【フェイタル・コンバット】 #3

その瞬間、携帯端末が粉砕した。グレンマキナーは、手の中でへしゃげ、割れた基盤を露出させた端末を、グレンマキナーは無感動に見つめた。「ハ!ハ!ハ!」頽廃ホールの照明を受けながら、壁の穴より亮太がエントリーする。「その様子だと真実を知ったらしいな。どうだ?馬鹿馬鹿しいだろう?」 0



グレンマキナーは答えなかった。彼女はゆっくりと首を巡らし亮太を、その後ろの侵食カネ持ちを、待ち構える復活探偵らを見た。「篠田。無駄なんだよ。俺たちの斗いに、意味なんて一つもないんだよ。何かを変える為に斗って、それで何も変わりはしない。より大きなものが、強き者が俺た」 0



亮太の声が途切れた。彼の首はねじ切られていた。紙縒りめいてささくれた断面から、黄色い血がぴゅうぴゅうと漏れる。それに抗うかのように亮太の体は揺らぎ、やがて倒れた。「…全員、構えろッ」ベルゼブブが叫ぶ。彼の視線は、侵食カネ持ちらの中心に向いていた。グレンマキナーは、そこにいた。 0



「斗いの意味?そんなのどうでもいい」グレンマキナーは、何かを言わんとしたまま固まった亮太の首を投げ捨てた。発散される彼女の気は、世界をすら蝕むほどに冷たく、その内側では、マグマじみて熱い何かが流動していた。極限まで煮え滾った怒り。それは感情ではなく、冷徹なる意志。「粛清する」 0






探偵粛清アスカ

【フェイタル・コンバット】 #3






「ハ。斗いの意味がどうでもいい、だと?」ベルゼブブが言った。「強がるな。意味がどうでもいいだと?戦に於ける己の芯が」「ふッ!」「ごがッ…」グレンマキナーの跳び膝蹴りを顔面に受け、ベルゼブブは倒れ込んだ。「ゴチャゴチャと」冷ややかな殺気が空間を犯す。 1



「シャギャアアア!」聡が侵食カネ持ちを次々と蹴り上げ、グレンマキナーへと投げた。飛来するそれらは空中で態勢を変え、驟雨の如き飛び蹴りの群れとなる。グレンマキナーは、それをただ真っ直ぐに見ていた。そして、飛び蹴りが直撃する瞬間。彼女の姿が宙に掻き消えた。 2



音を立てて聡の顔面が陥没した。彼の頭はそのまま潰れて脳漿をぶち撒け、凍り付いてきらきらと光りながら、散って行った。数瞬遅れ、宙を舞っていた侵食カネ持ちらが、体を折り曲げながら吹き飛ぶ。取り囲む異形を蹴散らし拓かれた空間が揺らぎ、拳を打ち下ろしたグレンマキナーの姿を描き出した。 3



彼女の腕は氷の鉤爪が鎧い、その腰からは長き氷の尾が、獲物を求む蛇めいて揺らぐ。目は冷たき怒りに満ち満ちて、顔の下半分を覆うマスクは猛禽の嘴じみて鋭く尖った氷に覆われており、その隙間から、紅蓮の地獄が如き冷気が漏れ出していた。「ケッ…化物め」ベルゼブブが吐き捨てた。 4



直後、グレンマキナーはベルゼブブに肉薄していた。「ふッ!」「せいッ!」ベルゼブブは、放たれた胸部を抉るかのような鉤手を捌き、捻り、絡め取り、投げ飛ばす。「来ると思ってたぜッ」それに追従するように疾走し、勢い跳び蹴りを繰り出す。だがその瞬間、グレンマキナーは手足を使わずに制動。 5



床を突き刺し、凍ての跡を刻みながら勢いを止めた氷の尾は、そのままにグレンマキナー自身を揮い、ベルゼブブへと立ち向かわせた。「ふッ!」地を這う蛇が鎌首をもたげるが如き蹴り上げが、ベルゼブブを打ち上げた。「ぐわッ…」「「AAAARGH!」」異形が群れなし集まるが、鬼を止めるには能わぬ。 6



鬼は小刻みな短打をあらゆる方向に繰り出す。それらは一打一打が、並の人間ならば致命となり得る威力を持ち、異形の侵食カネ持ちらの胸郭を、頭を、腹を打って爆砕させ、抉り取り、吹き飛ばした。青黄色い血液を凍らせながら跳躍し、高みより振り下ろされた爪が、異形を縦五つに切断した。 7



