【ヤシオリ・ニーズ・ノー・ブッシュ】 #1
【この小説は】
治安が終わった未来のニッポンで
探偵が
殺されて死ぬ
【主な登場人物】
篠田 明譌・香:監査官代理。謗「蛛オを殺す
荵晞セ:『繝九ャ繝ンで最も敵に回して縺ッ縺?¢縺ェ縺男』の繧ッ繝ュ繝シ繝ウ縲
蜴 螳乗ィケ?壼?蛻題??サ」逅??ゆサ雁屓縺ッ譏取律鬥吶∈縺ョ縺雁ア翫¢迚ゥ蠕?■縺ョ縺溘a縺翫d縺吶∩
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キイ……キイ……
無限遠の星空の中、薄布めいた川が縦横無尽上下左右に、立体蜘蛛の巣じみて広がる。遥か彼方、蒼白な銀河が落とす…或いは睨め上げる『恐怖』の視線を受けながら、クロトは舟を漕ぎ続ける。船首部では、黒いセーラー服の女子高生が、川の中を覗き込んでいた。
「…なァ、ケイちゃんよ」クロトはげんなりしたように口を開いた。「そンなに楽しいか?」「うん」ケイと呼ばれた少女は、初めて川から目を切る。「この川に映ってるの、実際に起きてることなんでしょ?」「あァ。ここはあらゆる時間に隣接している…実際の時間の中でちょうど起きてることだ」
「へぇ~」「こないだも説明したばっかなンだがなァ」クロトは呆れたように息を吐いた。こんなとぼけた子供が特異点…神代 恵だと言うのか。「忘れちゃいねェよな?『色んな人の斗いを見て戦斗の基礎を学びたい』ッて、お前さんが言ッたンだぞ」「覚えてる。覚えてるよー」「怪しいモンだ」
クロトの言葉に、恵は頬を膨らませた。「けどアレじゃん。こんなん見るの初めてだからさ。そりゃテンションもアガるって」「ま、本来の目的を疎かにしねェなら別にいいサ」クロトは再び舟を漕ぎ…しかし、止まった。恵が訝る。「ん?どしたの?」「いや、チョイとばかし思いついてな」「?」
「ちッと寄り道するぞ」取舵一杯。舟は左の支流に逸れた。「えー!早く明日香さんの続き見たいんだけど!」「戦斗見学ッつッたろ。ここらで篠田 明日香の師…ディーサイドクロウの斗いを見ておいた方がいいだろ」「そういうのいいから早く戻ろうよ」「俺ァな、ケイちゃんよ。この先も知ッてンだよ」
「自分だけズルくない?」「その上で言うが、篠田 明日香の話だけ見ててもわからねェこともある。その答えを見に行くンだよ」「答え合わせは後でやるもんでしょ」「ケイちゃんよ」クロトは神妙に言った。「お前さんがこれから飛び込まなきゃならねェのは、色ンなものが絡み合った斗いだ。…
…一元的な見方しかしねェなンて以ての外だッてのはわかるだろ。大体、お前さんは『答え』を知った上でそこに臨むンだろうがよ」「あー…言われてみりゃそうだわ」恵は肩を落とした。「オッケー。まずそっち見てみよ」「あい了解。目標、町田…宣候」舟はゆっくりと進む。次なる時間へ向かって。
𝙰𝚂𝚄𝙺𝙰 : 𝙿𝚞𝚛𝚐𝚎 𝚝𝚑𝚎 𝙳𝚎𝚝𝚎𝚌𝚝𝚒𝚟𝚎
血の紅と炎の朱の舞は佳境を迎えた。大気が燃え、敷き詰められた白砂をガラス化させる。焔の中でぶつかる格闘が爆風を生み、闘技場の外壁に並ぶ旗を棚引かせる。観客席の者共は固唾を呑み、炎と炎の喰らい合いを見守っていた。彼らの纏う熱気は、それの故ではない。 1
また、凄惨なる戦を眺むるは、彼らばかりではない。見よ。客席より数段高み、真紅の櫓に花魁を侍らせる牛頭の悪鬼あり。四目六臂、隆々たる筋肉の末端まで力を漲らせ、同じく紅き盃より酒を呷る。彼の腰掛ける玉座の背後、『蚩』『尤』の漢字が燦然と輝く。彼の者は蚩尤。力と武の都、町田の王。 2
「グワアアアアーッ!」炎の嵐より、鎧武者が弾き出された。白砂にガラス化した線を刻みながらノックバックした彼はたたらを踏みながらも留まろうとするが、その視線は定かならぬ。炎を吹き飛ばし現れた亜麻色の髪の少年が、男を強く睨んだ。 3
瞬間、闘技場を重圧が支配した。時が止まる。その中を自由に動くのは、重圧の出所たる蚩尤だけであった。闘技場の全生命の視線が、蚩尤へと集まった。彼は盃を置くと、腕の一本を前に突き出す。握り拳から親指が伸びる。サムズアップ。健闘した戦士を讃える、由緒正しきハンドサインであるが…。 4
