【プライド・フロム・マシン】 #11 前編
0と1が立ち上るモノトーンの図書館の天井を透かし、蒼白な銀河が『恐怖』の視線を投げ落とす。しかし以前に見たそれと違い、慌ただしく動く職員的なデータは存在しない。九龍はぐるりを見回し、訝しんだ。ベルゼブブが既に死んでいる故か、或いは。うなじがチリチリと焦げる。死線の予兆。 1
間違いなく、この領域は悪意ある何かを孕んでいる。九龍は即席のスキャンプログラムを作成すると、領域内に走らせた。『『『チューッ!』』』だが、トテトテと走り出したそれらのいくつかは、本棚の並ぶ廊下を折れた先で、突如として破潰した。「そこか…」九龍は目を細め、ゆっくりと歩き出した。 2
「いや、こっちだ」背後から投げ掛けられる声。振り向くと、そこにいたのはモノアイを光らせる人型ロボット…ベルゼブブであった。ベルゼブブは破潰されたスキャンプログラムを投げ捨てると、笑った。「まさか本当に来やがるとはな」「どういうことだ」「全て想定内ッてことだよ。オロチのな」 3
ベルゼブブの言に、九龍は顔を歪めた。「何者なんだ、その、オロチってのは。何を企んでいるんだ」「そうだな…答えてやってもいいが、その前に一つ聞こう。九龍。お前は、このツクバを見てどう思った?」「どうって…」九龍は腕組み、目を閉じる。「ここでは、人と機械がいっぱい生活していた。… 4
…それがこうも壊されるのは、酷すぎる。悲しすぎる」「ほう…悲しいか」「何でお前は…オロチは、こんなことをするんだ」九龍は問い、しかし次の瞬間、それを後悔した。ベルゼブブのモノアイの奥には深淵が横立っているようであり、そこから滲み出る悪意が、九龍の論理心臓を鷲掴みにした。 5
「それだよ、九龍」ベルゼブブは芝居がかって九龍を指差した。「その『何故』が重要なんだ。理解の出来ぬ事に臨む時、誰もが口にする『何故』。だがその言葉の根差す所、伸びる先は全く異なる。その差異が認識に齟齬を生み、懊悩を育む。だが懊悩の果て、時として思いもよらぬ『可能性』がある。… 6
…オロチはそれを待っている。懊悩の果て、お前が自分の下に辿り着くのを待っているんだ。ツクバはその礎…。お前を試練し、堅固にする為に滅んだんだ」ベルゼブブは、陶酔するかのように語った。九龍は語り終えた彼を暫し見、だが、やがて、ゆっくりと首を振った。「わからねえ」「はン?」 7
「お前の言ってることを頑張って理解しようとしてみたけど…わからねえよ。何で、そんなことの為にこんなひでえことできるのか、全然わからねえよ」「わかる必要はない。わかってしまえば、お前の懊悩はそこで終わる」ベルゼブブの背より、黒い蝿が沸き上がった。「だからお前は俺を斃すしかない」 8
九龍もまた、応じるようにゆっくりと構えた。物理世界と同様、無表情な鋼鉄で、しかしベルゼブブは確かに笑った。「続けようぜ、九龍。斗争を!懊悩を!破潰を!その果てに、お前は自分自身の可能性を見るだろう…!」 9
探偵粛清アスカ
【プライド・フロム・マシン】 #11 前編
《セト・アン》は明日香を認識すると同時に飛び掛かり、正中線裁断崩殺チョップを見舞った。明日香はこれを同様にチョップで受ける。しかしその圧力は凄まじく、逆手を添えて尚、強制的に跪かされる。「はァッ!」《セト・アン》は交錯手を支点に回転、後ろ回し蹴りを見舞う!「あぐうッ…!」 10
転がりながら吹き飛ぶ明日香。最中、それは連続側転に変わり、しかし《セト・アン》は追従していた!「はァッ!」勢い繰り出されるトラースキックをフリップジャンプで躱すと、明日香は高みより氷の刃を連続投擲!《セト・アン》は連続回し蹴りでそれを弾くと、着地した明日香と睨み合った。 11
「ガロ」「まだその名で僕を呼ぶか」苛立たし気に目を細める《セト・アン》。「ガロは既に死んだ。僕は《セト・アン》だ」「…貴方は、自分の目指す先に何があるか。ご存知なのですか」「くだらん話をする。当然、平和だ。人間のない、機械だけの世界。さぞ平和になることだろうさ!」 12
