【プライド・フロム・マシン】 #3 前編

Wi-Fiもたらす異能、NEWO«ネオ»。数ある異能の中でも最強とされるこれは自然発生的なものではなく、神の権利である全能を義務付けられデザインされた。実際、始まりのNEWOは全能を、神の権利を持っていた。NEWOが生まれたときが、人が神となった瞬間なのだ。そのNEWOの名は『メガロヴァニア』。 1



『メガロヴァニア』は、想像を現実にする力を持っていた。そこに一切の代償は存在せず、制限もない。正しく無限の力であった。『メガロヴァニア』は量産され、そして多くの人の力となり…だが、真に使いこなせる者はついぞ、現れなかった。人は、代償なき強い力を信じることができなかったのだ。 2



人に御せぬ『メガロヴァニア』は、あらゆるものの制御システムとして組み込まれることとなった。後発のNEWO制作理論を応用した指向性を持たせ、その無限のエナジーを以て様々な事象をコントロールする。もはや『メガロヴァニア』は、ニッポンの都市基盤には欠かせぬものとなっていた。 3



ガロは冗談めかして肩を竦めた。「僕もその『メガロヴァニア』って訳なのさ。何の機材もなくホログラフ投影できるのは、それが理由」「成程、メ『ガロ』ヴァニア」呆れたようにため息をつく明日香を、ノイズ塗れの病んだ青空が照らす。宏樹は割かれた肩を押さえ、顔を顰めた。 4



明日香と宏樹は、ガロの提案を承諾した。せざるを得なかった。彼との話の最中、殺人機械群の奇襲を受けたからだ。群れの中にはこれまでに全く見たことのない型の機械が多数存在しており、それによって宏樹は手傷を負う。態勢を立て直す、その為だけに真意のわからぬ提案を受けねばならなかった。 5



都市の整備用通路に飛び込んだ明日香らは、ガロの案内によって進む。その先は、目指していた工業地帯であった。ガロの言葉に嘘はなく、つまりそれは、明日香らは《ベルゼブブ》の討伐に手を貸さねばならぬことを意味していた。 6



「聞きそびれていたが《ベルゼブブ》とは何だ」宏樹が問うた。ガロは俯きがちに答える。「ツクバをこんなにした元凶さ。殺人機械から、黒いチリのようなものが散っていただろう?あれが《ベルゼブブ》の力だ」「ベルゼブブそれ自体は、遥か昔にある神が悪魔と貶められたものと記憶していますが」 7



「その通り」ガロは頷いた。「神話の記憶や名を持つマルファクターは珍しくない。《ベルゼブブ》もそのひとつ…『蝿の王』と謗られた、豊穣の神だったものさ」「蝿の王…」明日香は顎を擦る。その脳裏には、光り輝く蝿の羽音が木霊していた。人を食い殺し、その体を操る蝿。 8



果たして偶然ではあるまい。そこに如何なる関係性があるのか?((いずれにせよ、狩って殺し、粛清する))だがその為には武器が必要だ。己の身を守り、敵を殺す武器。ネオギア。明日香は懐の面を確かめると顔を上げ、工場の大きな扉を見据えた。 9



ガゴン。ゴゴゴ…。宏樹が肩から血を流しながら、重厚な扉を押し開ける。工場の中は薄暗い。裸電球の頼りなげな灯が揺れ、倦んだ空気を焼こうとしていた。「これは…」「人の臭いはするな」ガロの言葉に、宏樹が答えた。「かなり強い。数も多いし、しかも垢だらけなのだろうな」 10



「何日も前にここに逃げ込んだ、か」明日香は顎をさすった。「殺人機械がそれを見逃すかな?」「やはりそこが疑問だな。それ以外にも問題がある」「私達が来たことで、状況が崩れるかも知れない」「ああ」宏樹は頷いた。「俺達が殺人機械をここに呼び込んだとしたら…」「来た順に潰す」 11



「そう単純な話じゃあない。それを皮切りに、次々と殺人機械が来るだろう。お前の面を修理することが切欠になったら、避難民の面倒を見る必要が生じる」「じゃあどうすんのさ。ルミナスバグも…たぶん《ベルゼブブ》とやらも、ネオギア無しで倒せる相手じゃないよ」「ウウム」その時だ。 12



「お困りかな、親愛なる隣人よ。僕に話を聞かせて貰えるかい?」「あ?」ガロの声に、二人は思わず振り向いた。彼は上階に笑みを投げ掛けており、その先にいたのは果たして、子供。「ガロ?」子供の声は掠れていた。固く拳を握る明日香の頭上で、子供は足場を走る。「ガロだ!ガロが来てくれた!」 13



