【プレイヤー・トゥ・アスク・フォー・ア・スター】 #6
その瞬間、都市の中で何かが光った。同時に全員の第六感が最大級の警鐘を鳴らす!「!」全員が同時に黒から飛び降りた。直後、頭上に電球めいた小さな光が灯り……巨大な爆炎と変わった!「うおおおッ!」爆風に煽られる面々。九龍が叫ぶ。「これは…黄金錬成、だとォッ!?」 0
そして、先に何かが光った方を見やった。瓦礫を蹴り跳び、超高速で接近する存在あり。光を血色に照り返す黒髪の下で、金色の瞳が燃える。九龍と同じ顔。同じ姿。その本質だけが、邪悪であった。明日香の中で、何かが凍り付いた。「於炉血…!」 0
探偵粛清アスカ
【プレイヤー・トゥ・アスク・フォー・ア・スター】 #6
灼けた地に落つと同時に明日香らは散開し、構えた。陣の中心に於炉血は降り立ち、人を食い殺すような笑みを浮かべながら4人の顔を見回す。「…おろち」九龍が呟いた。「仰る通りの於炉血野郎です。どーもどーも」慇懃にお辞儀する於炉血。それを見ながら、九龍は奇妙な感覚に襲われていた。 1
彼の脳裡には、様々な記憶が過ぎっていた。目覚め。ウェイランド サーストン、石動 麻子との出会い。無力に蝕まれ続けた日々。そして、星空探偵社の潰滅。その記憶の中で目の前の男、於炉血は牙に貪り食われていた。「俺はコイツと…会ったことがある…?」 2
「監査官代理、篠田 明日香」明日香が歩み出、於炉血に名乗りを返した。「今、貴殿に構っている暇はありません。そこをどいてください」「僕にはあるんだなあ、用事」於炉血は笑い、無慈悲な格闘を構えた。「問答無用、情け無用だぜ」「狂人め」「よく言われるよ、それ。けどさ」目を細める於炉血。 3
次の瞬間、於炉血は明日香の目の前にいた!「別によくない?」「ふッ!」速度を乗せた痛烈な蹴りを、明日香はクロス腕で防いだ!「はッ!」蹴り足を軸に於炉血は体を捻り、逆足による蹴りを明日香の脳天に落とす!「はァッ!」連続側転から《セト・アン》が飛び掛かり、その蹴り落としを弾く! 4
「はッ!」冷たい火花を散らしながら於炉血は跳び退った。「ツクバの王か。君」「僕の存在、まだ機密と聞いてたんだけどな」「機密だろうが関係ないよ。元から知ってんだからね」「何?」呟いたのは明日香であった。彼女の脳裡には、ニッポンの根幹を成す一つのシステムの存在が過ぎっていた。 5
だが、その思考を阻害するかのように、再び於炉血と《セト・アン》は激突!考える暇はなし。明日香は舌をひとつ打つと、冷気の轍を残しながら地を蹴った!彼女の視線の先、於炉血を挟むように、水琴が稲妻の尾を引いて走り来る。三面同時攻撃が於炉血に迫る!インパクトの直前、於炉血の体が浮く! 6
水琴の首を薙ぐ斬撃と、明日香の足を断つチョップの間に潜り込みつつ、於炉血は開脚するように蹴った!それらの脚は水琴と明日香の頬骨を捉え、彼の右腕は《セト・アン》の防御を搔い潜り、首を掴んでいた!「はッ!」そして左腕の関節を外して伸ばし、地にそれを突くと、勢い良く回転して投げた! 7
「「「グワーッ!」」」三人は竜巻めいて吹き飛んだ!「うおおおッ!」高みを取っていた九龍が吠え、チョップと共にヨグ=ソトースの拳を落とす!於炉血は鼻で笑うと、投の勢いのままブレイクダンスじみて回転。隙を消しながら、その足で落つる斬撃を弾く。そしてその勢いで跳躍する! 8
瞬時に九龍のさらに上を取った於炉血は、回転の中から踵を叩き付けた!「うぐ、ぎイッ…!」九龍は辛うじてクロス腕で防ぐが、流星めいて地へと落ちる!「ふッ!」矢のように飛んだ明日香が彼を受け止め、激突死の運命を回避した。九龍の両前腕はへし折れ、千切れかけていた。「仕留め損ねたか」 9
於炉血の背から血が噴き出し、刃の雨となって降り注いだ!「はァッ!」《セト・アン》が氷を笠とし、それを防ぐ。明日香と水琴は素早くその下に潜り込むと、氷がドームとなって彼らを完全に覆い隠した。「全く、とんだ化物がいるもんだ」《セト・アン》がぼやいた。 10
