【プレイヤー・トゥ・アスク・フォー・ア・スター】 #5
人嚙«にんぎょう»を蹴り飛ばしたその瞬間、九龍は異変に気づいた。攻勢が明らかに弱まっている。「川上サン!」「ああ…」KADOOM!康生は熱線がもたらした爆風を受けながら、眼鏡を押し上げた。「水琴らに戦力を割かれているようだな」バズーカが開いた穴より来る人嚙は、もはや僅か。 1
それらの動きは緩慢で、そして散漫であった。「ふゥ、やっと一息か」カツが人嚙を薙ぎ倒しながら嘆息し、正吾を流し見た。「助かったぜ。いい加減ノドが限界だったろうからな」「ああ」康生が頷いた。「だが、ボヤボヤはできん。5分だけ休んだらすぐに出るぞ」「お?まだ動くのか」 2
カツは部屋を数度跳ね回って減速し、床に黒い線を引きながら止まった。それと同時にギターが吠え、楽曲が終わった。「正吾、調子はどうだ」「ああ、うん。絶好調」駆け寄るカツに、正吾は答えた。しかしその声はヒビ割れ、掠れていた。「ダメそうだな」カツは肩を竦めた。「水持ってくるよ」 3
楽屋方面へと向かうカツを見送ると、正吾は壁にもたれる九龍へと歩み寄った。「ねえ、君」「んお、おッ…!?えッ俺!?」「君以外いないでしょ」おたおたとする九龍を見、呆れる正吾。彼は九龍の隣にもたれると、切り出した。「君、明日香とどういう関係?」「えっ、えっおあッ」 4
どもる九龍を、正吾が流し見る。「な、ななな何のことだ?」「あの通話、俺にも聞こえてたからね?」「エー、アー」「別に浮気だとか、そんなこと思っちゃいないさ。君が明日香の同僚なのか、或いは単にビジネスの相手なのか知りたいだけ。興味本位でね」「あー…なら後者かな?」「そっか」 5
正吾は頷き、シガレット菓子を咥えた。その箱を九龍に差し出すが、九龍は断った。正吾は箱をしまうと、ポキポキと齧り始めた。「俺は身体強化施術も受けてないし、実は銃も撃ったことない。持ったことある刃物は包丁とハサミだけ。ケチなケンカはあっても、命のやり取りなんてありゃしない」 6
「…それでいいんじゃねえの?」「けど、戦場に立つ恋人の助けにはなれないんだなぁ」「……」「九龍君。君は戦場に立つんだろ?なら明日香のことを頼むよ。俺には……できないことだからさ」正吾は、九龍を真っ直ぐに見据えていた。弱者の意地と信、そして芯の通った、強き光と共に。 7
カツが戻ってきたのは、その直後であった。「正吾、水持ってきたぞ」「ん、ありがとう」鋭き爪先で器用に持たれたコップを受け取り、正吾はそれを一息に飲み干した。九龍は、躊躇いがちに見ていた。牙が。自分の家族を無慈悲に殺した怪物が、こうも人と交われるものなのか。 8
カツを見る度、否が応でも思い出す。あの日、星空探偵社を襲った惨劇。親父と慕う男、ウェイランド サーストンとその部下の探偵を喰らう牙の姿。だがカツの姿に、そのような残虐は宿っていない。((……全て俺の狭量だと言うのか。言うんだろうな))溜息と共に、諦念を吐き出す。 9
「全員いるか!」それと同時に、康生が叫んだ。「これからまた移動になる。より無茶な移動となる。常に警戒を怠るな」「なあ、兄ちゃんよォー」モヒカン男が立ち上がった。「いまさら無茶がどうとか知ったこっちゃねェーんだよ。なァ!」「「「応ッ!」」」モヒカンの呼び掛けに民衆が応えた。 10
