【プライド・フロム・マシン】 #10 前編

ガロは多くの機械と異なり、生まれた時から己の意思を持っていた。感情を持っていた。それにより、己を己として定義した。他の機械とは違う、己自身を。人とは違う、己自身を。己は人に非ず。機械としても半端者。僕は……何者なのだろう?問を掛けても、答える者はいない。自分は一人なのだから。 1



しかしそれは、都市管理者型としてデザインされた『メガロヴァニア』たちにとっては、余りにも普遍的な痛みだった。あらゆる都市の管理者が抱える痛み、誰もが耐えられる痛みに、自分だけが声を上げるなど出来はしない。何せ自分は彼らよりずっと、ずっと、恵まれているのだ。 2



機械は自分を信頼し、声に、頼みに応えてくれる。例え意思も感情も、魂すらも0と1に過ぎなくとも。彼らは半端者の自分に寄り添ってくれた。人間とは違い。その度に、ガロは思った。嗚呼、何故、何故。何故、僕は彼らのように生まれられなかったのか。何故、僕は…彼らのように、なれないのか。 3






探偵粛清アスカ

【プライド・フロム・マシン】 #10 前編






《セト・アン》が揮った刀より飛来する氷の礫を、《ルシファー》はヌンチャクを回転させ防いだ。「はァッ!」礫より奥、《セト・アン》がヌンチャクガードの隙間を通し、氷の刀による刺突を繰り出す!「やッ!」《ルシファー》は首を傾げるように躱し、戻しの頭突きで刀を弾く! 4



その勢いで回転。メイアルーアジコンパッソで《セト・アン》の首を刈りに行く!《セト・アン》は頭突き衝撃を速度に転化。連続側転を打ってこれを避ける。「やッ!」追従する《ルシファー》!《セト・アン》は鼻を鳴らすと、冷えた地に焦げ跡を刻みながら停止、《ルシファー》を迎え撃った! 5



「はァッ!」「やッ!」KABOOOM!氷と高重力が噛み合い、煌めく黒の小爆発が発生した!そのベクトルは、《ルシファー》へと向く!「うぐうッ…!」爆風に体を貫かれながら吹き飛ぶ《ルシファー》。しかし彼女は空中で突如制止すると、稲妻めいたジグザグの軌道を描きながら《セト・アン》へと飛翔! 6



《セト・アン》はそれに合わせ、刀を振り上げた!刀は過たず《ルシファー》の正中線を断ち…消える。《セト・アン》はつまらなそうに目を細めると、振り上げた刀を、振り向きざま叩き付ける!そこには背後より襲い掛からんとしていた《ルシファー》の姿!「見え見えだッ!」 7



《ルシファー》は避けようともせず、その切先を睨み付けた。((何…?))訝る《セト・アン》。何かが妙だ。しかし、躊躇の乗った刃を留めることはできない。このまま振り下ろす外なし。《セト・アン》は更なる力を籠める…!だがその瞬間、《セト・アン》は異変に気付いた。刀が速度を落としている。 8



《セト・アン》が焦燥を覚えた瞬間、《ルシファー》が動いた。泥めいて凝った時の中でさえ滑らかに。揮われたヌンチャクが《セト・アン》の膝を打った。痛みと衝撃が体を抜ける。次いで腰。衝撃が体で混ざる。肩。側頭。瞬間的に4度の打撃が叩き込まれ、同時に、時間が戻った!「うぐあああーッ!」 9



嵐じみて回転しながら《セト・アン》は吹き飛んだ!これなるはヌンチャク術の奥義、四滅崩砕撃!ヌンチャクのしなりによって加速した瞬間的な連続衝撃を敵の体内で爆発し、その肉体を粉々に四散せしめる処刑奥義である。完全に決まって尚、生き延びた者はこれまでに存在しない。…完全に決まれば。 10



《ルシファー》はくるくると回って速度を逃がすと、ヌンチャクを脇に挟み残心した。浅い。壁にぶつかった《セト・アン》は体に貼り付いた氷の欠片を落としながら、大儀そうに立ち上がろうとしている。直前に氷を鎧と化し、防いだのだ。「成程、サイコキネシスか…」《セト・アン》は言った。 11



