【ファング・イン・ファルス】 #3

ギャリイイン!青白い斬閃と黒紫の軌跡が交わり、煌めきながら大気に拡散する。「ハ!ハ!ハ!」哄笑するカースカーソル。明日香は地面に刀を刺し、弧を描きながら旋回。だがその瞬間、刀が腐り果てたように黒に侵食される!「何…」危険を感じ手を離す明日香。「ほあッ!」そこに黒紫の矢が飛来! 1



ジグザグに走り、乱れ撃たれる矢の雨を躱す明日香。地に突き立った矢は、アスファルトを黒く侵食していた。「見事、見事。勘のよい!」迫るカースカーソルが矢を刃と振り上げる!「ふッ!」明日香はフリップジャンプでそれを躱し、『30分で5万』のネオンサインを蹴る! 2



「ふッ!」スロ・コルッカの狙撃じみた正確無比なる飛び蹴りがカースカーソルを襲う。「ほあッ!」カースカーソルはバイク上での決断的なブリッジで回避!アスファルトを砕いた明日香の背をそのまま狙撃!だが、黒紫の死は不可視の壁に阻まれた!「ム…!」黒ずむ氷壁を避け、明日香が飛び出す! 3



バイクが地にバーンナウト跡を刻み回る。「ほあッ!」再度の疾走と同時に、矢が雨と乱れ撃たれる!明日香は、両手に氷の刀を生成した。腐食。恐らくそれが『カースカーソル』の力だ。氷の刃を盾とし切り込むべし!「ふッ!」ギャリイイン!甲高い音と共に紫が散り消える。黒ずみ始めた刀を捨てる。 4



その手に新たな氷の刀が生まれる。「ふッ!」ギャリイイン!逆手の刀で弾く!刀を捨てる!刀を生成!「ふッ!」ギャリイイン!「ふッ!」ギャリイイン!「ふッ!」ギャリイイン!「ふッ!」ギャリイイン!空に消える紫の向こう、カースカーソルが凄惨に笑う。バイクが刀の射程に……Engage! 5



「ふぅアァァァッ!」乱れ舞う刃!矢で受け流すカースカーソル!「監査官代理殿!オヌシは未来に何を望み、この場に命を賭けまする…!?」カースカーソルは問うた。「カネか?力か?弱きを甚振る悦楽ですかな…?」「…」バイクは進み、その圧力でアスファルトを割りながら、明日香は後退を始める。 6



「オヌシの中に鬼が見えまするぞ。憎み、怒り、猛り、狂う鬼が!」剣戟の中、明日香は目を細めた。「何故、鬼に身を任せぬのです?全てを手に入れる機会、その切符なのですぞ」「ゴチャゴチャと」「誘惑を断つ強さ?或いは帰るべき場所を守る為?否!オヌシにあるのは…怯えなりッ!」 7



刀が弾かれ、明日香の体が開いた!「殺ったりーッ!」だがその時、怖気がカースカーソルの背中を駆け抜ける。「ヌウ…!?」咄嗟に防御するカースカーソル。瞬間、弾かれた筈の明日香の刀が叩き付けられた!「グウーッ重い!」「これはこれは。勘のよい」明日香は黒ずむ刀を手放しつつ反動跳躍! 8



「臆病で結構。私は鬼に堕すつもりはありません。一人旅が寂しい歳でもないでしょう」『結婚案内所』のネオンを蹴り、明日香は跳躍した。「粛清はまた後日!もはや貴方に構う暇はありません!」ネオンを渡り、風めいてビルの屋上に消える明日香。カースカーソルは笑い、アクセルを吹かした…。 9



闇を孕む空の下、突兀峨々たる山脈じみたビル群を明日香は翔ける。携帯端末で、九龍に仕込んだGPSから送られる信号を確認する。「ハイウェイ、か」青白い光から顔を上げ、彼方に伸びる高架を睨んだ。足に力を込め…「!」ブゥン!ブゥン!ドルルルル!「バイクのエンジン音…!」「ハ!ハ!ハ!」 10



哄笑と共に濃密なる殺気が迫る!明日香は舌を打つと、手の中に氷のナイフを作った。対抗殺気が冷気となってコンクリートに楔を打つ。大気が揺らぐ。世界が閉じる。残るは自分と、濃密なる死の香り。それは必殺の予兆。避けえぬ死線……!「ほあッ!」バイクが、飛び出した! 11



「ふッ!」氷刃が飛んだ。「ほあッ!」瘴気を纏ったバイクが宙で回転し、これを弾く。回転の最中、八方に向けて黒紫の矢が放たれる!「…?」明日香は、明らかに自分を狙っていないこれらを訝った。矢は次々とコンクリートに突き刺さり…否!コンクリートを跳ねる!室外機を、氷を、『跳弾』する! 12