血の刃が氷に当たり、凄まじい音を立てている。「ここがツクバで僕が全快で、ようやく五分ってところだろう。つまり、このままじゃ全員ここで殺られるぞ」「確かに」明日香は九龍の腕を見た。鋼の肉と水銀の血持つ生物、魔法使い。それの腕をこうも容易く折るとは。「ここは安全地帯などではない」 11
「それは構わん。我々は安全を求めて進んでいるのではないのだから」水琴が顎を擦る。「だからこそ、犬死には避けなければならん」「…それならよお」呻くように、油汗にまみれた九龍が言った。氷の笠にヒビが入った。「九龍?」「叩き落とせ。一回でいい」「…わかった」氷が割れた! 12
それと同時に明日香は跳躍した!「斬り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ」チャントめいて唱えながら破片を蹴り跳び、赤い雨の中へと切り込んでゆく。いくつかの刃を払い、受けながら。しかし実際、刃は内側に巻くように飛来していた!正面突破こそが最も安全な道であった!「踏み込み征けばあとは極楽!」 13
「はッ!」於炉血は血の刃の放出を停止し、明日香に迎撃チョップを落とした!明日香は決して目を逸らさず、ただ真っ直ぐ、無双の一振りへと向かってゆく!「ジャッ!」その瞬間、水琴が刀を投擲した!回転する刀の柄に明日香は足を掛け…跳んだ!さらに加速した明日香を、チョップは捉えられない! 14
刀の回転速度を自らの回転へと変え、明日香は於炉血の腕を極めた!そしてそのまま!「ふぅアァァァッ!」下へと向かって投げ飛ばした!「ナイスだ、相棒ッ!」九龍が叫んだ。彼の千切れかけた腕の傷口には、指先ほどの火球があった。そして傷口からは、黄金へと変わった血が垂れ落ちている…! 15
「はァァァァッ!」そして落ち来る於炉血に、傷口を叩き付けるように黄金錬成の火球をぶつけた!大地を喰らう龍が於炉血の体を駆け巡る。その絶叫すらも焼灼し、熱が、衝撃が体を突き抜け、天へと昇ってゆく!九龍の左腕は完全に千切れ、炎と共に消えてゆく。於炉血を焼き尽くす炎と共に! 16
炎が消え、炭化した於炉血が地に落ちた。黒い欠片を散らしながらごろごろと転がり、やがて止まって、動かなくなった。「や、やった…?」九龍が呟き、炭を足で小突く。それでも、於炉血は動かなかった。「やったぁ…!」どっかと地に腰を降ろし、そのまま大の字に倒れ込んだ。 17
「おい、九龍」明日香が歩み寄り、九龍の両腕を掴んだ。氷が傷口を覆い、残った右腕をも辛うじて繋ぎ止める。「気持ちはわかるけど、ここは中間地点。本丸はまだ上だよ」「うぇ…マジぃ?」「ああ」水琴が頷いた。「だが、浜口 侑斗は奴ほどの怪物ではない。確実に勝てるぞ」 18
「大体、君は僕の目付け役だろ?」《セト・アン》が肩を竦めた。「僕は彼女らと上まで行くぞ。職務放棄する気か?」「ンな気はねえけどさあ…」「まあまあ二人とも。あんな激戦の後だ、気が抜けるのも無理はないよ」九龍の声と同時に、水琴と《セト・アン》の肩が後ろから叩かれた。 19
そこにいたのは一人のクローンレイブンであった。「何奴…!?」問いと同時に、反射的に於炉血の亡骸を見やる。そこには何もない。ただ、炭の残滓があるのみ!「貴様」ゴキッ。咆哮と同時に、二人の首が捩じれた。「おや。《セト・アン》は兎も角、土師さんも結構いい身体強化受けてんだね。浅いや」 20
於炉血、無傷!無傷である!「え、な…お前、お前どうやって…」「簡単なことだよ」於炉血は、狼狽する九龍に指を向けた。「本来、黄金錬成ってロクな休息も取らず何度も使えるモンじゃないんだよね。つまり、君のさっきの一撃はスカスカ…」「あ…あ…」「僕には、効かない」 21
「ふッ!」明日香が切り込んだ。於炉血は彼女の貫手を払うと、続く打撃を捌き始める。「仲間は瀕死。単独での戦力差は言うまでもない。正直、君にもう勝ち目ないでしょ」「…それが、何か?」明日香は目を細めた。「貴殿は言った。ニッポンを滅ぼしに生まれたと言った。ならば見逃す道理はなし」 22
