【プレイヤー・トゥ・アスク・フォー・ア・スター】 #4 前編
少年と呼べる年の頃か。黒い髪は艶やかで、光を血色に照り返している。美術品じみて精巧な顔には炎めいて燃える金色の瞳があり、タイムリープを睨んでいた。「どーも」彼は慇懃にお辞儀した。「古式ゆかしいやり方が好きでね。口頭挨拶で失礼するよ」「……おう。好きにしな」「重ね重ねどーも」 0
襲撃者は、人を食ったような……否、食い殺すかのような、それでいて柔和な笑みを浮かべた。「僕は於炉血。暇潰しに、君を弄ばさせてもらうよ」 0
探偵粛清アスカ
【プレイヤー・トゥ・アスク・フォー・ア・スター】 #4 前編
「歯車探偵社、タイムリープ」タイムリープは、キャトルマンハットを目深に被った。格上相手に視線を遮るなど、悪手極まる。次の瞬間に死んでもおかしくない。だが、虚勢を張る為に必要なことだ。目を見られれば悟られる。自分が今、恐れていることを。たとえ既にバレているとて、意地は通したい。 1
「懸命だね」於炉血は言った。「どの道、僕は君を嬲って殺す。そうやって意地を張ってプライド守った方が、後悔が少ないよな」「…チッ」舌を打つタイムリープ。この怪物から如何にして逃げる。一手誤れば、直ちに致命となるだろう。否、誤らずともだ。彼の意志を見透かすように、於炉血は笑う。 2
次の瞬間、タイムリープの背を衝撃が襲った!「ごぼうあッ!?」於炉血の側へと吹き飛ばされる!((何だ!?何に攻撃されたッ!))思考せんとするタイムリープ。だが、何よりも目の前の於炉血をどうにかしなければ!「せいッ!」BLAM!懐より抜かれた銃が弾丸を吐く。弾丸は於炉血の額に吸い込まれ…! 3
その瞬間、於炉血の姿が消えた。同時に理解する。目の前の於炉血は残像であった!((馬鹿なッ!?影すら捉えられなかっただとッ!?))「ハハハ」背後より急襲した於炉血が手を叩いた。「気付くの遅いね。あと0.001秒遅かったらもう殺そうかと思ったよ」「けッ。ふざけやがって」「弄ぶ…そう言ったよね」 4
於炉血は無慈悲なる格闘を構えた。「そりゃ、遊ぶでしょ」「せいッ!」タイムリープが飛び掛かった!回転弾倉式拳銃による突きを於炉血は真正面から受ける!「せいッ!」BLAM!BLAM!発砲を伴い、その衝撃を速度と変えながらの連打!幅10cmのレール上、舞うような拳銃打撃の歯車回転的嵐! 5
於炉血はこれを捌き、捌き、捌く!ただの一度とて放たれる弾丸に掠らず、その打撃は有効打に至らない!にも拘らずタイムリープは打撃を続け、それが破れかぶれでないことを於炉血は見て取っていた。さあ。どう来る。どう来る?それを潰し、絶望に歪む顔を見せろ……! 6
ビスッ。何かが於炉血の左膝を通り抜けた。「ン」タイムリープの攻撃を捌きながら見やると、何かに貫かれたかのような穴が開き、そこから血が流れ始めていた。「何…」「せいッ!」動揺した於炉血の胸に、拳銃を伴う突きが叩き込まれた!「ぐ…!」BLAM!同時に放たれた弾丸が於炉血の胸を穿つ! 7
「どブ…」於炉血の体が傾ぐ。タイムリープは手を緩めない。撃ち尽くした銃を捨て、新たな銃を抜き猛攻を仕掛ける!「せええええいッ!」立て続けに放たれる弾丸!関節を砕き、臓腑を抉り、脳髄を噛み砕く!逃走が不可能ならば、殺すしかない。タイムリープは止まらない。上がる血飛沫!肉片! 8
『時を駆ける魔弾』!超光速の早撃ちが過去を穿つ、超絶の魔術である!ただ1発のそれがもたらしたチャンスに食らいつき、そしていくつかのフェイク魔弾を織り交ぜたそれは反撃を許さない。そして見よ。雨めいた弾丸を受け続けた於炉血の瞳がついに…裏返った!「トドメだーッ!」 9
