【アット・ザ・プレイス・ウェア・ゴッド・ワズ・ボーン】 #1

白無垢探偵社、土師 水琴は遮蔽より身を躍らせた。板張りの廊下を抉る弾幕を切り伏せながら、悪逆無比なる鱗探偵社に襲い掛かる。「なマ!」「にッ」「あぶ…」あらぬ方向に銃を乱射しながら絶命する探偵たち。「怯むなッ!我々が活路を拓くッ!」部下を鼓舞すると、再び疾走を始める。 1



「きえええッ!」横道より突如として襲来!「ジャッ!」水琴は腋に構えた刀を振り上げる。しかし襲撃者はその切っ先を、手足で挟むように乗っていた!襲撃者の姿を見た瞬間、水琴は驚愕した。水底探偵社所属1等探偵、雅子!「ケキャーッ!」「ぐ…」刀上で放たれた水面蹴りが水琴の顔面にめり込む! 2



転がる水琴。雅子は既に回転跳躍、踵落とし介錯の構えである!「死死死死死ーッ!」しかしその瞬間、紅い稲妻が迸り、雅子をインタラプトした。「ぎいッ…」「せいッ!」怯んだ雅子に襲い掛かるは白無垢探偵社社長、香田 文宏。「グワーッ!」真紅の電撃纏いし拳が雅子を壁に叩き付ける! 3



「水琴ッ!」油断ない残心と共に、文宏は叫んだ。「ああ、子細問題ない」水琴は脱臼した鼻を嵌めると、刀を霞に構える。「ケケーッ!」叩き付けられた姿勢のまま雅子は跳んだ。広げた手足がしなり、真空の刃を生み出しながら文宏を抱かんとす!文宏は恐れることなく極殺旋風陣に突進! 4



「せいッ!」雅子より早く文宏は接敵。拳を彼女の胸に当て、より強い電撃を心臓に流し込む!「あぎゃッパ!」極殺AEDじみた電撃が雅子の心臓を止めた。瞬間、水琴が飛び掛かり、3度の突きで雅子の首を断った。文宏は雅子の体を蹴り飛ばす。雷がオーバーロードし、雅子は爆発四散した。 5



「ありがとう、文宏」残心を解かぬまま水琴は言った。「私一人では危なかったかも知れん」「いちいち礼を言うな。ここは戦場だ」「そうだったな」微かに笑う水琴。彼らの左手薬指で、揃いの指輪がきらりと光った。「行くぞ。先はまだ長い!」走り出す文宏。彼に続き、水琴はじめ白無垢も疾走する。 6



眼前に伸びる廊下は捻じれ、重力すら無視するかの如くにあらゆる方向に枝分かれする。穢れたWi-Fiを含んだ風が、蝋燭の火を揺らす。障子戸の向こうに広がる暗黒に投げられた影が、手招きしているようだった。メイズ・オブ・イセ・シュライン。ここに起こる探偵戦争で、ニッポンの未来が決まる! 7






探偵粛清アスカ

【アット・ザ・プレイス・ウェア・ゴッド・ワズ・ボーン】 #1






神を祀る社、神社。超常の業が飛び交う今日のニッポンに於いて神は最早、人類の冠する称号の一つに過ぎないと考える者が多い。かつて神と呼ばれた神秘は、果たしてそれをどう見るか?問を掛けても答えはない。彼らはみな荒ぶり、その心を測ろうとした者を鏖殺するからだ。 8



『鎖国』よりニッポンに蔓延る人喰いWi-Fi怪物マルファクター。彼らの中には過去に語られた怪物や神の名を持つ者も多く、自分たちが語られた場所へと帰らんとする。そして畏敬の絶無に絶望し、憤り、荒ぶる神へと身を堕とすのだ。そうして神域は、彼らの心を写すようなダンジョンへと変わり果てる。 9



しかし、或いはだからこそ。人々は冒険に惹かれ、ダンジョンに集って攻略を試みる。心の迷宮に存在するものには途方もない工業的価値があり、企業に売ろうとならず者が集まる。彼らの為に施設が生まれ、ハック&スラッシュの拠点となる。かつてのイセ・シティは、そうして経済の輪を保っていた。 10