「な、何だよ…何なんだよこいつ…」インフォ ゲロッテルは恐れた。真実を知り、全てを失い、しかし憎悪を得た彼の力は、死ぬ前よりも遥かに上がっていた。だが。だが。目の前の鬼は、それすらも容易く凌駕していた。兵が紙のように引き裂かれてゆく。最期に手にした己の全てが、蹂躙されてゆく。 8



「はひい、はひい…」彼は息も絶え絶えに、より多くの異形をグレンマキナーにけし掛けると、その場に背を向けた。会場外からは、逃げた筈の闇カネ持ちらが再び戻り来たりている。ベルゼブブのNEWO«ネオ»の被害者が外に待機し、それにより追い立てられた形だ。 9



彼らの肩に次々と手を掛け、侵食する。痛苦が伴うのだろう、絹を割くような悲鳴が上がり、歩みを彩る花道となる。だがしかし、叫びたいのは自分も同じだ。すぐ後ろには恐ろしい鬼が迫っているやも「ふッ!」「おぼごぎぁッ!?」インフォ ゲロッテルは地面に引き倒され、後頭部を鷲掴みにされた。 10



グレンマキナーは、敵の顔面を地に押し付けたまま疾走を始めた。床に破砕の跡と共に黄色い線が引かれ、その肉と骨少しずつ抉り取られてゆく。「やべべていたたたたいいッだアアア」無様な叫びが廊下に響く。鬼は奔る。追い縋る異形を尾で打払い、殺しながら。 11



修羅の道行の果て、グレンマキナーは一つの壁をぶち破った。「おぎゃッぷ」一つの壁が鏡となったその部屋に、インフォ ゲロッテルは投げ出される。木製のテーブルとパイプ椅子を破壊しながら転がる彼に、グレンマキナーは決断的にと歩み寄る。その足跡から、冷やされた大気が煙めいて上がる。 12



ざし。ざし。ざし。一歩一歩の音が、インフォ ゲロッテルの全てを踏み躙るようであった。「ま、待て!」彼は目を見開き、叫んだ。「話す、何でも話すッ!だから」「聞きたいことはない」「な、なら増援が来るぞ!伏兵が戻ってきているッ!」「鏖すのみ」「ひぃ…!」 13



「せいッ!」その瞬間、異なる影がエントリーを果たした。「ふッ!」グレンマキナーは身を沈め、翼めいた黒による首を刎ねる一撃を避けると共に、メイアルーアジコンパッソを放つ。死神の鎌めいた蹴りは影を打ち、しかし瞬間、影は黒へと霧散した。黒は蝿の羽音めいた耳障りな音を立て、広がる。 14



広がった黒はやがて凝縮して靄となり、その中からベルゼブブが再び姿を表した。「篠田ァ」「ふッ!」グレンマキナーは地獄から響くような声を無視し、インフォ ゲロッテルに飛び掛かった。その頭を蹴りで爆砕させ殺すと、その反動でさらに壁、天井を跳び、上方よりベルゼブブに踵を落とした。 15



「相変わらず人の話を聞かねえ小娘だな」「…ならば、聞かせてもらう」グレンマキナーは体を捻り、ベルゼブブの背後に立った。ベルゼブブの振り向きチョップを肘で受けると、短打を放つ。ベルゼブブはそれを受け、たちまち二人は拳撃を隔てた。冷たい火花が散り、それ越しに敵を睨む。 16



「と思ったが、やめておこう」拳を打ち合わせた瞬間、グレンマキナーの鉤爪が砕けた。飛散する欠片はベルゼブブの目をくらまし、直後、彼の体が浮き上がる。「ふッ!」水面蹴りからの回し蹴り。ベルゼブブは防ぐこともできずに受け、吹き飛ぶ。「うぐあッ…!」 17



「戦に於ける己の芯がどうでもいい?それは貴様自身だろう」グレンマキナーは手袋から槍を抜き放つと、壁を蹴らんとしていたベルゼブブに肉薄。連続で叩き付けた。「貴様の拳からは何も感じない。虚無だ。生前とは全く違う、弱々しく頼りない拳だ」グレンマキナーは、くるりと槍を回した。 18



連続の打擲から刹那、解き放たれたベルゼブブは、がっくりと膝を突いた。「…それこそ篠田。貴様には関係のない話だ」ベルゼブブのモノアイが、力なく明滅した。「俺の物語は、ツクバで終わったんだよ。全く無意味な俺の物語は。それを叩き起こして、それにすら意味がなかったと言われて?」 19