「ガロ…」明日香は呟き、顔の下半分を隠すガスマスクめいた面の上の目を、ほんの僅かに伏せる。それを見た《セト・アン》の瞼が、震えた。「…貴様も」「……」「僕を憐れむなッ!」《セト・アン》は怒りに震える拳を振り上げた。空間が凝結し、巨大タケノコめいた逆さ氷柱が次々と生成される! 13
明日香はジグザグに走り、氷結封印を回避しつつ接近。氷の刀を生み出しながら《セト・アン》と自分を隔てる最後の氷を回り込むも、そこに《セト・アン》の姿はなし!KRAAAASH!その瞬間、側面の氷が爆裂粉砕しながら《セト・アン》を吐き出す!「ふッ!」明日香は前方跳躍回避。 14
刀を地に刺し、半円を描きながらターンする。しかしその
《セト・アン》は更なる追撃に走らんとし、留まった。宙には明日香が吐いた血と吐瀉物が凍り、刃となっていた。迂闊に走らば、頭を両断されていただろう。「小細工を」《セト・アン》は、腕を回すように立ち塞ぐ氷を払う。それらは纏まり、連なり、大槍となって彼の手に収まった。 16
明日香は既に、よろめきながら立ち上がっていた。《セト・アン》は彼女を睨むと、回転して勢いを付け…「SHOOT!」大槍投擲!氷の槍は、光を赤く散らしながらレーザーじみた速度で飛翔する。心臓目掛け飛ぶ槍を、明日香は真っ直ぐに見た。彼女は未だ態勢を立て直せていない。だが、その瞳は強い! 17
ガッ。槍は、音を立てて壁に突き刺さった。その横に、明日香の姿はない。「何…」眉を顰める《セト・アン》の眼前、突如として明日香の姿が現れた!「ふッ!」「はァッ!」連続して打ち込む明日香、捌く《セト・アン》!だが明日香の拳は常よりも速く…捌き、きれない!「グワーッ!」 18
《セト・アン》の防御が開き、そこに明日香は続けざまに拳を通した!「ふぅアァァァッ!」「あぐう、があああッ!」拳雨を叩き込まれ、《セト・アン》が傾いだ。しかし明日香は跳び退り、残心する。深追いすれば、致命的な何かが起こっていたかもしれない。それを読み違えた者で、墓場は満席だ。 19
《セト・アン》の業前は、恐らく於炉血と同程度。だがそれは、於炉血を知っていれば応ずることは可能という意味であり、明日香は於炉血を知る。彼の動き、速度をインプットし、現実と重ね合わせる。それによって、《セト・アン》への対応を可ならしめていた。あの臨死は、無駄ではなかったのだ。 21
それでも
視線が交錯する。《セト・アン》は、もはや一切の侮りを捨てていた。パキパキと音を立てながら、彼の手に、掌に収まる程度の薄い氷のモノリスが現れる。それには『セト・アン』と刻まれていた。彼の名刺である。明日香は睨め付け、名刺を取り出した。次の瞬間、それらは互いの手に収まる。 23
戦死の流儀、名刺交換。ここからが本当の戦である。殺気が空気を引き絞る。明日香はわずかに腰を引き落とし、両腕を広げた。エボル陰陽道式格闘術、ゴルゴダの構え。《セト・アン》は目を細めると、氷の刀を生み出し、八相に構えた。発散された殺気が凝固し……弾けた! 24
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デッドラインカットは連続でバク転を打つと高く跳び上がり、再びジュデッカの群れに身を晒した。数体の腕を断ち、血色の軌跡を残しながら、怪物のあわいを縫うように駆ける。時折、爪やチョップが振り下ろされるが、この過密状態に於いては如何程の脅威もなし。冷静に見切り、腕ごと断つ。 25
均されていたものが散逸すれば、必ずどこかの密度が上がる。デッドラインカットはジュデッカの数が多いところを選び、そこへの突貫を基本戦法としていた。突如として出現した協力者(《ルシファー》がいた。恐らく、その筈だ)はそこからあぶれたもの、密度の薄いところをカバーする。 26
しかしデッドラインカットは、それらの中に不穏当な気配を感知していた。群れの中に巧妙に身を隠し、近づかず、離れず、勇んで運動センターに向かいもせず、こちらを窺うジュデッカがいる。あれは何を狙っている?個体差があるのか?殺戮の中、思案せども答えは出ず。ならば、確かめねばならない。 27
