【プレイヤー・トゥ・アスク・フォー・ア・スター】 #7 前編

12層。ニッポン最下層に程近いここは、既に正気の領域ではない。ひどい刺激臭と、青みがかった脳漿めいてどろりとした何かを滴らせる汚穢な原形質状物質に侵され、ここに住まう者ももはや、その端末であるかのように醜悪な姿と変わり果てている。ここは正しく人類生存圏との境…『境階』なのだ。 1



「う…」モヒカン男がうずくまり、耐えかねて吐いた。彼だけではない。川上 康生らと共にここまで降りてきた者の大半が、その冒涜的な有様を受け入れられていないかのように立ち尽くし、或いは首を振り、そして吐いていた。音楽ももはや止み、ただ、圧倒的な視覚から目を逸らせずにいた。 2



「あまり戻って来たくはなかったなあ」カツが腕組みぼやいた。正吾は、目の前の光景から目を逸らさずに言った。「来たことあるのかい」「俺の生まれた場所なんだ。生まれ故郷…と言っても、クソッタレなことしかねえがな」「…」おどけるように肩を竦めるカツに、正吾は沈黙しか返せなかった。 3



正吾は、先の康生の話を思い出していた。即ち、牙の生まれだ。彼らは各都市の境階に存在するプラントに、クライアントが材料と指令を与えることで『製造』される。生まれた牙は指令の遂行に全てを捧げ、康生は、それを利用すると言ったのだ。幸い、牙を作るための材料は大量にある。 4



『材料は?』『…人間だ』正吾の問いに答えたのはカツであった。『俺たちは、カルシウムとか鉄とかでできた無機物外骨格と、その中に詰められた液体ヒトタンパクでできてんだ。人間がカロリーを燃やして動くみたいに、ヒトタンパクを燃料にして動く』『何だって…!』『…』 5



沈黙するカツの隣に、康生が立った。『あれはそういう法則で成り立っている。諸君から見ればそれはひどい残酷かもしれないが、だが俺は、あれは都市の、ニッポンの慈悲だと思っている』『…』民衆は康生の話を遮らなかった。彼の行いと言葉の全てが赤心からであることを、彼らは知っていた。 6



『この国のあらゆるサイクルは、弱者を挽き潰し、それを原動力として回っている。そういう風に完成してしまっている。だが牙は、人の命に価値を付けない。貧富。心の強さ。生死すらも全てを等価として喰らい、己の一部とする。そしてクライアントと共に、牙するべきものに牙を剥くのだ。… 7



…これは正しく、弱き者が持ち得る数少ない牙だ。死した者の無念を牙と変えられる希望となるものだ。そして今、このナゴヤにどれ程の無念が溢れている?強者の都合に弄ばれた者の怒りが、悲しみが、どれだけ荒れ狂っている?』『でもそれって、俺たちの都合で彼らを利用するってことじゃないのか』 8



『それは否定すまい。だがそうであっても、共に斗うことは出来る筈だ。君たちは怒っている。そして、人嚙≪にんぎょう≫へと変えられた者もだ。君たちは何故、立ち上がった?彼らの怒りの代弁者となる為ではないだろう。自分自身の怒りを見せてやる為ではなかったのか』『それは…そうですが』 9



康生はバズーカを地に打ち付けた。『だがそうすると、誰も彼らの怒りを代弁はしない。だからだ。彼らの怒りを消さぬ為に。その為に、我々は往かねばならない!彼らの怒りを、灯を、魂の雄叫びを!最期の最期に輝かせんが為にッ!』 10



…最終的に民衆は康生の言葉に火を点けられて、境階へと降りてくるに至った。「すごいよなあ、彼」「ン?」「川上さん。偽心じゃなく本心で人を唆すんだもん。革命家の素質あるよ」「ハハ、なんだそりゃ」カツがからからと笑った。「だったら弱者の革命、きっちり成し遂げねえとな」「ああ」 11



彼らが頷きあった、その瞬間であった!軋むような音を立てて上方より飛び掛かりしものあり!「あびょッ!?」うずくまったままのモヒカンの背に深々と刃が突き刺さり、腹から真紅の鋭角が飛び出す!「ギシッ」「アババババーッ!?」現れ出でた人嚙が、モヒカン連続刺突開始!「いびいぎゃあああッ!」 12



