【フェイタル・コンバット】 #5

情報とは何か。そのものの存在を示す為の構成要素である。情報量とは何か。その事物がどれほど存在し難きかを表す指標である。万物は情報によって成り立ち、然るに情報に質量があることは既に証明されている。では、突如として海中より浮上し空へと飛んだ異界存在が持つ情報量は、如何程ばかりか。 1



空間にヒビが走る。それの持つ破滅的な情報量は、ニッポンの耐久力を上回っている。ただそこに在るだけで、ニッポンを崩壊へと導いてゆくのだ。そして世界の楔たるニッポンが崩れることは、即ち三千世界の終焉である。否、そのような概念的な終焉など待たずとも、滅びはもっと早くに訪れるだろう。 2



例えば、TOKYO某所のWi-Fi基地を見るがよい。墓標めいてサーバーが立ち並び、TOKYO内に於けるWi-Fi通信の要所となるそこは、筐体の放つ赤い光に満たされている。赤はエラーの光であり、突如として出現した超強力Wi-Fi電波により、何らかの致命的なエラーを発しているのだ。 3



「ハァーッ!ハァーッ!」エラーの確認にサーバールームを訪れたエンジニアが頭を抱え、うずくまる。「せ、先輩…?大丈夫ですか?」別のエンジニアが彼女を気遣う。しかし彼女はぎょろりと目を剥くと、後輩の方を掴んで筐体へと叩き付けた。「あがッ!?先輩!何を…」「ハァーッ!」服を破る! 4



「先輩!私たち女」「ハァーッ!」喉元に齧り付く!「いぎひゅッ…」空気と共に血が吹き出し、滑稽な音を立てる。血飛沫が赤に紛れて広がり、手近な筐体の赤い光を覆い隠した。エンジニアは尚も後輩の肢体に噛み付き、喰らう。後輩の抵抗はすぐに消え、やがてエンジニアは後輩の死体を犯し始めた。 5



…「タケシ!何をしているんだーッ!」父親が叫ぶ。タケシはそれに耳を貸さず、愛玩ロボット犬に包丁を突き立てる。「ダメだ…こんなんじゃ…」「何が駄目なんだタケシ!小さい頃から一緒だった子にそんなこと言う方が…」「うるせええええーッ!」「おろぼぼぼッ」血が吹き出す!「こ、これだ…」 6



…歩道の上を暴走する車あり!「アバーッ!」「アババーッ!」次々と轢かれ、撥ねられて死ぬ歩行者!「歩行者優先!歩行者連続破壊ボーナスだーッ!」運転手のサラリーマンが哄笑する。歩行者は…半分以上が逃げない。逃げない者はうずくまり、或いは他を殺し、犯し、狂乱している。 7



…ニッポン全土で、謎の発狂凶悪事件が同時多発的に起きた。ラリエー、或いはルルイエ。過去の創作神話に語られたそれは、水底より浮上すれば人々は発狂し、世界が終わると語られていた。遥かな未来、埒外物理によって放たれる異常Wi-Fiによってそれは真となり、今に生きる者に立ちはだかったのだ。 8



この異常事態に、機動隊が出動した。彼らによる市民の虐殺は、直にシマを荒らされた極道との戦争に発展するだろう。そうなれば、いずれ訪れるトモシビグループと『ニッポンで最も敵に回してはいけない男』の戦争など、最早どうでもよい。ニッポンは、滅亡への道を転がり始めたのだ……。 9






探偵粛清アスカ

【フェイタル・コンバット】 #5






宏之と侑斗は足を止め、暴れうねる龍首の狭間に着地した。デッドラインカットは、意識を研ぎ澄ませる。龍は尚もタンパクを撒き散らしながら往き、彼らは瞬く間に取り残されて行った。空間にヒビが走っていく。「因果なものと思わんことですかね。この灰色の未来に、過去の妄想が牙を剥くことなど」 10



「そしてそれを顕現させることは、余りにも容易い」侑斗が同調した。「地の底からでもわかるでしょう。ラリエーの浮上は成ってしまった」侑斗は、目の前に走った空間のヒビを指で撫でる。「ご覧なさい。これがやがて、全てを飲み込む。圧殺的情報量の濁流により、全ての滅びが決定したのです」 11