そう、過去形だ。旧イセ神宮ことメイズ・オブ・イセ・シュライン…MoISは、しゃぶり尽くされて久しい。ここは既に枯れた遺跡であり、誰も近寄ろうなどという者はいない。故にこそ、それは明日香らの目を嫌でも引いた。鱗。錆。白無垢。土蜘蛛。水底。5つもの粛清対象探偵社がこの地に集うなどと。 11



バイクのタイヤがアスファルトを鋭く噛んで止まる。一組の男女がゴーグルを上げ、鳥居の先に鎮座する木造建築物を睨んだ。「あれがイセ神宮…」九龍が金色の瞳を丸く輝かせる。「神社なんて初めてだ」「今時はトレジャーハンターくらいしかそんなところ行かないしね」明日香がバイクから降りる。 12



九龍も明日香に続き、バイクから降りた。「何だって、そんなところに探偵社…それも粛清対象ばかりが5社も入るんだ?」「さあ。見当も付かないよ」明日香はライダースジャケットを脱ぐと、その懐からガスマスクめいた面を取り出し、嵌めた。「だから、これから付けに行くのです」九龍は頷いた。 13



境内へと歩み出す二人。林立する木々は、何らのバイオニック処理も受けていない。しかして、それこそは魔の領域の証明だ。吹き抜ける風は、廃液と赤土と吐瀉物をコンクリートミキサーで混ぜたかのような、不快な臭いを含んでいた。直に雨が降るだろう。明日香の懐で、Wi-Fi検知器が赤く光る。 14



パターン赤。有害Wi-Fiが直近に存在する。「九龍殿」明日香は何某かのハンドサインを出した。九龍は、何も言わずに彼女と背中を合わせ、臨戦態勢を取った。打ち揮われた撥水コートの裾から、白抜きで五芒星が染められた黒いハンカチが零れ落ちる。ハンカチは折りたたまれ、鴉となって羽撃いた。 15



彼らを取り囲むように、周囲の土が盛り上がって割れ、その中から手が現れた。手は地面に突かれ、その下から青黒い、人間超絶腐乱死体じみた体を引きずり出す。九龍は携帯端末を流し見、受信しているWi-Fiを確認した。『ヨモツイクサ』。人食いWi-Fi怪物、マルファクターが一種だ。「いきなりか」 16



「それ以上に、何故このような怪物蔓延る場所に探偵が?」明日香は目を細め、しかしすぐに振り払った。《ヨモツイクサ》は槍を抜き、石突を地に突き鳴らす。その度に柔き土は抉れ、黒い煙を巻き上げる。闇は益々濃く、そこは黄泉へと下る路のようであった。槍の音が止まった。 17



「「「ゲーッ!」」」鴉の群れが闇を裂き《ヨモツイクサ》たちを襲った!「AAAAGH!」裂帛と共に《ヨモツイクサ》は槍で弾く。「ふッ!」彼らの懐に明日香は飛び込み、決断的な格闘で次々と薙ぎ倒す!「「「AAAAGH!」」」九龍も遅れ、群れに切り込む。《ヨモツイクサ》は迎撃態勢を整えていた! 18



「AAAAGH!」振り下ろされる槍をウィービングで躱し、勢い後ろ回し蹴りを放つ。「AAAAGH!」吹き飛ぶ《ヨモツイクサ》を尻目に九龍は反動跳躍。群れを見下ろす高みよりハンカチを撒いた。ハンカチは槍となって降り注ぎ、《ヨモツイクサ》の群れを射抜く!「「「AAAAGH!」」」 19



《ヨモツイクサ》が斃れ、薄い場所に九龍は着地した。「全く、何て数だ」一瞬、上から見た限り、その手勢は軽く100を超える。MoIS突入後、5もの探偵社との戦斗が控えているのだ。ここで無駄な消耗をする訳にはいかない。となれば。「明日香!逃げよう!」「賛成ッ!」明日香も声を上げた。 20