ベルゼブブの声が震えた。「俺は貴様に殺された訳でもない。九龍ももう死んだ…筈、だったんだがな」「何…?」グレンマキナーは眉を顰めた。『筈』。まるで九龍が生きているかのような口ぶりである。だが、彼は確かに死んだ。目の前で胴を消し飛ばされ、塵芥のように呆気なく死んだ。 20



だが。目の前の機械は?そしてかつて粛清した筈の探偵らは?それ以前に、かつての真壁 亮太は。ならば九龍はどうなっている。「九龍は死んだ筈」グレンマキナーは確かめるように問うた。「生きてるね。だからこそ、俺の今生すらも無意味に成り果グワーッ!?」ベルゼブブを真紅の槍が貫いていた。 21



グレンマキナーは槍を持ち上げ、促した。「話せ。どういうことだ」「ンー…フフ、う、ぐッ」ベルゼブブは苦しげに、しかしその中に何某か、別の感情を含ませながらモノアイを明滅させ、やがて言った。「…嫌だね」ピー。ピー。同時に何かが鳴った。ベルゼブブから。 22



「ちッ…!」槍を引き抜き跳び退るグレンマキナー。ベルゼブブは彼女を指差し笑った。「ここまで来たら、知らずにいることはできないだろう。行くべき場所も知っている筈だ。ならば行くといい。真実の深層を知り、そして絶望しろ。そのザマを電波の海から見させてもらうぞ…高笑いしながらなッ!」 23



言葉の終わりと同時にベルゼブブは爆発した。グレンマキナーは廊下を奔り、空間を満たさんとする橙より逃る。最中、窓より都市のネオンを垣間見た彼女は、ガラスを叩き割り闇の下へと飛び出した。頭上から吹き出す炎の光を受けながら、周辺を確認する。 24



彼女が飛び出したのは残虐暗黒大ホールではなく、ありふれた雑居ビルであった。人間楽器の音はなく、『うなぎパイパイ』のネオンサインもどこにもない。「ここ、ハママツじゃない…」明日香は呟き、携帯端末(予備)を確認した。トヨタ・シティ。ナゴヤの近郊都市だ。こんなところまで転移を。 25



だが、好都合だ。ナゴヤ港まで、巡航速度で走っても1時間ほど。大幅な時間の短縮だ。((ひょっとして連中、その為の案内だったのかな?))明日香は考え、しかしやめた。罠であろうと、その先に絶望しかなかろうと。全て食い破ってやるだけだ。着地と同時に、彼女は走り出した。 26



────────────────



異音と同時に通話が切れ、宏樹は頭を抱えた。「あのアホ、またやりやがった…」「何かありましたか」康生が眼鏡を押し上げた。「篠田の野郎、携帯端末を握り潰しやがりました」「…いま主流の端末、2tの圧力に耐えられる設計の筈ですよね?」戦く康生。宏樹は肩を竦めると、ナイフを抜いた。 27



そして象牙«アイボリー»に向き合うと、目線を合わせた。「大変申し訳無い。折角少しだけ命を長らえて頂いたが、その必要がなくなってしまった。ついては貴公の介錯を直ちに実行できるが、如何だろうか」「…」「ええと、ミス…」「何で」やがて、象牙が漏らした。「何で、あたしがこんな目に…」 28



宏樹は訝り、象牙に一歩近寄ろうとした。その瞬間、彼女の体が膨張を始めた。「あたしは、ゲームを作りたかっただけなのに…!」声すらも太く崩れる。装甲に亀裂が走り、その内側から蠕動し増殖する液体タンパクが姿を見せた。康生が舌打ち、バズーカを向ける。それと同時に、象牙は弾けた! 29



釘爆弾めいて広がる肉片と装甲片を、宏樹と康生は跳び退り、打ち払う。しかし肉片は蠢き繋がり膨張を続け、瞬く間に八つの首もつ巨大な龍と変じた!「これは…」「ハ!ハ!ハ!」狼狽する宏樹らに浴びせられる哄笑。何処かへと姿を消していた復活探偵らが再び現れ出で、龍首を滑り向かい来たり! 30



先陣を切るは美作 寛之!「ようやく全てを知ったことのようですなァ!これで心置きなく暴れられるということッ!」「全く…あまり急いてはいけませんよ」二番手、浜口 侑斗が咎める!「我々みんなで楽しむのですからね!」「貴様ら…」宏樹は敵を睨み、ナイフ柄尻から伸びるコードを腕に刺す! 31



