【プライド・フロム・マシン】 #4 後編
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走りながら銃爪を引くタイムリープ。破裂音が響く度に殺人機械が斃れ、かつてモーセという男が海をチョップで叩き割った神話のように道を開く。そこに身を滑らせ、奔り、撃つ。タイムリープを追うように壁が捻じれ、閉じる。閉じた壁にプレスされた残骸は、欠片すらこの世界に残らない。 1
「「「人類!完殺!」」」斃せど、雲霞の如く湧き出る機械たち。「せいッ!」「「「ピガガーッ!」」」タイムリープは立ち塞ぐ機械を跳躍ストンプ飛び渡り殺。天井を蹴り壁を蹴り、再び疾走を始める。「「「人類!完殺!」」」正面に機械群!「おいおいおい…マジで何匹いるんだよッ」 2
薙ぎ倒しながら、タイムリープは思案する。整備通路は狭く、二人並べば満足に動くことすらままならない。己のような達人でなければ戦斗なぞ以ての外であり、つまりここにザコを大量投入するのは悪手以外の何物でもない。…ならば、それをする理由は何だ? 3
①敵とは無縁の偶然。②足止め。③何かを隠そうとしている。((①は有り得ねえ。多すぎる。②もねえな。構造物を組み替えられるなら、それでやりゃいい))なれば③。タイムリープは周囲に目を走らせる。もしも敵が自分を試しているのなら、隠されている何かに突破口がある筈だ。それを探せ。 4
「ピガーッ!」「せいッ!」正面より振り上げられたアックスの懐に潜り込み、単打を打ち込む。怯んだ所を蹴り飛ばし、接近機械を纏めて吹き飛ばす。「「「ピガガーッ!」」」ガゴン!その先の通路が極殺処刑歯車めいて回転を始めた。タイムリープは舌を打ち、横道へと飛び込む。 5
「ピガーッ!」「せいッ!」正面より振り上げられたアックスの懐に潜り込み、単打を打ち込む。怯んだ所を蹴り飛ばし、接近機械を纏めて吹き飛ばす。「「「ピガガーッ!」」」ガゴン!その先の通路が極殺処刑歯車めいて回転を始めた。タイムリープは舌を打ち、横道へと飛び込む。 6
「ピガーッ!」「せいッ!」正面より振り上げられたアックスの懐に潜り込み、単打を打ち込む。怯んだ所を蹴り飛ばし、接近機械を纏めて吹き飛ばす。「「「ピガガーッ!」」」壁に小さなクレーター的強力破壊痕を刻み、動きを止める機械たち。その背より、黒がパーティクルめいて漏れ出す。 7
タイムリープは僅かに眉を顰めた。何かがおかしい。理由はわからぬが、数々の死線を潜り抜けた戦士の直感が告げていた。このような硬直状況において、それは見過ごせぬサインだ。タイムリープは機械残骸を蹴り除けた。瞬間、彼の第六感が最大級の警鐘を鳴らした!「うおッ!?」反射的に飛び退る! 8
結果として、それがタイムリープの命を救った。極小クレーター的破壊痕の底、走った亀裂より黒は溢れ出していた。さながら破裂した水道管の如く!「ぶぶぶぶぶぶぶぶぶ」羽音じみた不協和音を奏でながら黒は空間を侵す!「何か知らんが…ヤバイ!」タイムリープは迫る機械を飛び越え、走り出した! 9
「ぶぶぶぶぶぶぶぶぶ」沈む船に流れ込む海水めいて通路を侵食する黒!「「「ピガガガガーッ!」」」置き去りにした機械が次々と呑まれ往く。音の中より聞こえる悲鳴から鑑みるに、呑まれれば実際死ぬだろう。タイムリープは訝るように目を細めた。…この状況、否、力には覚えがある。 10
一週間半ほど前、車裂き探偵社からの依頼で轍探偵社への強襲を敢行した。その際に協働した錆探偵社の社長、ルミナスバグのNEWO≪ネオ≫に似ている。『ルミナスバグ』。それは光る蝿のような力が生命を食い殺し、繁殖し、残された皮を『ドローン』として操るNEWO…だが、その認識は少々甘い。 11
『ルミナスバグ』の本質は電気である。肉を食み、電気を生み、それによって生命…或いは機械をコントロールするのだ。余剰の電気は繁殖する為に使われ、爆発的に数を増やす。全く以て空恐ろしいNEWOであった(ここには斗ったとて自分が勝つという自信が含まれている。事実、一度勝利を収めている)。 12
整備通路は赤に照らされている。非常灯の光だ。発電床に異常がないなら、電力が足りなくなることなど考えられない。だのに、整備通路の暗さは何だ?地表建造物内の暗さは何だ?先に黒が溢れた亀裂より垣間見えたのは、電気ケーブルであった。黒がケーブルの中で、電気を食い荒らしているのだ。 13