「野郎ーッ!」カツが跳躍した!数度瓦礫を蹴り跳び、高みより爪を振り下ろす!「殺ッ!」「ギシッ」モヒカン刺突人嚙正中線両断!解放されたモヒカンが血を吐き倒れ込むが、彼は体の半分近くを捩じられ、人嚙へと作り変えられていた。「ア、アンタ…!」民衆の中からナード男が現れ、近づく。 13



だがその瞬間、新たな人嚙が複数同時跳躍!「ぎょぼアッ!」カツのインタラプトすら許さずにナード男とモヒカンが死!「何…!?」困惑するカツ。そう、死である!人嚙へと変わることなく!「何だと….!?」狼狽するカツ。操る者の目的が変わったか。そしてそれは、ある種の危難でもあった。 14



見よ。人嚙に殺された者は皆、五体の全てを粉砕されている。人々は、己が死した後に牙とされることに同意していた。だが、粉々になってしまってはそれができない!そもそもプラントまで遺体を運ぶことが不可能なのだ!「川上サン!」カツが叫んだ。「わかっている…!」康生は苦々しく答えた。 15



「うわああッ!」鉄パイプを振り回しながらサラリーマンが叫ぶ!人嚙の群れはそれを容易く掻い潜り、交差し、一瞬の内に彼の五体を千に裂く!「く…」歯噛みしながら、それら人嚙に殴り掛かる康生。人嚙らは縦横無尽に動き、彼のバズーカ斜線上に、彼の仲間を常に配置するように動く!射撃不可! 16



そして殺戮のみを目的と変えた人嚙の動きは、康生やカツの動きを完全に凌駕していた!「ギシッ」「びゅッ」「ギシッ」「るォ!」「ギシッ」「なぶッ」「ギシッ」「あンッ」死屍累々!戦士たちの攻撃をひらりひらりと躱しながら、その動きの全てが殺戮に繋がる!「くそ、このままでは…」 17



その瞬間、人嚙の動きが再び変わった!「ギシッ」「うぐッう…!?」生き残った者を襲撃する軌道から突如バク転を打ち、そのままに康生の脳天に蹴りを落とした!「く…」「ギシッ」立て直そうとする彼に、踊るような刃が連続で浴びせられる。捌こうとする彼に多数の人嚙が接近、襲撃! 18



もはやターゲットは、完全に康生へと移行していた!彼はバズーカを用いて八方からの斬撃を捌く…ことは、不可能であった!「ごッ」康生の首を人嚙の刃が貫く。康生の手から、バズーカが滑り落ちた。「川上サン!」叫び、走るカツ。しかしその背に人嚙が飛び蹴りを放ち、もつれ込む。「ぐわッ…」 19



マウントを取った人嚙は、カツの背に刃を突き刺した。象牙の外骨格をも容易く貫いたそれは、隙間から装甲を引き剝がし、分解せんと力を咥える。「グ、グウウウ…!」鮫めいた歯を軋らせながらカツは抗う。彼の視線の先で、康生は群がった人嚙に、次々と刃を突き立てられていた。 20



「クソ、クソがッ…!」「ギシッ」呻くカツの前に、さらに人嚙が立った。人嚙はカツの頭に刃を突き立て、さらに装甲を引き剥がさんとする。「ウグ…ア、アア…!」「や…やめろーッ!」隠れていた正吾が飛び出し、ギターで人嚙に殴り掛かる!人嚙は首の力でそれを受け、そして意に介さない。 21



人嚙はもはや、弱者を見てはいなかった。先に弱者を狙ったのは、ただ強者を乱し、確実に狩る為の下拵えに過ぎなかったのだ。「アアーッ!アアアアーッ!」狂ったように、ギターが壊れ弾けた弦が指を傷つけても、正吾は殴り続けた。カツに掛かる力は緩まず、装甲がバキンと音を立てた。 22



「CHIESTE!」 23



赤い閃光が決死の領域を薙ぎ払った。それが人嚙を通過した瞬間、人嚙の動きは制止し、きっかり0.5秒後に、その軌跡の通りにずれ、落ちた。閃光は龍の如く荒れ狂い、カツと康生を苛む人嚙を瞬く間に解体する。「え、な…」困惑するカツの目の前、赤き死の方陣中央に、一人の青年が降り立った。 24



赤き閃光を刀の形に収めると、青年は未だ周囲に蔓延る人嚙を睥睨した。「しッ!」彼は康生のバズーカを蹴り上げ掴むと、銃爪を引いた。薙ぎ払うように放たれた光線、その爆発を人嚙の群れは跳躍して躱し、しかしその時、青年は既に人嚙らの真上!「しィヤァァァッ!」再び赤き嵐が吹き荒れる! 25