彼は身を低く沈めると、血色の軌跡を残しながら走り始めた。その軌道上にいたジュデッカは尽く首を刎ねられ絶命し、屍を晒した。屍が道を拓く。ある一点。奇妙なジュデッカへと。デッドラインカットは奔る。血の刀を腋に構え、それを見極め…否、始末する為に。「しィィィやァァァッ!」 28
振り上げられた血の刃は、しかし虚しく空を斬った。目当てのジュデッカはその時、天地逆転状態で高みよりデッドラインカットを見下ろしており、その挑戦的な視線を、彼は浴びた。ジュデッカは同胞を薙ぎ倒しながら着地し、油断なくデッドラインカットに相対する。 29
その立振舞は通常のジュデッカより遥かに流麗であり、高い格闘を持ち合わせることを意味していた。それは踏みつけ殺にした同胞の纏う装甲を引き剥がすと、掌に収まる程度の長方形にカットした。そして爪で何事かを刻むと、くるりと裏返し、詳らかにした。『テッシリン』。それは、名刺であった。 30
…《ルシファー》の三連蹴りを受け止めたジュデッカは、残る腕で彼女を弾き飛ばすと、情け容赦ない格闘を構えた。《ルシファー》は地面に手を突きながら制動し、その威容を睨みつける。ジュデッカは輩の死体を蹴り上げると、装甲を剥がし、即席の名刺を作り出した。『コクト』。 31
…叩き込まれる弾丸を防ぎ切ると、そのジュデッカは盾にしていた輩を投げ捨てた。「…おうおう、好き放題やるじゃねえの」タイムリープはそれを見ながら、苦々しげに弾丸を再装填する。ジュデッカは嘲笑うように顎を引くと、輩より剥ぎ取った装甲片に何事かを刻んだ。『シンヨウ』。 32
如此、三人の戦士は異形の名刺を受け取った。名刺とは勝者の勲しを称え、敗者への手向けとするものである。即ち誇りの証明であり、それを備えるこの異形は、同じ土俵に立つ戦士であることを意味していた。死線の予兆に、空気が撓んだ。そして、放たれた! 33
「しッ!」デッドラインカットの踏み込み斬撃を、テッシリンは半身になって躱した。真紅の軌跡が胸を掠め、装甲を削るを無視し、右三臂による打開を放つ。「しッ!」デッドラインカットは勢い回転。後ろ回し蹴りで迎え撃つ。速度がかち合い、衝撃が生まれる。…敗れたのは、デッドラインカット! 34
「うぐうあッ!」右脚より鮮血を噴き出し吹き飛ぶ!テッシリンは用心深く構えると、手近なジュデッカを掴み投げ飛ばした。「しッ!」デッドラインカットは空中制御からそれを掴み、投げ返す!だが既に、次なるジュデッカが飛来!「しッ!」デッドラインカットは、投げたジュデッカを足場に跳んだ! 35
「しッ!」八艘の舟を跳び渡るが如くに接近し、テッシリンの顔面に膝蹴りを見舞った!彼は血の刀を解くと、傾ぐテッシリンに跨り連続で拳を浴びせ掛ける。拳が裂け、血が噴く。それでも尚、畳み掛ける!テッシリンはそれに耐えた。そのままに腕を動かし、パンチの雨の中から死神の拳を掴み取った! 36
その瞬間、群れの中から新たなジュデッカが飛び掛かった。「しッ!」デッドラインカットは体を反らし、その反動を利用しテッシリンを投げ飛ばした。巨体がぶつかり、名状し難き声を上げながら、絡まって群れの中に落ちる。デッドラインカットは体勢を立て直すと、再び血の刀を作り出した。 37
格下の援護は、却って邪魔となることがある。テッシリンはそれを察知したが故に、拘束を緩めざるを得なかったのだ。だが、デッドラインカットは苛立たしげに眉を顰めた。ジュデッカの群れが戦の趨勢を見守るを止め、再び運動センターへと動き出した。…そして残るは彼と、テッシリンのみ。 38
《ルシファー》は、コクトの牽制するような爪撃を二つのヌンチャクで弾き続ける。常に体を舐めるヌンチャクは、絶対防衛領域を彼女の周囲に生み出していた。ヌンチャク術の奥義、双棍拒殺陣。稲妻が閃くほどの速度が、コクトを圧し潰さんと迫る。 39
コクトは跳び退ると、ヌンチャク嵐に巻き込まれたジュデッカの死体を蹴り上げた。《ルシファー》のヌンチャクはそれを容易く粉砕し、装甲と肉と循環液を散華させる。その向こうから、続けざまにジュデッカの死体が飛び来る!「無駄なこと…!」次々と粉砕するジュデッカ死体。 40
