【フェイタル・コンバット】 #1
鉞探偵社社長・鬼島 為蔵は紫煙を燻らせながら、豪奢な部屋に横たわる者共を無感情に見下した。累々と折り重なる、虚ろな目をした女たち。彼が運営する裏風俗に堕ちた者の末路だ。攫って犯して薬に漬けて。出来上がった従順な性奴隷は、どんなプレイもご自由に。彼女らの大半は、10日ほどで壊れる。 1
何事かを呻きながら、壊れた女が躙り寄り、媚びるように為蔵に縋る。彼は何も言わずに、その頭を踏み付けにした。探偵が極道と癒着した結果、このような暗黒ビジネスに手を染めるのは、決して珍しいことではない。そして彼は、この仕事をするに忌避感などありはしなかった。天職というやつだ。 2
真泥流會(しんでるかい)と結託し、裏風俗を始めようと思ったのは何故だっただろう?理念は既に風化し、カネへの欲望と、弱者への侮蔑のみが為蔵の中に残っている。捨ててきたものを数えるには、あまりにも遠くに来すぎた。だが数えられたとして、それをする気にはならない。カネにならないからだ。 3
「ボス」部下が、下着姿の女を連れてきた。「新しいメスです」「ほう」目を細める為蔵。ぬばたまの黒髪の下にある体は引き締まり、鍛えられ、研ぎ澄まされている。戦士だ。「こりゃあいい。戦士のメスはしまりがいいからな」為蔵は笑い、歩み寄った。「どれ、顔は…」髪を掴み、強引に引き上げた。 4
顔の下半分をガスマスクじみた面で覆うその女は、隠れてなお滲み出る憤怒と憎悪を湛えていた。目は紅蓮の地獄を圧し固めた氷そのものであり、爛々と輝くそれは、覗き込むもの全てを呑み込まんまでに深い。「な…なんだこいつはッッッ!」「ふッ!」「ぎゃッ!」女を掴む為蔵の腕が凍り、砕けた。 5
部下の探偵たちが刀に手を掛けた。瞬間、女は風となって部屋を迸った。探偵たちは次々と、悲鳴をあげる間もなく首を刎ねられ絶命した。「な…何者だ貴様…!」為蔵は失くなった腕を押さえながら呻いた。女は乳房の谷間から名刺を取り出し、構えた。(株)ハイドアンドシーク監査官・グレンマキナー。 6
「ふッ!」「ぎッ…」グレンマキナーは名刺を投擲した。紙片は為蔵の胸に深々と突き刺さった。「本来なら互いに名刺を交わすのがマナーですが、貴殿のその腕では…」為蔵の片腕は砕け、残る腕も既に指先から壊死し始めていた。「ア…ア…」「マナー違反も、今回は目を瞑りましょう」 7
戦鬼は、その手に氷の短刀をいくつも生みながら決然と歩み寄る。「貴殿には二つの道があります。苦しみを無意味に長引かせて無惨に死ぬか、全てを話し、辞世の句と共に潔く散るかです」「な、何なんだ…俺が粛清され」「お黙りなさい」グレンマキナーは為蔵の顔を踏み付けにした。 8
「これは粛清と直截的な関係はありません。しかし極めて重要なことです」「俺は極道と繋がっている…!タダでは済まんぞ」「…」グレンマキナーは溜息をつくと、胸元から携帯端末を取り出し、為蔵に見せた。そこには、無惨に殺された鉞探偵社のケツモチ極道…真泥流会の写真があった。「そんな…」 9
「元々、彼らは我々ハイドアンドシークの尾を踏んでいました。潰すにはちょうどいい機会でした。まあそれも、今は本題ではありませんが」グレンマキナーは語気を強めた。「では、話して頂きましょう。貴社がここの女性に使用した麻薬のレシピ。そして…貴社と星空探偵社の関係を」 10
探偵粛清アスカ
【フェイタル・コンバット】 #1
ハママツ・シティ。かつてウナギの産地として名を馳せたが、今やニッポン有数の要塞都市、そして極令音楽都市として名高い。自然肥大化を始めた浜松城に呑まれた都市には、楽器博物館が内包されており、そこでは極道が多重債務者から作った生きた楽器の苦鳴が、昼夜を問わずユニゾンしている。 11
楽器人は極道お抱えの楽団によって演奏され、コンサートの入場料によって負債を返済する。完済すれば人間へと戻され解放されるが、一部の者は自らの音に魅了され、再び楽器になりに来るのだ。鬼島 為蔵の裏風俗を後にした明日香が初めに聞いたのは、それらの奏でる狂熱の音であった。 12