「ふッ!」龍首を蹴り飛び、寛之が襲い掛かった!連続三角跳び、そして宏樹の死角から、空をも焼き裂かん勢いのジャンプパンチ!彼の前方からは、侑斗が空中回し蹴りを合わせていた!「しッ!」宏樹の手から赤が伸びる。赤は頭上の龍首を突き刺し、彼の体を引き上げる! 32



「全く。堪え性のない御仁らだ」宏樹は嘲るように嘯いた。「己らの全てが無為と知って尚、その盛ん。見るに耐えぬ自暴自棄だな」「どうとでも言えばよいことです。貴殿こそ、この斗い全てが無為と知り、その胆力はどういうことです?」「斗いの意味なんかを考えるのは、俺の仕事ではなくてな」 33



言葉と同時に刃を抜き、うねくる龍首へと足を掛ける。その手には、名刺。「俺は処刑者、デッドラインカット。貴様らの素っ首叩き落とし、悔の底へと晒してくれるわ」「若さとは羨ましいものだ」侑斗が肩を竦めた。「来なさい。遊んであげよう」タンパクを蹴散らしながら、戦士らが奔った! 34



…傍らで起きる殺り奪りを聞きながら、康生は文宏、水琴と対峙した。タンパクの龍が暴れる。壁と天井が崩れ、しかし現れるのは闇の空ではない。レンガ造りの街並み。LEDの青空。遠く見ゆる三角形の建物はジグラットだ。突如として起きた破壊に、逃げ惑う人々の声が響く。 35



「認識が現実に従属するなら、ここへの転移はどういった理由だ?」康生が問うた。文宏は頭を掻いた。「いや、な…お前と魔界旅行で来たことがあったな、とふと思い出してな」「今パスポート持ってないんだぞ。お前たちを倒した後、どうすればいいんだ」「済まん、済まん」笑い合う文宏と康生。 36



「康生。お前も真実を知った訳だが、この国が終わるとは微塵も考えていないようだな?そして、肩の力も抜けていないようだ」「確かに、俺達の斗いは無意味だったかもしれん。だが決して無駄ではなかった」「ほう」目を細める文宏。「俺たちの前に、彼女が…篠田 明日香が現れたのだからな」 37



「彼女なら、いつかこの国の何かを変え得ると?」「それはわからないな。だが人生は常に斗いだ」康生は、文宏へとバズーカを向けた。彼らは暫し睨み合う。康生は、文宏の視線から一瞬たりとも目を逸らさなかった。やがて水琴が笑い、文宏の脇腹を小突いた。「ほら…私の言った通りだったろう?」 38



「だな」文宏もまた、薄く笑った。「康生。お前は俺たちが得られなかったものをを得た。希望の種を」「希望の種?」「己の望み…或いは他の誰かの望み。それが交差したところにのみ現れるもの」「…」「やがてそれはどこかで芽吹き、何かを変えてゆくことだろう。それを見られるお前が羨ましいよ」 39



そして彼らは康生に歩み寄り、友の肩を叩いた。「康生。篠田 明日香は信頼に足る相手なんだな?」「ああ。彼女は…信頼できる」「OK」文宏は頷くと、康生に並び立った。水琴もまた、それに倣った。「なら守ろうぜ、この国を、希望の芽吹く場所を。俺たちにできることでな」 40



文宏は、のたくり回る八つ首の龍を睨んだ。「わかっていると思うが、あの象牙、そしてこの龍は於炉血が仕込んだ罠だ。ラリエーによる情報過多など待たず、地殻を粉砕してニッポンを破壊するつもりだ」「随分と直截的な手段に変わったな」「それだけ終わりが近い」 41



文宏は首を鳴らした。水琴は刀を抜き払った。「二人とも。心の準備はいいな?」「当然だ」「同じく」三人は互いに頷き合うと、暴れ藻掻く龍を見据えた。「康生。今はお前が社長だ」水琴が康生を促した。「ああ。白無垢探偵社…出撃!」号令と同時に、三人は走り出した! 42



───────────────



崩壊したナゴヤは、その空間すらも侵されていた。四次元的に宙を走るヒビ。それはかつてMoISでも目にしたものだ。都市の崩壊。死。極大情報量が、かつてナゴヤだった場所を追い詰めている。この国では、死後の安寧すらも約束はされない。 43