「何…」跳弾し、呪われ、腐れてゆく屋上。それらはやがて明日香を八方より狙った!「ふッ!」跳躍してこれを躱す。しかし頭上!「ほあッ!」カースカーソルが、回転の勢いを乗せたバイクを振り下ろしていた!「ぐうあッ!」黒く腐ったコンクリートに痛烈に叩き付けられる明日香!KRAAASH!崩落! 13



「うわああッ!?」「げえッ!」昼下がりのオフィス無惨!「…逃げて!」身を起こしながら明日香は叫ぶ!「アバーッ!」瞬間、一人のサラリーマンが紫に貫かれた!黒く腐ってゆく同僚を見、凍り付く勤め人たち。「早く…早く、逃げてッ!」明日香はさらに叫んだ。そこにバイクが落ち、一人を潰した! 14



「あばばばば」ギャルルルル!駆動する後輪に轢き潰され、脳漿を撒き散らす!「殺人鬼ーッ!」「ほあッ!」逃げ出したサラリーマンを追うように、バイクが走った!「く…!」明日香は止めんと走り、しかし「まッ」間に合わず轢死!「ハハハ!なんと脆い!」カースカーソルは弓を引き絞った! 15



ズガガガガガッ!黒き死が乱れ、跳ね回る!「アバーッ!」「ひいいいいぎ」「あッあッあッ」死屍累々!矢は明日香をも狙っている。それへの防御に追われ、一人とて助くこと能わず!鏖殺!「如何か、監査官代理殿!我が憎いか!腹立たしいか!殺したくて仕様がないか…!」カースカーソルは笑う。 16



「ふッ!」明日香はいまだ無事であった机を蹴り飛ばした。「ほあッ!」カースカーソルは即時反応、机は即座に貫かれ微塵粉壊。腐った粒子へと消える。その向こうに明日香の姿はなし!「ふッ!」速度を乗せた捻じ込むような掌底が、側面よりカースカーソルの脇腹を捉えた!「ひゅが…!」吹き飛ぶ! 17



SMAAAASH!カースカーソルは耐衝撃ガラスに叩き付けられ、蜘蛛の巣状のヒビを刻んだ。主を失ったバイクは、腐敗した黒が累々するオフィス跡を暫し彷徨した後、倒れ込んだ。明日香は空間が歪む程の殺気を湛えながら、カースカーソルに向けて歩みを進める。「フフ、ハハハ…!」 18



しかしカースカーソルは嘲笑い続けた。「そうかそうか。オヌシは踏み躙られし鬼…。ククク、ここではない、別の何処かで遭いたかったですぞ」「鬼など」「堕すつもりはない、と?」彼の笑いがますます深くなる。「見るが好い。今のオヌシを誰が人と…?」指し示したのは、背後のヒビ割れたガラス。 19



明日香は、目だけをガラスに向けた。「…」そこに映る明日香の姿は、黒き塵に塗れ、爛々と殺意に目を輝かせていた。カースカーソルの脇腹を抉った拳には血が赤く凍て付き、冷徹を彩る。『鬼だねェ、オマエさん』上司の、ディーサイドクロウの言葉が、明日香の脳裡に蘇ってくる…。 20



「どんなに取り繕おうと、オヌシは我らが同類でしか…ないのだッ!」カースカーソルは無防備な明日香に矢を放った!空気すら腐食させる必殺の一撃が、明日香の胸に過たず吸い込まれる。「殺ったッ」カースカーソルが勝利の歓喜にほくそ笑んだ瞬間……紫が、跳ねた!「な…!」 21



稲妻めいて跳弾した矢は、過たずカースカーソルの胸を貫いた!「ぐわああああッ!」明日香の目の前で、澄んだ氷の壁が黒く腐食し、砕けた。「同じ手に引っ掛かるとは、戦士としてはまだ二流なようで」「ぐ、わあ…ア、ァ…」明日香は回転跳躍し、腐り始めたカースカーソルの頭に踵を落とした。 22



腐食した頭蓋から脳漿が零れた。『Fatal Error』彼の懐で、Wi-Fiがエラーメッセージを鳴らした。同時にカースカーソルの体は、漆黒のゲル状物質へと溶解した。これがWi-Fi異能NEWO≪ネオ≫を扱う者、NEWRO≪ニューロ≫の死に様である。明日香は息を吐いた。そこに、鬼の姿はなかった。 23