明日香は不快そうに眉を顰めながら、(株)ハイドアンドシーク・シズオカ支社をコールした。半刻の内に部隊が現れ、裏風俗から女性を回収し、社会復帰プログラムを組むだろう。為蔵から絞った麻薬のレシピが、その一助となる筈だ。しかしそれは、目的のついでに過ぎない。 13
ジャケットを羽織ると、奪取した帳簿へと目を落とす。紙データのそれをめくり、めくり…不満げに目を細めると、原 宏樹をコールした。『どうした』数度の呼び出し音の後、宏樹の声が明日香の頭に響いた。『星空探偵社に繋がる帳簿は見つかったのか』「うん。大当たり」 14
明日香はカメラを起動し、帳簿を映す。鉞探偵社から星空探偵社へ、数千万もの新円が流れている確たる証拠を。『なるほどな。カネが残った謎、於炉血を解き明かすピースとなるか』「そして星空探偵社」明日香は付け加えた。通信の向こうで、宏樹が僅かに揺らいだ。 15
…ナゴヤの斗争が終結した後、明日香と宏樹はディーサイドクロウと共に(株)ハイドアンドシーク・ナゴヤ支社を訪れ、多くのことを知った。世界の成り立ち。DOOMの意志。ニッポンとは。ルドラとは。「畢竟、粛清ってのはいずれ来たるより大きな、真の戦の準備期間だ」ディーサイドクロウは言った。 16
「特異点・神代 恵の出現まで、この国は存続しなきゃならん。真の戦…DOOMの意志から世界を解放する旅が始まるのは、その後だ」「世界を解放する、旅」「ハイドアンドシークは、その礎となる為にある。オマエたちはツイてないよ。自分の生が、自分じゃない誰かの為にしか存在してないんだからな」 17
「班長とて同じことでしょう」明日香は斬って捨てた。「私は構いません。この病んだ国を救えるなら、命を捧げて惜しくはない。どのような形で救うかは…その道程で考えますがね」「ヒヒヒ…!オマエそれ、事と次第によっちゃ会社にも刃向けるって言ってんだぜ!?」「そう言いました」明日香は笑う。 18
「私は私にのみ従い、最良を求め続けます。社に従うことが最良ならそうする。違うなら背く。私は、そうすることに決めました」「いいね、最高だ。原、オマエはどうだ?」「俺は今の生活に満足してますから。どんな斗いでも、やることは変わりません」「ヒヒヒ…!よく育ったなあ、オマエら!」 19
ディーサイドクロウは立ち上がると、近辺の棚を漁り始めた。明日からから僅か見える彼の横顔は、満ち足りていた。「マジで後進に道を譲る時だな、こりゃ。溜まってた有給、使っちまわないとなァ」そうして彼は、一枚の書類を取り出し、明日香らに渡した。「未来ある部下へ、最後のプレゼントだ」 20
二人はそれを覗き込んだ。そこにはディーサイドクロウやレテをはじめ、何人もの戦士が映る。「名簿」「かいわれ探偵社…」宏樹は眉を顰めた。「弊社の前身となった探偵社だったか」二人は名簿を読み進める。伝説的な戦士の名が連なり、その果てで二人は目を見開いた。「…オロチ…!?」 21
「町田の用で調べなきゃならんことがあってな。結果わかったが、今回の粛清に絡む於炉血は、ソイツのことだ」「…これは」明日香の声が震えた。「どうした」「原、オロチの経歴見て」宏樹は、ずいと大きく覗き込み、そして眉を顰めた。「ハイドアンドシーク退職後、星空探偵社を立ち上げた…?」 22
「お?星空を知ってるか。話が早え」「…知ってるも何も、九龍が所属していた探偵社です」「ン…」明日香の反駁に、ディーサイドクロウは首を傾げた。彼は暫し何かを考えると、やがて何かを得心したように膝を打った。「OK。とにかく、おれは星空に不自然なまでのカネが集まっていることを知った」 23
「何かの意味がある、と」頷く明日香。同時に携帯端末を取り出し、監査官総監督に打電した。「過去1ヶ月以内に星空と関係があった組織をピックアップしてもらう。私そっちを洗うから、原は星空を当たって」「貴様が星空を当たった方がいいのでは?」「まともな証拠残してると思う?」「思えんな」 24
「私より原の方が頭いいんだから、そっちで色々考えてよ」「貴様の傾向が混ざりすぎているが、まあいいだろう。だが空振りでも文句は言わさんぞ」「原」「何だ」「死ぬなよ」「貴様もな」拳を打ち合う二人を見、ディーサイドクロウは静かに笑った。 25
