【アット・ザ・プレイス・ウェア・ゴッド・ワズ・ボーン】 #2

「うおッ…」万物を灼き尽くす火の塊のような瞳に、九龍は思わず息を呑んだ。その凄絶。培養槽の中でさえ纏う気迫。これは…本当に自分と同じ、クローンレイブンなのか?「あーあ、辿り着いちまったか」背後から、喜色の滲んだ声が投げ掛けられる。金属の中に篭った声は、鎖探偵社・柏 満。 1



「あー、ちょっと」九龍は制止した。「俺は何も見てない。聞いてない。OK?」「NO!」満は踏み込み、九龍の喉にクレイモアを突き付けた。後退る九龍に更に踏み出し、培養槽まで追い詰める。「そも私の仕事は近づくヤツの排除。見た見てないはどうでもいいんだよ」「少しだけ融通効かせてみない?」 2



「黙りな」満は切先を喉元から口の中へと動かした。「ベラベラと。情報を引き出そうとしているな」黙り込んだ九龍を見、満は兜の下で目を細めた。「図星か。いいか、オマエに許される声は絶望の悲鳴と、命乞いの哀願だけだ」「…」「私はな、オマエみたいな顔のいい男をいじめるのが大好きなんだ」 3



青ざめる九龍。満はもはや、その笑いを隠そうともしていなかった。九龍の歯が震え、刃をカチカチと噛んだ。「しかしオマエ虫歯が多いなあ!何だその数!私が抜いてやろうか、麻酔ナシで!」「ウゥ…!」「心配するな!私の実家は内科医だ。無免許のな!」「いいぃ…!」「いいぞぉ、もっと泣け!」 4



満が九龍の歯に刃を食い込ませようとした、その瞬間であった。入口の観音開きが内側に弾け飛び、その粉塵を掻き分けて輝く靄が溢れだしたではないか!否、それは靄ではない。羽音がする。複眼がある。口吻がある。肢がある。それは蝿…ルミナスバグのNEWO«ネオ»であった!「…チッ!」満が離れる! 5



「「「AAAAGH!」」」次いで、プレートアーマーの隙間から蝿を漏らす者共が走り来る。鎖探偵社の探偵ドローン!「クソ、やっぱ何人か連れてくるべきだったか…」踏み込みと共に放たれたクレイモア斬撃が旋風を巻き起こした。「「「AAAAGH!」」」吹き飛ばされ、切り刻まれる鋼と蝿の群れ! 6



「「「AAAAGH!」」」それを踏み越え、なお来たる蝿とドローン!斬り伏せて押し返す旋風!さながらアステロイドベルトに無防備突入し、小惑星に衝突崩壊する無謀宇宙探査機が如し!「いえええいッ!」「AAAAGH!」「いえええいッ!」「AAAAGH!」何たる悪夢的賽の河原じみて積み上がる死体の山! 7



BRATATATATA!旋風をこじ開けるように、弾丸がねじ込まれた!「いえええいッ!」満はさらなる旋風で迎撃に掛かる。しかし積み重なった死体の山が消波堤じみて風を和らげ、全てを撃墜するには至らず!「チイーッ!」すんでの所でブリッジ回避。弾丸は広間の闇に消え、やがて輝く蝿が生まれる。 8



「邪魔するぜ、ッと」生まれた隙に、モノアイの人型ロボットが死体の山を踏み越えてエントリー、挨拶代わりにガトリングを撒き散らす!「いえええいッ!」満は自らを狙う弾丸をブリッジ体勢からのバク転で回避。着地と同時に連続側転を打ち、モノアイロボット…ルミナスバグを襲った! 9



「いえええいッ!」「せいッ!」致命的な斬り下ろしをスウェーで躱しながら、蹴りで反撃するルミナスバグ。だがそこに満の姿はなし!彼女は斬り下ろしの勢い前方回転小跳躍、浴びせ蹴りを繰り出していた。「いえええいッ!」「がッ…」辛うじて防ぐも、上からの衝撃にルミナスバグは思わず跪く。 10



満は蹴りを落とした体勢のままクレイモアを掴んだ。「死ね!」しかしその瞬間、「AAAAGH!」新たに入り込んだドローンが阻止する!「ちッ」連続バク転でそれを躱し、距離を取る…否、彼女の向かう先はクローンレイブン培養槽!満は、そこに向かいつつある蝿の群れを見逃していなかった! 11



連続バク転からフリップジャンプ跳躍。体を捻りながら斬撃旋風を撒き散らす。「いえええいッ!」「ぶぶぶぶぶぶぶ」振り払われ、落ちてゆく蝿の群れ。満は体を丸め、力を溜めながら着地。再びルミナスバグに跳び掛らんとす。だがその瞬間!KABOOM!地雷めいて床が爆発!「があッ!?」吹き飛ぶ満! 12



「何事…」「俺だ!」九龍がミステリアス・シンボルを象った手を掲げた。パラパラと舞い落ちる木片には九龍の、魔法使いの重い血が塗られていた。「さっきはよくもやってくれやがったな!」「野郎…!」満が兜の下で唸った。「やっぱりオマエから殺すッ!」「隙アリだ」ルミナスバグ! 13