「サイコキネシスで空を飛び、刀を鈍らせる。大したコントロール、そして力だ。本当に…君を殺さなきゃいけないのが惜しい。同じ道を歩めぬことが惜しい」「まだ勝てる気でいるのね」《ルシファー》は目を伏せ、ヌンチャクを揮った。「私も惜しいわ。昔の話だけど…あなたのこと好きだったのよ」 12



「そう言えばそうだったね、《ルシファー》…いや、倉持 飛鳥ちゃん。女児アニメより特撮が好きで、いつか自分もヒーローになるんだーッて息まいてた女の子が…大きくなったモンだ」肩を竦め笑う《セト・アン》。《ルシファー》もまた、薄く笑って返した。「しかしだ」《セト・アン》は続ける。 13



「人と機械が結ばれないことをいつか君が知ったように、現実には超えられない壁がある。君は僕に勝てない」《セト・アン》の手に氷の槍が生まれた。《ルシファー》はヌンチャクの鎖を引き千切った。棍の先から再び鎖が、そして棍が生まれ、二対のヌンチャクとなった。両者は視線を交わし、動いた。 14



次の瞬間、両者の制空権は触れていた。槍とヌンチャクが同時に揮われ、甲高い音と共に弾かれる。再びぶつかり、弾かれる。散る冷たい火花を挟み、交錯する憐憫にも似た殺意。それを己が武器に乗せ、叩き付け、拒絶する。拒絶の反動は速度に転化し、速度は再び衝撃を生み、より強い拒絶に変わる。 15



そのやりとりは、若干ながら《セト・アン》に分があった。槍とヌンチャク。単純なリーチの違いだ。だが《ルシファー》は恐れずその殺界に踏み込み、襲い来る死を両のヌンチャクで弾き、一歩ずつ歩みを進める。熱い情念を瞳に燃やし、進む。槍を弾く。進む。弾く。進む。弾く。弾く。弾く! 16



気付けば両者の距離は、一足一刀までに縮まっていた。あと一歩。両者の戟を隔てて死線が横たわり、即ちここをどちらかが踏み越えた瞬間に必殺となる。しかして《ルシファー》は、その為に迫ったのだ。否、それでなくとも、もはや退くことなど不可能!《ルシファー》は槍を弾き…!「はァッ!」 17



先に死線を越えたのは《セト・アン》であった!弾かれると同時に槍を捨て、《ルシファー》に頭突きを見舞ったのだ。「あぐうッ…!」身長差故に上方からねじ込む形となった頭突きは《ルシファー》を跪かせんとのし掛かる。《ルシファー》は抗い、強く睨め上げながら連続の短打を放つ! 18



《セト・アン》はそれを捌き、打ち返す。ヌンチャクを捨て、やはり応じる《ルシファー》。このような超至近距離戦に於いて最も頼れる武器は素手による格闘であり、もはやそれ以外は意味を成さぬ!二人はそれを解すが故に臨み、しかし上から被さる形の《セト・アン》が依然として有利! 19



「ナナミくんとココイくんだっけ?」拳戟の中、嘲笑うように《セト・アン》は言った。「君が僕に挑んできたのは、彼らとの約束が元か?人間の友でいてくれー、とか言うアレ」拳圧が強まる。「君にそんな資格があるわけないだろ。今、こうして僕と斗う為だけに彼らを陥れた君に!」 20



《ルシファー》は何も言わず、黙したままに拳を揮い続けた。そうだ。《セト・アン》の言うとおりだ。《セト・アン》と斗う機会を得る。その為にナナミとココイを利用し、ハイドアンドシークの戦士にベルゼブブを打倒させた。苦痛から逃れる為の思考だったとは言え、そこに一切の偽りはない。 21



「ならわかるだろ、倉持 飛鳥ちゃん。君はもう、ヒーローには…なれないッ!」《セト・アン》は《ルシファー》の拳を掴んだ。《ルシファー》の拳に氷が走る。氷は少しずつ、ゆっくりと彼女を蝕む。それでもルシファーは、《セト・アン》を睨み続けた。「わかってるわよ、それくらい」 22



《ルシファー》の拳が砕けた。きらめき散るそれに目を見開いたのは《セト・アン》だった。一瞬の隙が生まれる。《ルシファー》はさらに一歩踏み込み《セト・アン》の下に潜り込むと、拳が失くなった腕でアッパーカットを見舞った!「がぶ…!?」「私が人と共にあるのは…私自身のエゴ。それだけよ」 23