「その為に自分が死んでも?」「無論」明日香の脳裡には、かつての師の言葉が蘇っていた。((ただ殺すだけならバカでもできる。俺たちがするべきは、殺す為に殺す殺人斗じゃあねえ…))拳撃が加速し、強まる。「私は誓う…!この命燃え尽きる時まで、弱きを救う活人の拳を揮い続けるとッ!」 23
「はッ!」於炉血は明日香を弾き飛ばした。明日香はそこから数度バク転を打ち、於炉血を見据えた。そして、空間が圧縮された手袋の中から二挺の拳銃を抜いた。紅蓮の華がエングレーブされたそれの遊底には『GUREN MACHINA』と銘が彫られていた。「貴殿はここで止める。そこに迷いも、後悔もない」 24
「なら、生まれたこと自体を後悔させてやるよ」於炉血は手招きした。「来な」「ふッ!」銃爪が引かれ、鉛が吐き出された!於炉血はサイドステップからのジグザグの疾走でそれを避ける。彼の後を追うように亜光速弾頭が着弾し、コンクリートを破砕。そしてそこに、氷の柱が生まれてゆく! 25
そしてそれは瞬く間に成長し、氷の蔓となって於炉血を縛り上げた!「何…!」「成程。いい武器だ」明日香は銃をしまうと、続いて槍を取り出した。刃先が紅蓮に染め上げられた十文字槍にはやはり『GUREN MACHINA』の銘!「ふッ!」それを振りかざし、氷の蔦ごと於炉血を貫かんとす! 26
「はッ!」於炉血は拘束を砕き、致命の刺突をバク転回避!そのまま刃の上に立つと、蛇が枝に絡みつくかのように槍の柄に巻き付きながら明日香の下へと向かう!「ふッ!」明日香は手袋から紅蓮色の金槌を抜くと、槍の柄を這うように薙いだ!「ちッ…」於炉血は質量攻撃を嫌い離脱。5mの距離に着地! 27
於炉血は己の手を見、目を細めた。皮が剥げ、血が滲んでいる。そしてそれは、明日香の槍に張り付いていた。極低温が、彼の気付かぬ内に皮膚を蝕んでいたのだ。彼は理解した。明日香の武器は全て彼女の冷気の異能、そのブースターと制御を旨としている。((ま、怯むにゃ値しないかな)) 28
唇を舌で湿すと、於炉血は突進した!「ふッ!」明日香の刺突を捌き、足元への薙ぎ払いを彼女の体ごと跳び越える!薙ぎ払いの勢いで襲い来る打擲を受けると、さらに数合切り結び、自身の腕で槍の柄と明日香自信を抑え込むような形へと持ち込んだ!「はッ!」目を見開き、逆腕の貫手を明日香の胸へ! 29
明日香は槍を逆手に持ち変えると、於炉血の力に従うように身を沈めた。そのまま於炉血の腕を滑らせるように槍を引く。「ちッ…」槍の穂より伸びる横向きの刃が、鎌めいて於炉血の胴を裂かんとしていた!於炉血は攻撃を断念してバク転を打つ。空を切った紅蓮の穂先より、名残惜し気に氷が散華する。 30
明日香は於炉血の動きに追従していた!「ふッ!」地を抉りながら紅蓮の刀を振り上げて、於炉血を正中線で断たんとす!於炉血は身を屈めそれを躱すと、「はッ!」血を鎧うたアッパーカットで振り下ろされる刀を迎撃!衝撃が走り、抉れた地に這う氷が浮き砕け、ダイヤモンドじみて煌めく! 31
於炉血は明日香の刀を見た。『GUREN MACHINA』と銘を彫られた刀身は、柄の延長線上からはずれ、茎を簡易的な護拳とするかのように取り付けられている。そして柄の刀身側端には油断ならぬ何らかの穴が開いており、そう言った工夫は他の武器には存在していなかった。つまりこれが本命! 32
そしてその何某かのギミックを機能不全に陥らせるには、超絶壊滅的インファイトあるのみ!「はッ!」於炉血はさらに一歩踏み込むと、血をナックルダスターと変え明日香にボディブローを食らわせた!「ごブ…」「はッ!」「グ」「はッ!」「ごはッ」肩が触れ合うほどの距離からの、猛烈なラッシュ! 33
明日香の目が裏返り、体が傾ぐ!「残念。君は能わなかったッ!」於炉血はフィニッシュブローを明日香の顔面に放ち……!しかし、それは空を切った!明日香は自分から、さらに仰け反ったのだ!「ヌ…」於炉血はパンチをチョップに変え、そのまま顔面を割らんと振り下ろす! 34
