【フェイタル・コンバット】 #4

LED青空の下に連なる石畳。煉瓦製の建造物が並び、そのあわいを往く人々の頬には様々な色の涙形タトゥーが刻まれる。ニッポン七大魔界がひとつ、エ・テメン・ヤポンを代表する風景だ。そして仮にも魔界であるが故、超常すらも起こり得る。しかし今日に起きたそれは、人々の想像を超えていた。 1



「な…何だアレは…」誰かが西を示した。声と指に人々は振り向き、そして驚愕した。彼らが見たのは空高く伸び、八本の触腕じみたものをにょろつかせる超巨大何か。空間を蝕むかの如き異様なそれは、赤黄色くぬらついた物質で構成され、空の光を受けて不快な光を照り返す、八つ首の龍であった。 2



暴れうねくる龍は、家屋を破壊し粉塵を巻き上げながら移動していた。濛々と立ちこめんとする粉塵は、しかし暴れる龍自身、そして首の狭間を駆け抜ける何かによって、たちまち吹き払われてゆく。その度に上がる血煙と悲鳴。人々が破壊旋風に次々と呑まれている。 3



「な…何なんだ…」誰かがぽつりと漏らす。それを掻き消すように轟音が響く。音は明らかに大きくなっており、畢竟、龍は彼らに近付きつつあるのだ。「やべえって」誰かが言った。「やべえって!」「ヤバいの…?」「逃げ…」「逃げろーッ!」叫びと共に、人々は蜘蛛の子を散らすように走り出した。 4



その数秒後、龍は彼らを建造物諸共に押し潰した。瓦礫と共に赤黄色い液体タンパクが飛び散り、その下から真っ赤な血が流れ出る。引かれ伸びる破砕の跡。赤い粉塵。それらを蹴散らし、デッドラインカットらは走る。暴れ回る圧倒的質量を縫い、その狭間から敵を見据えていた。 5



デッドラインカットは暴れ狂う龍の首を断つと、そのタンパクを撒き散らした。寛之と侑斗はそれをサイドステップで躱し、他の龍首を蹴り跳び、襲い掛かる。デッドラインカットは舌を打つと走り、挟撃を避けるべく首の間を跳び回った。色付きの風が3つ、暴の狭間を抜け、ぶつかり合う。 6



デッドラインカットの目に、敵の動きは見えていた。本来ならば格上の相手であるが、無意味に支配され、握り貫き通すエゴを失った者の拳など恐るるに足らぬ。だが、それは相手が単独の場合。ランチェスターの法則、即ち頭数の差だ。加えて敵の戦術眼そのものに衰えはなく、畢竟、戦力差は100倍近い! 7



新たに生えて地を抉り暴るる首を蹴り、寛之が襲い掛かった!「しッ!」デッドラインカットはぬらつくタンパクを滑りながら、大きく上体を仰け反らせる。「せいハーッ!」その足元を刈るように、ウインドミルじみて回りながら侑斗が来る。デッドラインカットはそれに足を合わせ、勢い回転跳躍回避! 8



「しィやァァァッ!」回転の中から赤が伸び、嵐となって迸った!赤は次々と龍の首を断ち、弾け飛ばし、撒き散らす。寛之と侑斗はその尽くを見切り、避け、機を伺う。「全く、ナメられたことですなァ」寛之が呟き、赤い嵐へと踏み込んだ。そして、その源たる蛇腹の剣を…掴み取った! 9



「ふん、はァァァァッ!」そして、振り回した!「うおおあッ!?」血の蛇腹剣に連なるデッドラインカットは分銅めいて暴れる!デッドラインカットは舌をひとつ打つと、血の武装を解除した。赤い剣は血液へと戻り、それを握り潰した寛之が不満げに鼻を鳴らす。デッドラインカットは体を捻り着地! 10



そして駆け出そうとした瞬間、既に侑斗が目の前にいた!「せいハーッ!」「しッ!」放たれた上段蹴りをクロス腕で防ぐ。重い衝撃が体を抜け、背後の瓦礫が破砕する。「しッ!」デッドラインカットは衝撃の残滓を体に留め置き、自らの力と共に解放した!侑斗は弾かれ、しかしそのまま疾走を開始! 11



寛之も既に走っており、両者は暴の巷に絡み合う軌道を描いた。デッドラインカットは目を細める。単独での地力は、もはやデッドラインカットが上だ。それに敵も気付き、故に敢えて無理に攻め入らぬ。事態は千日手じみた緩やかな膠着へと向かいつつあった。((さて、どうするか…!)) 12