BRATATATA!放たれた弾丸がクローンレイブン培養槽…それを支える機械を貫いた。「しまッ…」「はッ!」狼狽した満に九龍はタックルし、組み伏せる!「がッ」「はッ!」九龍は鋭く尖った木片に、自らの血で五芒星を描いた。金属杭じみた鋭さを得たそれを、プレートアーマーの隙間に振り下ろす! 14



「いえええいッ!」すんでの所で、満は致命の一撃を受け止める!「ぬうううッ…!」歯を剥いて唸る両者。「おお、コワ」ルミナスバグが茶化すように肩を竦めた。「目的も果たしたし、俺は退散しますかね」「あッ、てめ…」「いえええいッ!」九龍の気が逸れた瞬間、満が彼を殴った!「ぐあ…」 15



仰け反る九龍を押し倒し、満がマウントを取った。木片刃を奪い、九龍に振り下ろす!九龍は受け止めるが、フィジカルの差。ジリジリと刃が喉元に迫る。「クソが。ザコの分際で」見下ろすクローンレイブンの培養槽には、蝿が溢れていた。彼は虚ろな目で『南無阿弥陀仏』と呟いたようだった。 16



「グワーッ!」その瞬間!ルミナスバグが吹き飛び、満を巻き込みながらクローンレイブン暗黒蝿充満不快培養槽に突っ込んだ!KRAAAASH!「ぶぶぶぶぶぶぶ」溢れ出す蝿!「アアアアーッ!アバババババーッ!」満が蝿に体内から臓腑を食い破られ苦しむ!おお、殺伐!一体何が起こったのか……!? 17



生命を切り裂き、その血で万物を紅蓮に染め上げんが如き冷気が流れ込む。それを纏いしは一人の長髪の女。髪からきらめく塵を落としながら、鬼神の如き強き歩みで部屋にエントリーする。「道案内ご苦労様でした、両探偵社様」九龍は起き上がり、目を瞬かせた。「篠田…!来てくれたのか!」 18



ルミナスバグが蝿の群れから転がり出た。「姿が見えないと思ったら、どこほっつき歩いてたンだか」「少しばかり、虐殺を」明日香は手に持った丸い物を掲げた。それは、凍り付いた生首であった。眼窩や鼻孔からは凍った蝿が見えている。ルミナスバグのドローンだ。「これも仕事ですので」 19



「開き直りやがった」ルミナスバグは呆れた。「これだから人間は」「機械。人間。そのような区別に意味はありません。ただ知性があり、探偵で、粛清に値う。それだけです」明日香は首を捨てると、無慈悲な格闘を構えた。「粛清致します」「粛清粛清ッつーけど、本当にそれが何かわかってるのか?」 20



「ふッ!」明日香は決断的な疾走から貫手を見舞った!「聞く耳なしかよッ」ルミナスバグはそれを捌くと、明日香の脇腹にガトリングを押し当てた。「死ね!」しかしガトリングは回らず。明日香が逆の手でガトリングを掴み、凍り付かせていたのだ!「ふッ!」「グワーッ!」腕部ガトリング無惨粉砕! 21



「「AAAAGH!」」最終プレートアーマードローン、柏 満とぬらついた液体に体を光らせた黒赤の髪の青年、クローンレイブンドローンが明日香を襲った!「せいッ!」ルミナスバグが水面蹴りを繰り出し、明日香の足を刈る!「死ね!監査官代理!死ね!」「「AAAAGH!」」致命の鉤爪が振り下ろされる! 22



明日香は逸らされたままの腕をルミナスバグの肩に置いた。「ふッ!」そこを支点にした倒立状態キックで満とクローンレイブンの胸を貫く。悲鳴を上げる間もなく完全絶命したそれらは、次の瞬間には凍っていた。明日香はそのまま前方回転。ルミナスバグに凍結死体ハンマーを叩き付ける!「ゴうッ!」 23



KRAAAASH!砕け散る赤い氷片の隙間から、明日香はストンプを落とした。ルミナスバグは転がり、辛うじて躱す。「ヌウ…」モノアイを苛立たし気に瞬かせ、体勢を立て直した。彼女の格闘は本物だ。生半な揺さぶりにも動じない。紛れもない強敵。今まで出会った敵の中で、一番手ごわい相手だろう。 24



今のままでは勝てない。ラリエーへの接続が必要だ。だが、このような深いダンジョンでは…。次々と繰り出される攻撃を的確に捌く。反撃を考えねば、躱せぬではない。この膠着の中で脱出の術を…。((いや…コレは!))ルミナスバグは驚愕した。自分の動きにまた、敵も正確に応じている。 25



つまり、こちらの動きがコントロールされているに外ならない。ならばその行く末は一つ、致命的な打撃である!((ヤベエ…逃れねえと!))だが明日香の攻勢はそれを許さない!ルミナスバグの防御は固められ、縫い留められ…「ふッ!」弾かれる!「がぼあッ」吹き飛ぶルミナスバグに明日香は追撃する! 26



