【ギルティ・ダービー】 #3

LAMBDA EXCITE FIGHT!年に一度開催される、対戦ゲームの祭典である!FPS、戦争シミュレーション、格闘、シューティング、カードゲーム、ボードゲーム、その他あらゆる人と競うゲームが集まり、牙を研ぎ澄ませた戦士たちが頂点の座と、優勝賞金200万新円を賭け相争う! 1



チバ・シティは幕張メッセに集いし戦士には、身体強化施術を受けた者も数多い。ゲームに勝つ為に己が体をサイバネ置換し全てを捧ぐ者も、また。然りとてこの大会の王者は、即ち主催であるラムダエンターテイメントに属するプロゲーマーとなることを約束される。勝てばよい。勝てばよいのだ。 2



浮き上がらんほどのギラつく熱気に、輝之はのぼせ上っていた。これが大会。これが戦場。抜き身の刀が如き闘志が、観客席にさえ突き刺さる。洪水の如き歓声が実況をも飲み込みヒートアップし、スクリーンに映し出される真剣勝負を彩っていた。「なんて場所だ」輝之は、観客席に来たことを後悔した。 3



ゲームの参加者には、落ち着いた雰囲気の個室が与えられる。ゲーマーは己の出番が来るまで座禅を組み、或いはウォームアップし、或いは腹ごしらえをし、それぞれのコンディションをベストに調整するのが常だ。しかし輝之は、どうにも落ち着かずに個室を抜け出し、他のゲームを眺めに来ていた。 4



大スクリーンに流れるゲームは『ノックアウトキングVI』。巨体のキャラ『マサカリ・キッド』が名を象徴するような巨大マサカリを振り翳し、痩躯のキャラ『メガデモ』を画面端に追い詰めている。「あーッ!画面端だーッ!」「「「ワオオーッ!」」」ヒートアップする会場の中で、輝之の心は晴れぬ。 5



その原因は明らかであった。タッグを申し込んだ瞬が、未だ会場に姿を見せぬのだ。自分のゲームが始まるまで、あと45分。この期に及んで現れぬ以上、彼女はここには来ないと考えるべきだろう。だが、それでも。一抹の期待を抱かずにはいられないのだ。何故だ。自分は、一人で斗ってきた筈なのに。 6



小刻みに震える輝之の肩を、その瞬間、誰かが後ろから掴んだ。「ひッ!?」振り向くと、そこには見慣れた厳めしい顔があった。「正雄」「こンなとこで何してンだ?」正雄は咎めるように言った。「ここにいるより、控室で練習でもした方がいいンじゃねェのか?強敵だらけなンだろ」「そうなんだけど」 7



「…瞬のことか」正雄は溜息をついた。「アイツにも色々あるンだ、あまり執着しないでやれよ。オマエなら大丈夫だ」「…うん」ぼんやりと頷く輝之。正雄は目を細めた。「テル。オマエがどれだけこの日を待ち望んでたか、忘れたわけじゃねえだろ」「うん」「わかッてねェよな、やッぱ」呆れる正雄。 8



「あの子はあの子の人生があンだよ。あの子自身の納得の為に、あの子は選ンだンだよ、きっと」「そうなのかな」「それと同じように、オマエにはオマエの人生がある。オマエを救えるのはオマエだけなんだぜ」正雄は大スクリーンを示した。マサカリ・キッドが、メガデモをハメ殺すべく攻撃を続ける。 9



「強ェンだろ、この大会に出る連中。そンなンじゃ負けるぜオマエ。そしたらオマエはどうなるンだ?」正雄は、何度も輝之の胸を小突いた。輝之は、苛立たし気に目を伏せた。言われなくてもわかっている。再び母の言いなりに、勉強するだけの灰色の日々へと戻る。それだけだ。 10



わかっている。ここで勝たなければ、自分の未来は灰色に閉ざされることくらい。共通テストでいい点を取っていい大学に入り、いい企業に入って政争に巻き込まれることくらい。毎晩のように便器に縋り付いて泣きながら嘔吐し、違法薬物に頼って己を保たねばならぬことになるくらい、わかっている。 11



だが、嗚呼。艶やかな黒髪を靡かせ歩く瞬の姿が。死地に怯まず向かう彼女の姿が、脳裡から離れないのだ。あんな綺麗で純粋な娘が、あんな凄惨な斗いに身を投じねばならぬなど、間違っている。彼女の意志とは無関係に、そう叫ぶ自分がいるのだ!「僕は」輝之は絞り出した。「どうすればいいんだ」 12



