【プライド・フロム・マシン】 #11 後編
「チイーッ!」デッドラインカットは荒々しく舌を打つと、運動センターに向け走り始めた!コンクリートの袋小路に殺到するジュデッカを斬り伏せ、屍を投げ、薙ぎ倒す。避難民に犠牲者を出してはならない。株価の為に!愛社精神が、長期的な自己防衛本能が彼を高揚させ、だが同時に盲目にした。 1
後方、テッシリンが跳躍した。「!」デッドラインカットは寸前で察知し、高みより振り下ろされた拳をサイドステップで躱す。だが質量は地面を穿ち、爆散せしめた!「ぬうーッ!」ジュデッカの死体と共に巻き上がる瀝青片に打たれ、デッドラインカットは顔を顰めた。そこにテッシリンが迫る! 2
「グワーッ!」瓦礫を巻き込みながらの蹴りがデッドラインカットを打った!くの字に折れ曲がり、ジュデッカ諸共に吹き飛ぶ彼を、テッシリンは追う!「しッ!」デッドラインカットは空中で体勢を立て直し、テッシリンのジャンプパンチを受ける。だが……重い!「グワーッ!」 3
タイムリープはシンヨウに向けて数度銃爪を引いた。放たれた弾丸はシンヨウの胸部装甲に弾かれ、走るジュデッカの数体を穿つ。舌を打つタイムリープにシンヨウは迫り、速度を乗せた貫手を放つ!BLAM!BLAM!タイムリープは発砲反動でブリッジ回避、そのまま足を振り上げ、シンヨウの顎を割った! 4
タイムリープはよろめくシンヨウから飛び離れると、コートの中の重みを確かめた。残弾は、ほぼない。その全てを有効活用しなければならないだろう。だが、この中で…どうやって?タイムリープは構えたまま、周囲に目を走らせた。走るジュデッカ。そのあわいから、押さえられる戦士たちが見える。 5
「弾薬の有効活用、か」タイムリープはシニカルに笑った。自分が考えていることを自覚し、それが引き起こす結果を想像する。普段の自分なら有り得ぬ選択。だがそれをしなければ…運動センターにいる者、戦場に立たぬを選んだ者までも死ぬだろう。それは、許容できない。「俺もヤキが回ったモンだ」 6
タイムリープは、コートの中の拳銃全てを宙に放り投げた。立て直したシンヨウは、訝しげな視線を送る。「必殺…」最後、手に残った銃をスピンさせる。宙に飛ぶ全ての銃、そのトリガーガードの内側を、虚ろな質量が通り抜けた。質量は銃爪を引き、弾丸を吐き出させた!「…カーネイジ・イメージ!」 7
あらゆる方向に飛び出した弾丸は、周囲の走るジュデッカらを叩き、阻害し、跳ね回る。角度を変え、隙間を縫い、弾丸同士がぶつかって推進力を得る。その果てに、弾丸はある場所に辿り着く。《ルシファー》を押さえるジュデッカ、コクト。そしてデッドラインカットと対するジュデッカ、テッシリン! 8
KBAM!弾丸は、コクトとテッシリンに同時に着弾した。「!」コクトが傾いだ瞬間、《ルシファー》は目を見開いた。サイコキネシス衝撃がコクトを叩き付け、吹き飛ばす。《ルシファー》は己に鞭打ち立ち上がると、再びサイコキネシスを開放した。運動センターに集まるジュデッカが潰れ、砕ける。 9
テッシリンが怯んだ瞬間、デッドラインカットは跳躍した。「しッ!」高みより赤が揮われ、群れ成すジュデッカの中に道を切り拓いた。そこに身を踊らせ、運動センターに突入する。背後で、高重力の檻が落ちた。内部には既にジュデッカが犇めき、破壊の限りを尽くさんとしていた。 10
「わああああッ!」悲鳴!「ヌウッ!」デッドラインカットは走った!犠牲者が出れば、株価が暴落しかねない!壁を蹴り、ジュデッカを薙ぎ倒し、悲鳴の出元へ転がり込む。避難民の集まる中にジュデッカは入り込み、人々を手に掛けようとしていた……! 11
弾丸を出し尽くした銃が地に落ちるを見ながら、タイムリープは息を吐いた。自分以外の戦士、そしてジュデッカらが運動センターに傾注しているが故に彼らを解放すれば、己からの注意を反らせると。そう踏んでいたのだ、が。「なんだかなァ…」シンヨウは、油断なくタイムリープを睨め付けている。 12