「つ…強ェ!」「彼は処刑者代理、原 宏樹」いつの間にか現れていた人物が、カツの肩に腕を回し、立たせた。その人物は、康生と似た仕立てのスーツであった。「そして我々は白無垢探偵社。川上 康生の同僚です」「何ぃ?」カツは唸った。「同僚が今までどこほっつき歩いて…いや、それ以前に彼は」 26



「彼はあれくらいでは死にません」見ると康生もまた、白無垢探偵社の肩を借りて立っていた。「どんな体してんだ」「ニッポン最先端の再生強化施術を舐めて貰っては困るな」康生はニヤリと笑った。「ま…まあ、生きてるなら何よりだ」カツは探偵から離れると、腕を組んだ。 27



その瞬間、宏樹の攻勢より逃れた人嚙らが彼らの前に降り立った!「ギシッ」「「アバーッ!」」カツと康生を庇うように立った探偵らが瞬殺!「しゃあッ!」舞い上がった血霧を払いながら、康生が単打を放つ!「殺ッ!」それが動きを僅かに止めた瞬間、カツが襲撃。人嚙らを切断した! 28



「クソッ、命を無駄に…!」康生が、生き残った探偵らを睨んだ。「お前たちが死ぬ必要などない筈だ!そもそも何故ここに来た!」「川上さんの支援です」「ここは既に我々の手に負える船上ではない。犬死にする気か」「その通りです」一人の探偵が答えて言った。「我々は、犬死にする為に来ました」 29



そして彼は、人嚙らの間を跳ね、斗う宏樹を見た。「俺たちは、ここに向かう途中に原殿と出会いました。同じことを言われましたよ。だが彼はこうも言いました。『ならば貴公らは犬のように死ぬといい。俺がその死を拾ってやる』と」「…」「川上さん。俺たちは、あなたにもそうしてほしいのです」 30



「何故だ」「俺たちが惑う中、あなただけが正しき道を模索しようとしていた。そんなあなただから、俺たちの死を預けたいのです」「…」康生は静かに目を伏せた。脳裡には、亡き親友の姿。彼の見た夢を、その死を、自分は背負ってきた。「死を預ける、か」「はい」「わかった」康生は頷いた。 31



「ならば行くぞ。全員、この場に散らばる死体をかき集めろ。人嚙の残骸も含め、持てるだけだ」「「「了解!」」」疑問も差し挟まず死体集めに奔走した彼らを見た後、康生は人嚙の群れの狭間を掛ける宏樹を見た。「処刑者代理殿!」「ム…!」康生に目を向ける宏樹。彼もまた、無傷ではない。 32



「移動する!牙探偵社のプラントまでだ!」「ならば死体がいるな」宏樹の脚に力が漲り、血の刀がセグメント分割した。「承知した!」そして彼は、再び嵐となった!斬が閃き、光が迸る!人噛はそれを掻い潜り、あるいは裂かれ、散って往く。探偵たちが散るそれを受け止め、担ぐ!「よし、行くぞ!」 33



康生の合図と共に、人々は走り出した。嵐が拓いた道は、瞬く間に肉の人形が埋めようとする。それに飲まれぬよう、走る、走る、走る。生き残っていた幾人かは遅れ、肉の波に取り込まれ、死んだ。探偵の幾人かは、飛沫めいてはみ出た人嚙から人々を庇い、殺された。それでも、誰も振り返らなかった。 34



それが彼らの、生き残っている者の斗いであった。ただ進み、死した者の、或いは死ねなかった者の怒りを叩き付けさせる。否。自分たちの怒りを叩き付けるのだ。それは、生きている者にしかできない。死した者らの死に意味を持たせるのも、生きた者にしかできないのだ! 35



やがて生き残った人々を助ける探偵がみな死んだ頃、彼らの前に、汚穢な肉塊に包まれた、円い培養層じみた何某かの装置が現れた。牙探偵社のプラントであった。康生の指示の下、生存者たちが死体を、人嚙の残骸を投入してゆく。その間、尚も押し寄せてくる人嚙に、宏樹が一人で立ち向かい続けた。 36



やがてコンソールに現れた文字列……生まれし牙に与える命令、その全てを無視し、康生は牙の生成を開始した。培養層がごぼごぼと音を立て、赤黄色い粘ついた液体に満たされる。それはやがてすぐに干上がり、後には黒い外骨格に包まれた人型が残された。牙だ。培養層の蓋が開いた。 37