静なる動の中で睨み合う彼らを超え、ひとつ上のレイヤーに図画を描くが如く駆け巡る雷霆あり。赤と青。二つの雷が絡み合い、それを貫くように黄色い光線が迸る。雷光は、暴れ狂う龍そのものと相対し、それを押さえんとしていた。 13



「せいッ!」文宏の拳より放たれた緋電が、龍首のひとつを貫いた。焼け焦げ、飛び散り、肉の焼ける臭いが立ち上る。龍首は尚も暴れ、その臭いごと文宏を吹き飛ばさんとす。「しゃあッ!」他の首を滑り接近した康生が、文宏を回収して跳躍。巨大質量の衝突を回避した。 14



そこへ水琴が飛び込み、蒼雷と共に刀を抜き払った。刃は振り下ろされる首へと立てられ、食い込む。雷光が迸り、首は切断された。落ちた首は宙で弾け、焼け焦げ臭い立つタンパク塊へと散華した。他の首は、何も変わることなくうねくり暴れる。その数は、先と何ら変わらぬ。既に再生を果たしている。 15



「斬っても斬ってもキリがないな」水琴は龍の制空圏から外れ、煉瓦の建築上を走る文宏と康生に合流した。「文字通り瞬く間に首の再生すら果たすとは」「そんな化物じみた力、底がないとは思えんが」文宏が顎を擦る。「康生、どう思う」「そう言われても、情報が少なすぎるぞ。ただ…」「ただ?」 16



「ただ、な」康生は眼鏡を押し上げ、破壊の跡を一直線に引いた街を見た。「何故、コイツはこうも暴れている?」「何?」「この龍の目的は、地殻へと向かって直截にニッポンを粉砕することだったな。ならばこんなところで暴れ回るのは、確実にエネルギーと時間の無駄だ。それが解せん」 17



龍への追随の中、水琴が康生に続き街へ視線を落とす。「そのエネルギーを補給する為では?コイツの元は牙だ。人を殺して喰らえば…」「喰っている様子がない。俺たちが直に触っても取り込まれていないし、周辺住民の避難もそろそろ完了する頃だ。無意味極まる」「…確かに」顎を擦る文宏。 18



「ならば文宏。それ自体に意味がある筈だ。普通に考えれば意味のない行動にな」「普通に考えれば、か」文宏は目を細めた。「まさか、コイツ自身の情報量も使って崩壊を加速させるつもりか?」「俺はそう思う。当然、地殻崩壊もするつもりだろうがね」「於炉血。全く、なんてことを考える奴だ…」 19



龍は暴れる。赤黄色い八つの首を方々に伸ばし、うねくらせ、道路に、建造物に叩き付ける。破砕するそれらの下から、もはや誰かの血が流れ出ることはなかった。周辺住民は避難を完了した証左だ。代わりに、そこにはヒビがあった。四次元めいて、空間そのものに刻まれたヒビが。「やはりな」 20



康生は頷くと、バズーカをそこに向けて銃爪を引いた。放たれた光線は過たず空間のヒビへと向かい着弾、爆発せしめた。炎が晴れると、ヒビは僅かに口を広げ、その先に真っ白な無を見せていた。「康生!?お前、何して…」「少し確認したいことがあってな」康生はバズーカを担ぎ直すと、口角を上げた。 21



「空間のヒビを使う。どこかいいヒビを見つけたら、思い切り広げてあのクソドラゴンを叩き込んでやろう」「そんなことして大丈夫なのか…!?」「知らんよ。放置して確実な滅びを迎えるか、賭けるかだ」獰猛に笑う康生。それを見、文宏は苦笑した。「お前、随分と変わったな」「だが、素敵だろう?」 22



文宏は肩を竦めると、タンパクの龍へと視線を戻した。「どの道、もはや論ずる時間もない。康生の案で行こう。進行方向上にヒビを発見するまでは遠巻きに牽制を続ける」「「了解!」」文宏の号令と共に、康生と水琴は跳躍しようとした。 23



その瞬間、世界が揺れた。 24



────────────────



グレンマキナーは短い踏み込みから、連続槍刺突を放つ。冷気と共に紅蓮の残光を引くそれを、デリリウムは4本の腕で捌く。「「せいッ!」」弾いた腕を槍に滑らせるように、右2本腕による貫手!「ふッ!」グレンマキナーは弾かれた力に従って旋回。貫手を躱しつつメイアルーアジコンパッソを見舞う! 25



