【ギルティ・ダービー】 #4

藤田 眞澄。33歳。身長178cm。車裂き探偵社社長。1等探偵。NEWO«ネオ»能力者。既婚者。今年、鋼鉄婚式を迎えた。10歳と7歳、二人の娘がいる。夫、娘の全員が現在、植物状態にある。 1



植物状態とは、思考と理性を司る大脳が機能停止し、生命活動を司る視床下部や脳幹だけが動き続け、自発的な活動は不可能にも関わらずただ生き続けている状態である。眞澄の家族は、交通事故によりそうなった。夫もまた戦斗を旨とする探偵であり、暗殺であった可能性が高いが、もはや詮無きことだ。 2



植物状態の人間の世話は手間が掛かる。殆どの病院はそれを嫌い、カネを多く払わねば、患者を解体してバックの極道に売り捌くのだ。させてなるものか。眞澄はこれまで以上にラジカルに仕事をし、しかしいくら働けどもカネは足りない。そんな時、於炉血が車裂きの探偵社の戸を叩いた。 3



於炉血の依頼は『トモシビ記念からAAAカップ決着までの間にジョッキー・瞬を暗殺すること』。報酬は旧円とはいえ200万とケチな暗殺依頼としては破格であり、受けない理由はない。…依頼人の素性を除けば。彼は明らかにサンゼンレイブンのクローンであり、ならば何故、抹殺されずに存在している? 4



「僕まだ稼働から一週間経ってないもん」於炉血は答えて言った。「2体以上存在する同一人物が処罰されるのは、144時間経ってからでしょ?」「なら、そんなガキがどうして競馬に首を突っ込むのかね」「おカネが必要なんだよね。端的に。彼女さえ消してくれれば、依頼料の倍は入る」 5



「なんだそりゃ」眞澄は一蹴した。「そんな都合よく行くかね。大体、それ潰したところで勝ち馬がわかるでもないだろう」「わかるから言ってるんだよなあ」於炉血は立ち上がった。「…バレットダンスの麟。その200万で足りなければ、AAAカップで彼女に賭けてみなよ。面白いことになるぜ」 6



その後、少しの言葉を交わし、於炉血は去って行った。眞澄は紫煙を吐き、机に残された札束を見た。あの男は、於炉血は信用ならない。数多の人間を見て来た自分の勘が叫んでいる。だが競馬の配当は、内容次第で途轍もないことになると聞く。それを自分でコントロール出来たならば? 7



「あたしも焼きが回ったな」眞澄は携帯端末を取り出し、AAAカップの出走予定者を見た。そこには確かに『バレットダンス…騎手:麟』の文字があった。「ならコイツ以外、鏖にしてやるか」眞澄は獰猛に笑い、算段を立て始めた。 8



聞けば標的である瞬は『抜かずの女帝』と呼ばれる伝説的ジョッキーらしい。ならばレース前に存分に焚き付けておき、絶対に逃げられなくしてからレース中に殺す。その後、麟以外を鏖殺する。前代未聞のレース展開に、オッズは凄まじいことになるだろう。 9



だが、最も気に掛かったのは瞬の目だ。カラカラに乾いたモノトーンの荒野で、色付ける為の何かを希い、待ち望んでいる。そんな目だ。「ムカつくねぇ」呟き、煙草を揉み消す。標的は自分と同じだ。そして眞澄は、理由はわからぬがどうにも同類が嫌いであった。「OK。トビキリ苦しめて殺してやるよ」 10






探偵粛清アスカ

【ギルティ・ダービー】 #4






コース中央、楕円上の空隙地に、無数の正方形の穴が開いた。開かれたそこ、地の底より突き上げるような振動と轟音。それが止んだ次の瞬間!黒い影が次々と飛び出した!「「「PIGAGAGAGAAAAGH!」」」「「「ワオオーッ!」」」雄叫びを上げる観衆!『カワサキ名物、殺人ドロイド軍団出現だーッ!』 11



見よ。上半身だけの人間じみたドロイドたち。鋭い爪を芝に突き立て《ユニコーン》に劣らぬ速度で走者に迫る!捕まれば最後、無機質な殺意に五体をたちまち引き裂かれるだろう!おお、おお、異形の群れよ!どうか読者よ、常軌を逸した光景に耐えられぬと感じた際は、直ちにページを閉じて頂きたい! 12



「「「PIGAGAGAGAAAAGH!」」」「ちッ」コース上に滲み出すドロイド群を睨み、マリスティアのジョッキーが舌を打った。だがしかし、素早く動く馬の脚を捉えることはできない!「はァッ!」マリスティアが前方ドロイドを踏み、高く跳躍!ジョッキーは散弾銃を抜き放ち、面制圧を仕掛ける! 13