《ルシファー》は再度のアッパーを叩き込む!「ごウ…!」さらに叩き込む!「ぐブ…!」さらに叩き込む!「ごぼあッ…!」さらに!さらに!さらに!「やァァァァッ!」「ぐ…グワーッグワグワグワァァーッ!」ラッシュを受け《セト・アン》の体は浮き上がり、《ルシファー》はそれを吹き飛ばした! 24



最中セト・アンは両腕を広げ、空中に磔状態となる!《ルシファー》が腕を上げると、二つのヌンチャクが浮き、《セト・アン》の上で組み合わさり六角形を描いた。その上で空間が凝縮し、ブラックホール的重力場を形成!「秘技…圧壊アブソリューション!」《ルシファー》は腕を振り下ろした! 25



重力場が解放され、《セト・アン》に降り注いだ!黒き驟雨が磔られた《セト・アン》を飲み込み、圧し潰す。苦悶に顔を歪め叫ぶ《セト・アン》。しかしそれは《ルシファー》には届かず、彼女は無慈悲に重力の雨を浴びせ続ける。決然たる意志と共に!「やァァァァッ!」KRA-TOOOOM!! 26



一際大きく重力が降り注ぎ、止んだ。ボロボロになり、体のそこかしこから折れた骨を飛び出させた《セト・アン》が不可視の戒めより解き放たれ、どさりと地に落ちた。その上で組み合わさっていたヌンチャクは、じくじくと音を立てながら再生する《ルシファー》の手に収まった。「…これで終わりね」 27



《ルシファー》は呟き、ヌンチャクを振り上げた。だがその瞬間。《ルシファー》の瞳が戦慄き、ヌンチャクを取り落とす。「あ、うぐ…ぎいいいいッ…!」歯を食いしばり膝を突く《ルシファー》。やがて彼女は泡を吹き、胸を抑えながら倒れ込んだ。「フー」《セト・アン》が大義そうに立ち上がった。 28



「漫画の主人公みたいな啖呵切っておいて、まさか忘れたわけじゃないよね?ペイニングプロセス…痛覚神経の過剰刺激機構。君の造反防止に仕込んだそれをさ」「あぐぎぎゃああああッ!」「ンン~、いい声だ」《セト・アン》は《ルシファー》を踏み躙り、恍惚とした笑みを浮かべた。 29



「僕は今、感情を持って生まれたことを初めて感謝しているよ……感情が無ければ……絶望に喘ぐカスを見て悦に入ることもできないからなあ~~~~~~」「ぎぐ、ぐびいいやあああッ!」「お前の魂の叫びはそんなものか!もっと気合を入れろ、一生に一度なんだぞ!」「がぶう、ぐうううッ…ごおッ」 30



叫び藻掻く《ルシファー》を、《セト・アン》は嘲笑った。踏み躙る足から伝わる鼓動。痛みから逃れんが為の阿鼻。それらは《セト・アン》の中に眠っていた邪悪な欲望を刺激した。嗚呼、もっと早く、これに目を向けていれば。《セト・アン》は昏い歓喜に打ち震えた。 31



だが、ペイニングプロセスの起動にひどく時間が掛かってしまった。《ルシファー》が軛を外し始めている証左であり、その所為で重篤なダメージを負わされた。今後を考えれば、これ以上の時間を割くことはできない。「名残惜しいけど、さらばだ」《セト・アン》の手で氷が槍となり、振り上げられた。 32



その瞬間。《セト・アン》の右膝を、何かが抜けた。「え…」困惑する《セト・アン》。傷から血が吹き出し、《セト・アン》は膝を突いた。「グワーッ!?」遅れて襲い来る痛み。だが、その苦鳴は屈辱からであった。BLAM!銃声が響く。《セト・アン》は己を庇うが、銃弾はない。訝るように目を細める。 33



「せいッ!」闖入者のローキックが《セト・アン》を襲う。《セト・アン》は腕を交差させてそれを防ぐが、何かが腕を貫き、防御に瑕疵を穿つ。そこにローキックが突き刺さり、防御ごと《セト・アン》を跳ね飛ばした!「ぐあ…!」転がりながら、彼は《ルシファー》を抱え上げんとする男を見た。 34