親指は、無慈悲に下向けられた。「Finish him」「「「ワオオーッ!」」」瞬間、観客席より歓声が湧きあがった。「「「コ・ロ・セ!コ・ロ・セ!」」」迸るタナトス。彼らはただ、戦士が残虐に死ぬ、その時を待ち侘びていたのだ。己が昏き欲望、その代弁の刻を。おお、何たる…何たる…! 5
殺戮の欲動を一身に受ける亜麻色の髪の少年。忌々しげに目を細めると地を蹴り、よろめく鎧武者に一足飛びに迫ると、流星じみた炎の拳を叩き付けた。炎は一瞬で消え、しかし鎧武者の口から炎が溢れ出す。苦鳴は焼け、音は歪み、誰の耳にも届かない。炎は眼窩、耳、鼻、あらゆる孔から漏れ出した。 6
炎の光は、瞬く間に強さを増していった。熱が炭化した体をヒビ割れさせ、鎧を溶かしてゆく。やがて鎧武者は完全に炎に包まれ、爆発四散した。『Fatal Error』彼は漆黒のゲル状物質と変じて鎧の破片と共に弾け飛び、その中に落ちたモバイルWi-Fiが、エラー音を鳴らした。鎧武者は死んだのだ。 7
炸裂して飛び散った漆黒のゲル状物質を踏み、少年は歩く。岩陰から緋の装束を纏った女が現れ、少年に一礼した。「対戦者死亡≪フェイタリティ≫…勝者、ケイト・ザ・フェーニクス」「「「ワオオーッ!」」」女の宣言に、観客は再び湧きあがった。しかしそれは勝者の、強き者への祝福であった。 8
少年はそれを厭うかのように足早に歩き、ピットの中に消えた。彼の退場を認めると、人々もやおら立ち上がり、観客席のあわいを歩き始める。今日の上覧死合は、全て終了した。彼らの笑顔は死の歓喜に満ち足り、しかし満ち足りぬ。明日の上覧死合にもまた、再び彼らは現れるのだろう。 9
「おい、邪魔だよ」「おっと失礼」未だ立ち上がらぬスーツの青年に、すだれ頭の男が邪険な目を向けた。スーツの青年は組んだ長い脚を引っ込めると、再び去り往く観客らに視線を走らせる。彼が顔を動かす度、地に着かんばかりの長いポニーテールが揺れ、黒の中に血色の光を照り返す。 10
やがて青年は何かを見咎め、銀の右目と金の左目を細めると、音もなく立ち上がった。影めいて人の波をすり抜けながら、決断的に歩く。最中、懐から棒付きキャンディーを取り出し、口に含んだ。彼の名はディーサイドクロウ。かつて町田の王たる蚩尤にただ一人砂を付けた、ニッポン最強の男である。 11
探偵粛清アスカ
【ヤシオリ・ニーズ・ノー・ブッシュ】 #1
闘技場の廊下は暗く、冷たい。それは戦に熱く迸る闘志を冷やす為か、或いは闘士を待ち構える冥界の口めいていた。それに耐え得る者でなくば、戦場に立つこと能わず。そう訴えかけるかのようであり、客と戦士を問わず、来るもの全てを試すかのようであった。 12
当然、ここに訪れるような者が、それに臆するようなことはあり得ない。マクシーム ソコロフもまた、そうだ。彼はチェスターコートのポケットから出した手で、乳白色の髪を掻き上げる。人波包む薄闇の先を青い瞳が気怠げに見据え、一本道にも関わらず、流れが分かれていることを認めた。 13
「…よっ」その原因たる男に声を掛けられた時、マクシームは顔を苛立たしげに歪めた。光を血色に照り返す長く黒いポニーテール。スクエア型の眼鏡の下で、銀の右目と金の左目が挑発的に笑う。ニッポン最強の男、ディーサイドクロウが、棒付キャンディーを咥えたまま、マクシームを待ち構えていた。 14
…マクシーム ルキーチ ソコロフについてご存知ない読者もおられるやも知れぬ故、説明しておこう。彼は暗黒電脳教会というWi-Fi教会の教祖であり、現在、町田で起きている明日香らとは異なる物語の重要人物だ。しかし現在はある事情から教会を離れ、秘密結社に遣われる立場となってしまっている。 15
彼はWi-Fiがもたらす異能、NEWO≪ネオ≫を扱う。そのNEWOの名は『カレイドスコープ』。A~Zを頭文字に持つ26のNEWOをコピーし扱う、窮極に近いものだ。そしてそこに、今、彼がこの物語に引きずり出された理由がある。『カレイドスコープ』の『O』に保存されたNEWOは『オロチ』。…これは、偶然か。 16