「それがどうした」デッドラインカットは切って捨てた。「貴様らを再び地獄に送ることは変わらん」「いいえ、それは無理ですよ」侑斗はデッドラインカットの目の前にいた。「この国こそが地獄だからです」「ヌ…!」デッドラインカットは速度と共に放たれた上蹴りを受けた。 12



想定外の重さに、デッドラインカットは目を見開く。小手調べのような一撃が伴うそれに、骨が軋みを上げる。先までと全く違う。((まさか、ラリエーから力を得ているのか…!?))そしてついに、ガードは開かれた。「ふッ!」宏之が跳躍。開かれた胴に回転踵落としを叩き込む。「おゴッ…!」 13



よろめき呻くデッドラインカット。「せいハーッ!」侑斗が距離を詰め、水面蹴りを放つ。デッドラインカットは成す術なくそれを受け、浮き上がる。その下から、致命的な円弧が跳ね上がる。円弧は過たずデッドラインカットの顔面を捉え、彼の体を大きく弾き飛ばした! 14



「ふッ!」デッドラインカットを蹴り更なる跳躍を果たしていた宏之が、体の捻りと落下の勢いを乗せた蹴りを落とした!「あごあッ…!」地面に叩き付けられる、蜘蛛の巣状のヒビを穿ちながらバウンドする!跳ね上がっていたデッドラインカットと落とされた蹴り。2つの力の相乗で、威力は100倍近い! 15



バウンドの最中、デッドラインカットは態勢を立て直す。その時、既に眼前には侑斗と宏之!彼らは左右に分かれ、双方向猛攻を繰り出す!デッドラインカットは赤い蛇腹刀を振り回し、辛うじて捌く。しかし攻勢は増し瞬く間に遅れを取り…!「ふッ!」「せいハーッ!」挟み込むような打撃を受けた。 16



「ゴボッ」デッドラインカットは血を吐き、膝を突いた。赤い蛇腹剣が、とぐろを巻くようにしながら落ちる。「ハハハ」侑斗が笑った。「衝撃が内臓をズタズタにしましたかね。もう立つこともできんでしょう」デッドラインカットの肩に手を置く。その手は、力ない。 17



そしてゆっくりと体を屈め、デッドラインカットに目線を合わせた。デッドラインカットは、震える眼で彼の目を見た。奈落の如き虚無が広がり、その中に無力と失望、失意が泡のように浮かんでいた。「我々は、みな揃って於炉血に敗北したのです。もはや希望は潰えた……滅びましょう。共に」 18



デッドラインカットはゆっくりと、脱力するように項垂れた。侑斗は薄く笑うと、その頭に手を掛けた。「君のような若者に、そのような無力感を味わわせずに済ませられればよかったのだがな」やがて侑斗は手を離し、デッドラインカットの横に腰掛けようとした。……その瞬間、赤が迸った。 19



縦横無尽に奔る赤は、デッドラインカットの手元から伸びていた。音を立てもせずうねくるそれは侑斗の体を何度も横切り、遠巻きに見守っていた宏之をも襲う。赤がデッドラインカットの手中で刀の形を成した。その瞬間、侑斗の五体がバラバラに引き裂かれ、宏之の右腕が肩口から落ちた。「貴様…」 20



辛うじて致命を避けた宏之が唸った。デッドラインカットは刀を構え、不満げに鼻を鳴らした。「希望を持つのも絶望に墜ちるのも、俺の仕事ではない」「…」宏之の右腕より流るる血が止まる。筋肉の締め付けが、血管を塞いだのだ。「思考停止の果てですか。何とも情けなきことですなァ」 21



「ただのサラリーマンに、大層な御託など要るまい。温かい飯、暖かい寝床。オーガニック動物とのふれあいカフェに、最新家電とゲーセンを少々。それが俺の斗う理由だからな」「…下賤」殺気が研ぎ澄まされる。ただ発散されていただけのそれが、指向性を持って目の前の敵に突き刺さる。 22



時の流れが淀む。重く、泥のように粘ついた時の中で、デッドラインカットと宏之は、敵を見つめ続けた。これより先、勝負は一太刀にて決するだろう。さりとて、早まれば即ち死。出遅れれば即ち死。展開された決殺の領域が、早う来たれと口を開き、命の落つるを待ち侘びている。 23