だが、それすらも空を切った。明日香は於炉血の背後にいた。彼女の尻からは、いつの間にか氷の尻尾が生えていた。太くうねるそれを以て体を支え、素早く、なめらかに背後を取ったのだ!明日香は刀を逆手に構えると、己の背にいる於炉血に向ける。彼の反応はやや遅く、刃は脇腹へと突き刺さった! 35
「ぐ…!?」於炉血の顔が歪み、苦鳴が漏れた。見開く目は、まるで現実を否認しているかのようだった。明日香はそれに目を向けず、刀から冷気を放射した。白い冷気は、瞬く間に於炉血を覆い、その体を氷の中に閉じ込めていく。「そのまま…果てなさい」静かに明日香は言った。 36
於炉血は、白く濁り始めた意識の中でそれを聞いた。そして同時に、疑問を抱いた。果てる。自分が。何故、こんなことになったのだ?そして、戦闘を振り返る。考えてみれば、明日香の攻撃は、見切れないものは何一つなかった。だのに何故、今回に限ってその全てに対応ができなんだか? 37
その時、於炉血の視界に、立ち上がろうとしている九龍が映った。彼はニヤリと笑っていた。勝利の笑みだ。…於炉血には、彼の考えが理解できた。九龍は、先の黄金錬成が全くの無力であることに気が付いていた。故に彼は、小細工をしたのだ。炎を於炉血の中に留め置き、血を蝕む呪いとした。 38
そして、それは有効であった。於炉血の体は呪いに血を削られ、明日香単独でさえ追いつける程に身体能力が落ち込んでいたのだ。水琴と《セト・アン》の首を完全破壊し損ねたのも、その所為なのだ!(やっと気づいたかよ)九龍の口が動いた。(バーカ) 39
彼の声は、於炉血の耳には届かなかった。だが、確かにそう言っていた。それを認識した瞬間、於炉血の中に、何か暗いものが湧き上がってきた。何故。何故、計画の一因子如きが手を噛む。貴様は障害ではない。なのに何故、立ちはだかる。於炉血が抱いたもの、それは怒り。何よりも深い、情動…! 40
「はッ!」於炉血を封じようとしていた氷が砕け散った!「!」明日香はバックキックを繰り出すが、既に彼は刀をも抜き、九龍目掛け跳躍していた!「はッ!」空中で回転。踵落としを繰り出す!九龍は、もはやそれを躱す知力は残っていない!「ごッ…!」「やってくれたねえ、君…ッ!」 41
蒸気化するほどに熱い水銀を混じらせた息と共に、於炉血は吐いた。彼の五指の先から血が噴き出し、小さな火球が生まれる。火球は、液体化した金が滴り落ちた。「黄金、錬成…」「君と一緒にするなッ!」血を絞るような叫びと共に、それは九龍の腹に叩き付けられた。 42
火焔が九龍を包み込んだ。円く膨れ上がったそれはしかし一瞬で収束し、そして閃光となって放たれた。閃光は都市の空気を灼き、外郭にすら届き、大穴を開けた。それはすぐに消え失せたものの、その跡には何一つ残らなかった。於炉血の手元には、胴部が完全に消滅した九龍の姿があった。 43
九龍の首は無くなった体を見ながら、数度目を瞬かせた。その後、彼の腕が、首が落ち、最後に立っていた脚が崩れ落ちた。「え……」明日香が呻いた。「九龍」返事はなかった。彼の瞳孔は既に拡散していた。「九龍が…」死んだ。星空探偵社最後の生き残りにして、明日香の相棒である九龍は、死んだ。 44
九龍の亡骸の傍らで、息を荒げながら於炉血が頭を掻き毟っていた。「九龍が死んだ…台無しだよ。全部…全部台無しだよ畜生ッ!」「自分で殺しておいて…!」「知ってるんだよそんな事ーッ!」「ごアッ!」於炉血は瞬時に肉薄、明日香の爪先を踏んで殴り付けた!傾ぐ胸倉を掴み、連続で畳み掛ける! 45
「10年だぞ!10年を準備に費やしたんだぞッ!それを…それをッ!ついカッとしちゃったからで自ら棒に振った男の気持ちが無念が自分への憤りがッ!貴様にわかるかァッ!」「そんなもの…!」明日香は猛攻を受けながら貫手を構え、於炉血の心臓目掛け繰り出した!「わかってたまるかッ!」 46