タイムリープはその視線の中に、獲物を甚振る残虐を見た。弾切れを起こし戦力が落ちた自分を弄ぶ為、わざと必殺技を撃たせたのだ。事実、弾丸はいま手元に残る一発のみであった。「趣味悪いな、オタク…!」タイムリープは、銃持つ腕をだらりと下げた。魔術『時を駆ける魔弾』の予備動作だ…。 13
未来からの弾丸が放たれ、現在を穿った。しかしその牙は虚しく、空に風穴を開けただけであった。その時シンヨウは、既にタイムリープに肉薄していた。「あ…?」シンヨウの腕の一つは、タイムリープの胸に埋まり、背中側から飛び出していた。心臓をわざと外した上で。タイムリープは血を吐いた。 14
速すぎる。光すら視認する目を以てしても、見切ること能わず。((馬鹿な))タイムリープは呻き、手に持つ拳銃をシンヨウに宛がおうとした。シンヨウは残る腕でタイムリープの腕と頭を掴み、やおらそれを引き始めた。関節が外れ、筋繊維が音を立て千切れる。「あが、あ…!」シンヨウは深く笑った。 15
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明日香と《セト・アン》は次の瞬間、至近に到達していた。「はァッ!」八相に構えられた《セト・アン》の刀が袈裟懸けに振り下ろされる。空気を凍てつかせながらの斬撃が肩を裂く寸前、明日香は回り、それを躱しながらの裏拳を《セト・アン》の側頭に放つ!「ふッ!」 16
《セト・アン》は肘を跳ね上げ、裏拳を防いだ。極低温の衝撃がかち合い、白く爆発する。「ぬうッ」うめきよろめく《セト・アン》。明日香はその時、彼の後ろに回っていた。そして彼を羽交い締めにし…「ふッ!」跳躍!「これは…!」《セト・アン》は目を見開いた。残虐なる処刑奥義、飯綱落とし! 17
跳躍の最高点で頭が下向き、回転を始めた。さながら地獄の虐殺杭打ち機の如く!だが!「甘いッ!」《セト・アン》が叫び、そして!「うわッ!?」インパクトの瞬間、明日香は投げ飛ばされた!《セト・アン》は態勢を立て直し着地。無傷!「何…」転がる明日香を追い、氷が地を舐め走る。 18
明日香は樽めいて転がり、跳躍。空中でゴルゴダの構えを取り直すと、壁に足を掛け、《セト・アン》を睨み…しかしそれは、すぐに驚愕に染まった。《セト・アン》もまた、ゴルゴダの構えを取っていたのだ。しかして彼の眼前には氷の刀が回転し、防衛を担っている。 19
ゴルゴダの構えは、腰や膝を支点にした捻りと回転の連続で敵を滅殺する超攻撃の構え。加え広げた両腕は、左右どちらから攻撃が繰り出されるかの隠匿でもある。それは防御を捨てるが故に辿り着ける境地であり、しかし《セト・アン》はそれらの術理をわずかな立会の内に見切り、より完成していた。 20
明日香は目を細めた。既に足に力は溜まってしまった。もはや彼に突撃する外はないが、ならば自分はどうするべきか。どう防御を突破し、どう攻撃を仕掛けるべきか。瞬時にいくつものシミュレートを浮かべ、そしてやめる。時間は不可逆に前に進む。決断の時!「ふッ!」明日香は壁を蹴った! 21
「はァッ!」明日香の蹴りが届く直前、ガロは回転して刀を掴み取った。一歩間違えば腕を輪切りにされる行いであるが、《セト・アン》は達人なのだ!明日香は目を見開いた。蹴り払うべき刀がない!呻き防衛に回ろうとする明日香に踏み込み、《セト・アン》は回転を乗せた刀を振り下ろした! 22
KBAM!その刀が明日香の首に届いた瞬間、再び冷気の爆発が起きた!「ヌウッ…!?」先よりも大きい!《セト・アン》の刀は完全に弾かれ、体が開いた。彼の足下では明日香が喉から血を流しながらゴルゴダに構え、屈んでいた。その瞳が熱く燃え、彼女の中に撓んだ力が解き放たれた! 23
明日香の上体がブレた。瞬間、衝撃が迸り、《セト・アン》の肋骨を打った。鈍い音が響き、《セト・アン》の体が傾いだ。明日香は舞うようにゆっくりと回ると、残心した。ゴルゴダの構えより放たれる殺戮奥義、ヘルズパッション。左右からの超速滅殺打撃により、臓腑爆散殺する処刑奥義である。 24
「ゴボッ」血を吐き膝を折る《セト・アン》。「ガロ」明日香は彼を案じたが、臨戦を解くことはなかった。…できなかった。まだ彼には余力がある。いま仕掛けることも、況してや諭すことすらできない。《セト・アン》は下から睨め上げると、忌々しげに牙を剥いた。「この期に及んで、まだその名を」 25