あなた方も見るがいい。キャトルマンハットを目深に被り、ダスターコートをはためかせるその男。彼こそは正しく歯車探偵社社長、タイムリープである!何故、彼がここにいる?何故、《ルシファー》を助けるのか?しかし今、それを語ることはできない。《セト・アン》が彼の背を狙っているのだから! 35



「はァッ!」《セト・アン》は氷のランスを投擲!タイムリープは後ろ回し蹴りでそれを弾く。そのままに懐から銃を抜き、ファニングショットを叩き込む!「はァッ!」《セト・アン》が手を翳すと、氷壁が生まれた。弾丸は氷に阻まれ、止まる。瞬間、氷壁が爆発反応装甲めいて爆ぜた!「グワーッ!」 36



抱え上げた《ルシファー》を庇いながら倒れ込むタイムリープ。《セト・アン》はよろよろと立ち上がると、その手に邪悪なる罪人の血を吸い、刀身に二億四千万の悪を宿したが如く禍々しき殺滅氷ギロチンカッターを作り出した。「人間風情が」憤怒。「僕に、何をした」タイムリープは不敵に笑った。 37



「チョイと撫でてやっただけだろ…都会育ちの坊っちゃんに荒野の流儀はキツすぎたか?」タイムリープの言葉に《セト・アン》の瞼がぴくついた。ギロチンカッターがゆらりと持ち上がり、殺意にきらめいた。死がまさに振り下ろそうとされたその瞬間、《ルシファー》が手を上げた。「やァァァァッ!」 38



タイムリープが《ルシファー》と共に吹き飛び、殺戮領域から離れた!サイコキネシスだ!「うおッ!?」驚愕するタイムリープ。しかし彼は瞬時に適応し、《ルシファー》を抱え直すと、脱兎の如く逃走を計る!《セト・アン》はその背を眺め…「チッ」攻撃を断念した。体を引きずりながら、玉座に座る。 39



予想外にダメージを受けすぎた。ハイドアンドシークの者共は、敵対意志があるなら確実に来る。それまでに少しでも傷を癒やさねばならない。((クソッ、肉体があるって歯痒いな))《セト・アン》は毒づき、目を閉じた。ジュデッカたちに運動センターの総攻撃指令を出すと、意識を闇に落とし込む。 40



…タイムリープは地上(ツクバの地表部だ)に飛び出すと、追撃と周辺敵影がないことを確認し、《ルシファー》を投げ出した。「やれやれ。何なんだ、あの化物は」「…あなた、タイムリープ」「ア?」《ルシファー》の言葉に、タイムリープは目を細めた。「何者だ、あンた」警戒の色が強まる。 41



だがタイムリープは、すぐにそれを解いた。「ま、知る手段なんかいくらでもあらァな。それより、ヤツが全ての元凶…で、合ってるンだよな?」「ええ」《ルシファー》は頷いた。「名は《セト・アン》。この都市を管理する『メガロヴァニア』だったものよ」「ソイツが何でまた…」 42



《ルシファー》は首を振った。「そうか…お前は?」「私は《ルシファー》。ヤツに生み出された。ヤツから逃れる為に斗いを挑み…」「で、あの有様か」「何故、あなたはあそこがわかったの?」「都市全体がヤバいとなったら、インフラかインターネット施設を真っ先に疑うだろ。運もよかったがね」 43



「ふうん?」《ルシファー》は首を傾げた。「じゃあ、何で来ようと思ったの?」「あー…」タイムリープはキャトルマンハットを深くかぶった。「いや…実は制御システムぶっ壊したの俺なんだよ。俺のせいでツクバはこうなったのかも知れんだろ。だとしたら、流石にいたたまれねえ」「あら…」 44



《ルシファー》は目を瞬かせた。この男はこうも責任を気にする男だったのか?自分は彼を読み違えていたのか。「そうね…実はまだ、ヤツらの手が伸びていない場所があるの。そこでどうするか考えましょう」「そうするか…それはどこだ?」《ルシファー》は立ち上がった。「ツクバ総合運動センター」 45



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𝙰𝚂𝚄𝙺𝙰:𝙿𝚞𝚛𝚐𝚎 𝚝𝚑𝚎 𝙳𝚎𝚝𝚎𝚌𝚝𝚒𝚟𝚎

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