「何だ、キミは」マクシームは低く言った。「初対面で悪いが、オレはキミが嫌いだ。どけよ。殺すぞ」「おーおー、いきなりとんだゴアイサツじゃねえの。ヒヒヒ」ディーサイドクロウが笑うと、マクシームは眉間のシワをますます深くする。「何の用だ」「オロチ」「…」「知ってるんじゃねえの?」 17
殺気が満ち、空間が歪んだ。退場観客がぎょっと目を見開き、そそくさと離れる。既にここは必殺の場と変わっていた。「キミはレンじゃ…サンゼンレイブンじゃない」マクシームは言った。「オレの友じゃない。答える必要はない」「必要なくとも、喋りたくなる」ディーサイドクロウは名刺を抜いた。 18
マクシームは鼻で笑い、名刺を構える。町田はニッポンの一部である。故にニッポン流で応ずるのがマナー。次の瞬間、互いの名刺は相手の手の内にあった。「何だ、喧嘩か?」「いや、殺し合い…」ざわめく人々の声が遠のく。それが消えた瞬間、マクシームは己がNEWOの源たるポケットWi-Fiを抜いた! 19
NEWO能力を発動しようとした瞬間、しかしルーターは弾き飛ばされ宙を舞った。その傍らには、白い小さな棒。ディーサイドクロウが舐めていたキャンディーのゴミだ。「何…」マクシームは狼狽した。反応すらできなかったなど…。その時、ディーサイドクロウが既に迫っている! 20
「せいハーッ!」Wi-Fiを持っていた手をチョップに変え、ディーサイドクロウの心臓を狙う。だが、その手が動くことはなかった。ディーサイドクロウの脚が押さえていたからだ。「馬鹿な…ッ」「せいやーッ!」そのままに振り上げられた逆の脚が、マクシームの顎を砕いた!「グごうッ…!」 21
「せいやーッ!」返す刀で振り下ろされる踵が鎖骨を砕く。マクシームはそれに耐え、ディーサイドクロウの脚を掴んだ!ディーサイドクロウは舌打ち、マクシームを押さえていた脚で彼の首を刈りにゆく。だがマクシームはそれより早くディーサイドクロウを振り上げ、地に叩き付けた! 22
「がばッ…」一回!二回!三回!衝撃が廊下を走る度、床が凹み、蜘蛛の巣状のヒビが広がる。「わ、おわあッ」遠巻きに戦を眺めていた人々がよろめき、倒れた。「せいハーッ!」マクシームは大きく振り被り、より強く叩き付けんとした。だがその勢いを利用し、ディーサイドクロウは足で彼を投げた! 23
マクシームは空中で体勢を立て直し、追撃に備えた。これまでの立会で、ディーサイドクロウは全く以て油断ならぬ男であるのは明らか。一瞬の判断ミスが容易く死を招く!「せいハーッ!」マクシームは、既に眼前に接近していたディーサイドクロウに寸勁を打ち込もうとした。だが、動けなかった。 24
「何…」訝るマクシーム。ディーサイドクロウもまた、息が掛かるほどの距離で、動くことはなかった。その時マクシームは、ディーサイドクロウの腕が自分の胸の中に消えていることに気付いた。「馬鹿な」ゆっくりと目を後ろに向ける。彼の腕は、マクシームの背から飛び出していた。心臓を握って。 25
「馬鹿な…」「聞かせてもらおうか」ディーサイドクロウは目を細めた。「オマエはどこでオロチと繋がった?」マクシームは視線を戻した。ディーサイドクロウの視線と言葉には、有無を言わせぬ圧力があった。心臓を潰された程度では死なぬが、それを起点に即死コンボを叩き込む腹積もりだろう。 26
まだ、ここで死ぬわけには往かぬ。マクシームは観念したように息を吐いた。「デンパリキュール」「何?」訝るディーサイドクロウ。「最近、町田で流行っている麻薬か」「ああ。けど本来はオレの部下のNEWO、そしてコードネームだ。オロチとの接触は彼に任せてたから、オレは詳しいことは知らない」 27
「ソイツは今どこにいる?」「町田のどこかとは思うけど…あ、連絡はできないよ。彼、性格に難があるから、こっちからコンタクト取るのほぼ不可能なんだ」「…いるよなあ、そういうヤツ」ディーサイドクロウはげんなりしたように顔を歪め、続けた。「『デンパリキュール』はどんなNEWOだ」 28