ぞる、と音を立て、《セト・アン》から黒が滲み出た。「!」反射的に跳び退った明日香を追うように、黒は床を這い、氷を砕きながら敷衍する。「はァッ!」黒の中から《セト・アン》が飛び出し、爪を振り下ろした。明日香は側転でこれを避けるも、その先、黒の中から《セト・アン》が現れる! 26
「ふッ!」明日香は《セト・アン》が落とした刀を拾い、側転の中から振り上げる。黒をきらめきの中に散らしながらの斬撃は《セト・アン》の胴を捉え、しかしその
「ふッ!」跳び退り躱す明日香。踵は床を薄く覆う氷を砕き、撒き散らす。氷は黒く染まり、敷衍する黒に迎合する。黒は渦巻き、《セト・アン》の力となる。《セト・アン》は短いステップの連続で明日香に接近。黒を纏った乱打を放つ!明日香は氷の刀でこれを受け、弾く! 28
弾かれる
だが!《セト・アン》は地を抉り巻き上げるように爪を振り上げた!瓦礫と氷が弾け、明日香のガードを阻害する!「く…」明日香は逆腕で続く拳を防ごうとした。しかしそれはあまりにも遅く…そして、無意味であった。《セト・アン》は踏み込み…!「GRAWL!」明日香の喉笛に、喰らい付いた! 30
「ぎゅびぃッ…!?」明日香は首元から血と空気を吐き出す。音を立てて筋繊維が千切れ、骨にヒビが走る。その感触に《セト・アン》は笑み、そのままに明日香を押し倒した。刀が落ち、転がる。牙は深く首に食い込み、明日香の命を喰らい尽くさんと抉る。明日香の抵抗は薄く、虚しい…! 31
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無数に分身したベルゼブブは、立ち上る01を掻き分けながら、本棚を、天井を蹴り、あらゆる方向から九龍に襲い掛かった。九龍は連続バク転でこれを躱しながら、本棚から本を掻き出す。落ちた本は羽撃き、回転し、ミサイルじみたファイアウォールとなってベルゼブブに向かい飛翔を始めた。 32
ベルゼブブの群れは次々と穿たれ01爆散を遂げる。しかしそれらを突き破り、新たなベルゼブブが群れを成し突貫する!「はァァァァッ!」九龍は独楽めいて回転跳躍。物理次元に於いては明日香や宏樹でさえ不可能な速度の旋風蹴りで迎撃!01の風が吹き、ベルゼブブの群れを虐殺換気扇じみて巻き込む! 33
「アバーッ!」「アバーッ!」「アバーッ!」プログラムめいて画一的な悲鳴と共に01爆散するベルゼブブたち!だがその本体は、群れの最奥で腕組み、値踏みするように九龍を眺むるのみ。そして彼の後ろから、新たなベルゼブブが次々と現れ出で、九龍に襲い掛かるのだ。 34
竜巻換気扇キックはベルゼブブたちを難なくデリートするが、それよりも供給は明らかに多い。タイピング速度の差は圧倒的であった。((ならば長期戦は不利!))九龍は体を傾け、竜巻が移動するようにベルゼブブ本体へと向かい始めた!「掛かったな」ベルゼブブは笑った。その瞬間、群れが爆裂した! 35
爆発の中から論理鉄条網が飛び出し、のたうち回る!それらはやがて竜巻に飲まれ、中心に座す九龍に絡み付いた!「うぐうああッ!?」「馬鹿めが。勝負を急ぎやがったな……ンン?」九龍の回転が止まる。彼の顔には『へのへのもへじ』と書かれていた。ダミープログラムだ! 36
「掛かったな!」ベルゼブブの背に九龍が突撃した!論理の刀で首を刎ねんとするその軌道。この数日で幾度となく見て来た相棒の、明日香の太刀筋をなぞる!その切先はベルゼブブの首を、過たず…断った!「殺った!」快哉する九龍。彼の胸を、首無しベルゼブブが蹴り飛ばした!「ぐえあッ!?」 37
「こりゃ一本取られたよ」ベルゼブブは首を掴み、事も無げに笑った。掴んだ首を肩の上に乗せると、首はピタリとくっつき、再びモノアイを点滅させた。「成程な。電脳戦に天賦の才がありやがる。流石に驚いたぜ」「嘘つけよ」「バレたか」ベルゼブブが肩を竦めると、二人の間に卓球台がせり上がる。 38