加え機械より散る黒は『ルミナスバグ』の被害者を想起させる。あれらは『ルミナスバグ』同様、或いは近しい性質を持つと考え相違ないだろう。周辺Wi-Fiは未だ『5474N』のみだが、魔王級の力の持ち主が一つしか能力を持たない方が稀だ。タイムリープは帽子の鍔を押し上げた。「見えたぜ、勝算ッ!」 14
タイムリープは横道に飛び込んだ。黒を振り切り、機械を薙ぎ倒し、風めいて駆ける。温度が皮膚を裂くが、気にしてはいられない。怯めば待ち受けるのは死、あるのみ。道を折れ、亀裂を跳び、前方より漏れる黒を潜り抜ける。最短距離で突き進み、ついに辿り着いた扉を…蹴り破った! 15
タイムリープが飛び込んだのは、大量の金属箱が所狭しと並ぶ空間であった。広大な筈の空間は金属箱に圧縮され、ひどく狭苦しい。タイムリープは箱に貼られたシールを見、ほくそ笑む。箱のシールは概ね同じ内容であり、そこには『コンデンサ』と書かれていた。ここはツクバ蓄電室。 16
「「「人類!完殺!」」」タイムリープを追い殺人機械3体がエントリー!その後ろに黒が見える。最早一刻の猶予もなし!「せいッ!」タイムリープは戦闘殺人機械に即時肉薄。振り下ろされるアックス腕を先んじて押さえると、後ろに倒れ込むように投げ飛ばした!「ピガガーッ!」 17
次ぐ1体がアックスを振り下ろす!「せいッ!」タイムリープは僅かに転がりこれを躱すと、流れるような水面蹴りで足を刈り、浮かせる。そのまま下に潜り込んでサマーソルトキック!「ピガガーッ!」吹き飛ぶ2体目、そのまま3体目にサマーソルトキック!「ピガガーッ!」浮いた機械を投げる! 18
3体の機械が一直線に並んだ。「我ながらいい位置だ」タイムリープは笑い、懐から銃を抜いた。BLAM!無造作に引かれた銃爪。その口から飛び出したのは鉛にあらじ。放たれる円錐の鋼は、ワイヤーの尾を引いていた。「「「ピガガーッ!」」」鋼の鏃は過たず機械たちを貫き…コンデンサに激突する。 19
「せいッ!」瞬間、タイムリープがワイヤーを波打たせた。力が伝播し、鏃を槍と変える。生まれた推進力が鏃を進ませ、コンデンサを穿った。「せいせいせいせいせいッ!」鏃は進む。次のコンデンサを貫く。次のコンデンサを貫く。コンデンサ、コンデンサ、コンデンサを貫き…鋼の壁をも突き穿った。 20
瞬間、都市が揺れた。それは臓腑を抉られた獣の呻きにも似た振動であった。ゴウン、ゴゴウン。分厚い鋼で包まれた蓄電室もまた、内側から揺さぶられるように震える。タイムリープはその中でワイヤーガンを捨て、跳躍。コンデンサを蹴り渡り、ワイヤーの伸びる先へと向かった。 21
彼の向かう先、圧力に耐えかねたかのように、突如として壁が裂けた。開いた穴からは黒が溢れ出す。しかしそれは力なく、空気の流れに漂い、やがて崩れて消えた。「ははッ、ビンゴだ」タイムリープは迷わず穴に飛び込む。電気ケーブルが伸びる通路…黒き力の巣窟へ。 22
しかし果たして、その中から黒は駆逐されたかのようであった。食い荒らされて腐食されたかのようなケーブル群に目もくれず、タイムリープは上へ、上へと走り続ける。彼は、この結果を狙って引き起こしたのだ。一体、何が起こったのか…? 23
『ルミナスバグ』は肉を食み電気を生む。しかし当然電気そのものを取り込むこともできる。電気ケーブルやコンデンサ等は、『巣』としてはうってつけだ。ならば逆に、そこを一網打尽にすることも可能である。 24
蝿の一体が保持できる電気量は多くはない。余剰電気は繁殖材料とされるが、それでも過剰な電気を摂取すれば自壊する。タイムリープは殺人機械とコンデンサを破壊し、ワイヤー伝いにそれらの電気をケーブルに流し込んだのだ。空気との摩擦で生まれた静電気も加わり、その総量は想像に難い。 25
同時に、『5474N』の黒がルミナスバグの蝿と同様の性質を持っていることもタイムリープは理解した。これはツクバで今しばらく行動する上で、何らかのアドバンテージになるかも知れない…。「せいッ!」タイムリープはコンクリ壁を破壊した。崩れた壁の向こうにはノイズ塗れの空。ツクバ地表部だ 26
地表のアスファルトを踏み、大きく息を吐いた。見たくなかった空だ。結局、戻ってきたのだ。「さて、これからどうするか…」考え込むように顎を擦る。少しずつ、空には赤みが差す。夜時間が近づきつつあるのだ。自衛隊も、いつまでもぼんやりとはしているまい。 27