「重傷だな、こりゃ」正雄は肩を竦めると、ポケットから何かを取り出し、輝之に握らせた。見ると、それは『100 平成元年』と書かれたコインであった。「これは?」「旧円素子」「きゅ、旧円!?違法だよ!」「今更知るかよ」正雄はコインを示した。「コインで決めちまえよ。その面がウラだ」 13



「そんな簡単に決めていいことじゃないだろ!」「そうかねえ」正雄は顎を擦りながら、叫ぶ輝之を真正面から見据えた。「迷うッてことは、どッちにも価値を感じてンだ。けどどッちが正解かは誰にもわからねェ。だからこそ、サックリ決めちまッた方がいいのさ。選ばないッてのが一番マズイからな」 14



輝之はコインに目を落とした。くすんだ銀色は何も映さない。正雄は腕組み、輝之を見つめていた。「選ばないことが、一番まずい」「ああ。コインも含めて先輩からの受け売りだけどよ」輝之は苦笑すると、コインを弾いた。そして小さく跳ね上がったコインを、両手でおたおたと挟み込むように掴んだ。 15



「……」躊躇いがちに手を開くと、コインは花の模様を上向けていた。輝之は小さく息を吐くと、携帯端末を取り出した。「今日のAAAカップって、どこでやるんだっけ?」「…カワサキだ。カナガワの方だな」「「「ワオオーッ!」」」瞬間、スクリーン中でメガデモが拘束を脱し、反撃を始めた。 16



輝之は最寄り駅を調べると、力強く頷いた。「行くのか」「うん。コインありがとう」「いや、いいよ」輝之が差し出したコインを、正雄は拳ごと押し返した。「親友へのプレゼントだ」「え、でもこれって先輩からの貰い物って」輝之は言いかけ、しかし正雄の手に籠もった力を感じ、手を差し戻した。 17



「ありがとう。行って来る」輝之はポケットにコインをしまい、人波を掻き分けて会場を後にした。後に残された正雄は、小さく笑うと大スクリーンに目を向けた。痩躯のメガデモが怒濤の反撃を浴びせ、マサカリ・キッドが倒れた。「GAME SET!」「「「ワオオーッ!」」」この日一番の歓声が上がった。 18






探偵粛清アスカ

【ギルティ・ダービー】 #3






闇色の空の下に於いても、公共施設は明るい。投げ掛けられる投光器より落ちる白が競馬場を地下の昼時間が如き光に染め上げ、パドックを周回する《ユニコーン》らを輝かせる。彼らの角は燦然と煌めき、しかしてそこに優雅さはなく、力に満ちていた。これよりここで行われるは、血飛沫く死闘なのだ。 19



『5番人気はトリスタン。騎手は燦。二週間前のナガサキ杯での見事な追い込みが、記憶に新しいですね』競馬場に、各馬の紹介が響き渡る。しかし、馬に跨る人造少女ジョッキーらは、それを逐一聞くことはない。紹介の裏にあるのは『どれだけ走れるか』ではなく『どれだけ殺せるか』の期待だからだ。 20



((馬鹿々々しいことこの上ありませんわね))麟は、愛馬バレットダンスの上で溜息をついた。走る。殺す。そこにある自分たちの誇りを、彼らは斟酌しない。ここに真実はない。麟はちらと目を動かした。その先には、『抜かずの女帝』瞬。装備を纏い、ブラッドアローに跨る彼女がいた。 21



自分の前を走るのは、彼女たちだけであった。自分の誇りに砂を掛けた彼女を下してこそ、短き自分の生には意味があるのだ。((いいえ。意味の有無ではありません))麟は首を振った。((ただ、そうせねば私の気が済まないのです!))目を大きく開き、宿敵を見据えた。彼女は虚ろに、遠くを見ていた。 22



馬が、一頭ずつ横並びのゲートに入り始めた。全ての馬が位置に着き、退路が塞がれる。麟は目を閉じ、開いた。網状のゲートの向こう側には、青いターフが広がっている。だが、今はそこに、一つの影が、幻影がこびり付いていた。そのまやかしを払う為に。麟は、提げた銃の重みを確かめた。 23



…篠田 明日香は、客席上の電光掲示板に体を丸め、見下ろしていた。車裂き探偵社がここを狙っていることを、調査の果てに知った。潰す。何と引き換えても。体を薄い氷の鎧が多い、パキパキと音を鳴らす。爛々と輝く瞳は獣性を帯び、内包した怒りと絶望の矛先を求めていた。 24