瞬間、牙は飛び出し、迫りくる人嚙へと立ち向かって行った。次々と生まれ来る新たな牙、その全ても同様であった。牙に命令を与えぬとは、つまりはその時、彼らの心が望むこと、その一つを成せという意味である。彼らは怒っていた。理不尽に。暴虐に怒っていた。その怒りが、ついに牙を剥いたのだ。 38



牙の一本では、ここにいる強き人嚙には決して敵わない。だが束ねられ、ベクトルが一つに向いた時、彼らは自分より強き者を見事に嚙み砕いた。「おお…」康生は嘆息した。牙よ。弱き者の怒り。無念。その全てを乗せ、敵を、過去を切り裂き給え。弱者の意地を見せてやれ。立ち向かえ! 39



────────────────



ディーサイドクロウと於炉血の衝突から、既に10分が経過していた!拳を、蹴りを互いに弾き、受け止め、逸らし、捌き、撃つ!巻き起こる衝撃は既に周辺一帯を灰燼に帰し、もはや都市中層は亡骸ですらなき荒野へと変わり果てていた!それすらも破砕するかの如く、加速する応酬!応酬!応酬! 40



「はッ!はッ!はッ!」於炉血の流れるような三段回し蹴りを、ディーサイドクロウは捌き、捌き、背中で受け止める。「せいやーッ!」蹴りを滑らせるように屈むと、水面蹴りを繰り出す!「はッ!」於炉血は跳躍回避と同時に蹴りを落とすが、「せいやーッ!」メイアルーアジコンパッソがぶつかる! 41



KRACK!空間を破壊するような衝撃が走る!於炉血はそれに飲まれるを嫌い、衝撃に従い空高く跳んだ!「はァァァァッ!」於炉血は空中で連続チョップを放ち、血の刃を連続射出!「せいやーッ!」地を刳り裂くそれらにディーサイドクロウは立ち向かった!刃を蹴り、跳び、そして於炉血に…肉薄する! 42



「せいやアアアアーッ!」ディーサイドクロウが繰り出したラッシュ!しかし於炉血は、そのぶつかり合いを拒否した!初撃、二撃、三撃めを逸らすと、四撃目に絡み付いてディーサイドクロウの背後を取る!「隙ありだ」そのままディーサイドクロウの首に腕を回し、裸絞めを仕掛けた! 43



ディーサイドクロウの顔が瞬く間に紅潮する。彼は於炉血の拳を潰すほどに強く掴むが、於炉血は拘束を緩めなかった。「このまま窒息か?或いは素っ首へし折ってやるか…!?」「スキ、アリ、ダ」ディーサイドクロウは笑った。そして体のバネを使い、於炉血ごと天地逆転状態へ。キリモミ回転を始める! 44



「何…!」於炉血は驚愕した。変則ではあるが、これなるは遥か昔に存在した戦闘集団・忍者が用いた残虐なる処刑奥義、飯綱落とし!拘束されていたのはディーサイドクロウではなく、於炉血であった!「く…!」於炉血は蹴りを入れて逃れんとするが、間に合わぬ!高速回転のまま地面に…激突した! 45



水蒸気爆発じみて立ち上る土煙。しかしてその中に双戦鬼の姿は在らず、ただぽっかりと穴が口を開くのみ!二人は一体どこに…?その答えは開かれた穴の中にある!「せいやアアアアーッ!」ディーサイドクロウは於炉血を拘束したまま落ちて尚、回転を続けていた!それが地を掘削しているのだ! 46



「グワアアアアーッ!」頭を致命猟殺処刑ドリルとされ、於炉血は絶叫する!鋼鉄でできた階層間の整備空間をも貫き、ひとつ下の階層へと抜けた!「はッ!」「ぐッ!」於炉血は拳より流れた血を殺人ウニめいた棘へと変え、ディーサイドクロウを引き剥がす。そして投げ飛ばす!「うおおおッ!?」 47



人工風にさらわれ吹き飛ぶディーサイドクロウ。数秒の後、両者は直線距離にして1kmを隔てた瓦礫の山に着地。しかし互いの視線は交わり続け、その距離は何の意味も持たぬことを暗に示していた…! 48



ボシュ。於炉血の右拳から垂れる血が、黄金へと変わった。その五指の先には太陽を圧縮したが如き火球が、蝋燭めいて灯っている。黄金錬成5連打、しかしそれが九龍のものとは異なり、未だ都市を食い尽くさんばかりの破壊力に満ちているのは明らかであった! 49