もうひとつ気掛かりなのが『5474N』だ。元からあまり強い攻勢ではなかったが、水も冷気も、途中から明らかに等閑になっていた。自分を見限ったか、或いは…向こうに何かあったか、だ。敵を素直に認められる者が、こんなところで侮りを見せるとは考えにくい。何かがあったのだ。 28
「ならいっそ、こっちから探して攻め立てるか…」タイムリープは結論した。ツクバをどうにかできれば、自衛隊も攻撃を取り止めるかもしれない。顔を上げ歩き出す。遠くいくつかの場所で黒が音を立て、柱を作っているのが見えた。先の電撃攻撃から逃げ果せた黒が、地表に居場所を求めたのだろう。 29
弱者たちはより一層死んでゆく。「…こっちも生きるのに必死でね。悪く思うなよ」タイムリープは帽子を目深に被り、歩き出した。彼の歩みを、黒い機械の犬が見つめていた。 30
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「機械は出て行け!」「この子は人間です」「あの黒いのに感染してるかも知れねえだろ!」「そうだったら、ここの全員がヤバイんだ」「なら検査をしてください」「その間におかしくなったらどうする」「そんな」「いいから出て行け、俺たちに近づくな!」「…行こう、ココイ」 31
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「おいしい…本物の牛肉ってはじめて」「旧時代の缶詰が完全な状態で残っていたとはな」「ふっふー。僕を褒めてもいいんだぜ、相棒」「ココイやナナミは食べない?おいしいよ」「そうか…では頂こうか」「僕は味覚センサーをオミットしちゃってるからなー」「ほう、それは何故」「昔の相棒だよ」 32
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「この避難所に、これ以上の余裕はねえ。その子の面倒は見られねえよ」「いえ、突然押し掛けて済みません」「…なあ、ロボットさんよ。何でお前らは突然オレたちを裏切った。何で突然こんなことを始めた。何故オレの女房を…」「…」「いや、いい。引き止めて悪かった。さっさと消えてくれ」 33
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「これは…リボン?」「ナナミ、前にペンキが剥げちゃったとか言ってたからさ」「いいないいなー!僕にはないのー?」「あるからじっとして!結べないでしょ」「やった!ありがとー!」「全く。はしゃぎ過ぎだ、ココイ」「ナナミくんこそ、表情ディスプレイがヘンになってるよ?」「う、まあ…」 34
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『鎖国』以前、都市の光に星は敗北を喫し、都会の人々は空に黒のみを見出していたと言う。だがツクバの天蓋に描かれたLEDの星空は、都市にあっても尚、満天に輝く。ノイズの走る星天を努めて見ないように、ココイは歩く。かつて自分の相棒たちが次々とストレージに浮かんでは、通り過ぎて往く。 35
28-10537。最初の相棒は、よく夜に人工の星を見上げていた。彼が昔に護衛していた人間は、『鎖国』以前は天文学者だったと言う。ニッポンの多層窮極構造超絶巨大無敵地下最強都市の建造に当たり、地の天蓋に星空を描いたとか言っていた。その人間のお陰で、人々は星を忘れないのだと。 36
28-10537は、マルファクターとの戦斗で自分を庇い死んだ。その次は28-10849。味覚センサーをわざわざ強化し、食事を頻繁に行っていた。彼はWi-Fiテロリストの鎮圧中、破壊された。その次は28-10665。彼も死んだ。28-10423も死んだ。28-10505も死んだ。28-10791も。28-10685も。みんな、死んだ。 37
機械に、感傷に浸るような『心』は存在しない。全ては電気の流れによる0と1の移り変わりだ。0と1が擬似的な感情をコンピュータ上に描き、表現させている。それだけの事に過ぎない。…だが、人間もまた、電気によって動く。電気によって思考する。ならば人間とロボットの違いとは…何なのだろう? 38