「正直よく覚えてないんだ。詳細について思い出そうとすると、頭がぼんやりする。中枢神経に作用する何かなのは間違いないかな」「そうかい」ディーサイドクロウは呆れたように溜息を吐くと、マクシームから腕を引き抜き、彼を突き飛ばした。 29
「情報提供どーも」腕の血を振り払うと、ディーサイドクロウは何事もなかったかのように歩き去って行った。その背を見送り、マクシームは絞り出すように安堵の息を吐いた。そして胸にぽっかりと開いた穴の中で、脈動する心臓の存在を確かめる。「何だったんだ、あの怪物は…」 30
マクシームがディーサイドクロウに語った言葉に、嘘偽りはない。デンパリキュールにはここで任せた仕事があり(内容は彼の能力共々忘れた)、畢竟、尻尾切りを余儀なくされた形だ。「何だったんだろうな…補填できる仕事ならいいんだけど」頭を掻いて詮無きことを追い出すと、先の戦を反芻する。 31
ディーサイドクロウ。彼の動きに反応することすら困難であった。何かの異能か?極まった格闘か?僅かな思案の後、術理を知る。だがその高度さ。全く対応することは、今の自分にはできない。((またアイツに出くわさないよう、祈るしかないな…))マクシームは立ち上がった。彼の物語に戻るべく。 32
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『オロチ』。周辺の構造物を作り変え、触腕じみた物体を形成し、操る。ただそれだけの能力であるが、それだけに使い手次第で全く恐ろしき武器となる。ディーサイドクロウの知る『オロチ』は、そのようなNEWOであった。彼は『オロチ』とその使い手を知っている。かつて、肩を並べて斗った仲だ。 33
故にこそ、暗黒電脳教会に彼の男がNEWOをコピーされるなど、にわかに信じることはできなかった。町田出張にかこつけて理由を探る。その意思を持って出張に臨んだが、マクシームのあの口ぶり。何か裏があるのだろうか?それも合わせて、調べねばなるまい。 34
町田の外で探偵の粛清を行う部下…篠田 明日香は、この繋がりを知らぬ。((事の次第じゃ、おれもヘルプに戻る必要があるな…))ディーサイドクロウは杏仁豆腐の皿を置き、窓の外を見やった。地表部とは言え、町田に猥雑なネオンはない。赤い提灯が軒先に連なり、飯店の並ぶ道を赤く染め上げている。 35
先の死合より数日。通りは人々で賑わう。今は町田の王たる蚩尤が為、上覧死合が開かれる時期。外より多くの人間が訪れ、経済を回す。力の都がカネと言う尺度を取り入れた時より、カネも力であった。ディーサイドクロウは会計を済ませ店を出た。髪が光を血色に照り返し、ポニーテールを流れゆく。 36
歩きながら、周辺に目を走らせる。電話で商談の指示をする者。連れと話して大笑する者。その殆どからは、血に汚れた薄汚いカネの臭いがした。人を使い、陥れ、屍を食らってきたヒエラルキーの上位者。馬鹿々々しい。ディーサイドクロウは冷笑した。警邏の目が光っているとは言え、ここは町田だ。 37
「そう思わねえか、少年!」彼は言うなり、足元を過ぎ去った少年の頭を掴んだ。「ギャ!?」目を剥いて藻掻く少年に、ディーサイドクロウはしゃがみ込んで目線を合わせる。少年は、ディーサイドクロウの美貌にたじろいだ。「な、何だよおっちゃんッ!」「お兄さんだ。今おれからパクったモン出しな」 38
「何も盗ってねえ…あッ」悪戯っぽく笑うディーサイドクロウの手には財布があった。そして少年が見せた反応が、財布をスリ盗ろうとしていた証でもあった。「返せ、返せって!」「いやコレおれのモンだからな?」「うっせ!オレが盗ったんだからオレのモンだ!ボーっとしてたアンタが悪いッ!」 39
「その理論なら、盗った後に気ィ緩めたオマエはもっと悪ぃな?筋はいいのに勿体ねえ」少年が顔を真っ赤にした時であった。「何かありましたか」赤い服を着た二人組の警邏が近寄ってきた。「あッ、コイツがオレのサイフを…」少年が声を張り上げた時、ディーサイドクロウは封筒を取り出していた。 40