デリリウムは死神の鎌めいた蹴りを健一郎側の頭に受け、よろけた。グレンマキナーは足を振り抜くと、勢いバックスピンキックを繰り出し、デリリウムの腹に叩き込んだ!「「ごバッ」」くの字に折れ曲がり、吐瀉物を撒き散らしながら吹き飛ぶ!「ふッ!」やがて壁に激突した敵に、追撃を仕掛ける! 26



「あぐうッ…!?」床を蹴った瞬間、グレンマキナーは苦鳴を上げ、崩れ落ちた。彼女の膝に何かが貫いたような穴が開き、そこから赤い血が流れ出ていた。「何…」「「ハ!ハ!ハ!」」哄笑するデリリウム。彼はその手に、何も掴んでいない。ならばもう一人、蚊帳の外にいる竹田は?彼も手ぶらだ。 27



「「不思議か?不思議だよなあ」」デリリウムの声はシンクロを続ける。ゆっくりと拳銃を抜き、これ見よがしにスピンする。「「一発たりとも撃っちゃいねえ。不思議だなあ」」デリリウムはトリガーガードから指を抜き、明後日の方向に銃を向けた。「「BANG!」」「ろッ」竹田が脳漿を撒き散らした。 28



「「おやおや。奇妙なこともあるもんだ」」けらけらと笑い、痙攣する竹田に向けて発砲した。「うぎゃ!」大口径弾衝撃が竹田の体を浮き上がらせた。完全な頭を持つ竹田の体を。叫びは、竹田の口からであった。「な…何だねいきなり!私は丸葉水産営業部長だぞ!」竹田の体が、正中線で分かたれた。 29



「…」「「そう睨むなよ。怖いぜ、グレンマキナー」」デリリウムは銃をしまった。「「俺は何もしてねえよ。あの竹田とかいうデブ、結構色んな方面から恨み買ってそうだったからなあ。そんな中の誰かだろ」」「言うに事欠き、ここにいない誰かに責任転嫁とは。情けなきこと甚だしい」 30



「「いやいや、マジに殺ってないんだって。別の誰かに殺られた『結果』を持ってきた…それだけだよ」」グレンマキナーは目を細めた。デリリウムは笑った。「「Wi-Fi検知器はどうした?もしそれを逐一確認してたなら、俺がNEWO«ネオ»を使っていることに気付けていただろうな」」「……」 31



「「俺のNEWO『デリリウム』は平行世界を観測し、そこの結果を持ってきたり押し付けたりできる。頭が爆発したものを持ってきたり、膝を貫かれたお前を持ってきたり、な」」「ふん。ならば初手で私を殺しておくべきでしたね」グレンマキナーは残虐な格闘を構えた。「油断のツケは、高いですよ」 32



「「しなかったんじゃない。できなかったんだ。見える範囲にお前の死はなかった」」デリリウムは応じ、正視に耐えぬ悍ましき格闘を構える。「「故に、俺の手で殺らねばならん」」グレンマキナーの膝を氷が覆った。空気が冷え、殺気と共に研ぎ澄まされる。それが突き刺さった瞬間、二人は動いた! 33



「ふッ!」グレンマキナーは踏み込みと同時に槍を振り下ろす!「「せいッ!」」デリリウムは半身になってそれを躱すと、軌跡に残る冷気を打ち払うかのように打開を放つ!だがインパクトの直前、下から槍が跳ね上がり、デリリウムの顎先を抉らんと牙を向いた! 34



デリリウムは舌打ちをシンクロさせながら、打開の速度を回転へと転化。メイアルーアジコンパッソを狙う。だがその時、彼の眼前には既にグレンマキナーの蹴りがあった!「「ごェ…」」二つの頭を同時に蹴られ、デリリウムは仰け反りよろめく。グレンマキナーは容赦なく追撃する!「「グワーッ!」」 35



霜の降りた調度を粉砕しながら、デリリウムは吹き飛んだ!グレンマキナーは後ろ手に床に突き刺した槍をポールダンスめいて数度回ると、その勢いのまま槍を抜き投擲!「「ちッ…!」」デリリウムはそれを弾くが、既にグレンマキナーが頭上!「ふッ!」槍を掴み、叩き付けるように再度投げた! 36



デリリウムは槍をサイドステップで躱す、しかし槍の勢いは凄まじく、クルーザーのラウンジ床面を粉と砕く!「「全く、なんて馬鹿力だ」」床下より流るる邪気に紛れさせるように、デリリウムは呟いた。「ふッ!」グレンマキナーの手元から氷が伸びる。氷は槍を捉え、彼女はそれごと槍を振り上げる! 37