「班長、ありがとうございます。貴方の教えで、この斗いも生き残ることができました」明日香は再びガラスに目を向けた。自分の『鬼』を見たら、とにかく心を鎮めること。それが、彼女がディーサイドクロウから重点的に施された訓練である。訓練によって、彼女が命を拾った場面はあまりに多い。 24



だが、斗いはまだ終わっていない。明日香はカースカーソルのバイクを起こすと、それに跨った。旧世代のノンインテリジェンスバイク。認証が無用なのは都合がいい。ブゥン!アクセルを吹かすと、ガラスを突き破って闇の中へと飛び出して行った。目指すは、ハイウェイ! 25



────────────────



晶。晶、どこにいるんだ?まったく、母さんから離れるなって言っただろうに。早く見つけてやらないと。この辺りは治安が良いとは言え、どこに連続変態殺人鬼が潜んでいるかわかったもんじゃない。早く見つけてやらないとな……。 26



…《ジャマダハル》は、闇の中にうずくまる朝子を笑った。「して、朝子。畢竟、ぬしの息子はどうなったのだったかな…?」朝子は首を振った。「そうだ。死んだのだったな。探偵同士の斗いに巻き込まれ、その五体をバラバラに吹き飛ばされたのだったな?」「…」 27



「朝子」《ジャマダハル》はすり寄った。「ぬしは一度、全てを奪われた。そして今一度、全てを」「…」「悔しくないか?憎くはないか?ぬしから、民から当然の如くに何もかもを奪ってゆく世界が」「…アタシにどうしろッてのさ」朝子は呻いた。彼女の物理肉体は胸を抉られ、下半身は潰れている。 28



《ジャマダハル》は呆れた。「わたしはぬしの状態を聞いたのではない。それでいいのか、と聞いたのだ」「いいわけねえだろッ!」朝子は叫んだ。「いいわけねえだろ。だけど、もうできることなんか」「あるぞ」「何…?」「わたしとひとつになろう、朝子」「アンタと、ひとつに?」「そうだ」「…」 29



「わたしたちがひとつになれば、ぬしの望みを果たせるやも知れぬ。それだけの力を得られるのだ。…以前に、そうせねば、ぬしは死ぬ。志半ばで」「…」「朝子。我々は長き時を共に過ごしてきた。わたしは、ぬしに消えて欲しくはない」「アタシに…」 30



《ジャマダハル》の声は、あくまで真摯であった。朝子は思案するように目を閉じる。《ジャマダハル》の言うとおり、もはや自分に何事かを成す力はない。受け入れねば実際死ぬだろう。荒覇吐の塞を見届けることもないままに。自分が生きた証も、残さぬままに。 31



それは駄目だ。ここまで来て、何の意味も残さずに死ぬわけにはいかない。「わかった」朝子は目を開けた。「アタシとひとつになろう」「そうか、そうか」《ジャマダハル》は、亀裂めいた笑みを浮かべた。裂けんばかりに口を開き、朝子を呑み込む…。 32



…KRAAAASH!風切羽探偵社が入っていたビルディングの瓦礫が爆ぜた。その中から飛び出したのは、頭頂部から八本の腕が蜘蛛じみて生えた、嘴が刃でできた鳥の頭。そのような怪物であった。《ジャマダハル》は呵々と笑うと、拳の代わりに生えた刃を鳴らし、走り始めた。その瞳に理性の光は、ない! 33



───────────────



高速駆動する骨董品的旧式車の後部座席で身動ぎする九龍を、亮太は苛立たしげに流し見た。右腕が切断されているとは言え、未だ弱る様子はない。あのサンゼンレイブンのクローンだけある。「動くな」「ギぃ…!」念押しで拘束の魔法を重ねる。歯を食いしばり睨む九龍から目を切り、運転を続ける。 34



「ッたく…!」亮太はぼやき、灰皿に煙草を押し付けた。窓の外をハイウェイの電灯が流れ去ってゆく。しかして並走する牙の群れは速度を落とさず、時折対向車線に入っては、哀れな一般車を破壊捕食していた。「ハァ…ホント、コイツら見てると気が滅入るぜ」新たな煙草を取り出し、火を点ける。 35



その時、運転席の窓がノックされた。チョッパーバイクに跨った男が、キャトルマンハットの鍔を上げながら亮太を見ていた。「何か用か、タイムリープ」「カースカーソルと連絡が取れん」開かれた窓から、不愛想な声が投げ掛けられる。「ハ、監査官代理に殺られたンだろうさ」「アイツの腕は確かだ」 36