デッドラインカットの額を、幾筋もの汗が伝う。それを拭いもせず、刀に全ての意識を向ける。ただあるだけで空気を切り裂かん血の刀。それだけが、彼の全てであった。永遠にも似た一瞬の後、デッドラインカットの視界が汗に滲んだ。無意識に瞬き、開かれたその時、宏之が目の前にいた。 24



デッドラインカットは宏之を潜るように踏み込み、そして二人は背中合わせに膝を突いた。そして、静寂が訪れた。風すらも、彼らの髪一筋そよがせぬ。時が止まったかのように、二人はただ、訪れる死神を待ちいていた。侑斗の首が薄く笑ったまま、戦士たちを見つめていた。 25



宏之の正中線に朱色の線が走った。彼の体はバランスを失い、右、左と時間差で前のめりに倒れ、完全に分かたれた。その後に、忘れられていたかのように、ようやく血が吹き出した。「…フー」デッドラインカットは大きく息を吐くと、がっくりと体を傾がせた。精も根も、刹那の見切りに全て昇華した。 26



しかし彼の心は、そのまま倒れ込むを由としなかった。東へ目を走らせると、空間のヒビが天へと向かう根のように伸び、それに諂い守るかのように、赤黄色い八つ首の龍が蠢いていた。征かねばならぬ。デッドラインカットはそれを強く見据え数秒、呼吸を整えた。そして、跳躍した! 27



…白無垢探偵社は耐ショック姿勢から直ると、辺りを見回した。先までと比較にならぬ速度で拡大する空間のヒビ。それを踏み荒らし、蹴散らしながら進攻を続けるタンパクの龍。何より、遥か地の天蓋をも超えて降り注ぐプレッシャー。全員が直感する。ラリエーの浮上は成った、と。 28



だがそれでも、彼らは怯まずに龍へと向かい走り出した。於炉血がいくつものニッポン崩壊プランを用意したのは何故か?考えられるのは、失敗の可能性考慮だ。ならば、自分たちでその一つを潰すのも、有効な一手である。無言の裡に白無垢探偵社は連帯し、脅威に向かったのだ。 29



瞬間、龍の動きが止まった。八つの首はうねくることをやめ、逆巻くように振り返る。白無垢探偵社はその時、初めてタンパクの龍、その瞳を見た。煌々と燃え、己が体をカロリーとして消費しながら進むそれは、焦熱地獄の燃料炉であった。それが、彼らを見ていた。龍は、彼らを敵と認めていた…! 30



首の一つが大口を開き、白無垢探偵社を一呑みにせんと襲い掛かった!白無垢探偵社は散開。顎を躱し走り続ける!「ジャッ!」水琴は襲い来たった首に乗り、刀を突き立てると、首を切開するかのように根元に向かい走る!それを嫌うかのように龍は首を揮う、しかし水琴は決して離れない! 31



「せいッ!」文宏の拳から赤い稲光が迸り、水琴の刀を打った!避雷針じみて刀から稲妻が広がり、龍の首を焼き焦がしてゆく!ZZZZT!赤を帯電する彼女は尚も刀と共に走る。別の首が燃え盛る瞳をぎょろりと開き、巻き上がったタンパクの欠片を挽き潰しながら、水琴の走る首を掠めるように薙ぎ払う! 32



「しゃあッ!」康生が飛び掛かり、薙ぎ首の頭をバズーカで殴り付けた!首はぐらりと傾ぎ、爆散。液体タンパクを撒き散らし、水琴に向かい降り注いだ!水琴は走りながら指を鳴らした。すると彼女に諂う緋電が弾け飛び、中空で刃のように研ぎ澄まされたタンパクを次々と焼き落とした! 33



その視界から赤が消えた時、4つの龍首が牙を剥いていた!「ちッ…」跳躍し、致命の顎から逃れる水琴。横合いから放たれた熱線と緋電が2つの首を焼き、揮った刀が1つを断つ。しかし最後に残った1つ、冥府の門じみたその口に、水琴は…飲み込まれた!「水琴…!」「大事ない…!」口内より叫ぶ! 34



水琴は刀と脚を梁と通し、口の閉ずるを防いでいた!「ジャッ!」彼女は喉奥へと滑り込むと内側から首を刎ね、赤黄色いタンパクの飛沫を浴びながら抜け出した!跳び来たった文宏が彼女を抱え、別の龍首による追撃から逃れる。破壊された首は、既に尽くが再生している! 35