「はッ!」九龍は謎めいたミステリアス・シンボルを手で形作る。その瞬間、「AAAAGH!」《ヨモツイクサ》の一体が爆発!それを皮切りに、次々と爆発が起こる。彼らに突き刺さり、或いは弾かれたハンカチが爆発しているのだ!「よし、血路が拓けた!」九龍が叫んだ。「走れッ!長くは保たないぞ!」 21



屍じみた者どもの狭間を風めいて駆ける明日香と九龍。槍が伸びて串と刺さんとするが、彼らを捉えることはできない。「篠田、どうする!?」「無論、MoISに突入します」明日香は、眼前に口を開く木造建築物を真っ直ぐに見据えた。「帰りの事は帰りに考えましょう」「鉄砲玉かよアンタ」 22



同時に跳躍し、槍衾から逃れながら建造物へと飛び込む。闇が明日香らを包み、姿を黒に染めた。次いで浮遊感…否、落下感が彼らを襲う。闇の中に、彼らは落ちているのだ!「うわ、お、落ーッ!?」九龍の叫びは響きもせず、広大無辺な闇の中に消える。「うるさいです」明日香はピシャリと窘めた。 23



「ダンジョンアタックにこれくらいのアクシデントは付き物ですよ」「生まれて1年でダンジョンアタック経験なんかあるかッ!」「惰弱な」明日香は呆れた。しかし、既に落下時間は20秒を上回っている。1km以上を落ちている計算であり、九龍の反応こそ当然であることを断っておこう。 24



次の瞬間、抱え込むように、何かが九龍を掴んだ。「ばああッ!?」「だからうるさい」彼のすぐ近くで、明日香が迷惑そうに唸った。「えっあっ、篠田?」「その調子では着地も怪しそうですから」「…助かる」九龍は恥じらいながら頷いた。下方、闇が晴れ、板張りの通路と……血溜まりが見える! 25



「ふッ!」そこを横切る人間目掛け、明日香は踵を振り下ろした。「めッ」狙われた人間は、情けない断末魔と共に潰れて弾け飛ぶ。それを貫き、明日香の踵は木製の廊下に突き刺さった。柱に掛かった蝋燭の火が揺れ、障子戸の向こうに広がる暗黒が嗤った。「何だ、お前は…?」投げ掛けられる声。 26



明日香は九龍を放り投げると、声のあるじを見た。二対のアンテナを生やした、モノアイの人型ロボットがスーツに身を押し込めている。その左腕はガトリングに換装され、熱く硝煙を吐き出していた。廊下に刻まれた弾痕はそれによるものか。「乱入してくるとはとんでもないヤツだ」逆側より、別の声。 27



プレートアーマーに身を包んだ女がクレイモアを担いでいる。この閉所で地形に傷を付けず長物を振り回すは、紛れもなく達人。プレートアーマーとロボット。類似格好の者共が混在する。彼らは斗争の最中にあったのだろう。しかし突然の闖入者に、不可思議な合意が芽生えているようだった。 28



声を上げた、代表者と思しき者共が名刺を構えた。「お、おい、篠田」不安げな九龍を尻目に、明日香は二枚の名刺を取り出す。半身から左右に名刺を投げ、同様に投げられたものを受け取った。ロボット、錆探偵社・ルミナスバグ。プレートアーマー、鎖探偵社・柏 満。「…」明日香は目を細めた。 29



鎖探偵社は粛清対象ではない。だが、この場におり…そして名刺を交わした今も、射殺すような視線を向けている。「柏殿」名刺をしまう前に明日香は訊ねた。「監査官に仇成す、その意味はおわかりですね」「勿論」満は頷いた。「その鼻ッ柱をへし折る権利を得られるッてことだ」「承知しました」 30



明日香は名刺をしまった。九龍が慌てたように手をかざした。「おい、ちょっと」「両社、粛清致します」「しゃあッ!」明日香の宣言と共にルミナスバグのガトリングが回転した!BRATATATATA!明日香と九龍は散開。壁、天井、壁。螺旋を描きながらそれぞれ鎖と錆の陣地へと潜り込む。弾丸が跳ねる。 31



