【プライド・フロム・マシン】 #12
「終わらせる、か」ベルゼブブは低く言った。「違う。ここから始まるんだ」「全てを踏み付けて来た道の先に、何かがあるものか」九龍が反駁した。「あったとしても、どうせお前は踏み躙るんだろうな。ツクバをあんなにしておいて、それでも自分のことしか考えてないみたいだしな」 1
「俺を哀れむな!俺は…貴様より強い!」「かもな。だけど」九龍は髪を掻き上げた。「ランチェスターの法則。知らんお前じゃないだろ」「…」「行くぞ!」彼の号令と共に、ナナミとココイが跳躍した!ベルゼブブが手掌を振り上げると、地面が爆発し、現れ出でた論理ドラゴンが首をもたげる! 2
『恐怖』の視線を投げ降ろす蒼白な銀河を背負う警備機械は、空中で姿勢を制御すると、互いに足裏を合わせ、蹴り跳んだ。同時に論理本棚に足を掛け、並んだ本を蹴散らしながらベルゼブブに向け走り出す!ベルゼブブは鼻で笑うと、腕を打ち開いた。ドラゴンの首がプラナリアめいて別れ、二機を襲う! 3
プラナリア的論理ドラゴンが、緑の01を掻き分けながらココイとナナミを追う!その速度は二機よりも上!その顎が彼らを砕く直前、ドラゴンを回り込み、九龍がベルゼブブの眼前に躍り出た!「はッ!」ジャブの連打がベルゼブブを襲う。ベルゼブブは舌を打ち、対応する。ドラゴンの速度が落ちた! 4
うねるドラゴンを振り切ったココイとナナミは、ベルゼブブを挟むように並び立った。「チッ…」舌を打つベルゼブブ。しかし彼は九龍への対応を迫られ、十全に注意を払うことができない!「「SMASH!」」同時に振り下ろされた斧がベルゼブブを捉え…爆発した!吹き飛ぶ三者! 5
「うああッ…」九龍の両腕が千切れた!論理血を01に撒き散らし倒れる!「少年!」駆け寄るナナミに、近くに出現したベルゼブブが侮蔑的な目を向けた。視線は棘となり、ナナミを突き刺し、地に縫い留める!「ピガーッ!?」驚愕の声を上げるナナミに双頭ドラゴンが追い付き、襲い掛かる! 6
「SMASH!」ココイがそこに割って入り、斧でドラゴンの横面を殴り付けた!ドラゴンは剥げた鱗を01に散らしながら本棚に打ち据えられる。本が音を立て落ちると、それらのページが千切れ、ギロチンカッターじみてココイに襲い掛かった!「く…」防戦するココイ。その後ろからもう一匹のドラゴン! 7
「うおおおッ!」体を起こした九龍が、千切れた腕を振りかざした。論理血が羽ばたき、中空に敷衍し、攻勢防壁となった。ギロチンが衝突して弾け、ドラゴンがぶつかって爆発した。羽ばたく血液のいくつかは回転し、円盤ノコギリとなってベルゼブブを狙う!ベルゼブブは手を翳し、待ち構える! 8
その手からセキュリティの波動が放たれ、回転ノコギリを粉砕した!再び血に戻ったそれは黒に犯され、蝿の羽音めいた音を立て増殖する。「甘いんだよ。タイプ速度も暗号の強度も。何もかもがッ!」ベルゼブブは叫び、跳躍した。黒が翼、或いは爪じみて広がり、大きく振り被った彼の手に侍る。 9
九龍の腕から滴る血が固まり、再び腕を形成した。「だろうな。けど、今、俺は」彼の後ろで、血のノコギリがナナミを縫い留める棘を切断し、解放した。壁を成していた血が凝り、ココイの持つ斧の形を変えた。「一人じゃない」「ほざけーッ!」ベルゼブブの腕と共に黒い鉄槌が堕ちた! 10
九龍らが共同で作り上げた防壁が、黒を阻んだ!青い光が黒を散らす。黒が青を侵食する。それらは砕け、緑の01と変わり、消える。破壊と守り。2つのプログラムがせめぎ合う。それを隔て、睨み合う戦士たち。プログラムがぶつかり発生する斥力が、彼らを消し飛ばさんとする。それに抗い、立つ! 11