ディーサイドクロウはニヤリと笑うと、拳を弾けさせるように、勢いよく指を立てた。それぞれの指先には、やはり黄金錬成の火球!そして両者は、同時に火球を投擲した!螺旋を描き飛ぶ5つの火球は、両者の中間点で衝突。大きな衝撃を発散すると共に膨れ上がり、その後、萎んだ。 50



そして爆発した!音すらも食い荒らす巨大な火柱は、瞬く間に都市を埋め尽くした。光が、熱が、爆風が荒れ狂い、都市の全てを蹂躙する。於炉血はそれの放つ風を受けながら歯を剥き出しにした。火球の投擲は、於炉血が一瞬早かったのだ。その一瞬は致命的な差となり、ディーサイドクロウを襲った…! 51



「せいやーッ!」「ごッ!?」ディーサイドクロウのアッパーカットが於炉血の顎を砕いた!「せいやーッ!」仰け反る於炉血に容赦のない連撃が浴びせられる。その一発一発が於炉血の関節の動きを封じ、一切の反撃を許さない!「せいやアアアアーッ!」そして止めのサマーソルトキックが、入った! 52



((まさか))どうと倒れながら、於炉血は呻いた。((まさかコイツ、黄金錬成を単なる目くらましにしやがったのか!?))ディーサイドクロウは、危険を伴う深追いはしなかった。於炉血は既に態勢を立て直す心構えを完了しており、ディーサイドクロウはそれを避けたのだ。((強くなっている…昔より!)) 53



「オマエ、弱くなったな」ディーサイドクロウは静かに目を伏せた。「色々知ってはいるが、これだけはわからん。何故、新しい体にクローンレイブンを選んだんだ?」「何故、だと?こっちの台詞だ!君の茶々入れを想定して、せめて互角に戦えるよう同一の遺伝子を持つクローンレイブンとなった…!… 54



…なのに何故だ!何故、届きすらしない…!」「…えっ?オマエ、それ本気で言ってる?」ディーサイドクロウは目を見開いた。まるで未開人を見るような、そんな目であった。「あのなオロチ。サンゼンレイブンの先天的な戦闘適正って、平凡なんだわ。強くなる為なら、間違っても選んじゃいけねえよ」 55



「…えっ」「本来の自分より弱い体使ってるんだ、それに馴染むってのは、つまり弱くなるってことだぞ」「ウソだ」「あのなあ。おれが言うんだぞ」「そんな」於炉血は崩れ落ちた。「それじゃあ僕は…何の為に」「…クローンレイブン使ったのがおれの為なら、おれと関わらなきゃよかったんじゃね?」 56



ディーサイドクロウの足元から、影が広がった。「無論おれは見逃さねえし…それに気が変わった。茶番は終わりだ。本当は篠田の為にとっておくつもりだったが、オマエは今、ここで殺す」広がった影から腕のようなものが伸び、自らの体を引きずり上げた。翼が折れ、痛々しく傷ついた鴉のビジョン。 57



ディーサイドクロウは、もはやWi-Fiを放っていた。彼のNEWO«ネオ»、『ディーサイドクロウ』。その本来の姿であった。『ディーサイドクロウ』は首を高くもたげ、強く吠えた。すると、ビジョンから羽が抜け、それは舞踊って空間に貼り付き、二人を覆って闇に閉じ込めてゆく。 58



一切が闇に閉ざされた。光なきその中でも、互いの姿ははっきりと認識できた。ディーサイドクロウの前に、赤と黄色の目のような物体が現れた。「ドミネイション」ディーサイドクロウはそれを握り潰した。すると闇の中、上下左右あらゆる方向に、ぎょろりとした赤と黄色の目が開いた。 59



瞬間、於炉血は爆発四散した。疑問を差し挟む余地もなく砕けた彼には、未だ意識が残留していた。二つの目玉がぼとりと落ち、疑問と驚愕の視線をディーサイドクロウへと投げ掛ける。「驚いたか?けどこの中では、おれは全能なんだ」ディーサイドクロウは悪戯っぽく笑った。「おれの世界へようこそ」 60






𝙰𝚂𝚄𝙺𝙰:𝙿𝚞𝚛𝚐𝚎 𝚝𝚑𝚎 𝙳𝚎𝚝𝚎𝚌𝚝𝚒𝚟𝚎

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