「ふッ!」「ぐッ」明日香は手近なロボット探偵を殴り付けると、彼を盾に跳弾を防ぐ。「あばばばばッ」装甲を貫かれ悲鳴を上げる探偵。しかしその弾痕より流れ出るはオイルではなく、輝く翅もつ蝿であった!「何…」「イヤーッ!」僅かな狼狽を見せた明日香に、跳弾を防いだ別の探偵が襲い掛かる。 32



「ふッ!」バックキックで襲撃探偵を葬り去ると、迫り来る満に向け盾探偵を蹴り飛ばした。「いえええいッ!」クレイモアの一振りで盾探偵は唐竹に割られ、左右に別れて倒れる。しかし満はそこに突進はしない。見よ。倒れた探偵、その断面が悍ましく蠢き、輝く翅もつ蝿が溢れ出したではないか! 33



「ぶぶぶぶぶぶ」溢れ出る輝きの蝿が霞となり、カーテンとなる。「ちッ」明日香は舌をひとつ打つと、拳を床に叩き付けた。氷の壁が立ち上がり、蝿の侵攻を阻む。だが、次いで打たれた弾丸が氷壁を砕いた!「無駄無駄無駄無駄ァ!」ルミナスバグが叫ぶ。後方の探偵たちは退避を始めていた。 34



((蝿との接触はマズいか))明日香は退避するアーマー探偵の一人に追いつき、頭を掴んで障子戸に投げた。「あぎゃ!」紙と木をバラ撒きながら、彼は奈落へと落ちてゆく。「ひ、あ、がばばァ」奈落より伸びた腕が彼を掴み、闇へと分解する。「成程」明日香は頷き跳躍。次々と探偵たちを暗黒に投げた。 35



「へあああ!?」「あッばッぎゃああ!?」「ふッ!」明日香は奈落に分解されてゆく探偵たち目掛け、暗黒に身を躍らせた。彼らを足場に奈落を渡り、氷壁の向こう、別なる障子戸を蹴り破る!KRAAAASH!そこはルミナスバグの背後!「ちいーッ!」ルミナスバグは振り返り、ガトリングを構える! 36



「ふッ!」明日香は跳躍し、火線から逃れた。直後、放たれた弾丸が空を裂きその後方、プレートアーマー探偵たちの背中を貫く!「めごあッ!」絶命し、輝く蝿を飛び立たせる探偵。「…何?」ルミナスバグは、訝るようにモノアイを点滅させた。何故、敵の出現に反応もせず背中を見せていたのだ? 37



「ふッ!」瞬間、明日香の空中斬り下ろしチョップがルミナスバグを襲う。ルミナスバグはガトリングを掲げ、これを防ぐ。衝撃が抜け、廊下を作る板にヒビが走った。「今更だが、監査官の代理如きが何の用だ?」ルミナスバグは低く言った。「粛清なぞされる覚えはないがな」「決定ですので」 38



「仕事だからって虐殺を由とするかい」「それは探偵とて同じでしょう…?」明日香の言葉には静かな、しかし確かな憎しみが籠もっていた。「しゃあッ!」ルミナスバグは明日香を弾き飛ばした。「しゃあッ!」明日香の着地を狙い、ガトリングを撃つ。「ふッ!」明日香は氷の刃を投げ相殺! 39



二人の中間に、輝く蝿が生まれる。「ふッ!」着地と同時に、明日香は地面を這うまでに体を下げ疾走…だが!「AAAAGH!」背後から、体をグロテスクに輝かせた男が襲った!彼はプレートアーマーの残骸を纏い、その目や口、弾痕など体の穴から光る蝿を漏れさせている!「これは…」明日香は狼狽した。 40



「俺のNEWO≪ネオ≫だ。イカすだろ」ルミナスバグは笑った。「卵をブチ込んでやったら、神経系やらを乗っ取って繁殖するんだ。少しすると俺のかわいいドローンちゃんの完成ッてワケ」「ふッ!」「AAAAGH!」死神の鎌じみたメイアルーアジコンパッソがドローンの首を刈る。断面から蝿が飛び立つ。 41