((糞、糞、糞!))ベルゼブブは苛立った。何が協力か。何が共存か。アカシャの空より持ち出された技術を以てツクバに生まれ、しかし自分には人間の脳が組み込まれていた。自分は人間ではなく、機械にもなり切れない。機械や人々は自分を受け入れようとしたが、自分の心が迎合を許さなかった。 12
誰が、何故、自分を生み出した。その問いに答えを与えたのがオロチであった。九龍という青年、可能性を試練する。それが自分の役割だと。自分は、自分の為に生きることすら許されていなかった。その絶望は未だベルゼブブの心を蝕み、どす黒く塗り潰している。それはやがて、憎悪へと変わっていた。 13
人と機械の共存?馬鹿々々しい。人同士でさえ手を携え得ぬと言うに。どちらかがどちらかを隷属させるのが関の山だ。だがオロチの話で愉快だったのは、彼は最終的にそれら全てを滅ぼすことが目的だということだ。ベルゼブブは思った。オロチの下に辿り着き、それを成すのは自分こそ相応しい。否! 14
「俺が終わらせなきゃならねえんだよーッ!」KRAAAASH!防壁が粉砕した!黒が降り注ぎ、九龍を、ココイを、ナナミを包む!「バグらせるなんてことはしねえ。このまま魂ごとデリートしてやるッ!」黒が圧縮した!電子領域に顕現した高重力の檻は瞬く間に密度を増し、異分子を食い荒らしに掛かる! 15
…「くそ、ここまで来てッ!」狭まる黒の中、九龍は歯噛みした。「何か、方法はないのか!」「ナナミ」警備機械たちが、視線を合わせた。「アレやってみようか」「できるのか」「僕のアックスなら或いは、かな」ココイは、血を纏い異形の姿を晒した斧を掲げた。「わかった」ナナミは頷いた。 16
「何か策が…うわッ!?」ナナミは九龍を担ぎ上げると、担いでいた斧をココイに向け振り下ろした。ココイは下段から異形の斧を振り上げ、それにぶつけた。衝撃が走る。それと共に刃を形成していた血はナナミらの周りに対流を始め…「SMASH!」彼らと共に打ち上げられた!「任せたよ、相棒」 17
ココイのアカウントは黒に潰され、消滅した。だがナナミと九龍は!血の赤をドリルめいて纏い、黒を掘削する!侵食する黒は赤に阻まれ、彼らを侵すこと能わず!そして!「SMAAAASH!」圧縮する黒を突き穿った!「何ーッ!?」ベルゼブブが驚愕に叫ぶ!「そこだッ!」ナナミは九龍を投げ飛ばした! 18
「はァァァァッ!」ナナミから赤を受け取った九龍は、ベルゼブブ目掛け飛び蹴りを放つ!「糞ーッ!」黒がわだかまり、壁を成して九龍の前に立ちはだかる!だが九龍はそれを決然と睨むと、昼に見た明日香の飛び蹴りと、己の動きを同期させた。そして赤を纏った蹴りが黒い壁にぶつかり…貫いた! 19
次々と壁が現れ、九龍を阻む!九龍は決然と蹴り進み、打ち貫く!「馬鹿な…」ベルゼブブが戦いた。「馬鹿なーッ!」黒が砕ける!砕ける!砕ける!九龍は止まらず、ベルゼブブに死が迫る!「嫌だ…嫌だ…!」空間が揺らぐ。不満。恐怖。絶望。憎悪。そして孤独。現れる心象を、九龍は…砕く! 20
そして蹴りはついにベルゼブブを捉えた!「ぐわアアアアーッ!」赤がもつれ、ベルゼブブを苛みながら廊下を滑る!並ぶ本棚を薙ぎ倒し、彼の心象の全てを吹き飛ばす!「何で…何で俺ばかり…!何故だ、九龍ォォォォッ!」「はァァァァッ!」蹴りがベルゼブブを貫いた!彼は砕け散り、爆発四散した! 21
九龍は廊下に論理バーンナウト跡を刻み、01を巻き上げながら膝立ちで着地した。遅れて論理の風が追い付き、彼の頬を後ろから撫ぜた。その感覚は、物理次元のものとよく似ていた。風に紛れ、赤が散り散りになってゆく。それらはやがて01に変わり、漂いながら、消えてゆく。 22