吠え猛るタイムリープの口に、ナイフが突き刺さっていた。「…え」於炉血は、未だ態勢を立て直せていない。…否。立て直していない。その瞬間、タイムリープは悟った。於炉血は、いつでも攻勢を止めることができた。それを敢えて。敢えて、受け続けていた。「フー」於炉血は大きく息を吐いた。 10
タイムリープの体に、無数のナイフが突き刺さっていた。「あ、お…」「超光速の早撃ちで過去に向けて弾を撃つ。過去に撃った弾と傷を確定する為には、その時間きっかりに弾を撃たなきゃいけない…君の魔術は概ねそんなところかな?」彼が言い終えた時、タイムリープの体からナイフは消えていた。 11
「応用すればホラ、この通り。凄いでしょ?強いでしょ、僕」於炉血は、手の中で一本のナイフを弄んだ。タイムリープの体が傾いだ。「おおっと危ないッ!」於炉血は、傾ぎ倒れ、落ちようとするタイムリープの顔面を蹴り上げた。そして彼の首を掴み、笑った。「割と楽しかったよ、君。誇っていいよ」 12
於炉血はナイフを真横に振るい…しかし、途中で止めた。「…なんか、殺すよりもっと面白い使い途ありそうな気がしてきた」そしてナイフを納め、叫んだ。「真壁くぅーん!!おぉーい!!」都市全体を揺るがすが如き大音声であった。大気が揺らぎ、崩れる。「まッ!かッ!べッ!くぅーんッ!」 13
「聞こえてるッての。うるせえよ」於炉血の足元から音が立ち上った。その数秒後。一人の男が跳び来たり、彼の傍らに立つ。おお…見よ。全身をサイバネ、しかし青黒く生物的なそれで補綴されたその男の風貌。それはまさしく、かつて明日香が粛清した滲み探偵社社長、真壁 亮太その人ではないか! 14
「で、何の用だ」「コレあげる。好きにして」於炉血は亮太にタイムリープを押し付けた。「うげ、コイツ…」「中々やるよ、彼」「知ってるよ」「そうだったね。君が殺されたの、彼がいる時だったっけね」ニヤニヤと笑う於炉血。「ケッ」亮太は唾を吐いた。吐かれた唾は、遥か下方へと消える。 15
「真壁くん、随分とご機嫌ナナメじゃん」「当たり前だろうが」「君、元々ク・リトル・リトル派だったもんねえ。荒覇吐そのものである僕に使われて可哀想にね」「…そんなんじゃねえよ」亮太は言った。「星空とお前の真実を知れば、誰でも無気力と無意味に食い殺される。ここにいる全員がそうだよ」 16
亮太は溜息と共に視線を街に投げる。そこには数多の探偵がいた。鑢。包帯。滲み。風切羽。鱗。土蜘蛛。水底。錆。それらは監査官代理が鏖殺し、粛清してきた探偵社であった。彼らはみな生気なく、無意味と無気力に支配され、そこより出ずる無力に満ち、操り糸断ち切れぬ哀れな道化じみていた。 17
彼らの間に、かつてのク・リトル・リトルと荒覇吐という対立は存在していないようだった。漫然とした虚無が彼らの間に流れ、緩やかに意思を溶かし、奇妙な一体感として繋ぎ留めていた。「とにかくだ」亮太が諦念めいて吐き出した。「コイツは好きにしていいんだな?」「OKだよ。さ、行った行った」 18
亮太はレールから跳び降り、探偵たちと共に何処かへと去って行った。於炉血はそれを見送ると、溜息を吐いた。レールが揺れている。階層移動モノレールが接近しているのだ。「ようやくか」独り言つと、上方を見やった。モノレールが姿を現す。凄まじい速度で迫る。於炉血は、モノレールに相対した。 19
そして横薙ぎに拳を揮った。ガゴンと大きな音を立て、モノレールが宙を舞った。「フー」街の中央に開いた穴を目掛け落ち行くそれを見ながら、於炉血は満足気に息を吐いた。近付いている。手塩に掛けて育てた監査官代理。超えるべきハードル。その高さを見るときが……。 20