「しかし、無限には続かないようで」明日香は、射撃を収めていたルミナスバグの左腕ガトリングを見た。「当然リロードは要るさ。それも終わったが」ルミナスバグはガトリングを構える。瞬間、明日香は側転回避。「ぶあ!」「ビュ」弾丸…卵が探偵を戮する悲鳴を背に三角跳び。ルミナスバグを襲う! 42



「ふッ!」「しゃあッ!」ルミナスバグは氷の刀の横薙ぎをブリッジで回避。「ふッ!」「しゃあッ!」勢い放たれた水面斬りをハンドスプリング跳躍で躱す!「ふッ!」さらに続くバックスピンキック!宙のルミナスバグは、これに抗う術を持たなかった!「がぶあッ!」オイルを吐きながら吹き飛ぶ! 43



明日香は巻き添え探偵変貌ドローンに備え、残心した。だが、彼らによる攻撃はない。訝る明日香。彼らの足音は遠ざかってゆく。「…しまったッ!」明日香は反転。視線の先では今の弾幕で殺害・ドローンに変わった探偵らが背を向け、何処かへと向かっていた。ルミナスバグの狙いはこれだったのだ! 44



…九龍は肩を押さえながら壁に背を預けた。「痛ッてぇ…」バスタードソードでざっくりと裂かれた肩から流れる血を見、九龍は溜息を吐いた。せめてこの血を織り込める布さえあれば。オリジナルたるサンゼンレイブンがするように、自らの血を織り込んだハンカチは、先ほど全て奈落に落とした。 45



頭を抱え、うずくまった。自分の格闘では鎖と錆、両探偵社を相手取ることはできない。先に斗った《ヨモツイクサ》のような木っ端マルファクター辺りが精々だろう。どうにか逃げ果せたが、明日香に渡されたWi-Fi検知器もどさくさで壊してしまった。危険を感知できない。「マジでどうしよう」 46



ただぼんやりしていては、いずれ追手が来るやも知れぬ。取り敢えずは動くべきだろうか。((追われてる確証もないけどな))九龍は立ち上がり、おっかなびっくり歩き出した。奈落へ通じる障子戸に手を突かぬよう、慎重に。柱に掛かった蝋燭の火が嘲笑うように揺れた。「うるせえなあ」九龍はぼやいた。 47



…。…。「ん?」首を傾げる。「何だ?俺を…呼ぶ声?」辺りを見回せど、あるのは闇を孕む障子戸と、昏い風に揺れる蝋燭のみ。捻じくれ、枝分かれをする廊下の先はわからない。だが、その先から……。九龍は意を決したように歩き始めた。 48



ぼう。ぼぼう。歩みを進める度、蝋燭がさざめく。九龍は知る。あれは嘲笑ではなく、何かを歓迎しているのだ。自分を?否。何故かはわからぬが、自分を歓迎しているのではない。そんな気がした。足を向ける先からは、風が吹いている。穢れを孕んだ風が。それは、段々と濃くなりつつある。 49



やがて九龍は一つの扉に辿り着いた。観音開きの奥から、声が聞こえていた。自分を呼ぶような声…。だがその前に立ち、わかった。呼ばれていたのは自分ではない。「何なんだ、この声…ア、ラ…いや、オ、ロ、チ…?わかんね、どっちだろ」九龍は首を振った。いずれにせよ、この奥に何かがある。 50



意を決し、扉に手を掛けた。重苦しい音を立てながら、扉が開く。中から重力素子を含んでいるかのように据え、倦んだ空気が流れ出してきた。「…」そこは広く、かつての栄華を偲ぶような、陰った荘厳さを湛えた空間であった。かつて本堂であった場所か。その中心に、何らかの機械が鎮座する。 51



光を血色に照り返す奇怪な黒髪の青年が眠る培養槽。併設された機械がガリガリと音を立てる。何らかの何かを呼ぶような音を。九龍はゆっくりと機械に近づく。その瞬間、培養槽に浮かぶ青年…クローンレイブンが、金色の瞳を剥いた。 52






鱗 ×風切羽 車裂き 錆 白無垢 土蜘蛛 天秤 ×滲み ×包帯 水底 ×鑢

鎖 歯車


残粛清対象:9






(つづく)

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