「だが知っているだろう?この世界…才能だけで勝つことなどできん」ベルゼブブは卓球ラケットを構えた。九龍は彼の視線を真正面から受け、論理ラケットと論理球を生成。闘志が電脳空間をも歪める中、九龍は球を放した。ふわりと浮き上がるそれに、渾身の力でラケットを…叩き付けた!「PING!」 39
「PONG!」次の瞬間、九龍は吹き飛んでいた。「あぐあがッ!?」論理本棚に叩き付けられ、そしてようやく己に何が起きたかを知る。ばさばさと論理本が落ちる中、九龍は自分の肩に、論理ピンポン球が食い込んでいるのを見た。ベルゼブブのスマッシュだ。彼は動揺した。視認すらできなかった。 40
「これが真の実力差ってヤツだ」ベルゼブブが、卓球台の上から見下ろした。「貴様と俺ではタイプ速度が違い過ぎる。本気の俺に…貴様は追い付けない」ベルゼブブの周囲に、次々とピンポン球が現れる。彼はラケットを振り被り、叩き付けた!「PING!」「ぎゃぼあッ!」「PONG!」「ごぶ…ッ!」 41
「PING!」「ぎい…」「PONG!」「ぐぎゃッ!」「PING!」「あぐう…」「PONG!」「げぼあッ」苦しむ九龍を見、ベルゼブブは嘲笑った。「やはりこの程度か!オロチは間違った!可能性?あるとすれば、それはお前じゃない。この俺だ!貴様如きのチンケな可能性など…無駄無駄無駄無駄無駄ーッ!」 42
「あぎゃあああああッ!」嵐の如きスマッシュを打ち込まれ、九龍は痙攣した。打ち込まれたピンポン球が有刺鉄線の根を生やした。それは瞬く間に彼を包み、立ち上がり、鋼鉄の樹となった。フラットライン寸前の彼を苛み、その中でゆっくりと殺す為に。「フッハッハッハッハ!いい様だな、九龍!」 43
ベルゼブブは仰け反り、笑った。「オロチ!見ているか!俺は…俺は噛ませ犬なんかじゃない!世界を変えるのはこの俺だ!ベルゼブブなんだ!証明してやったぞ。この俺が!俺の力でだ!」ここではない、どこかへ向けて叫ぶ。狂ったように。浮かされるように。彼は叫び続けた。 44
…その叫びが天に通じたのだろうか。否、そのようなことはありはしない。我々は天に座すのが慈悲深き神などではないことを知っている。ならばそれは、小さな想いが紡いだ奇跡とでも呼ぶべきなのだろう。とにかく『事象の地平面』に変化が起こった。何者かが突如として不正ログインを果たしたのだ。 45
「はン…?」ベルゼブブはモノアイを瞬かせ、目の前に現れた二つの謎めいたアカウントを睨んだ。「何者だ、貴様ら…」光輝く人型のアカウントは、答えるようにハンドルネームを明らかにした。『28-10551』と『28-10773』。それは、ツクバに存在していた警備機械のアカウントであった。 46
「馬鹿な…ツクバ・ガーディアンだと!?」「SMASH!」斧を振りかざし、28-10773がベルゼブブを襲った!ベルゼブブはすんでのところでそれを受け止めると、真正面から睨み付ける。「何者だ、貴様…!どこから入ってきた!」「それはそこの少年に聞くといい」28-10773は答えた。 47
その時、28-10551は鉄線の樹を破壊し、既に九龍を救出していた。「あ、アンタらは…?」「僕はココイ。向こうのがナナミだよ」28-10551…ココイが笑った。彼らは少女と行動していた警備機械。その本人だ!九龍はココイのメモリーカードをベルゼブブに挿していた。それ故、彼らはここに現れたのだ! 48
「立てるかい?」「あ、ああ…」九龍は困惑しながらも、その手を取った。プログラムに過ぎない筈のそれは、何故か暖かかった。「僕たちは、君を助けてツクバの全てを終わらせる為に来た。どうか信じてほしい」「……いいよ、別に。いま助けてくれたし。信じるよ」「ワオ、即決だね」 49
ココイは斧を肩に担ぐと、論理表情ディスプレイに笑顔を浮かべた。ナナミはベルゼブブを弾くと、バックステップで距離を取る。「お待たせ、相棒」「それはそこの少年に言うべきだ」ナナミは油断なく構え直した。「まあいいさ。共に終わらせよう……全てを」 50
(つづく)
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