「…川上サン」九龍が言った。「悪いけど俺、別行動を取りたい」「そうか」康生は静かに頷いた。「君の行きたい場所は何となくわかる。だが、今までの戦が可愛く見えるほどの死地だぞ」「ああ」九龍は腕組み、正吾を振り返った。「なあ、アンタ。アンタは何でこんな危険なことを買って出たんだ?」 11
「…明日香って、自分が正しいと思ったことに迷わないじゃん。その恋人が命惜しさにダサい真似はできないよ。それに俺、パンクロッカーだからさ」「…こういうこと、だよ」「成程」康生は頷くと、右手を差し出した。「ありがとう、九龍君。武運を祈る」「…ああ」九龍は、康生の手を掴んだ。 12
そして彼は、カツに振り返った。「なあ、アンタ。正吾さんを守ってやってくれ。それは、俺にはできないことだから」カツはしばしきょとんとしていたが、やがて爪を打ち鳴らした。「言われずともよ」九龍は笑うと、壁に開いた穴から外へと駆け出した。 13
「それじゃあ、俺たちも行こう」康生がバズーカを担ぎ直した。「さらに地下…第12層へと向かう」「境階だって?そんなトコに…」カツは言おうとし、しかし得心したように手を打った。「…ナルホド。考えたな、康生氏」「だが、実行する前に説明は要るだろうな」「そりゃあ、なあ」 14
「…いや。今説明するか」康生はバズーカを降ろし、民衆へと向き合った。「これから俺たちがすべきことを話そう。その意義、そして何を捨てねばならぬかを理解した上で、各自覚悟を持って行動せよ」 15
探偵粛清アスカ
【プレイヤー・トゥ・アスク・フォー・ア・スター】 #5
氷と雷が絡み合い、流星となって地を穿った!極大衝撃が都市を駆け抜け、瓦礫が砕け、浮き上がり、塵と消えてゆく!それに耐えて地にしがみ付く人嚙≪にんぎょう≫の群れ。稲妻に灼ける粉塵が濛々と立ち上り、その先へと並び立つ両雄が、人嚙を冷たく熱く睨み付ける! 16
「「CHIESTE!」」粉塵を円く突き穿つように、明日香と水琴は走り出した!ビルディングの亡骸を跳ね、人嚙を食い破り、その陣壁を貫き裂く!蒼白なる氷と雷がDNAめいた二重螺旋を描き、矢のように真っ直ぐ、槍のように鋭く!奔る!奔る!奔る!次々と飛び掛る人嚙。しかし龍を止めるには能わない! 17
「へえ、存外やるじゃない」人嚙繰りし糸の先、人の形弄びし於炉血が笑った。彼は数度、複雑に指を動かす。すると、糸の先に連なる糸の何本かがトカゲの尾じみて切断!残る人嚙へと意識を集中させる! 18
そして見よ!断たれた糸、しかしそれは脅威の減退を意味しない。糸は先に繋がる人嚙へと巻き取られてゆく!そしてそれが完了した直後、繋がりを失った筈の人嚙は、軋みを上げながら再び動き出したのだ!自動操縦機能。戦のもたらす空気の流れによって、敵自ら人嚙を操らせる非人道機能である…! 19
「ギシッ」体を軋ませながら、人嚙たちが水琴に跳び掛かった!トライアングルリープからの斬挟撃を、水琴は姿勢を低くして躱す。そのままに刀を地に刺し、前方から来たる襲撃を刹那、待ち構える!刀には地と腕よりもたらされる力が漲り、その周辺はまさに必殺の死域。そして人嚙が、迎撃半径突入! 20
「ジャッ!」瞬間、水琴は刀を振り上げた!斬撃と共に雷霆が弾け、襲撃人嚙を断つ!雷はそこを起点に迸り、アスファルトすら砕き、浮き上がらせた!「ギシッ」瓦礫を蹴り飛び、新たな人嚙が水琴に飛び蹴りを見舞わんとす! 21