「どうすんだ、これ」文宏が引き攣った笑みを見せた。「空間のヒビに叩き込むと言っても、その隙を作ることすら難しいぞ」「ふうむ」近くに走り寄った康生もまた、釣られるように引き攣った笑みを作った。「それは…考えてなかったな」「はあ…お前なあ」「嘘を言うな、康生」水琴が咎めた。 36



「お前が何の考えも無しにあんな策を提案するとは思えん。あるのだろう?何らかの犠牲を払わねばならないものが」康生は答えず、眼鏡を押し上げた。あまりにも雄弁な、無言の肯定であった。「それを元に、何かよいプランを探していたのだろう?だが最早、その時間もないことはわかるだろう」「…」 37



眉を顰め、黙する康生。文宏は小さく息を吐いた。康生が困った際に見せる仕草である。「康生」文宏は康生の肩に手を置いた。「俺たちは辛い道のりを歩んできた。ニッポンの平定の為…そう信じてな。そこを歩き出す前に、どんな犠牲を払ってでも遂げると、そう誓ったのを忘れたか」「…だが」 38



「康生。俺たちは既に死んだんだ。だが、こうして再び生を得た。それを無駄にしたくはないんだ。命の価値が軽いこの国で、かつて失った筈の命を賭けて拓ける道なら、その為に使いたい」「文宏…」「頼む、康生。考えがあるなら話してくれ。友として、頼む」 39



沈黙が落ちた。重い、重い沈黙が。走る中でさえ、何も聞こえぬと錯覚するほどに。タンパクの龍は、白無垢探偵社を窺っている。水琴と文宏は、それでも親愛なる友を信じ、真っ直ぐに見据えた。やがて康生は、肩に乗る文宏の手を力なく降ろさせた。その目は、彼らと一度足りたも合わなかった。 40



「遠く離れた箇所への転移など、並大抵ではない」やはり力なく、しかし康生ははっきりと言った。「何か仕掛けがあるのではないか。例えば、イデアの制御などは必要だろう」「…俺たち自身の体に、風水情報が入力されている。それを微修正しながら実行し、龍脈を繋げた」 41



「そうか。そして書き換えもできるか…」康生の顔が崩れた。しかしそれでも、彼は何かを発そうと口を動かし、やがてそれは声になった。「お前たちに入力された情報に、架空の地獄を入力する。そのまま実行すれば、存在しない地獄へとアレを放逐することができるだろう……お前たちごと、な」 42



「我々ごと、か」水琴は繰り返した。「それで躊躇っていたのか」「当たり前だろう。お前たちは、俺の……親友なんだから」「そうだな。親友だ」文宏が言った。「それでも、お前は考えを教えてくれた。俺たちは本当によい親友を持った。そんなお前が俺たちを友と思っていてくれたこと、誇りに思う」 43



「そしてそんな友がいる世界を守る礎になれるのが、何より誇らしいよ」水琴が文宏に同調した。二人は康生の肩を叩くと、再びタンパクの龍へと目を向けた。決然たる意志に気付いたか。龍は待ち侘びていたかのように全ての首をもたげた。空間のヒビが天へと向かうの根のように広がる。 44



水琴は刀をゆるりと回すと、霞に構えた。「康生。お前も覚悟を決めろ」そして、矢が放たれるように真っ直ぐ跳躍した。たちまち龍首が殺到し、彼女を喰らい殺さんとする。それでも水琴は、目を逸らすことなく真っ直ぐに立ち向かう。 45



緋電が迸り、向かい来たる龍首を次々と焼き焦がして砕いた。文宏もまた、水琴に並び敵へ、決死の末路へと向かっていた。二人は互いに頷き合うと、稲妻が二人を覆う。そして弾丸めいて八つの龍首もつれる根元へと向かう。炭と砕けた首は既に再生し、その後を追う。 46



空間のヒビが広がる。首は瞬く間に緋電の塊に追い付き、牙を突き立てた。タンパクの牙は雷のエネルギーに敗北を喫し、しかし次々と襲う質量は、やがて赤を貫き、文宏と水琴を圧し潰さんとする。康生からは、隔たれた場所で。彼は、友が死地へ向かうを震える瞳で見ていた。 47