「ちょっと待」「ふッ!」「グワーッ!待てって」「ふッ!」「グワーッ!話を」「ふッ!」「グワーッ!後ろを見」「ふッ!」「グワーッ!交渉」「ふッ!」「グワーッ!マジで話」「ふッ!」「グワーッ!」「ふッ!」「グワーッ!頭おか」「ふッ!」「グワーッ!何なんだよコイツ!」「ふッ!」 27



「ああくそッ!」ルミナスバグは連続側転で無理矢理に逃れた。弧を描き明日香の後ろに回り込んだ彼に振り向きながらのチョップを放ち…それは、火花を上げるルミナスバグの首元で止まった。「だから待てッつったろ」ルミナスバグは溜息を吐いた。彼の背後、倒れた九龍を、蝿の群れが覆っていた。 28



「コイツは無事だ、監査官代理。今の所はな。この先どうなるかはアンタ次第だが」ルミナスバグは言った。明日香は目を細め、無言で続きを促した。「このクローンレイブンを助けたいなら、俺をこのまま逃がしてくれ。目的は達したんだ、もういる意味もない」「…いいでしょう」明日香は頷いた。 29



「英断に感謝するよ」ルミナスバグは手を上げ、じりじりと後退を始めた。その視線は、一時たりとも互いに外れることはない。そこには未だ、隠されようともしない警戒と敵意があった。ルミナスバグは扉を潜った。九龍を覆う蝿の群れが離れ、彼に追従した。輝く色彩もまた、やがて扉から闇に消えた。 30



「ふッ!」明日香は跳躍!即時追撃を始め……ようとする。その足を倒れたままの九龍が掴み、明日香は顔面から床に叩きつけられた。「わぎゃッ!?」「お前…お前なあ…」ゆっくりと起き上がる二人。胡乱な視線を交わし、九龍は肩を落とした。「粛清チャンスはまたあるだろうけど、今じゃないだろ」 31



「早い方がいいでしょう」「早すぎるだろ」「他にどんな探偵社がいるかとかも知りたかったので」「拷問でもする気だったのか?」「ええ、まあ」「…」九龍は顔を覆った。明日香は立ち上がって首を鳴らすと、九龍に手を差し伸べる。九龍はそれを掴み、立ち上がった。「まあ、いいさ」 32



「よくないです」「収穫が3つもあった。それで十分だろ」「ほう」明日香は目を細めた。「鎖探偵社の粛清ならカウントしませんよ」「なら、3つのままだ」明日香は九龍を促すように、身を僅かに乗り出した。九龍は頷いた。「まず1つ、探偵社が抗争状態にある。2つ、その中心はクローンレイブンだ」 33



「そうでしょうね」明日香は顎を擦り、培養層であったものに目を向ける。「それも、この有様ですが」「ああ。だが、戦局は変わらないだろうな」「その理由は」「少なくとも、ここにあったのは目くらましに置かれたものだからだ」九龍は断定した。明日香は、無言のまま続きを促す。 34



「鎖探偵社の本来の仕事は、この部屋に近づくものの排除だった。けど、社長のあいつはそれにかこつけて自分の欲求を満たすことを優先させてた」「それくらい、殆どの人間がやることでは」「うーん…なんて言うかさ」九龍は腕を組んだ。「さっき、ふと朝子のことを思い出したんだよ。… 35



…あいつもクローンレイブンを狙ってはいたけど、そういう遊びが介在する余地、というか余裕がなかったように感じたんだ。クローンレイブンがそういうものだとしたら、そんな遊びを持った連中に大事なものの護衛なんて任せるか?」「私なら、しませんね」「だろ」「成程」明日香もまた、腕を組む。 36



「ならば本命のクローンレイブンか、準ずる何かがある筈。それを探すのが手っ取り早いですか」「道すがら粛清しながら、か?」「勿論」力強く頷く明日香を見、九龍は肩を竦めた。「戦力としては期待するなよ。俺が立てる戦場じゃないわ、ここ」「自分をわかっているなら資格ありです」「手厳しい」 37



軽口を終えると、二人は警戒しながら本堂を後にした。捻じくれた廊下は上下左右、あらゆる方向に枝分かれする。どこか遠くで戦斗の音が聞こえた。二人は顔を合わせ頷くと、そちらに向かって歩き始めた。…それを追跡する者あり。左腕ガトリング無惨破壊された人型ロボットは、ルミナスバグである。 38



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闇の中に、蛇めいた腕がうねる。それは迷宮の隙間を埋め尽くす奈落そのものであり、落ちたものを喰らわんとする渇望の食指である。だが、時として。彼にも喰らえぬものがある。彼らを上回る強度を持つ、強烈極まるエゴ。 39



闇の中に鎮座し、奈落の愛撫を受ける者あり。人ならざる妖気を纏いし彼は、まるでこここそが魂の在処だとばかりに大きく息を吸い、吐く。その度に彼は逆に奈落を喰らい、己が空隙を満たしていった。彼もまた、クローンレイブンであった……。 40






(つづく)

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