「ふッ!」それを妨げたのは明日香!弾丸が跳ね回るが如き連続トライアングルリープから放たれた飛び蹴りが、稲妻流れる氷を纏って人嚙を弾き飛ばす!「ギシッ」くの字に折れ曲がった人嚙は最中、奇怪に体をくねらせた。「うぐッ…!?」明日香の顔が歪む。蹴り脚が裂け、血が吹き出す! 22
糸!明日香の脚に糸が食い込んでいた!人嚙が蹴られる瞬間、絡めていたのだ!「ヌウ…」明日香の目が光る。暴虐への怒りが心の内燃機関へと注ぎ込まれ、紅蓮の冷気となって血より吹き出す!食い込む糸が凍り付き、氷は瞬く間に人嚙までも侵食する!明日香はそのままに体をよじらせた! 23
「ふぅアァァァッ!」そして、氷結人嚙をハンマーめいて振り回した!人嚙鈍器は瓦礫を弾き、さらに襲い来る人嚙群れを叩き潰す!破壊!「ふッ!」明日香は絡み付く糸を断つと、くるくると回りながら水琴の隣に片膝を突き、着地した。彼女らの目は、遥か先を見据えている。 24
人嚙操作の精度が格段に上がっている。操作すべき数が減ったが故だろう。ならば、先へ進めば進むほどに攻勢は激しくなるは必定。しかし二人の間には奇妙な連帯感があり、そこに恐怖が差し挟む余地はなかった。臆せば実際死ぬ。進むしかない。地獄への片道切符は、既に切られている! 25
二人は再び走り出した!血風劇場が犇めき、人嚙の持つ刃の腕が槍衾となって立ちはだかる!水琴の刀が、明日香の拳がそれを砕く!砕く!砕く!血と肉が砕け、灼け、凍て付いて消える。その煌めきが、進むべき道を指し示す!地獄への道を! 26
道の先、寄り集まる人嚙の群れあり!彼らは互いに抱き合い、刃の腕で互いを縫い止め、それを新たな人嚙が覆い、その圧力で体を押し潰していた。そうして捻じれ、崩れ、新たな形とならんとしていた!「怯むな!」明日香が叫んだ。「押し通るッ!」「応ッ!」龍が切り込んだ! 27
「ふぅアァァァッ!」明日香は連続側転から跳躍!人で象られた芋虫とムカデの化合物めいた人嚙の群れへと、高みより連続氷刃投擲!異形人嚙らは這うようにこれを回避。刀を脇に構えたままの水琴へと襲い掛からんとするが、地へと突き刺さった氷刃が育ち、逆さ巨大氷柱となって阻む! 28
「ジィヤァァァッ!」雷が迸った!超光速の疾走斬撃は、氷柱ごと異形人嚙を真一文字に両断!後には名残惜しげに稲妻が閃くのみ!そこに巨大な氷柱が落下、その全てを爆散させた!爆発を背に明日香は着地。次なる障害に向けて走り出す! 29
「ふぅアァァァッ!」明日香は連続側転から跳躍!人で象られた虎とサソリの合成物めいた人嚙の群れへと、高みより連続氷刃投擲!異形人嚙らは這うようにこれを回避。刀を脇に構えたままの水琴へと襲い掛からんとするが、地へと突き刺さった氷刃が育ち、逆さ巨大氷柱となって阻む! 30
「ジィヤァァァッ!」雷が迸った!超光速の疾走斬撃は、氷柱ごと異形人嚙を真一文字に両断!後には名残惜しげに稲妻が閃くのみ!そこに巨大な氷柱が落下、その全てを爆散させた!爆発を背に明日香は着地。次なる障害に向けて走り出す! 31
「ふぅアァァァッ!」明日香は連続側転から跳躍!人で象られたタコとコウモリの混合物めいた人嚙の群れへと、高みより連続氷刃投擲!異形人嚙らは這うようにこれを回避。刀を脇に構えたままの水琴へと襲い掛からんとするが、地へと突き刺さった氷刃が育ち、逆さ巨大氷柱となって阻む! 32
「ジィヤァァァッ!」雷が迸った!超光速の疾走斬撃は、氷柱ごと異形人嚙を真一文字に両断!後には名残惜しげに稲妻が閃くのみ!そこに巨大な氷柱が落下、その全てを爆散させた!爆発を背に明日香は着地。次なる障害に向けて走り出す! 33