ヌンチャクが巻き起こす稲妻と循環液の嵐の中に、コクトが飛び込んだ。六臂を棹めいて嵐の中に差し…それらは弾かれることなく《ルシファー》の喉を狙った!「な…!」ヌンチャクを捨て防御する《ルシファー》!コクトの爪は《ルシファー》の腕を抉り、血と肉を散らす! 41
コクトは仲間の亡骸で嵐を『着色』し、ヌンチャク軌道と《ルシファー》の癖を読んだのだ。双棍拒殺陣、破れたり!その決定的な隙に、拳が次々と叩き込まれた!「うあああッ…!」骨が折れ、血が弾ける!悲鳴の中、コクトが腕を振り上げた。フィニッシュムーブの構えだ! 42
その
仰け反るコクトを、更なる連撃が襲う。《ルシファー》の腕は既に再生を遂げており、攻撃に支障なし!「やァァァッ!」拳、拳、拳!コクトの装甲が音を立て、ヒビ割れた。《ルシファー》は大きく振り被り、そこに最大のパンチを……見舞えない。その拳は、コクトの残る腕に留められていた。 44
コクトは力を残る四臂に籠め、《ルシファー》を押し留め…否、圧し潰さんとする。「うぐ…!」体重差により、強制的に跪かされる《ルシファー》。彼らを尻目に、取り囲んでいたジュデッカらが、運動センターに再び動き始めた。「させ、るか…!」《ルシファー》は、少しずつコクトを押し返す…。 45
取り囲むジュデッカら、そして彼らの死体を反射する弾丸が、あらゆる方向からシンヨウを襲う。50口径の弾丸は、如何なジュデッカと言えど、立て続けに喰らえばただでは済まない。タイムリープは弾丸の網にシンヨウを捕らえ、その中で殺す算段を立てようとしていた。 46
だが弾丸の数は心許なく、未来からの弾丸で仕留められるような甘い相手ではない。それは、ここまで持ち応えていることからも明らかであった。だが、装甲に物を言わせて押し通られれば、自分はとっくに死んでいる筈だ。……何故、この怪物はそれをしないのか? 47
ガィン!甲高い音と共に弾かれた弾丸を決断的なブリッジで回避し、返礼の弾丸を叩き込む。シンヨウはそれをサイドステップで避け、回し蹴りで他方からの弾丸を落とした。怪物は、決して攻め込まない。完全な防戦に徹していた。何故だ?タイムリープは訝った。何故、この状況で防戦を……。 48
その瞬間、周囲のジュデッカが慌ただしく動いた。自分とシンヨウを残し、運動センターへと向かっている。「ああくそッ、そういうことかよッ!」タイムリープは唸り、それでもシンヨウと相対せねばならなかった。背を向ければ、殺られる。弾丸の網は破れ、何処かへと飛んで行った。 49
強者のジュデッカが、自分たち戦士を釘付けにした理由。周囲の劣るジュデッカを注意から完全に外す為であり、その瞬間を狙って進軍を再開させたのだ。乱戦から個人戦にシフトした今、そこから外れることは、多大な隙となる。それは、自分以外の戦士たちもそうだ。タイムリープは舌打ちした。 50
戦士たちは、進むジュデッカを見送るしかない。守らんとしていたものが蹂躙される様を見届けるしかない。デッドラインカットは目を見開いた。「マズい…株価が…!」だが、心を乱すことは許されない。それがまた、彼を苛立たせた。テッシリンはただ構え、デッドラインカットを窺っていた。 51
だが《ルシファー》は、コクトを弾くと走り出した!「させるかああああッ!」サイコキネシスを解き放ち、運動センターを中心としたドーナツ状に高重力を発生させる。次々と潰れるジュデッカ。目と鼻から血を流し、《ルシファー》はサイコキネシスを放つ。ニューロンが焼け付きそうになっても、尚。 52
彼女の背にコクトが追い縋り、四発同時の崩拳を見舞った!「がぼあッ!」血を吐いて転がる《ルシファー》。サイコキネシスが途切れ、運動センターへの埒が開く!ジュデッカが殺到し、壁に、扉にチョップを突き刺し、そして……人々が避難するそこへ、雪崩れ込んだ!「やめろ…やめろおおおおッ!」 53
𝙰𝚂𝚄𝙺𝙰:𝙿𝚞𝚛𝚐𝚎 𝚝𝚑𝚎 𝙳𝚎𝚝𝚎𝚌𝚝𝚒𝚟𝚎
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