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頬を叩く熱気に、川上 康生は重たげに瞼を開いた。身を起こし眼鏡を上げると、レンズが砕けてパラパラと落ちる。「…何が起きた」溜息と共に言葉を吐き出し、記憶を辿り始めた。レールに立つ男。裏拳。落ちるモノレール。都市に開いた穴。自分たちはどこまで落ちた?見上げると、彼方に中層の空。 21
辺りにあるのは残骸。バチバチと音を立てるネオンの残火。質の悪い鉄筋の鋭さ。瓦礫と化してさえ猥雑なそれらは、ここが下層であることを示していた。優に6kmを落下した計算だ。乗客は?他の搭乗者は?九龍はどこだ?バズーカを拾い上げ、康生は歩き出した。周囲には人嚙≪にんぎょう≫の気配。 22
そして歪んだ声と音、魂を引き絞るようなシャウトがどこかから聞こえる。思わず立ち尽くす康生。曲であった。ロックであった。何者かが演奏を行っているのだ。そして人嚙は、それに向かっているのだ。誰が?何の為に?疑問が康生を支配する。だが彼は足に纏わりつくそれを振り払い、跳んだ。 23
そして挨拶代わりに光線を放ち、薙ぎ払った。小規模な爆発が線となって連なり、集る人嚙を吹き飛ばす。飛び散る血と肉片の狭間。僅かに晴れた煙のあわいより、康生は音楽の主を見た。先にモノレールを運転していた青年がギターを掻き鳴らし、叫ぶ。その周りを白き牙が跳ね回り、人嚙を蹴散らす。 24
彼らの中心には、常に人々の姿があった。周囲に対して怯えるような視線を向ける彼らは、白き牙によって守られていた。「これは…何だ?」「さ、こっちだ」康生が疑問を呈した瞬間、近くビルの残骸から九龍が老婆を伴い出でた。「あ、アンタ…」「九龍君!無事だったか」「どうにかな」 25
「これは何をしているんだ?」「人助け、だってよ」九龍が口を尖らせた。「ああやってロッカーが囮になって、牙が人嚙を排除。そうやって襲われてる人を助けてんだとさ」「…」目を丸くする康生。彼は驚愕していた。「けど、牙だぞ?信用できるのかよ」「ならなんで君は手助けしてるんだ」「…」 26
「あのよー、お二人さん!」象牙≪アイボリー≫が、人嚙を蹴散らしながら叫んだ。「くっちゃべってねえで手伝ってくれねえかな!メガネの兄ちゃんも、斗えるのわかってんだぞ!」「ム…!」叫ぶ彼の体は深く傷つき、そこかしこに走る亀裂からは、赤黄色い粘性の液体が流れ出ていた。傷が深い。 27
「しゃあッ!」康生はバズーカを振りかざし、人嚙の群れに飛び掛かった!「ギシッ」垂直バズーカ殴打に叩き潰される人嚙。その陰より新たな人嚙が飛び出す!「しゃあッ!」銃爪を引く!吐き出される熱線。熱されたバズーカで左の人嚙を横薙ぎに殴り付ける!しかし人嚙は、それを受け止めた! 28
「な…!」「ギシッ」逆腕による刺突が、康生の左肩を突き刺した!「あぐうッ…!」「ギシッ」よろめいた康生の顎にハイキックが叩き込まれた!呻きもせずに康生が仰け反る!「ああ、クソッ!」象牙が人嚙をインタラプト。首と刺突腕を断ち、康生への追撃を防ぐ!しかし、人々への防御が開いた! 29
「あっぎいいああああッ!?」ナード男が人嚙に胸を突き刺された!「ごぼごぼごぼ」血を吐く青年を引きずり、その人嚙は物陰へと姿を消す。その直後!「ぐぎょあああああッ!やめべやべへっえっえいだいいいぎゃあああっ!」断末魔!寄り集まった人々は、しかし誰も関心すら示さない! 30