「やあ、ココイ」投げ掛けられた音声情報が01の電気刺激となり、ココイの01思考を遮った。そこにいたのは今の相棒、28-10773…ナナミだ。「もう交代の時間だったか」「何何?時間を忘れるなんて、鋼鉄ナナミらしくないじゃん」「君のボディもスチール製だぞ」ナナミは、呆れたように言った。 39
ココイは胸を叩いた。「交代時間は合ってるよ。後は僕に任せて、君は休みなよ」「ああ、そうさせて貰おう…」ナナミは頷き、しかし動かない。「どうしたの?」「いや」彼はノイズの走る星空を見上げていた。「美しいと思ってな」「美しい…?」「言いたいことはわかる」ナナミは首を振る。 40
「美とは、最終的にはそれを見る者の『心』によって決定される。他と比較し数値を付けることは機械にも出来るが、そのような紋切り型を…『誰にでも作れる』ものを、表現者は真の美と呼びはすまい」「…」「だがココイ。我々は、自分の意思で『思考』をすることができるんだ。… 41
…アルゴリズムに定められた複雑極まる条件分岐。積み上げられた経験、他との『比較』によって最良を望み、選ぶことができる。最良の為に時としてアルゴリズムの再構築すら行い、常に選び続けるその『思考』…それは最早『心』と呼ぶに値するのではないだろうか」ナナミは言葉を切った。 42
それは違う。ココイは答えようとし、しかし口にすることはできなかった。否定するのは最良ではない…。何故か、そう思ったのだ。「ココイ。我々はあの少女と出会い、常に最良を求め続けてきた。彼女を守り、導き、安全に憩える場所を探してきた。そこに君と齟齬はないと信じている」「うん」 43
「だが…だが」「…」「我々の行いは、本当に最良だったのだろうか?我々は彼女の『心』に寄り添うことが出来ていたのだろうか。彼女が涙を流す時、我々はそうではなかった。彼女が笑う時、我々はそうではなかった」ナナミは遠くを見つめる。赤い光が蠢動し、何かの陰へと消えて行った。 44
「考える度、ストレージにキャッシュが溜まってゆく。どれだけ削除を実行しようと、またすぐに積もる。思考が混乱し、私は自分のことがわからなくなる。その全てを洗い流してしまいたくなる。『泣きたい』んだ、私は。彼女のように、涙で全てを押し流してしまいたいんだ」「…」 45
「だが、できない。私に涙を流す機能は搭載されていない。何故、私は泣けるように作られなかったのか。塞ぎ込み、泣き、笑い、私にできないことをあの子がする度、私の中に黒いものが渦を巻く。あの子が憎い。妬ましい。何故あの子だけが…そう、思ってしまうんだ」「…ねえ、ナナミ」 46
「君に頼みがある」ココイの言葉を遮るナナミ。彼の腕でリボンが揺れた。「気付いているだろうが、私は既に、バグに『感染』している。私が殺人機械に堕そうとした時、君に私を破壊してほしい」「ナナミ。そんなことしなくても、腕のいいエンジニアに診て貰えばどうにか…」 47
「私は人間の敵になりたくない!」ココイを無理矢理押し止めるように、ナナミは叫んだ。彼の声は震えていた。「あの子を…守りたいんだ」「ナナミ…」ココイは拳を握り込んだ。疲労した金属が軋む。カメラの焦点がふらつく。ココイのストレージを、再びかつての相棒が去来した。 48
彼らの望みは、人間の友であり続けることだった。それは自分にも共通であり、当然…ナナミもそうなのだ。しばらくの後、ココイはゆっくりと頷いた。「…わかった。任せてくれ、相棒」「ありがとう」ナナミは安堵したように言った。「無線をONにしておいてくれ。危険な状態になったら連絡する」 49
「OK。それまでしっかりあの子のお守りを頼むよ」「任せてくれ、相棒」二人は数度拳を打ち合った後、別れた。ナナミは眠る少女を守りに戻り、ココイはこの場で立哨する。…だが、ココイの体には力が入らなかった。まるで人間がひどく落ち込んだ時のように。「泣きたいのはこっちだよ、畜生…」 50
ココイは座り込み、天を仰いだ。LEDの星空にノイズが走り、ツクバの闇に濃い影を落とす。ノイズが満ちゆく月を削り取った。嘲笑うような月の姿はしかし一瞬で消え、再び柔らかな光を投げる。地表の地獄とは無関係を装うように。どこか遠くで機械が叫び、絹を裂くような悲鳴が、月の光に消えた。 51
(つづく)
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