「ピガーッ!」フルオートで放たれる12ゲージ弾が広がり、ドロイド群れを粉砕!鉛をすり抜け迫っていたドロイドを踏み砕き着地!そのまま手榴弾のピンを抜き、後方に投げた!「AAAARGH!」そこに同じくドロイドを踏み砕き接近するゾンビバイクあり!マリスティアが速度を上げんとした、その瞬間! 14



がくんとマリスティアがつんのめり、騎手が宙に投げ出された!「なッ…」中空で彼女は見た。追い来たるバイクゾンビ。その左腕が切り離されて神経で繋がり伸び、愛馬の脚を掴むのを!そして速度の落ちたそれらにドロイドが追い付くは、あまりに容易かった!「「「PIGAGAGAGAAAAAGH!」」」 15



「アバーッ!」「アババーッ!」引き裂かれるゾンビ!馬!「マリスッ!」騎手は立ち上がり愛馬に駆け寄らんとす、が!「ピガーッ!」跳躍したドロイドが騎手を押し倒し、眼窩に爪を突き立てた!「ぎびゅ…!」「ピガーッ!」そのまま頬首腹までを切り開く。そこに新たなドロイドが群がり、刻む! 16



トリスタンの騎手は、空になった小銃の弾倉を叩き落とすと、舌を打った。馬の尻側を向くように騎乗し後方を睥睨する彼女のスタイルは、しかし広がる血と地獄を目に焼き付ける証でもある。「無茶苦茶でしょ、こんなの…!」殺人ドロイドとゾンビが入り交じり、馬と騎手を喰らい合う屍山血河! 17



原因は、間違いなくあの乱入者にある。もう一人、別陣営の乱入者に、ブラッドアローより叩き落とされたあの女。この明らかな異常は、あれの出現以降だ。あれを仕留めれば、少しは何かが変わるか?騎手は自問し、やめた。いずれにせよ、邪魔だ。排除あるのみ!新たな弾倉を銃にSET! 18



そしてバイクに乗る女に銃を向けた瞬間であった。がきんという音と共に、銃身が斜めにずれ、落ちた。「えっ」驚愕する騎手の首に朱線が走った。それに沿って彼女の首は、驚愕を貼り付けたままにずれ落ちた。それと同時に銃爪が引かれ、歪な銃から鉛が吐き出される。 19



首なし体が撃つ銃は制動なく跳ね回り、ゴムボールじみて弾丸を撒き散らした。「ピガーッ!」「ピガガーッ!」追い来たるドロイドが次々と破砕し、しかし眞澄はそれをやすやすと潜り抜けた。やがて弾を撃ち切った死体は反動と共にバランスを失い、落馬。爆発した!第二地雷原に突入したのだ! 20



DOOM!KADOOM!KRA-TOOM!爆発!爆発!爆発!馬が躱せどドロイドが地雷を踏み、次々と破壊を引き起こす。その爆風で他のドロイドが跳躍し、前方を走る馬に取り付く!「ピガーッ!」「アバーッ!」死のペースが加速する!15000m地点で既に過半数が死亡!これこそカワサキ名物、ドロイド爆散雨地獄! 21



しかし、今回のレースでは乱入者がいること、死した馬や騎手が起き上がり、綯い合わさり、ゾンビとなって走り出すという点で決定的に異なっている!「すげえ!人が死にまくるぜ!」「クーッ!肉片だらけだ!」「ブラッディでジューシーで…たまんねえ!」観客が肩を叩き笑い合う! 22



迫り来る死群から逃れるべく、麟はバレットダンスに鞭打ち続けていた。「クソ、クソ、何が起こってるんですのッ」毒づきながら散弾銃を後ろに撃つ。近いゾンビとドロイドを迎撃し、再び前を向く。自分の前を走るのはブラッドアロー…抜かずの女帝だけだ。彼女はやはり、一度とて銃を抜いていない。 23



この惨状に一切の興味がないが如き、孤高の走りであった。「そう。それですわ」麟は歯を軋った。「あなたは一度とて、他を省みない。それがムカついて仕方ないんですのよッ!」「果たしてホントにそうかねェ」突如、投げ掛けられた声。そちらに目を流すと、乱入してきた女がいた。「あなた…ッ!」 24



女はひらひらと手を振ると、名刺を投げ渡した。『車裂き探偵社社長 藤田 眞澄』。非処女の臭いにバレットダンスが荒ぶった。「何者ですの、あなたッ!何が目的ですッ!」「自己紹介なら今したでしょうが。それよりアイツだよ」眞澄は顎で先頭、抜かずの女帝を示した。「あたしの目的はアイツさ」 25