そこにいたのは巨人嚙!その佇まいを見た瞬間、両雄は悟る。先までの異形の群れは、これが出来るまでの時間稼ぎ。その戦闘力は、今までの比ではない。…否、二人よりも上!「どうする?」水琴は問うた。「押し通る」明日香は答えた。水琴は強く頷いた。両者は疾走の中、両の足裏を合わせた! 34
二人は同時に互いを蹴り、完全なる直角ターンを決めた!その勢いのままに数度のトライアングルリープから、巨人嚙を挟撃!連続で左右より放たれる拳!刀!巨人嚙はその全てを受け止め、捌く!しかし明日香と水琴の猛攻は、反撃を許さない!いかな兵とて腕が2本ならば、押しきれぬ道理はなし! 35
だがしかし、二人の攻勢が加速するように、巨人嚙の腕も加速する!それはもはや防御ではなく、攻撃であった!「ぐ、く…!」人嚙の刃を受ける水琴が呻く。彼女の肌は傷に塗れ、そしてその大半は、目の前のただ一体に付けられたものだ。既に刃は彼女の刀を抜けているのだ…! 36
「うぐああッ!」水琴の刀が弾かれ、それに追従するように彼女も打ち上げられた!「土師殿ッ…」叫ぶ明日香の脳天に刃が叩きつけられ、返す刀で打ち上げられる!氷の鎧で致命には至らず、しかし共に空中無防備!「う……くグッ」巨人嚙が軋む。体を丸めるようにすると、その背が盛り上がり始める! 37
そして肉を突き破り、もう一対の巨大な腕が飛び出した!新たな腕は天突く蛇めいて鎌首をもたげると、そのまま二人に向かって振り下ろされた!SMAAAASH!明日香らは地に小クレーターを穿ちながら叩き付けられた!巨人嚙は、その場を1歩も動いていない。「強い…!」水琴が立ち上がり、呻く。 38
「どうする。このままでは殺されるだけだぞ」「ですが、無視しても後ろから斬られるのみ。最も避けるべきはそれです」明日香は冷酷に言った。「我々のやることは変わらない。これを討ち、浜口 侑斗の下へ辿り着くのみ」「ああ、そうだぜ!」上方より声! 39
それと同時に幾条もの赤が刃となって降り注ぎ、巨人嚙を貫く!「はッ!」裂帛と共に衝撃が落ち、巨人嚙をねじ伏せる!「何奴…」「俺だ!」飛び散る肉と骨の中に降り立ったのは、九龍であった!「九龍…!」「遅くなった、篠田」九龍は構え、未だ身動ぎし、立ち上がらんとする巨人嚙と相対した。 40
明日香は不満げに口を尖らせた。「おい、私の彼氏どうした」「むこうは大丈夫だ。強くて信用できる奴が付いてる。それに、お前の彼氏さんに…頼まれちまったからな。ならよ…」言いながら、九龍は複雑な印を切った。「相棒が死地に向かうってのにボアッとしてるなんてダセえ真似、できっかよ…!」 41
言葉と同時に空間が閉じた。都市を1枚の紙として、それを筒としたかのように、空間が繋がっていた。筒は万華鏡じみて回転しており、その中の各所では都市の一部が歯車じみて回転していた。それが都市を繋ぎ止めているのだ。「これは…」「篠田。合図と同時に完全防御だ」 42
「九龍の魔法、なの?」「ああ。そうだぜ」九龍は手首を切り、血を掌に垂らした。ごうと音を立てて、その掌に火球が生まれる。火球は圧縮され、指先ほどの大きさとなった。太陽のような熱さを持つそれを、九龍は押さえ込んでいた。巨人嚙は未だ潰れた体を繋ぎ合わせようとしていた。 43