直後、攻勢を掛けていた人嚙たちは手を止めた。そして潮が引くように距離を取った。「オイ、大丈夫かアンタ」「ああ…えっと」「カツだ」康生は頷き、名刺を手渡した。「何故、人嚙は攻撃をやめたんだ」「遊んでるのさ」カツは吐き捨てた。「1人殺る度に、こうしてインターバルを設けるんだ」 31
「…」「もう5人…いや、今ので6人か。あっちの坊主が新しく7人ほど助けて来てくれたが、どうも生存者がこの付近に集中させられてる気がする」「成程、遊ばれている」「しかもコイツら、上層で斗ったヤツらより強えんだ。見ろよ、俺の体。キレーな白が台無しだぜ」カツは肩を竦めた。 32
康生は顎を擦った。人嚙は、操者の意思によってしか動けない。つまり、上層までにいた人嚙とは操者が違うのだ。…確証などない、ただの勘でしかないが、恐らくは中層で一瞬垣間見えた見たあのクローンレイブン。モノレールを無造作な拳によってのみ弾いた怪物が、これを操っている。 33
だとすれば、打つ手がない。一目でわかった。あれは、浜口 侑斗をも上回る怪物だ。否。災害。災厄。そういった類の存在であり、関わることすらしてはいけない。竜巻の信号無視を、誰が咎められよう?自分たちは、その渦中に巻き込まれたと見た方がいいかもしれない。 34
そして、力なき人々がこそ、それを最もよくわかっているかのようだった。怯えに満ちた目で周囲を見るだけの彼らは、全身に満ちた諦念に身を任せていた。子供が羽虫に対して向けるような無邪気な悪意。それに晒されていることを、彼らは本能で理解しているようだった。その中に、ロックだけが響く。 35
パンク・ロッカーの青年は、休むことなく歌い続けていた。弱者の奮起の歌。強者への反逆の歌。流れ出る魂の叫びは、しかし無力であった。果たして蟷螂が振り上げた斧に、車が足を止めようか?滑稽で、空しく響く歌声を、人嚙が体を揺すりながら聞いていた。「…」康生は、ゆっくりと腕を組んだ。 36
「おい、うるせえんだよッ!」罵声と共に石が飛んだ。石はロッカーの青年の頭を打ち、演奏を中断させた。瞬間、人嚙の動きが止んだ。石を投げた男が、大きく息を吐いた。「…何が反逆だよ。できっこねえだろ、そんなモン」「…」「そりゃ、助けてくれたんだ。アンタらには感謝してるさ。けどよ…… 37
…そっちの鎧の兄ちゃんはもうボロボロ。眼鏡のあんちゃんもそうだ。けど敵はまだあんなにいるんだぞ!」男は腕を回し、自分たちを取り囲む人嚙を示す。1000を超える悪意を。「俺のカミさんは、目の前で肉人形に変えられちまったんだ。もう生き残れないのなら…アイツと同じにさせてくれよ…」 38
肩を落とし、男は顔を伏せた。許容量を超えた諦念は溢れ出し、瞬く間に周囲を犯し始めた。「…ママ、会いたいよ…」子供が涙を落とす。「あたしも息子が、変えられちまったんだ…」女がぽつりと漏らす。溢れた諦念は伝染し、絶望と変わる。ここにいる誰もが、大事な何かを失っていた。 39
「オ、オイ」カツが慌て取り繕った。「その…な?生きてりゃいいことあるって。な?」「「「…」」」「オイ、正吾!ここらで一発元気の出る曲を…」カツはロッカーの青年を振り返る。正吾と呼ばれた青年は震えながら頷くと、ピックをギターに宛がった。そして……震える指先から、取り零した。 40
「正吾ッ!?」「ぜ、ぜひ、ぜひ、」正吾は荒々しく呼吸しながら蹲る。パンクによって抑え込んでいた恐怖が、バックドラフトめいて再燃したのだ。「正吾…オイ正吾ッ!」駆け寄るカツ。その時、人嚙が動いた。彼らはゆっくりと、最初に声を上げた男に歩み寄る。そして刃の腕を…振り下ろした。 41