タイムリープは低く言った。「もし監査官代理が来たら、カースカーソル以上の使い手ッつーことになる。率直に言ってマズいぞ」「汚ぇ手に引っ掛かったんだろ」「アイツを汚い手にハメられる時点で強者の証明だ」「…」「恐らく、ここはオタクなんぞじゃ想像もできねェ戦場になる。覚悟はしておけヨ」 37



タイムリープは離れていった。それを見ながら亮太は顔を覆った。歯車探偵社は、現在の己の財力で雇える最も強力な探偵社だ。((それがあんな消極的な))自分にはもう後がない。スペアボディを作る費用はなく、何よりク・リトル・リトルの刻まで時間がない。クローンレイブンを逃すわけにはいかない。 38



…KRASH!KRAAAASH!「AAAAGH!」KBAM!KABOOM!KRA-TOOOOM!後方より迫る破壊音が、亮太を現実に引き戻した。「何だ…?」訝りながらバックミラーを見やる。反転した世界に映るのは、破壊。粉塵。((誰だか知らんが、何で今なんだよ…!))毒づく亮太の哀願を無視し、粉塵から巨体が飛び出す! 39



粉塵から飛び出したのは、蜘蛛じみて頭頂部より八つの腕を生やした首だけの鳥!「おいおい、何だありゃ…!」尋常ならざるそれを目にし、亮太はWi-Fi検知器をチェックした。《ジャマダハル》!この怪物はWi-Fiを放っていた!「ウソだろ、ここまだ都市部だぞッ!?」亮太の運転が驚愕に乱れる。 40



《ジャマダハル》の目が光った!「CLAAAAW!」怪鳥音も高らかに刃で瀝青を刻み、亮太の車に地獄直行大虐殺超特急めいて迫る!「ああくそッ!」急激なドリフトで、刃の生えた腕による串刺し殺の運命を回避。「ぐわッ」後部座席で九龍が呻いた。「ちッ」舌打つ亮太。強い衝撃。拘束の魔法が解ける! 41



「うおおッ!」自らの解放を知覚した九龍は、シート越しに亮太の首を掴んだ。「馬鹿、やめろオイ!」蛇行する車。《ジャマダハル》はそこを逃さず狙う!「CLAAAAW!」「うおおわあああッ!」次々と繰り出される刺突!予測困難な、もはや回避とすら呼べぬランダム蛇行で辛うじて躱す。 42



「あ、アレは…!」九龍が驚愕した。「知らねェよ!とにかく…ヤバイ!俺じゃアイツには勝てねえ。だから邪魔すんな」亮太は戦き、そして叫んだ。「何してる!さっさとコイツをどうにかしろーッ!」彼が言うまでもなく牙は次々と《ジャマダハル》に飛び掛かり、振り回される刃の餌食となっていた。 43



「AAAAGH!」「CLAAAAW!」「AAAAGH!」「CLAAAAW!」死屍累々!まるで海に飛び込むレミングスめいて殺害され、屍を晒す牙。「くッそ、マジ肝心な時に役に立たねぇ!」亮太はハンドルを殴り付ける。「タイムリープ!何してる!タイムリープ!」その後ろで、九龍は呟いた。「朝子…」 44



…次々と死してゆく牙を眺めながら、歯車探偵社社長・タイムリープは待った。恐らくカースカーソルは敗れた。獣じみた本能が、斗争への渇望が教えてくれた。知らず笑みが溢れる。まだ見ぬ強敵と死合う愉悦。想像するだけで絶頂しそうになる。待ち遠しい。待ち遠しい。 45



歯車探偵社とは、畢竟そのような集団である。我が同胞を斃し得る、愛しき敵。それを斃した時の歓喜はどれ程だろう?故に、《ジャマダハル》などという小物に用はない。タイムリープは舌を舐めずり、開戦のゴングが鳴るのを待った。((鳴れ…))「AAAAGH!」((鳴れ…))「CLAAAAW!」((鳴れ!)) 46



その時。前方より尋常ならざる冷気が叩き付けられた。冷気は空間をも凍て付かせ、氷がアスファルトを這う。「鳴ったッ!」刹那、タイムリープは急加速!氷の先に見ゆる影を狙う。「な…!」車を追い抜きざま、亮太が声を上げた。クローンレイブンが目を見開いた。迫る影を、誰もが見ていた。 47



「CLAAAAW!」《ジャマダハル》が叫んだ。見るがいい。死の凍て纏いしその長髪。怜悧な瞳の奥に潜む熱情。あれこそ、あれこそは。タイムリープが滾る。九龍と亮太が吼える。牙が戦く。万物が凍る。「待ってたぜェ、監査官代理ッ!」「「篠田ァァァァッ!」」紅蓮の地獄。篠田 明日香が迫る! 48






(つづく)

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