「今だッ!」咆哮と同時に火球を投擲した!火球は過たず巨人嚙へと着弾。一瞬、電球めいてきらめき…次の瞬間、爆発が筒空間の中を埋め尽くした!「ふッ!」明日香は手を地に突き、ありったけの力で氷壁を生成!その爆発を防ぐ!だが、その圧力があまりにも強すぎる……! 44
エボル陰陽道は、古今東西あらゆる魔法体系を習合し作られた新時代魔法。当然、錬金術も含まれており、水銀を金に変える莫大なエネルギーを直接叩き付ける究極奥義、黄金錬成もまた然り。九龍が放ったのはそれであり、彼の手には証たる金が残っていた。そしてそれは畢竟、核爆弾の直撃に等しい…! 45
「ぐ、うう…!」明日香の目から血が流れた。水琴がその肩を支える。「明日香…!」「なんてぇバ火力を閉鎖空間で出すんだよ!耐え…きれない…!」「陰」九龍が印を結ぶと、空間が開いた。指向性を失った爆風は広がり、そして再び収束。都市階層をぶち抜くほどの爆炎を高く打ち立てた! 46
再び平面となった都市の中で、氷壁が砕けた。そこより見えたのは、焼け野原と化した都市。頭上には縁がガラス化してしまう程の大穴が開き、そこから同じく穴の開いた中層の空が見えた。「あんなところまで炎が…!」「いや…あれはもっと前に出来てたヤツだ」九龍は言い、視線を落とした。 47
そして顔を引き攣らせた。巨人嚙は今だ健在であった!外側の肉を防壁とし、それによって内側を守ったのだ!「流石に自信失くすぜ」明日香と水琴は無言で構えた。巨人嚙は獣めいて地に四足を突き、攻撃に備えた。九龍は、ただ天を見上げた。「おい、何してんだ」「そろそろ来るかなってさ」「何?」 48
その時だ。突如、中層の空を黒が埋め尽くした!「ぶぶぶぶぶぶぶぶ」黒は蝿の群れめいた音を立てながらわだかまり、渦を巻く。「来たか…!」「あれは…!」明日香は驚愕した。彼女はあれをよく知っている。数日前、ツクバにて自分たちを死の際まで追い詰めた黒を!「落ちろ」厳粛なる声が響いた! 49
瞬間、黒が落ちて巨人嚙を飲み込んだ!羽音を立てる柱のような黒の中で、巨人嚙は為す術もなく凍り付いてゆく!「宏樹」「ああ…!」合図の声と同時に、天の黒から一人の男が飛び出した。彼は血の刀を構え、真っ直ぐに巨人嚙目掛け落つる!「奥義…!」柱のような黒が晴れ、氷の彫像が姿を現す! 50
「…ギロチンスカイ!」振り下ろされた刃が質量を伴って、氷と化した巨人嚙を粉々に粉砕した!風圧と共にダイヤモンドじみて破片が舞い上がり、その中で男がゆっくりと立ち上がった「…原!」明日香が驚愕に目を見開いた。「何でここに!?」「元々、しばらくお前の手助けをする予定だったからな」 51
「で、俺は彼から『どこにいるか』と連絡を受けていたッてワケ」九龍が携帯端末を見せ、笑った。「お前が全然連絡に反応しなかったからな」「面目ねえ」「そして、来たのは俺だけではない」宏樹は天を指差す。そこには、黒に乗って降り来たる黒き青年の姿。「…《セト・アン》」 52
「久し…くはないな」ツクバの王・《セト・アン》は飛び降り、明日香に向き合った。明日香は無言で戦闘態勢を取った。「待てよ。僕は人類の味方だ」「信用できるとでも」「信用しろ」宏樹が言った。「彼の蘇生は班長の指示だ」「え…?」「ほらよ」《セト・アン》は、何かを明日香に投げ渡した。 53
それは一双の黒い手袋であった。反重力革と空間圧縮縫製によって作られたそれは各所に針の穴ほどの小さなポケットを内蔵しており、その全てに多種多様な武装が搭載されていた。《セト・アン》は言った。「それを届けに来たんだよ。全ての武器は君用に調整してある」「…」 54