九龍は目を細めた。ベルゼブブを斃す直前に見えたもの。彼の心象。自分への憎悪。それを全く踏み躙り、否定し、破壊する権利は、自分にあったのだろうか?無論ベルゼブブのしたことに同情の余地はない。だがそれでも。彼と自分の関係、死の間際に伝わったことについて、考えずにはいられなかった。 23
「終わったな」俯く九龍に、ナナミが声を掛けた。彼の手には、光輝く暖かなプログラムがあった。『メモリー・オブ・ガロ.exe』。「君が探していたものはこれだろう」「ああ」九龍は頷いた。「暗号化は…」「されている。だが今の私なら、解除できるだろう」ナナミはデータを差し出した。 24
九龍がそれを受け取るまでに、暫しの時間を要した。その後、ナナミは躊躇いがちに言った。「ベルゼブブのことを考えていたのか」「ああ。俺に、アイツを踏み躙る権利は…あったのかな、って」「私にそれは判断できない。だが君が悩んでくれたことは、同じ機械として嬉しく思う」 25
「そんな、俺は何も特別なことは」「確かに、特別なことはない」ナナミは頷いた。「だがそれが肝要なんだ。特別でないというのは、つまりは受容だ。それを当然のようにできる者は少ない。惜しむらくは、彼に受け入れられる準備ができていなかったことと…君より先にオロチと会ってしまったことか」 26
九龍は、返す言葉を持たなかった。ベルゼブブの救いは、果たしてどこにあったのだろう?それはもはや、解の消えた問いであった。「九龍。君は何者だ?サンゼンレイブンのクローンと見えるが」「ああ、そうだよ。で、処刑から逃れる為に、探偵の粛清に引っ付いてるんだ」「そうか」 27
ナナミの輪郭が毛羽立ち、その存在がぼやけ始めた。彼の存在が消えるに反比例するように、記憶データが、光の中からその姿を表し始める。彼そのものが暗号鍵なのだ。「勝手かも知れないが、二つ頼みがある。まず一つ。生き延びてくれ。君のような者が増えれば、きっとこの国にとって良い」「ああ」 28
「そしてもう一つ」ナナミの横に01が凝集し、色めき、一人の少女の姿を描いた。「この子に私とナナミからの言伝を頼みたい。『我々の誇りを守ってくれてありがとう』と」「わかった。確約はできないけど」「…ありがとう」ナナミは表情ディスプレイに笑顔を浮かべた。そして彼は…消えた。 29
同時に記憶データから光が消え、その実行ファイルが姿を見せた。九龍は何かを考えるように俯いたが、やがてファイルを実行した。空間が揺れた。本棚から本が落ちる。ページが千切れ、乱舞し、何かの図画を描き出す。それは、在りし日の姿。ツクバを見守る管理AIの、懐旧であった……。 30
───────────────
…LEDで描かれた偽物の空が、橙に染まる。『鎖国』以前、空には太陽が輝き、その動きによって空の色は移り変わったと言う。そうデータにはあるが、ガロは懐疑的であった。彼の眼前を行く下校小学生は、この偽物の空に何の感慨も抱かない。本当の空は、闇に閉ざされてしまったと言うのに。 31
それでもいいじゃないか。平和であること。命の心配がないこと。それがどれだけ素晴らしいかは、今のニッポンを見れば嫌でもわかる。自分はその維持に寄与しているのだ。だがそれは…自分本位な傲慢ではないだろうか?子供たちは、笑いながらガロに手を振った。ガロは、笑って手を振り返した。 32
…「別にいいじゃねえか、そんなんでよ」缶ビールを呷る大滝を見、ガロは肩を落とした。「大滝さん、ここ病院なんだけど」「別にいいじゃねえか。細けえなあ、お前はよ」大滝はガロを流し見る。「変わんねえんだよ、人間も機械も。人間の脳だって、電気信号のやりとりしかしねえんだぞ」「…」 33