その脳裡を過るのは、在りし日の記憶。夢を語り、共に駆けた日々。自分は常に彼らの後ろを追い、追い付いたと思っても、彼らはまた走り出していた。そして今も、自分の隣に親友たちはいない。だが。それでも彼らが、自分のことを誇ってくれるならば。((俺は…それに応えなければならないッ!)) 48



決然とバズーカを構え、素早く照準する。スコープ越しに見えるは、友を引き裂かんと群がる醜悪な牙。指が強ばり銃爪を引きそうになるが、耐える。友が作る偽りの地獄。それをこじ開けるチャンスは、多くはないだろう。まだだ。まだだ。友が命と引き換えに作るチャンスを無駄にしてはならない……! 49



汗が滴り落ちる。固く握られた銃把は震えず、ただ、友に向かい続けた。空間のヒビは尚も広がる。魂に響くような音を立てながら、伸び続けた。その先にはタンパクの龍と、それに耐える友の姿。やがてヒビは友へと辿り着き、その時、龍は何かに気付いた。康生はその瞬間…銃爪を引いた。 50



放たれた光線はうねくり暴れるタンパクの龍を焼き、空間のヒビの終着点を文宏と水琴ごと貫き、爆発した。飛び散るタンパク。爆炎。それらは爆心に吸い込まれるように消え、後には穴が残った。割れた窓ガラスからその向こうが見えるが如き穴。その先は、全き虚無。…龍が動いた。穴に向かって。 51



ブラックホールに呑まれるように、龍は穴に吸い込まれ始めていた。八つの首を暴れさせ、地に建物に噛み付き抗う。「往生際の悪い」康生は八つの頭を次々と照準し、バズーカで撃ち、押し込む。首はたちまち再生するが、淡々と撃ち続けた。破壊と再生。繰り返しの末、首はその数を減らし始めた。 52



だがそれは、限界を意味しなかった。ついに残された一つの首はより太く強靭で、もはや光学バズーカによる砲撃すらも受け付けぬまでに頑健であった。眉を顰め、砲撃を続ける康生。龍は地を噛み、少しずつ体を引きずり出していた。「クソ…出るな…!」龍は怒りと共に顔を歪めた。そして、跳んだ! 53



弧を描き飛来するそれに、先までのような長大さはない。しかし巨大で頑丈で、何より見ただけで理解できるその重さ!「ちッ…!」康生は舌を打ち、バズーカを向けた。足掻くように銃爪を引く!だが、そこからは何も放たれない。バッテリー切れだ!「しまっ…」そして、質量が落ち来たった…! 54



…龍は康生を潰さなかった。体を正中線で分かたれ、彼の左右へと落ちたのだ。「これは…」「間に合ったか」どうと落ちた龍から飛び降りたのは、デッドラインカットであった。彼は薄く笑うと、血の刀を肩に担いだ。龍の骸が、再びゆっくりと穴に吸い込まれた。そして今度こそ、姿を虚無に消した。 55



康生はバズーカのバッテリーを装填し直すと、穴を射撃して爆砕した。「終わりましたか」「…ええ」康生は頷き、街を見た。全く破壊された街を。「ラリエーは、浮上してしまいましたが」「まあ、何とかなるでしょう」デッドラインカットは言った。「恐らく、あそこには俺の同期がおりますから」 56



「ええ。きっと、そうですね。ただ…それを差し引いても気になることが」「ふむ」二人は同時に顎を擦った。それは、共通の疑念であった。「文宏らが我々を案内した時、貴殿が殺した者を除き、再生探偵は5人いた筈。だが、ここで交戦したのは4人だけだった」「ええ。石動 朝子は何処へ…?」 57



────────────────



絶対終末要塞ラリエー浮上より30分!グレンマキナーとデリリウムの戦闘は、尚も継続していた!「ふッ!」四臂で挟み込むようなデリリウムのチョップを潜り抜けると、グレンマキナーは抉るようなアッパーカットを見舞う!バックステップでデリリウムは避けるが、サマーソルトキックが跳ね上がる! 58



「「おグ…」」アッパーの勢いを乗せ放たれた円弧が胸に突き刺さり、デリリウムはよろけた。「ふッ!」「「グワーッ!」」そこに崩拳が突き刺さり、甲板に体を打ちつけながら転がる!「「ちッ…」」デリリウムは床に爪を突き立て制動。そのままタイルを引き剥がし、投げた!「「せい!せいッ!」」 59