空間のヒビから吹き込んでくる風は、汚穢な臭いを孕んでいた。潮と腐敗を混ぜたような臭いだ。創作神話では、ラリエーは海の底に眠るという。然るに、この先には既にラリエーがあると考えてよいのだろう。急がねばならない。明日香は己に鞭打ち、走るペースを早めた。 44



瓦礫の街を抜け、魔の領域と化した港へ。蔓延る生死者、それを貪るWi-Fi怪物を蹴散らし、走る、走る、走る。最中、氷でスーツを形成し、その中に空気を含んだ多量の氷を取り込んだ。そして海に辿り着くや、躊躇なく飛び込んだ。深く、深く、闇の中へ。ニッポンの海は、あまねく深き闇だ。 45



スーツに取り込んだ氷を溶かし、空気を補充して潜り続ける。山脈ほどもある長大な海蛇と幾度かすれ違った。それを食らわんとするイカは、恐らく都市をも食らい尽くせるであろう程だ。怪物が絡み合う音は、全て闇と水の向こう。やがて明日香は底に辿り着いた。白いクルーザーが横たわっていた。 46



明日香は手近な扉に取り付くと、強引に打ち破った。水と共にクルーザーへと滑り込むと、怒濤めいた水はたちまち凍りつき、穴を塞いだ。明日香は氷のスーツを砕くと、薄暗い船内を歩き始める。非常電源が生きている。冷えた船内は、死の気配が満ちる。約一週間前、己が下した死だ。 47



明日香が最初に粛清した鑢探偵社のクルーザーだ。その時、トモシビグループ頂点10企業『火守』がひとつ、丸葉水産営業部長・竹田 誠一が尋問されており、彼自身も邪悪な質であった為、明日香はクルーザー諸共に水底へと沈めた。その時のことを、彼女は想起していた。自然と足がラウンジへと向く。 48



ラウンジにあった大量の死体は、殆ど消えていた。代わりに、部屋の隅にうず高く白骨が積もり、逆の隅にうずくまる男が一人。竹田である。彼は、死体を貪り食らって生きながらえていたのだろう。「もし」明日香は油断なく、竹田に近付いた。「お久しぶりですね」竹田は目を輝かせた。 49



「やあ!今日は素晴らしい日だね!」彼の声は、異常とも言えるまでに明るかった。「鳥も花も見えないけど、お客さんが来てくださったんだ。さ、掛けるといい。丁重にもてなすよ」「な…」明日香は狼狽した。彼の応対、そして立ち上がり冷蔵庫へと向かう竹田の足取りから、一切の狂気は見られない。 50



「「人が変わってしまったようだ…ってか?」」背後から、全く同時に2つの声が響いた。「ふッ!」明日香は前方フリップジャンプを決め、最中、氷刃を投擲する。現れた者は刃を容易くつまみ取り、投げ返した。明日香はさらに刃を投げ、それを相殺した。散る氷の中で明日香は敵を見、目を見開いた。 51



それは2対の腕、2対の脚、そして2つの頭がある異形の人間もどきだった。その体の半分はサイバネ、しかし青黒く生物的なそれで補綴されており、もう半分は生身。彼らの頭は…鑢探偵社社長・反町 健一郎。そして歯車探偵社社長・タイムリープのものであった。彼らの声が、完全に同期していた。 52



「な…何者です、貴殿は…!」「「驚いたか?驚いたよな。だが一番驚いてるのは俺自身なんだよな」」それは言った。「「世界。宇宙。ブラフマン。ロシュ限界の迷宮。俺たちと天使の関係。全て、全てはこんなに簡単なことだったんだ」」「何を言って…」「「わかるか?わからないよな」」 53



それはゆっくりと立ち上がる。その手には、何も掴まれていない。「「それを知るには、脳に瞳が必要だ。欲しいか?いらないよな。お前はそういう奴だ、グレンマキナー」」明日香…グレンマキナーは手袋から槍を抜き、臨戦した。「貴殿らに、それを名乗った覚えはありませんが」「「知ってるのさ」」 54



2つの頭が遠くを見る。「「俺たちは一つになり、瞳を得た。三千世界を見通す瞳だ。だから知っている」」タイムリープ。健一郎。2つの頭が。視線がシンクロする。「「もはやタイムリープでも、反町 健一郎でもない。俺はデリリウム。そして俺とお前は、ここで斗う運命だ」」 55






(つづく)

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