「「しかも周りも見えてねえのかッ?」」デリリウムは側転を打ち、致命的な切り上げを避けた。「オオオン」「オオオン」床下から溢れる邪気が、怨嗟じみた音を立てる。「「グレンマキナー。この下」」「ふッ!」グレンマキナーは槍を手袋にしまうと即座に肉薄。連続で短打を浴びせる! 38



「「待て待て待て!普通、今はお前が壊した床下から出てきたモンに注目する流れだろッ!?」」「貴殿を殺してから考えますとも」「「こいつ頭おかしい…!」」デリリウムは畏れた。グレンマキナーの攻勢は凄まじく、四臂ですら対応困難な速度と威力を誇っている。デリリウムの知る彼女より、強い。 39



そして、それは思考の暇をデリリウムに与えない。平行世界の観測には強い集中が必要であり、畢竟、デリリウムの能力を完全に封殺してしまっている形なのだ。全能でさえ、怒涛の末に殺される。況してや、そこに届いてすらいない者に、どうしてこれを打開などできようものか! 40



「「ああくそッ!」」デリリウムはいくらかの打撃を受けながら、強引に膠着を破った!彼は連続バク転からのフリップジャンプを決め、その着地際に瓦割りパンチを落とす!床に!「ちッ」グレンマキナーは跳躍し、床の破砕に備えた!直後、床は彼女の予想通りに粉砕した! 41



「オオオン」「オオオン」溢れ出る邪気。床下には、底の見えぬ奈落が滔々たる闇を落としている。「「ククク、フハハハ」」デリリウムが笑う。奈落の果てから、闇色の腕が触手の群れじみて伸びた。グレンマキナーは目を細めた。それはかつて、MoISで目にしたものに酷似…否、そのものであった。 42



グレンマキナーは壁を走り、部屋の外、そしてクルーザーの外へ。周囲に水の檻はなく、ただ奈落の抱擁があった。そして、クルーザーはその果てへと向かい堕ちていた。…否、上昇していた。何故であろう、彼女は理解した。この奈落は、何かに内包されている。そしてその何かが、上昇しているのだ。 43



「「グレンマキナー…いや、篠田 明日香よ」」いつの間にか、傍らに立っていたデリリウムが言った。「「お前ひょっとして、ラリエーの浮上を止める…なんて考えてたんじゃねえか?」」「…」「「於炉血はヌルい漫画の悪役じゃねえ。実験が終わるや、ラリエー浮上の準備を進めていた」」「…」 44



「「絶対終末要塞の浮上は、お前が来る35分前に始まったよ」」デリリウムの声がシンクロした。グレンマキナーは、彼を横目に睨み付けた。 45



…仄暗き闇の底、水を押し退けながら浮き上がるものぞあり。非ユークリッド幾何学に基づくかのような建築様式からなるそれは、シーサーペントや神鯨を吹き払いつつ、この世ならざる何かを出迎えるかのように上昇する。 46



ニッポンは、既に自然災害を克服する手段を見出している。ナゴヤ湾沖、浮上する超絶無慈悲弩級最強物体を見出した湾岸警備隊は、その後に襲い来る津波を粉砕すべく、対自然災害部隊を展開した。居並ぶ砲迫。Wi-Fi攻撃班。彼らは来たるべき自然の猛威に備え、やがて神域の顕現を目撃した。 47



海の淀みに腐れ果てたかのような殿堂は、空間の繋がりや物理法則を無視した汚穢なる神殿であった。既存のあらゆる建築様式にも当てはまらず、何の為に作られたかもわからない。ニッポン都市よりも巨大なそれは、存在そのものが正気への挑戦じみていた。それは尚も浮上を続け…ついに海面を離れた。 48



建築物基底部に据え付けられた巨大ロケットブースターより吐き出される炎が、水を打ち砕き、空気を焼きながら、異界の社を空の闇へと押し上げて征く。その光景は、あり得ざるものであった。びしり。世界にヒビが走った。ヒビは瞬く間に広がり、列なってゆく。邪の顕現を賛美するかのように。 49



世界が揺れる。圧倒的、只管圧倒的情報量に圧し潰されるかのように。人よ、天を仰ぎ見よ。終焉は空にある。それは決して人を救わず、ただ、終わらせる為の終焉である。絶対終末要塞ラリエー、如此浮上せり! 50






(つづく)

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