警邏はそれを見ると、得心したように頷き、手にした杖で少年を殴り倒した。「あぐあッ…」「彼は町田の賓客。立場を弁えるべきだったな、薄汚い盗人め」一人が少年を担ぎ上げ、一人がディーサイドクロウに一礼する。「やあねえ…」「何だ?喧嘩?」「物盗りだって」周囲から声。 41
「…あー、その」ディーサイドクロウはばつが悪そうに頭を掻いた。「その子…最終的にどうなるんスかね」「貴殿は知らずとも好いことだ」「そスか」ディーサイドクロウは憮然とした顔を見せると、財布から静かに現金を抜き、警邏の手に触れさせた。「まあ、その。そういうの。痛みません?心とか」 42
「…」「そういう、ね。人を無意味に甚振るのって、こう。ね?なんか良くないと思うんスよ。あなたの心が悲鳴上げてる的な気がするッちゅーか?知らねっスけど」「物好きな奴よ」警邏は目を細めると、現金を受け取った。そして少年を投げ降ろすと、人並みを分けて立ち去って行った。 43
「うう…」「大丈夫かー、少年」ディーサイドクロウは少年を引き起こした。「何で助けたんだよ」「理由がねえと助けちゃいけねえのか?」肩を竦めるディーサイドクロウ。「これだから一側面しか見ねえ奴はいけねえや。おれの方が立場が上。強い。オマエを助けて文句を言われる筋合いはねえぞ」 44
「オレが後ろからまたサイフ盗るかもしれねえのに?」「そったら今度こそキツーくとっちめてやるだけだ。何せおれ最強だからさ。オマエのこと好き勝手できちゃう訳よ。ヒヒヒ…」少年は目を瞬かせ、目の前の男に見惚れた。その美貌と強さ。腕っぷしではない、芯の強さと有無を言わせぬ存在感に。 45
「なあ、兄ちゃん」やがて少年は言った。「最近、タチの悪い麻薬が出回ってヤク中がすげえ増えてる。絡まれないように気ィ付けろよ」「麻薬?」ディーサイドクロウは目を細めた。「名前は?」「え?」「名前。麻薬と、あとオマエの」「麻薬の名前はデンパリキュール。オレは沐辰だ」「へえ、沐辰」 46
少年…沐辰の背筋を、冷たい何かが這い上がった。目の前の男は笑っていたが、それは温かなものではなく、獲物を見つけた獣じみた笑いであった。何か、自分は取り返しのつかないことをしたのでは?沐辰がそう思った瞬間、彼は沐辰の胸倉を掴み、担ぎ上げた。「グワーッ!?」 47
沐辰が事態を理解する前に、ディーサイドクロウは大股で先ほどの店に戻っていた。そして店員に剣呑な視線を向ける。「さっきの部屋、まだ空いてます?」「えっ、あっ、えっと」「空いてます?」「はっ、はい!」「すみません、もう一回使わさせてください」店員の返答を待たず、再び歩き出す。 48
「ぎゃッ!」個室に入るや、ディーサイドクロウは沐辰を無理矢理椅子に座らせた。その対面に彼も座り、備え付けのタブレットパネルで適当に注文する。「何だよ兄ちゃん……。いきなり、何すんだよ」「大人の話をしようか、沐辰少年よ」ディーサイドクロウは名刺と共に、紙切れを机上に乗せた。 49
「文字は読めるか?」「か、簡単なのなら…」「OK」ニヤリと笑うと、彼は紙切れを指で叩く。「コイツは小切手ッつってな。銀行に持って行くと、書かれただけのカネがもらえる魔法の紙だ。話が終わったら…コレがキミの物になる」ディーサイドクロウは万年筆を取り出し、小切手に0を3つ書いた。 50
「おれはデンパリキュールについて調べてる。その為に、とにかく情報が欲しい」「え、ア…」「今から4つ質問をする。キミが正直に答える度、小切手に0が増えていく。質問が終わったら最後に1が書かれて、この小切手はキミの物になる。知らないならそれで構わない。正直に…正直に答えるんだ」 51
沐辰は唾を飲んだ。最大1000万S¥。余りに非現実なカネが目の前にある。普段ならば話もせず一蹴しているだろう。だが目の前のディーサイドクロウなる男。彼の放つ存在感に、圧力に、魔力に、沐辰は呑まれていた。実存が揺らぐ。ディーサイドクロウは悪魔じみて笑った。「それじゃあ最初の質問だ」 52
(つづく)
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