タイルはグレンマキナーを切断し、キャビン壁面に突き刺さる!手応えなし!((ありゃ氷のデコイか))思案するデリリウム。「ふッ!」それを裏付けるように、上空よりグレンマキナーが来たる!「「見え見えだぜ」」二つの顔が笑った。斜めに打ち上げられた掌底がグレンマキナーを粉砕!これもデコイ! 60



「「な…」」「ふッ!」目を見開いたデリリウムの足首を、床下から突き出した手が掴んだ!手はそのまま彼を引き、床を崩し船内へと落とした!「「うおおッ!?」」「ふッ!」手のあるじ、グレンマキナーはオーバーヘッドキックじみた蹴りを放つ。デリリウムはクロス腕でそれを受ける! 61



力と力が競り合う中で、デリリウムはグレンマキナーの姿を見た。無軌道な怒りを氷で固め、ベクトルを与えたが如き紅蓮の瞳。嘴めいた、鋭い口吻のような氷の面。腰からは、うねくり獲物を求める蛇じみた氷の尾。鬼。それを見た瞬間、彼の頭にそのような語が浮かんだ。 62



両者は同時に力を解き放ち、敵を弾き飛ばした。そして同時に壁を蹴り、床、反対の壁を走りながら旋回。再び接敵し、衝突した!四拳と剛爪がぶつかり合い、衝撃が抜ける!熱いまでに冷たい火花が散り、大気ごと巻き込みながら応酬する!絶殺の破壊旋風が吹き荒れ、船を砕いてゆく! 63



デリリウムはもはや平行世界の観測を、しようともしていない。斯様な修羅の前では、試みすらも隙となる。それが招くは致命あるのみ。((全く、随分と半端な能力だぜ))デリリウムはぼやいた。だが、己が格闘のみに頼る場は好ましい。彼は自分でも知らぬ間に笑っていた。 64



その瞬間、グレンマキナーの肩が何かに貫かれた!「何…」「「せいッ!」」生まれた隙を突き、デリリウムは彼女を蹴り飛ばす!「ぐあッ…」床に体を打たれた瞬間に回転して衝撃を逃し、即座に反撃に転じようとする。その瞬間、デリリウムは拳銃の銃爪を引いた。そこから弾は吐き出されなかった。 65



「「オイオイ、見たかよ篠田!」」デリリウムは興奮した。「「俺の『時を駆ける魔弾』が2秒も過去に遡ったぜ!なんだ、俺こんな強くなってんじゃねえか」」「…」「「最初からこうしときゃ良かったんだなァ?」」二つの頭が鮫のように笑った。次の瞬間、デリリウムはグレンマキナーの眼前にいた! 66



「「ぜえええいッ!」」剛気と共に拳銃による猛撃が叩き付けられた!正拳からの射撃!射撃反動回し蹴り!未来からの弾丸が関節を抉る!二挺拳銃の挟み込むような射撃が氷の鎧を砕く!反動ハイキック、そして踵落とし!跳弾!未来からの弾丸!跳弾!猛攻!猛撃!猛烈!猛絶!猛殺! 67



圧倒的な攻勢の前に、グレンマキナーは抗う術を持たない!抉られた骨を氷で補い、致命が狙われる瞬間を読み、辛うじて耐えるしかない!だがそれは、決着を先延ばしにする果敢無い試みに過ぎない。見よ、デリリウムは既に多量の拳銃を床に撒いている。それこそが必殺へと続く道標なのだ…! 68



「「必殺」」空気が凝った。全ての拳銃が、未来からの弾丸に弾かれて浮いた。その全てのトリガーガードの内側を、また異なる未来からの弾丸が通過し強制的に銃爪を引かせる。そしてグレンマキナーを狙い…一斉に弾丸を吐いた!「「シン・カーネイジイメージ!」」轟音と火が崩れた廊下を満たした! 69



グレンマキナーは瞬時に己を分厚い氷で覆った。氷が弾丸を食い止め続ける。立てる耳障りな音に顔を顰め…気付いた。銃弾の雨が止まない。「「気付いたか、篠田」」デリリウムが笑った。「「平行世界を観測し、弾丸を撃つ瞬間を持ってき続けている!平行世界の数は無限、即ち無限に撃てるぞッ!」」 70