於炉血はそれをいなすと捻り上げ、跪かせた!「うッ…」そして逆の手も取り、彼女自身の胸で重ね合わさせると、血の刃で突き刺し縫い留める!「あ、ぐうッ…!」刃は僅かに心臓を傷つけていた。「ああ、意味なんてないよ。ただの憂さ晴らし」於炉血は腕を振り上げた!「意味はないんだよッ!」 47
その時、於炉血の腕を貫いて黒鉄の棘が飛び出した。「な…」動揺する於炉血。「何だこれは…!?」それはクナイめいた短剣であった。柄尻から伸びる鎖の先、瓦礫の山の上には男が一人。光を血色に照り返す長いポニーテール。銀の右目と金の左目が、於炉血を睨む。ニッポン最強、ディーサイドクロウ! 48
「Get over here!」ディーサイドクロウは鎖を引き、於炉血を引き寄せた!瓦礫に叩き付けられる於炉血の腕から短剣が抜け、鎖と共に巻き上げられてディーサイドクロウの左袖へと収まる。「班長…!」明日香が叫んだ。「班長、九龍が…九龍が…!」「OK、OK。大丈夫、状況は把握してる」 49
「は、班長…!」「篠田」ディーサイドクロウは明日香を見た。「大丈夫だ。状況は把握してる」「…!」息を呑む明日香。彼の一言で、明日香は完全な平静を取り戻していた。彼女の脳裡には、師の教えが蘇っていた。戦場では誰もが死ぬ。それに対し悲しんだり憤ったりは後でもできる。 50
だが、斗うことだけは、その時しかできない。そして、生きている者にしかできないのだ。ならば、自分のすべきことは。「ここはおれが引き受ける。行きな」「お願いします!」明日香はディーサイドクロウに答えると、九龍の亡骸の隣に屈み込んだ。「きっと大丈夫。安心して」 51
それだけ言うと、水琴と《セト・アン》を抱えて走り去って行った。「さて」ディーサイドクロウは呟くと、於炉血に向き直った。於炉血はやおら立ち上がると、肩を竦めた。「30年来の友人にいきなりフックショットぶっ刺すとか。挨拶にしちゃ過激すぎないか、D・C」「…やっぱオマエ、オロチなのか」 52
「イエス、イエス、イエース」「オマエ、本当に変わんねえな。好奇心最優先で、そうなったら周りなんて見えなくてよ。覚えてるか?蚩尤戦争で丸葉水産の傘下会社襲った時のこと。あの時おれがいなかったらオマエ、開きになるところだったぜ?」肩を竦めるディーサイドクロウに、於炉血が呆れる。 53
「あれはそもそも、君が生ハムメロンの森に不用意に入ったのが原因だろ。人の知識欲をとやかく言う前に、まず自分の食欲を省みろよ」「こちとら未だにED治ってねえんだぞ。三代欲求が偏るくらい勘弁してくれよ」「マジで?軽く30年以上経つのに?」「ストレスの多い職場なんだよ」 54
二人は、口元を隠しながら笑いあった。やがて笑い声が止まった後、ディーサイドクロウが切り出す。「なあ、オロチ。やめるつもりねえの?」「君はいつも不思議な男だった。未来のことを知り、それを元に動いている。それならわかるだろう」「…そうかい」言葉と同時に於炉血は飛び掛かった。 55
ディーサイドクロウは緋色の閃光めいて跳び退り、於炉血のチョップを躱した。彼の頬には、朱色の線が走っていた。於炉血は加撃の感覚にニヤリと笑う。ディーサイドクロウは、肩まで上げた手を開いた。その中から、小さな枝のようなものが零れ落ちる。それは、於炉血の小指であった。 56
僅かに汗を流す於炉血。油断自体は、僅かにあった。だが、あの一瞬で…!「活人拳とは、手足を断ち首と胴を活かすもの」ディーサイドクロウは言った。「オマエには聞かなきゃならんことが山ほどある。楽に死ねると思うなよ」「ちょっと君、弟子にもそんな風に教えてんの…!?」「せいやーッ!」 57
血色の線を中空に引きながらディーサイドクロウは襲撃、接敵!「マジかよコイツ頭おかしい……!」気圧された於炉血は真正面から受けざるを得ない!だが彼はディーサイドクロウの攻撃に対応している!両者は対応に対応を重ね加速!たちまち絶死の格闘旋風が吹き荒れ始めた! 58
(つづく)
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