子、いい子」 59



周辺に目を向けながら、二機と一人は歩き出した。砕けて裂けたコンクリートを避け、黒く濁った血と循環液を踏む。青い空を映すドーム天蓋スクリーンにノイズが走り、ツクバ地表に幽かな影を落とした。少しずつ頻度が上がっている。天を見上げていた28-10773は、悲しげに表情ディスプレイを消した。 60



少女がわずかに顔を上げた。「いいにおい…」「ニオイ?」二機は臭素センサーをオンにした。「これは、アリシン…」「アリシン?ニンニクだって?」「あそこからだ」28-10773が指し示したのは、ラーメン屋『海老庵』…少女の食事の為に向かっていた、その場所であった。「誰かいる…!」 61



当然、機械はラーメンを食べない。しかし臭素センサーを持ち合わせた機械も暴走しており、それによって人間存在が露呈することもある。にも関わらず、ここで何者かがニンニクに何かをしている。考えられるのは人間……それも、かなりの強者!「行こう」機械たちはラーメン屋の暖簾を潜った。 62



店内は『鰻の寝床』と呼ばれる造りで、丸椅子がずらりと並んでいた。それぞれの席は仕切りで独立しており、武骨で孤独で、しかし豊かな食事の場が演出されている。厨房に立つのは銀髪の少女。一目で分かるほど不器用に刻まれた野菜を、中華鍋で炒めている。明らかに容量オーバーだ。 63



「あの~」絶句する少女をよそに、28-10551は銀髪の少女に声を掛けた。「すみませーん」「後にしてもらえる?」銀髪の少女は冷ややかに答えた。大きく鍋が振れ、野菜が次々と地面に落ちた。その瞬間、警備機械らは微弱なWi-Fiをキャッチした。『LUCIFER』。発信源は、銀髪の少女であった! 64



「「動くな!」」二機は同時に腕部機関銃を銀髪の少女…《ルシファー》に突き付けた。生身でWi-Fiを放つはWi-Fi怪物マルファクターの証である。「…はあ」溜息を吐く《ルシファー》。直後『LUCIFER』のWi-Fiが電波強度を強めた。空気が軋み、建物が揺れる。「バリ39…バリ40…まだ上がるだと…!?」 65



「いいかしら」《ルシファー》は訊ねた。「私は『海老庵』のラーメンを食べたくてここに来たの。鉄クズや人間をラーメンに混ぜる趣味はないわ」「……」機械たちは沈黙した。これほどの電波強度を持つマルファクターに勝機はない。それが加害の意志がないと言うなら…信じる以外、道はなかった。 66



機械たちは銃を下ろした。《ルシファー》はそれを空気の流れで認識すると、再び野菜を炒め始めた。「あの…」28-10551の呼び掛けを、《ルシファー》は無視した。「仕方がないさ」機械は見合わせ、どちらともなく首を振った。少女の肩を持ち、店外へ促す。「残念だけど、行こうか」「待って」 67



《ルシファー》が呼び止めた。「ん?」振り向く機械たち。彼らのカメラは、厨房でポルターガイスト現象めいて飛び交うものを見た。丼が宙を舞い、おたまがスープを注ぐ。麺がそこに音もなくダイブし、海苔とチャーシューが自らを添えた。煮卵が独り手に割れ彩を添えると、野菜が次々と乗った。 68



踊るように盛り付けられたラーメンは、宙を飛んでカウンターに乗った。二人前。「あげるわ」いつの間にか席に座っていた《ルシファー》が、少女を見た。「早く食べないと伸びるわよ」ぱちくりと表情ディスプレイを瞬かせる機械たち。少女は怪訝そうな顔でラーメンを見つめていた。 69



「どぶッふォッ!」その瞬間ルシファーがむせた。緑の瞳から涙を流しながら、彼女は飛び散ったものを見つめる。「うぶッ、えほッ。何コレぇ…まさか腐って…」「いや、そりゃそうでしょ」少女が溜息を吐いた。「このスープ、何日前のものかもわかんないでしょ。野菜も全然火が通ってないし」 70



鼻水を拭う《ルシファー》の横をすり抜け、少女は厨房に入った。冷蔵庫からいくつかの野菜を選ぶと、リズミカルに切ってゆく。「野菜を切るときは種類ごとにできるだけ同じ大きさに。そうしないと火の通りがバラついちゃうから」「…」覗き込む《ルシファー》をよそに、野菜をフライパン投入。 71



ジャッ。ジャッ。ジャッ。小気味良い音と共に油に濡れ、薄い焼き色を纏い始めた野菜に、少女は醤油を投入した。「ちょっとバター取ってきてくれる?」「あ…うん」《ルシファー》からバターを渡されると、少女は躊躇なく野菜炒めに投入。「バター醤油で炒めるのは鉄板中の鉄板だよ」「へえ…」 72



さらにニンニクが投入され、野菜炒めの香ばしさと混ざり合う。「…ゴクッ…」唾を飲む《ルシファー》。少女は野菜炒めを皿に盛ると、カウンターへと置いた。「はい、おまちどおさま」二人で席に着くと、少女は《ルシファー》の顔を見た。彼女は緑の瞳を輝かせ、ゆっくりと野菜炒めを口に運んだ。 73



「!」《ルシファー》は皿を持ち上げ、搔きこむように口に流し込んだ。「すごい…おいしいわ」「そう?よかった」笑みを溢した《ルシファー》を見、少女は破顔した。「おかわりもあるわよ」「そう…?それじゃあ頂こうかしら」「はーい、待っててねー」《ルシファー》は楽し気に体を弾ませていた。 74



二機の警備ロボットは、腕を組みながら二人のやり取りを眺めていた。「笑ったな、彼女」「笑ったねえ、彼女」二機は肩を竦めると、軽く拳を打ち合った。 75






(つづく)

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