「傲慢が何だ。そんな人間なんざいくらでもいるぞ。機械が傲慢で何が悪いんだ?俺はそう思うね」「…大滝さん」「人と同じことを『気味が悪い』と称するヤツもいるだろうがね。だがお前は、この街に歓迎されてる。それでいいんじゃねえの?」大滝が再びビールを呷った時、目の前の病室が開いた。 34
「…あら」そこに立っていたのは、妙齢の女性であった。大滝の妻であり、その向こう、部屋の中には横たえられた赤子が見える。「来てたのね」「仕事の帰りにな。どうだ、調子は?」「悪くないわ。看護師さんも面倒見てくれるし…ずっと入院してたいくらい」「そいつぁ勘弁してくれ」大滝は笑った。 35
「なんだ、トイレか?」「ええ。ちょっと、見ててもらえる?」大滝が頷くと、女性はガロにウインクを投げ掛け、歩いて行った。「入れよ」大滝がガロを促す。「お邪魔します…」「んだよ、細けえ奴」ガロは大滝に続き、赤子の横に立った。小さな寝息を立てて寝る赤子は、赤く輝いていた。 36
「俺らの子さ。名前はまだねえけど」「…」「俺ら大人と違って、この子らにゃ機械の存在は当たり前だ。当たり前に受け入れる奴が大人になり、子を産み、時間が経つ。そうすれば、いつか本当の意味で、機械と人間が共存できる時が来るんじゃねえかな」「……そうかな。そうだね。そうだといいな」 37
「その一歩として、だ」大滝は気だるげに頭を掻いた。「実はまだ、名前が決まってなくてな…。嫁と一緒に長いこと考えてるんだが、どうにもな。ガロ、お前が決めてくれねえか?」「僕が…?」ガロは目を瞬かせた。だがすぐに苦笑し、再び赤子を見、口角を上げた。「そうだね。それじゃあ…」 38
…ガロは、確かに人間のことが好きではなかったのだろう。それでいいと思っていた。それでも、共に生きることはできると信じていた。整備技師の大滝や、人々との触れ合い。それは確かに、ガロの中に共存の確信として積み上がっていた。希望の礎と呼ぶべき、大切な記憶であった。 39
ベルゼブブの力を介し、ツクバに記憶が溢れた。ツクバに生ける全ての者がその記憶を、ガロの記憶を見た。地獄都市を静謐が満たした。都市を埋め尽くすジュデッカらも、また。運動センター内。男の肩を掴み、首を引き千切ろうとしていたジュデッカが、その手を放した。 40
そして彼らは踵を返した。「助かった…のか…」放された男は、ぼんやりと呟いた。しかしその表情から、生の充足は伺えない。彼らはただ、俯きがちに去りゆくジュデッカらを見ていた。押し寄せたジュデッカらは、満ちた潮が引くが如く、デッドラインカットの横をすり抜け、運動センターを後にした。 41
《ルシファー》はサイコキネシスを解くと、さざめきながら去りゆくジュデッカらを眺めた。「…《セト・アン》」彼女は小さく呟き、静かに目を伏せた。ジュデッカらは彼女にわずかに視線を向けると、そのまま歩き去ってゆく。流れの中に、彼女だけが取り残される。 42
シンヨウは、ゆっくりとタイムリープから手を放した。訝る彼から後退るように離れると、小さく首を振って背を向け、立ち去った。タイムリープはシンヨウがジュデッカの群れに紛れ消えるまで、その背を眺めていたが、それを達すると、大の字に倒れ込んだ。彼は大きく息を吐き、そのまま目を閉じた。 43
如此、ジュデッカは何処かへと去った。彼らはどこへ征き、何を成すのか?それは彼らにしかわからぬことであった。否、彼らでさえ知らぬのかもしれない。彼らの主たる《セト・アン》の心を汲み取ったが故に選んだに過ぎぬのだ。故に彼らは、気付いているのかもしれない。ここで全てが終わることを。 44
《セト・アン》は明日香の首から口を離すと、よろよろと後退った。「なん…だ?」押さえた口元から、赤い血が滴った。「なんだ、今の記憶は」未知の何かに出会った幼子めいて、震えながら漏らす。首から血と空気を流す明日香と壁を透かして遥か広がる氷獄を何度も見比べ、否定するように首を振る。 45