しかしそれは、甲高い音を立てて止まった。「…」バズーカを盾に刃を防いだ康生が、目の前の人嚙を睨み付けていた。「なあ」康生が言葉を吐くと、人嚙の奥にいるものが、不満げに身動ぎした。「どうせ遊ぶなら、歯応えがある方がいいんじゃあないか?それを叩き潰す方が、面白いんじゃあないか」 42
人嚙は、それを操る者は、何かを考えこむように康生を見た。康生はその悪意を、真正面から受け止めた。やがて人嚙はたちはゆっくりと離れ、そして遠巻きに包囲した。「オイ…」困惑するカツの横を何かが通り過ぎ、正吾の足元に刺さった。それは康生の名刺であった。「あ…?」「正吾君、だったな」 43
康生は言った。「有名プロデューサーでなくて済まないな。だが、俺は君の歌が好きだ」「え…」「一曲頼めるか?ついさっきまで歌っていた奴がいい」「…アレ、100年以上前のバンドの曲なんだけど」「…ム、そうなのか」正吾はギターを支えに、震えながら立ち上がった。「けど、俺も好きなんだ」 44
彼はリズムを取ると、再び歌い始めた。弱者の奮起。強者への挑戦と反逆。傷つきながら、震えながら、怯えながら、涙を流しながらも強きへと立ち向かう意志を歌う。それは、狂い咲く人間の証明であった。人々は辟易しながらも、再びそれを遮ることはなかった。康生は、目を閉じて聞き入っていた。 45
彼の脳裏には親友と、香田 文宏と過ごした日々が去来していた。大学での弁論大会。それから語った夢。ニッポン国民の平等を謳う文宏は夢想家であったが、しかしそれはいつしか、康生自身の夢となっていた。そして今、その夢は浜口 侑斗やより大きなものに利用され、弄ばれている。 46
曲が終わった。瓦礫と破壊の巷には似つかわしくない、爽やかな余韻が残った。誰もが言葉なく、その中にただ、存在していた。それを取り巻く人嚙もまた、ただ佇んでいた。彼らの顔には瞳なく、しかし、かつてあった場所から、血の雫が滴っていた。「あなた方は」やがて康生が、沈黙を破った。 47
「あなた方は、何の為に生きてきた。己の幸せの為。友の為。カネの為。それを探す為。色々とあることだろう。そして、それの為に日々努力を重ねてきた……それを、理不尽に踏み躙られた」康生は辺りを見回した。人々は、俯いたままにであったが、確かに彼の言葉に耳を傾けていた。 48
「この惨劇を起こしたのは誰だ?わかることは少ない。だが確実なのは、強者が自分たちの都合でこれを起こしたということだ。弱者を踏み躙って顧みず、己の目的の為、意のままに操っていることだ。見ろ」周囲を取り囲む人嚙を示す。人嚙は時折、軋みながら揺れ、顔より流る血の雫を落とし続ける。 49
「知っての通り、あれは人間が作り変えられたものだ。彼らは今尚、苦痛に苛まれている。ここにはいないあなた方の大事な人もだ。今、ここにいる彼らもそうだし…彼らも誰かの大事な人だったのだろうな。そして、強者の都合で好きに操られている」「……」康生は、バズーカを強く地に打ち付けた。 50
「悔しくないか」「…」「悔しくないか。ただ翻弄されるだけの塵芥と思われて」「…」「悔しくないか!?名もなき雑草のように踏み躙られて!」「…」「悔しくないかッ!家族を…友を好きなように操られてッ!これ以上…彼らを好きに利用されていいのかッ!」叫ぶ康生の目から、一粒の雫が流れた。 51
「この惨劇に終止符を打つ。その為に、あなた方の力を貸して頂きたい。無論、無理強いはしない。断ったとて、あなた方を守ることに全力を注ぐことを約束する」康生はバズーカを担ぎ上げた。それと同時に、再び人嚙がゆっくりと動き出した。康生と人嚙は同時に跳躍。しかし、人嚙が早い……! 52