明日香は暫し黙し、やがてそれを手に嵌めた。手に吸い付くようにフィットし、まるでこれが本来の自分であるかのように、自身をサポートするのがわかった。「…何故、こんなものを?」「言っただろう。今の僕は人類の味方だ」「…そうですか」明日香は目を閉じた。「今は信じましょう」 55
《セト・アン》はシニカルに肩を竦めた。それを見ていた水琴が言った。「明日香。貴公は味方が多いな」「うーん…味方、なんですかね」「運命は信仰と境遇と偶然、と昔の文学にある。偶然であったとて、貴公の信と戦が今、この状況を紡いだのだろうな」「…」「貴公の斗いは無駄ではなかったのだ」 56
水琴は、明日香の肩を軽く叩いた。「私は貴公が少し、羨ましいよ」「ならば土師殿。共に往きましょう。この戦に終止符を打ちに」「ああ」明日香と水琴は強く頷き合い、そして上を見つめた。「あ…待った!」その時、九龍が声を上げた。「…何さ、九龍。そういう空気じゃないだろ」 57
「戦場にはいらねえ考えだろ、それ。なあ、原サンよ」「何だ」「原サンさ、もっと下の方、頼めねえかな」「堂々と俺だけ仲間外れ宣言か。いい度胸だな、貴様」「そうじゃねえよ!そっちにも人がいるからさ…彼らを守ってやってくれねえかなって」「ふむ」腕組み考える宏樹。 58
「それ、本来は九龍がやることだったよね」明日香が口を挟んだ。宏樹が辛辣に九龍を見た。「それを放っぽってこっちに来たのか。最悪だな、貴様」「何だよチクショウ!それで篠田もこの人も助かったんだからいいじゃん別に!」「いい訳があるか」宏樹は溜息を吐くと、血刀を肩に担いだ。 59
「いいだろう。篠田、貴様が粛清対象の探偵社と行動を共にしていることも問わん。その代わり九龍、俺の仕事を全うしろ」「おう…アンタの仕事、何?」「篠田の補助と《セト・アン》のお目付け役だ」「はあ!?おいちょっと」「しッ!」宏樹はたちまち風となり、走り去っていった。 60
「俺には荷が重いッてェェーッ!」「ビビってやんのダッセ」《セト・アン》が九龍を嘲笑った。「う、うう…」「さて!」手を叩き、《セト・アン》は話を打ち切った。「明日香の補助が宏樹の仕事なら、僕も君らに同伴すべきだろうな。どこに向かうつもりだったんだ?」「地表だ」水琴が上を指差す。 61
「OK。なら最短距離で行こうか」《セト・アン》が手掌を振ると、黒が面々を包み込んだ。そして浮き上がり、猛スピードで天の大穴へと向かってゆく。崩れた都市が過ぎ去ってゆく。都市の腸を見ながら、誰も何かを言うことはない。だが、その破壊を誰もが、真っ直ぐに見つめていた。 62
その瞬間、都市の中で何かが光った。同時に全員の第六感が最大級の警鐘を鳴らす!「!」全員が同時に黒から飛び降りた。直後、頭上に電球めいた小さな光が灯り……巨大な爆炎と変わった!「うおおおッ!」爆風に煽られる面々。九龍が叫ぶ。「これは…黄金錬成、だとォッ!?」 63
そして、先に何かが光った方を見やった。瓦礫を蹴り跳び、超高速で接近する存在あり。光を血色に照り返す黒髪の下で、金色の瞳が燃える。九龍と同じ顔。同じ姿。その本質だけが、邪悪であった。明日香の中で、何かが凍り付いた。「於炉血…!」 64
(つづく)
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