明日香は傷を氷で塞ぎ、空気が流れ出るを止めると、大儀そうに身を起こした。彼女もまた、《セト・アン》の……ガロの奪われた記憶を、見ていたのだ。「ガロ」「…」「ガロ、もうやめましょう。この斗いに意味などないとわかった筈」「…斗いの、意味…」 46
明日香は震える《セト・アン》に、ゆっくりと歩み寄る。拡散しつつあるアイデンティティを拾い集めるが如く、ゆっくりと。「ガロ。貴方は確かにベルゼブブに踊らされていた。それで貴方のしたことが消えるわけじゃないけど…でも、貴方は」明日香は《セト・アン》の前に立った。 47
「はァッ!」その瞬間、《セト・アン》の爪が跳ね上がった!「くうッ…!?」明日香の顔を抉ろうとした爪は彼女の面を弾き飛ばし、その顔を露にさせる。「ふッ!」返る袈裟懸けチョップを明日香はバク転で躱し、最中、氷の刀を拾い上げた。《セト・アン》は既に迫り、爪撃を浴びせ掛ける! 48
「はァァァァッ!」刀を回すように弾く明日香。《セト・アン》の動きは明らかに精彩を欠いていた。その太刀筋を見切ることは、あまりにも容易い…!「ああああああッ!うああああああッ!」尚も続く攻撃。しかしその裂帛は慟哭じみており、爪はただ、ままならぬ現実に力任せにぶつけるが如し。 49
「ガロ…!」「違うッ!」《セト・アン》は叫んだ。「違う違う違う違う違う…僕は《セト・アン》だ!ツクバの地獄は僕の意志だ!僕が望んでやったことなんだッ!」《セト・アン》は叫んだ。彼自身を塗り潰すかのように叫んだ。明日香はただ、それを受け止めることしか出来なかった。 50
襲い掛かる爪を弾き、弾き、弾く。その猛攻は、彼の怒りと絶望そのものだった。それはもはや、何を以てしても拭い得ぬものだ。明日香はそれを知り、逡巡し、しかしやがて覚悟を決める。ハリボテじみた覚悟を。「そうだ。全て僕がやったんだッ!じゃなきゃ、じゃなきゃ僕は……!… 51
…いったい何の為に斗ってきたんだああああ────ッ!」「ふぅアァァァッ!」《セト・アン》が爪を振り上げた瞬間、明日香は彼の心臓に刀を突き刺した。
明日香はより深く、押し倒すように刀をねじ込み《セト・アン》を強制的に跪かせた。「ああ、ああ…!」呻く《セト・アン》。胸から氷が広がり、彼を封じ込めてゆく。明日香は刀を離さなかった。彼と合わせた目を、離さなかった。「畜生、畜生、畜生…!」悔恨を吐く《セト・アン》。だが、その時。 53
《セト・アン》は、明日香の頬に一筋の雫が伝うのを見た。嗚呼。彼女は泣いている。どうしたのだろう?力にならなければ。それが、仕事だ。《セト・アン》は笑い、明日香の頬に指を這わせた。「お困り、かな…親愛なる…隣、人…よ…僕に、話…を……」《セト・アン》を氷が覆い尽くした。 54
同時にツクバを轟音と揺れが突き抜け、降下が止まった。ついにツクバは、地獄に到達したのだ。こうして、コキュートス・エクス・マキナは完成した。その王たる《セト・アン》は、地獄の底で氷へと封じられた。明日香は漸く《セト・アン》から離れると、面を拾って着け直した。 55
彼女はそのまま、がっくりと膝を突いた。目からは涙が流れ、しかし凍て風に晒され、砕けて行った。「うう、うううう……」明日香は唸りながら、地面を叩いた。何度も。何度も。憤懣をぶつけるように。それに応えるものはない。ただ、世界は、大きなものが小さなものを轢き潰しながら回るのだから。 56
探偵粛清アスカ
【プライド・フロム・マシン】
おわり
(【プライド・フロム・マシン】 エピローグにつづく)
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