銃声が響いた。先頭の人嚙の側頭に穴が開く。攻撃のタイミングがズレた。「しゃあッ!」康生はそれを殴り飛ばすと、そのままに熱線を放ち、迫りくる人嚙を薙ぎ払った。「フゥ~…」人々の中から、モヒカンの男が立ち上がった。彼は、硝煙棚引く拳銃をその手に持っていた。 53
「ヤられっぱなしでムカつかねェーか…だって?」モヒカンは歯を剥き出した。「ムカつくに決まってンだろォーがよッ!こちとら弟分ヤられてンだぞッ!」康生に詰め寄るモヒカン。「なァ、メガネの兄ちゃんよォ」「何だ」「策はあるンだろォーなッ?ヤり返すンならよ、無意味な死はゴメンだぜッ」 54
「…無論だ」フレームだけの眼鏡を押し上げる康生。「だがそれも、確実な勝利を約束はしない」「上等じゃねェーの」モヒカンは康生の肩を叩いた。「オレの命、アンタに預けるぜ。精々コキ使ってくれやッ」「お…おいッ!」先に石を投げた男が立ち上がった。「お…俺もやるッ!俺もやるよッ!」 55
「あ…あたしも…」少女が立ち上がる。「僕も」ナード高校生が立ち上がる。「私もやるぞッ」サラリーマンが立ち上がる。人々は次々と立ち、ついには全員が立ち上がった。彼らの目には、恐怖と共に確かな闘志が燃えていた。「…これは…」正吾が目を瞬かせた。空気が、完全に変わっていた。 56
「言っとくけど、お前の歌があってこそだぜ?」彼の隣でカツが言った。「お前の歌が康生氏を動かした。最初にそれがあったんだ」「俺の歌が」己の手に視線を落とす正吾。この手が。ギターが。歌が。「さあ、相棒」カツが爪を鳴らした。周囲からは人嚙が迫っていた。「アンコールだ」「…ああ!」 57
そして再び、曲が始まった。人々は身を寄せ合い、手に鉄筋を、角材を、石くれを持って近づく人嚙を強く睨み付けた。その周囲をカツが、康生が駆け回り、殴り、引き裂き、撃ち抜き、爆破する。それを潜り抜けた人嚙に、人々が持つ武器が向けられる。彼らは反骨の、パンクの中で一つになっていた。 58
九龍は、九龍だけはそのグルーヴの中にいなかった。彼は、遠巻きに眺めているだけだった。やらねばならぬこと。頭ではわかっている。自分も斗うべきだ。だが、心がついていかない。何故。何故、育ての親を、星空探偵社を潰した牙と肩を並べねばならないのだ…。「オイ、アンタ!」カツが叫んだ。 59
「ボアッとしてないで手伝ってくれねえかなあ!?」「あ、お、おう…」「…いやさ。お前さんが牙に、俺に不信感抱いてんのはわかったけどさ。だったらよ、あっちの康生氏を信じてやったらどうだ!?」「え…」九龍はたじろいだ。しかし次の瞬間、彼の言葉が、彼が自分に述べた言葉が脳裏に蘇る。 60
『ありがとう』と。彼はそう言った。何故、彼は礼など…。「オイ康生氏!」カツが叫び、九龍の思考を中断させた。「コイツ手空きだぞ!」「あっちょ…!?」「ム!?そうか」康生はニヤリと笑った。「九龍君!君が道を切り開き、我々を先導してくれ!」「先導!?いや、ここ初めてで」「地図を見ろッ!」 61
「お、おう…!」九龍は携帯端末を取り出し、地図アプリを立ち上げる。「どこに行けばいい!?」「ライブハウスは近くにあるか!?」「おう。ライブハウス…ん?」「ライブハウス!放送設備付きのヤツだッ!」「…」九龍は首を傾げながら入力した。「えぇ~…?ライブハウスなんでぇ…?」 62
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𝙰𝚂𝚄𝙺𝙰:𝙿𝚞𝚛𝚐𝚎 𝚝𝚑𝚎 𝙳𝚎𝚝𝚎𝚌𝚝𝚒𝚟𝚎
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