哄笑するデリリウムの周囲では、全ての銃が浮いたまま弾丸を吐き出し続けていた!彼はその中で跳躍、氷に瓦割りパンチを落とした!「く…」「「そのまま待ってるなんてする訳ないだろう?」」氷が砕け、グレンマキナーを銃火に晒させる!「「死ね!篠田!死ね!」」デリリウムが叫んだ、その時だ。 71



船全体に、重苦しい揺れが響いた。それと同時に、銃は反動によって弾丸諸共に明後日の方向へと飛んで行った。デリリウムは破砕した壁面から外を見、舌を打った。「「ああくそ…ここまでにはカタを付けられると思ったんだがな。くそ、集中が切れちまったぜ」」ガリガリと頭を掻く。 72



グレンマキナーもまた、外を見た。青黒く苔のようなものに覆われた不明材質の壁が、そこにあった。非ユークリッド幾何学に基づくような建築様式の殿堂は、傍らに多数の尖塔を備えており、そこから伸びた梁の上にクルーザーは落ちたのだ。絶対終末要塞ラリエー。その内部だと、彼女は直感した。 73



「「そう、その通りだ篠田。そしてこんなボロクルーザーとは訳が違う、この複雑怪奇極まる場所なら、俺の跳弾芸も最大の効力を発揮できる。つまり、ここから先は地獄だ」」デリリウムは船の破砕孔に立ち、挑発した。「「それでも、来るかい?」」そして、飛び降りた。 74



「ふッ!」「「グワーッ!?」」グレンマキナーは躊躇なく追撃した。チョップをデリリウムの頭の間に叩き落としてプラナリアじみて引き裂くと、彼の腕の2本を極め、圧し折った。「知ったこっちゃありませんよ」「「狂ってやがる…」」デリリウムはグレンマキナーを振りほどき、怯懦と共に着地した。 75



…その瞬間であった。突如、上から衝撃が落ち、デリリウムを叩き伏せた。「「グワーッ!?」」円く小さなクレーターの中で、潰れながらデリリウムは呻く。「「な、何…」」「邪魔だよ、アンタ」冷徹な声と共に、もう一度衝撃が落ちた。デリリウムは虫のように潰れて内臓を撒き散らし、死んだ。 76



「何…」狼狽するグレンマキナーの目の前に、一人の少年が降り来たった。黒い髪が、僅かな光を血のような赤に照り返す。グレンマキナーを見る瞳は金色に燃え盛っていた。クローンレイブン。最大の敵、於炉血と同じ姿。だが彼の如き邪気はなし。ならば。「…九龍?」「ああ」少年は頷いた。「俺だ」 77



それと同時に、九龍は衝撃を放った。「…!」グレンマキナーはそれを側転で躱すが、チョップにより横薙ぎに衝撃が飛ぶ。「九龍、何を…!」フリップジャンプで躱しながら、グレンマキナーは九龍を見た。彼は、名刺を構えていた。ニッポン戦士の流儀。影の差した彼の顔を、伺うことはできなかった。 78



体を丸めながら、グレンマキナーは着地した。ベルゼブブの言葉。於炉血。再生探偵。ラリエー。九龍との邂逅自体は、どこかで予想していた。だが、彼の身に何があった?彼は何を見た?何故、自分の前に立つ?グレンマキナーは九龍の必死な顔を想起し、己が揺らぐのを知覚した。 79



……だが。九龍こそが於炉血の計画の最重要ファクターであれば、何らかの理由で彼が己の前に立つのも、有り得ない話ではない。ずっと考えなかった、否、考えたくなかったことが、事実として目の前にある。そこから目を逸らすことは決して許されない。況してや、自分は監査官なのだ。 80



グレンマキナーはゆっくりと顔を上げ、名刺を構えた。次の瞬間それぞれの名刺は、互いの手の内にあった。「星空探偵社、九龍殿」グレンマキナーは、真っ直ぐに目の前の探偵を見つめた。「監査官の名に於いて…粛清致します」「ああ」九龍は応じ、構えた。「行くぜ、監査官。篠田…明日香ッ!」 81






新規粛清対象:星空


×鱗 ×風切羽 ×車裂き ×錆 ×白無垢 ×土蜘蛛 ×天秤 ×滲み ×包帯 ×水底 ×鑢

×鎖 ×歯車 星空


残粛清対象:1



探偵粛清アスカ

【フェイタル・コンバット】

おわり

(【コール・ミー・カオルーン】につづく)

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