…九龍は観客席にどっかと腰を降ろし、周囲を睥睨していた。その目的は、やはり車裂き探偵社であった。どこだ。どこに潜んでいる。殺気立つ彼の視線は、八つ当たりじみた怒りに揺らいでいた。出走を待つ人々の静寂の中に、しかし彼は異質な存在ではなかった。誰かの死を希うは、ここでは常なのだ。 25



…藤田 眞澄は、客席を覆う屋根の上で煙草に火を点けた。バイクに跨る彼女の後ろには、同じくバイクに跨った軍勢が控えていた。彼らは闇にさえ色を残すが如き濃密な死の臭いを纏い、ゆらゆらと揺れていた。眞澄は指を鳴らし、キーを回した。それに倣うように、軍勢もキーを回した。 26



ゲートが開いた!「「「ワオオーッ!」」」歓声が湧き上がり、同時に全ての馬が走り出す!だがその瞬間、既に差は開いていた!『先頭に躍り出たはブラッドアロー!抜かずの女帝!21000mを一度も抜かずに走り切るつもりだーッ!』実況が叫ぶ。それは全てのジョッキーが想定し、許すつもりなき事象! 27



「ざっけんなぁぁッ!」ジョッキーらが吼え、一斉に銃を抜いた!BLAM!BRATATATATA!吐き出される鉛は全てブラッドアローを、抜かずの女帝を、瞬を穿たんと猛り奔る。しかし瞬は馬に鞭を入れ、全ての弾丸を避ける!「アバーッ!」巻き込まれたディアボリックが脚を折り転倒!不運地雷爆発!死! 28



「アバーッ!」爆風に怯んだイレギュラーバウンドがバランスを崩し倒れた!それに巻き込まれるように更に二騎が転倒落馬!二人が別の地雷で爆散死。もう一人が後続の馬に踏まれ、体を腰で断たれた!「ごぼごぼ」「「「ワオオーッ!」」」血を吐いて苦しみのたうつ切断ジョッキーを見、観客が歓声! 29



『カワサキ名物、スタートダッシュ地雷原地獄!早くも四人が消えたーッ!』「愚かなり!」誰かが叫び、散開する。そして誰ともなく馬に鞭を入れ、一斉に加速する!抜かずの女帝に引きずられるように。後方で脚を溜めることなど許さぬが如く!「何だ?今日はいつにも増して速い…!」 30



通常、コースに仕掛けられる地雷原は1カ所のみ。しかしカワサキはコース随所に地雷原が存在する。その数はニッポン一であり、迂闊な加速はあまりにも容易く死を招く。にも関わらず、ブラッドアローは、瞬は、抜かずの女帝は殺人的な加速を続ける!自殺行為!((…だが、抜かずの女帝なら…!)) 31



如此、全てのジョッキーは馬に鞭を入れ続け、加速を強いられる。『残る全馬、第一地雷原を通過!ここから2000mは障害なし、純粋な実力勝負となりますッ!』実況の言葉と同時に、ジョッキーらは表情を引き締めた。実力勝負、即ち殺戮の時間!全員が再び銃を抜き、先頭、抜かずの女帝を狙った! 32



その瞬間であった!「アバーッ!」最後尾に位置していた騎手が突如として潰されて死!それと同時、獰猛なエンジン音。…そう、エンジン音である!「!」瞬が振り返り、後ろを見た。「何ですの…!?」バレットダンス上、麟もつられ、振り返る。『こ、これは…!』動揺する実況!「ハッハァ!」 33



おお、見よ!そこにはバイクに跨り、猛進する女!『欣求穢土』と刻まれた顔を歪め、藤田 眞澄が地獄めいて迫っていた!「約束通り来てやったぞッ!」『乱入者だーッ!』「「「ワオオーッ!」」」更なる血と殺戮の予感に観客が熱狂!眞澄に続き、客席上から次々とバイクが降り来る! 34



瞬はやって来るそれらを見、目を細めた。バイクに跨る者共は皆、生気なく、首が捻じれ、大小様々な傷を持ち、そこから流れる血は凝り濁っていた。正しく屍の兵団であり、その中には昨日ゲームセンターで自分や輝之を応援し、そして眞澄に殺された者もいた。「……むごいことを」「へえ、何が?」 35



瞬が呟いた瞬間、眞澄はブラッドアローの尻の上に直立していた!「な…!」「疾ッ!」瞬の顔面にトゥーキックが突き刺さった!鼻血を噴き出しながら瞬は体を傾がせる。「そんなッ…!」ブラッドアローの後ろで麟が叫び、散弾銃を抜き撃つ!しかし弾丸は広がり、バレットダンスに届く前に空中制止! 36