…宏樹は回想を終えると、送られてきた帳簿の映像を白無垢探偵社社長・川上 康生に共有した。『原。そっちはどう?』「現状、何もない。貴様がいつの間にか雇っていた川上殿にも手伝ってもらっているが…」『ん。じゃ、取り敢えず私は別んとこ当たってみるよ』宏樹が応と答えると、通信が切れた。 26
顔を上げ、荒れ果てた部屋を見渡す。星空探偵社のオフィスは、牙に襲撃された日よりそのままなのだろう。((尤も、今となっては襲撃自体が怪しいものだが))宏樹は溜息をついた。星空探偵社社長『オロチ』ことウェイランド サーストン『オロチ』。特等探偵に値する男。牙如きに殺せるものではない。 27
「川上殿」宏樹は机に腰掛け、腕組み思案する康生へと歩み寄った。「何か妙だと思うことはありますか」「…特には。ただ、気になることがひとつ」「ほう」「牙です」「!」宏樹は、続きを促すように身を乗り出した。 28
「特等探偵を社長に擁する星空が、牙如きに潰されるとは考えにくい。加え、牙に依頼を出したのは、星空に程近い風切羽探偵社でしたよね?それに気付かぬ程、風切羽は愚かだったのでしょうか?そして、ここを襲った牙はどこに行ったのか?」「牙に関しては、篠田が打倒したと聞いていますが…」 29
宏樹は社員データベースにアクセスすると、明日香の交戦ログを開いた。数度スクロールし、直後、彼は眉間にクレバスめいた皺を刻んだ。「何?」「何かありましたか」「これをご覧ください」康生は、差し出された画面を覗き込む。約1週間前、九龍と明日香が出会った日のログ。轍探偵社にて、牙1体。 30
「轍探偵社…」「本粛清において、このような探偵社の名は一度も出ていません」「ふむ」康生は顎を擦った。「少し前、ク・リトル・リトル派の車裂き探偵社がそこに討滅依頼を出したとの情報があります。何らかの関係がある可能性は大きい」「成程。では、そこに向かってみましょうか」 31
宏樹は頷くと、携帯端末をタップする。「並行して、ここを襲った牙についても調べてみましょう。九龍殿は襲撃したのは複数と証言していましたが、篠田が斗ったのは1体だけ。大きな齟齬がある」「それがいいでしょうね」康生の首肯と同時に、宏樹は携帯端末を耳に当てた。 32
宏樹の聴覚を、人を食ったような軽薄な声が揺すった。『ハロハロ、処刑者代理くん…おっと、代理は余計だったね』「どうも、レテさん」宏樹は電話越しにお辞儀した。「単刀直入にお聞きします。先週、星空探偵社を襲撃した牙の戦闘ログ。保管されていませんか?」『…それは監査官の指示かな?』 33
「はい」『キミ、ものすごい堂々と嘘つくねえ!』楽しげに笑うレテ。宏樹は不快そうに眉を顰めた。『OKOK。送っておいたから、確認しておくれ』「…レテさん」宏樹はデータを確認し、言った。「轍探偵社ではなく、星空探偵社での戦闘ログを頂きたいのですが」『…んん?』レテが訝った。 34
『届いてなかったかい?』「届いているのですが、轍探偵社のものになっています」『合ってるじゃないか』「…?」『ふむ』二人の間に、ある確信が過ぎった。『原くん。私には、キミは轍探偵社のログをくれと言ったように聞こえた。そうではないんだね?』「ええ。轍探偵社とは言っておりません」 35
『ニッポンの根幹を成す通信システムそのものに、何らかの細工が成されている可能性がある。こちらでも少し調べてみよう』「……」『原くん?』「ああ、失礼しました」宏樹は、無言でバズーカを構えた康生を見た。「来客のようです」『そうかい…なら、私は失礼しよう。健闘を祈っているよ』 36
宏樹は携帯端末をしまい、ナイフを抜いた。「姿を現すがいい。2秒以内に出て来ない場合、敵と見做し攻撃を開始する」動きはなかった。荒れ果てた部屋に殺気が満ちた。「ひとつ」康生はバズーカの安全装置を解除した。宏樹はナイフからのコードを腕に差した。柄頭より血の刃が伸びた。「ふたつ!」 37
赤い閃光が部屋を迸らんとした、その時!部屋の壁を突き破り、6つの影が飛び出す!瞬間、宏樹と康生の顔が曇った。風切羽。土蜘蛛。天秤。包帯。そして…!現れ出しは、明日香が粛清した筈の探偵社の社長面々!全身をサイバネ、しかし青黒く生物的なそれで補綴された彼らが宏樹らを睨む! 38