「抜かずの女帝…」「全く、たわけた渾名だよ。抜かないのは、抜くに値しないだけだ」「何故わかるのです」「類友ッてヤツだよ。あたしもアイツも真の戦場を求めて、モノトーンの荒野を走っている木偶なのさ。けど」眞澄はバイク上に立ち、ハンドルに足を掛けた。「あたしゃ同族嫌悪が激しくてね」 26



瞬間、眞澄のバイクが加速した!「安心しな!抜かずの女帝は思い切り苦しめて殺してやっからよ!」「させませんわッ!」麟もまた愛馬バレットダンスを加速、だが!差が少しずつ開いていくではないか!「これは…」麟は目を細めた。先程と同じだ。目算ではこちらの加速度は相手を上回っているのに! 27



麟は散弾銃を抜き、しかし躊躇った。先も同様のことがあった筈だ。ならば、同様のことが起きる可能性が高い。ならばどうする?思い出せ。あの時、眞澄は何故、転落する羽目になったのか…!((横、ですわッ!))麟は馬を外側に、大きく膨らませた! 28



「ピガーッ!」「AAAARGH!」膨れた分だけ速度が落ち、ドロイドとゾンビが互いにもみ合い、殺し合いながら迫る!「鬱陶しいですわッ!」散弾銃で跳躍ドロイドとゾンビが飛ばした腕を瞬時迎撃!「アバーッ!」「ここは生者の地ですわよッ」麟は手榴弾のピンを歯で抜き、後方に投げた! 29



KABOOOOM!地雷と連鎖誘爆!巨大な爆風がドロイドとバイクゾンビを吹き飛ばした!「ピガーッ!」吹き飛ぶ芝と残骸、血肉に紛れ、一部のドロイドが爆風跳躍!麟とバレットダンスの前に躍り出た!爪を振り翳し待ち構える!麟は思い切り睨め付けると、臆することなく愛馬に鞭を入れ、加速! 30



「ピガーッ!」「はァッ!」バレットダンスは斬りつけられる爪をすり抜け、ドロイドを踏みつけ、跳躍した!「「「ワオオーッ!」」」鮮やかな曲線を描き飛ぶ馬に歓声が上がる!「現金ですことッ」麟は吐き捨て、地を見下ろした。ブラッドアローに追い縋るバイク。自分との距離は、縮まっている! 31



((よしッ!))麟は小さく快哉すると、再び散弾銃を構えた。眞澄を横合いから打ち抜き『欣求穢土』のタトゥーを爆散させる!そして…。((そして…?))麟は躊躇した。自分は瞬に、ブラッドアローに、抜かずの女帝に勝つ為なんでもすると決めた筈だ。レース中の死は、本人の実力不足。汚い手ではない。 32



「何故、私は抜かずの女帝を助けようなどと…?」着地と同時に、疑問が口から洩れた。愛馬側面には乱入者…否、暗殺者の姿がある。自分はライバルがこんな者に殺されるを由としていないのだ。何故。あんなにも彼女に怒り、下そうとしていた筈なのに。悩める麟。だが、時間は不可逆に前へ進む。 33



「ああ、くそッ!」麟は叫び、銃を眞澄に向けた。眞澄はニヤリと笑うと、刀に指を掛け、鯉口を切った。BLAM!麟が銃爪を引いた!「疾ッ!」銀閃が瞬き、放たれた弾丸は宙に散華する!「何で邪魔すんだい?抜かずの女帝の暗殺は、アンタにも悪い話じゃないだろう」「ムカツクんですわよあなたッ!」 34



「わからんねえ」吼える麟に眞澄は呆れた。そして足でハンドルを捻り、加速する!「はァッ!」麟もまた、愛馬に鞭を入れる。眞澄の側面から離れぬように!「させねェーッと言ってますでしょうがァッ!」「困るんだよなァ、そういうの」眞澄は鋭い闘気と共に麟を睨む。麟はその気迫に堂々と耐える! 35



その瞬間であった!突如、コース中央の空隙地から柵を粉砕し、眞澄に向かって槍を構えたバイクが一直線に突進してきた!「ヌ…!」眞澄は即時反応。構えた刀を盾に、残虐チャリオットめいた突撃を逸らす!鋭い音と共に弾かれたバイクは、芝を撒き散らして旋回。並走を始める。 36



「…チッ」新たなバイクの搭乗者を見、眞澄は舌を打った。「さっきと同じ形か。ムカつくね」「…」篠田 明日香は立ち上がり、ハンドルに足を掛けた。その後部座席では、クローンレイブンがおっかなげにバイクに掴まっていた。「そんな禍物、どこで拾って来たんだか」眞澄は苦々し気に言った。 37