「黙って見てなよ」眞澄は吐き捨てると、刀を抜き払いながら傾いだ旬の顔を掴んだ。そして刀を逆手に持ち帰ると、弓を引くように構えた!「くそッ!」麟は歯を軋り、馬に鞭を入れる!だがどれほど加速しても距離は縮まらない!ブラッドアローはスピードを緩めているのに!「何で…何でですのッ!?」 37



引き絞られた刀が放たれ、瞬の首を断たんとした時であった!「ふぅアァァァッ!」「何!」突如、横合いから叩き付けられる殺気!眞澄は構えた刀をそのまま盾にし、襲撃を防ぐ!KRAAAACK!甲高い音と共に空気が弾け、眞澄は襲撃者と共に投げ出される。瞬は解放された瞬間、再び手綱を取る! 38



「「アバーッ!」」吹き飛びながら眞澄は手近なジョッキーを、襲撃者はバイクゾンビを薙ぎ倒てコントロールを乗っ取り、態勢を立て直した。「NEIIIIGH!」馬が非処女に乗られ激昂!暴れ出す!しかし眞澄はその上で微動だにせず、襲撃者を睨む。「初めて見る顔だな」襲撃者は無言で名刺を抜いた。 39



眞澄も応じるように名刺を構え、次の瞬間、それらは互いの手の内にあった。戦士の流儀、名刺交換が為されたのだ。眞澄は受け取った名刺を見、眉を顰めた。「監査官代理、篠田 明日香?粛清されるようなこと、あたしがしたかね」明日香は、氷の刀を無言で構えた。「聞く耳なしか」眞澄は苦笑した。 40



その瞬間であった。白く照らされたターフに、にわかに多数の影が差す。「むッ!」眞澄と明日香は同時に飛び降り、離れる。直後、上空から無数の赤い鴉が降り注いだ!「NEIIIIGH!」眞澄が乗っていた《ユニコーン》が体中を貫かれて死!「何奴…」「俺だ!」上空から近づく声! 41



直後、上方より眞澄を潰さんと圧力が落ちた!「疾ッ!」眞澄は一足飛びにその領域を離脱。直後、新たな襲撃者の前に出現!「え」光を赤く照り返す髪の下、金色の目を瞬かせる襲撃者。眞澄は彼の脳天に回転踵落としを浴びせた!「おぐうあッ!」バイクゾンビを巻き込み、襲撃者…九龍は墜落した。 42



「ふッ!」着地した眞澄に、明日香が斬り掛かった。眞澄は手にした刀で堂々と受ける。斬り結ぶ度に衝撃が巻き起こり、芝が刃となって舞い上がった。バイクと馬がそれを踏みしだき、走る。「コトが大きくなってきたな」眞澄は苛立たし気に呟くと、明日香の斬撃を防ぎながらポケットWi-Fiを抜いた。 43



『カロン』眞澄の足元より、襤褸切れを纏った闇めいたビジョンが立ち上がった。それと同時に、おお、何たる地獄絵図か!競馬場で死した全てジョッキーと《ユニコーン》が蠢き出したではないか…!「「「「「AAAARGH!」」」」」屍の群れは肉体の限界を超越し、己の骨すら砕きながら走り出した! 44



明日香は、ガスマスクめいた面の上にある目を驚愕に見開いた。「疾ッ!」眞澄が跳躍。迫り来るワイルドハントじみた死の馬に飛び乗ると、手綱を握り鞭を入れた!「AAAARGH!」絶叫と共に、彼らは先頭集団へと向って行く!「ちッ…!」舌を打つ明日香。自分の脚では追いつけまい。ならば! 45



「ふッ!」明日香は跳躍し、迫る屍馬のひとつに飛び乗った。「アバーッ!」勢いゾンビジョッキーを蹴り落とすと、鞭を入れて加速!前方にはゾンビバイクの群れと、それと格闘する生存ジョッキーたち!「アバーッ!」ゾンビたちを踏み潰しながら、眞澄を目掛け疾駆する! 46



「はひ、はひ」息を切らせながら、明日香の後ろに何かがよじ登った。「ふッ!」「わーッ!タンマタンマ!」見舞おうとした肘を、情けない声が止めた。見ると、そこには一人の青年「…九龍」「…よお」憮然とした顔の明日香は苛立たし気に舌を打つと、しかしそのまま走り続けた。 47



「何だよ、何が起こってんだッ!?」ざわめく観客たち。「アイツらは何なんだ!?」「わかるわけないだろ!けど…」「けど?」「スゲエことが起きるぜ!」観客は、レースから目を離さなかった。その目に宿るは更なる惨劇への期待!残り18000m。次なる障害は……殺人ドロイド軍団! 48






(つづく)

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