そして、おお、見よ。復活探偵らの先頭に立ち、康生らと相対したその存在。長身の男性と、番う女性。彼らはぴんと背筋を伸ばし、康生らを睨み付けた。白無垢探偵社…香田 文宏。その妻、土師 水琴であった! 39
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人間福引き!額に数字を刻印された多重債務者を満載した回転抽選器を回し、飛び出た者の首をギロチンカット!それを以てビンゴゲームを行う、債務者処理と残虐嗜好を一度に満たす優雅なる新時代的退廃的画期的遊戯である!スケルトン抽選器内で、死を先延ばしにせんと相争う債務者バトルも見所だ! 40
『今回、犠牲となる債務者はこちらーッ!』人間福引き司会進行を務める潮騒探偵社・屋良令 益(やられ やく)は回転抽選器を示す!「助けてーッ!」「私は悪くない!悪くないのォ!」何たる非道!今宵、抽選器に集められているのは子供ばかりではないか!客席の闇カネ持ちが下卑た笑いを浴びせる! 41
『借金の片に売り飛ばされた哀れな子供たちです!お手元にビンゴシートの用意はよろしいですかッ!』「「「ワオオーッ!」」」邪悪なタナトスが迸り、集いし闇カネ持ちを絶頂に似たパトスへと導く!『安心しなよ。3人は無事にここから出られるから、さッ!』益は子供に語りかけ、抽選器を回した! 42
回転に翻弄され、体を打ち付ける子供たち!肉がぶつかる音!悲鳴!それを見ながら歓談し、酒を呑む暗黒のカネ持ち!地獄とはどのような場所か。その答えの一つは、紛れもなくここにあった。そして一人の頭が飛び出し…抽選器が、止まった。 43
飛び出した頭は、顔の下半分をガスマスクめいた面で覆っていた。しかしそこからでさえ、滲み出る憤怒はあまりにも明らかであった。その女は紅蓮の怒りを瞳の奥に湛え、益を、闇カネ持ちを睨み付けていた。『な…なんだコイツはッッッ!』益は狼狽し、半ば反射でギロチンのスイッチを起動した。 44
しかしギロチンは、何かにせき止められているかのように作動せず。「ふッ!」女が力むと、回転抽選器に大穴が開いた。「な…何者だ、貴様…!」思わずマイクを離して呻く益に、女は名刺を突き付けた。(株)ハイドアンドシーク監査官・グレンマキナー。静謐な殺気がホールを満たす。 45
「か…監査官だと!?馬鹿な…ぼくが何をした…!」「此度の襲撃は、貴社の粛清ではありません。少々別件がありまして。尤も…」グレンマキナーは、観客席で静まり返る闇カネ持ちに殺気を向けた。「このような残虐非道、見逃す道理はありませんが」「きえええッ!」「ふッ!」「グワーッ!」 46
奇襲を掛ける益を迎撃すると、倒れ転がる彼に、グレンマキナーは決断的に歩み寄る。「名刺を出しなさい」「グワーッ!」「もしくは死ぬがよい」「う…ウオオーッ!」益は名刺を抜き、投げた。しかしそれは、グレンマキナーが叩き付けるように投げた名刺により破壊された。「ぎえッ…!」 47
名刺はそのまま益の腹に突き刺さり、脊柱をも破潰していた。グレンマキナーは、子供たちがそろりそろりと抽選器から抜け、逃げてゆくのを見ると、呻きもがく益を残虐に吊り上げた。「それでは、話して頂きましょうか。貴社と星空探偵社の関係について。そして、カネの流れを記した帳簿の在り処を」 48
…だが、その瞬間であった!「あぐぎゃあッ!」潰れるような叫びと共に、逃げた筈の子供たちが、再び広間に飛び込んでくる。彼らの首はへし折れねじれ、無惨に破壊されていた。「…!」目を見開くグレンマキナー。子供らの屍を追い、4つの影が風めいてエントリーを果たす! 49
それを見た瞬間、グレンマキナーは凍り付いた。全身をサイバネ、しかし青黒く生物的なそれで補綴された彼ら。その顔と名、忘れよう筈もない。鱗。錆。滲み。水底。かつて粛清した筈の探偵社社長クラスの面々である!「よう、篠田」滲み探偵社社長、真壁 亮太が歩み出た。「地獄から戻ってきたぜ」 50
(つづく)
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