明日香は答えず、氷の槍を朧に構えた。眞澄はシニカルに笑うと、刀を抜き払った。刀が風を斬る。甲高い音が鳴り、殺気が研ぎ澄まされる。それが極限まで鋭くなった瞬間、二人は同時に動いた!「ふッ!」明日香が氷の槍で連続突きを放つ。眞澄は刀を片手に構え、鞘と刃で短く捌く! 38



ギャルルルル!明日香のバイクが芝と土を蹴散らし、眞澄のバイクに大きく車体を寄せた!眞澄はバイクを離そうとするが、瞬間、草を刈るが如き槍の横薙ぎが襲う!「チッ…!」眞澄は小跳躍。揮われる槍に足を掛けた!飛来する弾丸を銃口で受け止めるが如き神業!そのまま槍上を走り、明日香に迫る! 39



「疾ッ!」「ぐッ…」速度を乗せたローキックが明日香を襲う。薄く膜張る氷の鎧が防ぐが、しかし体が大きく傾ぐ!「う、うおおッ!」後部座席の九龍が立ち上がり、寸勁めいて圧力を打ち出す!だがそれは眞澄に届くことなく、消えた!「何…」驚愕する九龍。しかし眞澄の顔にも確かな驚愕があった。 40



その一瞬の隙に、バイクから氷柱が伸びていた。明日香は氷柱を掴むと、そのまま足を振り上げて眞澄の顎を狙い、しかしそれは虚しく空を切った!「何…!」明日香はそのままブレイクダンスめいて回転し、連続で蹴りを叩き込む。しかしそれらは全て命中せず。眞澄はそこを、僅かも動いていない! 41



「何…」「疾ッ!」警戒する明日香に刀の連続突きが飛んだ!一発、二発を氷を鎧うた腕で弾き、三発目を掴み取る!「ふッ!」そして蹴り上げる!眞澄は舌を打って飛び退き、元のバイクに乗った。熱いまでに冷たい憎悪の瞳で、明日香は眞澄を睨んだ。その手の中で、眞澄の刀が凍り、砕け散った。 42



「疾ッ!」離れゆくバイクの上、眞澄が短打を放った。同時に明日香が体を折り曲げ、氷柱とバイクの狭間でたたらを踏む!「ぐ…!?」「疾ッ!」隔てられた距離。明らかに拳の届かぬそこで、さらに打ち込む眞澄!明日香は数度それを受け、しかし対応を始める!数メートルの間隙に、拳戟の華が咲く! 43



「…成程」弾ける衝撃の中、明日香は目を細めた。「貴様、NEWO≪ネオ≫能力を2つ持っているな。そしてその能力は、距離」拳戟が不可視にぶつかり合う向こうで、眞澄が笑った。「へえ、意外とわかるモンなんだな」明日香のアッパーカットが空振りした。同時に、眞澄は打撃嵐から脱した。 44



彼女の手には絢爛たるエングレーブが施された拳銃があった。明日香は警戒し、構えた。モデムガン。「ハハ、やっぱり知ってるか」眞澄は喜悦に顔を歪めた。そして銃口を自らのこめかみにあてがい、躊躇なく銃爪を引いた。ガラスが割れるような甲高い音が響き、眞澄の体を震わせた。 45



困惑する九龍を尻目に、明日香は飽くまで警戒を続けた。すると見よ。眞澄のこめかみより、漆黒のゲル状物質が溢れ出す。それは瞬く間に彼女を覆い、押し潰し、身体組成を組み替えてゆく。やがてゲル状物質が流れ落ちた時、そこにいたのは、6つの目を持ちWi-Fi放つ、異形の魔人であった。 46



「何だありゃ…!」「魔人態」明日香は目を細めた。「『不死者』…Wi-Fi過剰適合者のみが使える奥の手」「何?」「藤田 眞澄は、Wi-Fiを起動せずともNEWO能力の一部を使える。そして今の姿が彼女が本来持つNEWOであり、融合したんだ」「正解」歪んだスピーカーを通したような声で、眞澄は頷いた。 47



「久しぶりだ。この姿で斗うのはな」「ならば十分に堪能するがいい」明日香の中で殺気が膨れ上がった。「今回が最期になる」「ほざけ…!」眞澄は楽しげに笑い、拳を打ち付けた。瞬間、濃密なWi-Fiが放たれ、全ての存在を揺るがした!「さあ!やるぜ、斗るぜ、殺るぜッ!」 48






(つづく)

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