「おお、よしよし」ガロは駆け下り来た子供の頭を撫ぜる。ホログラムの腕は揺らぎ、少年をすり抜ける。少年は、それを悲しげに見つめた。「ガロ、オレらを助けてよ。こんなこと終わらせてよ!」「…」ガロは答えず、困ったように眉を下げるのみ。「ねえ、ガロ…?」 14



「無駄だ、無駄だ。所詮、そいつも機械なんだよ」上階から別の、ひび割れた声。少年がそのあるじたる中年の男を見返した。「父さん…」「管理AIだあ?大層なこと言って、今の今まで何もしてねえじゃねえか」「言われてみれば、確かにそうだ」俯くガロに、宏樹が剣呑な目を向けた。 15



「お前が管理AIならば、何故事態の収集に当たらない」「…『メガロヴァニア』は全能だ。搭載AIは当然、自分の意志で人間に反旗を翻すこともできる。それを防ぐ為に、僕には大した権限が与えられていないんだ。『権限を無視することはできない』。プログラムの根幹に根ざすコマンドさ」「ケッ」 16



男が再び吐き捨てた。「コイツにできるのは、俺らの前をウロついて不快にさせることだけッて訳だ」「あと、実験施設に供給する為のエネルギー生産ね」ガロは溜息をついた。「大滝さん、そんな言い方ないんじゃない?君のプロポーズの言葉、一緒に考えてやっただろう」「覚えてンじゃねえよクソAI」 17



「機械だからね。記憶力は抜群さ」ガロは茶化すように肩を竦めた。他の者は、ただ彼らのやり取りを注視する。軽口を叩き合う間に、どうしようもなく剣呑な空気が流れていた。「何しに来やがった」「僕じゃなくて彼らがね」呆れたように顔を逸らす。その先には、明日香。 18



「お忙しいところ失礼します。我々は(株)ハイドアンドシークの者です」明日香は名乗り出、機密となり得る部分を伏せつつ、事情を掻い摘んで説明した。大滝は鼻を鳴らし、苛立たしげに眉を顰めた。「武器の修理だと?音で機械共に気付かれたらどうする。お前らをここに入れたことすらヤバイんだぞ」 19



「それは…」「弊社がツクバからの脱出チームを組んでいます」宏樹が口を挟んだ。明日香が目を瞬かせ、宏樹を見る。「そうなの?」「後で生存チームを再編して組ませる」「でもそれって嘘じゃ」「いいから合わせろ」常人には聴き取り不可能な速度での会話を終えると、明日香は再び大滝を見た。 20



「我々の任務にはツクバ難民の救援も含まれています。修理が完了次第、まずはこの区画の人々を脱出チームの下までご案内いたします」「俺が気にしてるのは『最中』だよ。修理中に来たらどうすんだッて話だ」大滝の後ろには、いつの間にやら多くの人々が集まっていた。「これを守れるッてのか?」 21



「皆様が一所にじっとしてくださると言うのなら」宏樹は毅然と答えた。その言葉には有無を言わせぬ圧力があった。明日香は唾を飲む。この男は寡黙の人だが、沸点が低い。そして舐められることを何より嫌う。だが相手は素人であり、言葉の圧力に気付いていない。そして宏樹は、明日香よりも強い! 22



「兄ちゃん。ここに来るまでにどれだけの機械を見たかはわからねえが、あれに武器もない人間が勝てるッてか?」「勝てますとも」「口だけなら何とでも言えらあな」「口だけ…?」宏樹の額に青筋が浮いた。((やばい!コイツ殺る気だ!))明日香が押さえようとした瞬間、宏樹は懐からナイフを抜いた! 23



KRA-TOOOOM!天井が崩落したのは、その瞬間だった!「「「「アバーッ!」」」」人々が巻き込まれて死!天井を突き破り、黒をパーティクルめいて散らす柱が突き刺さる。…否。それは、脚!巨大なる極殺珪素節足動物じみた脚の一本であった!「人類!完殺!」呪詛めいた鬨が降り注ぐ。 24



「グワーッ!」瓦礫を逃れた大滝が、地面に強かに叩き付けられた。「しッ!」ナイフを振り上げた宏樹を明日香が止める。「何をする!放せ!」「落ち着けよバーサーカーバカ!」「いま俺に馬鹿って言ったか?」「言ってねえよ!今この人を始末してどうすんのさ」明日香は、怯える少年を指差した。 25



「チッ」宏樹は聞こえよがしに舌を打つと、破られた天井を見た。「「「人類!完殺!」」」突き立った脚を伝い、次々と殺人機械の群れが入り来る。「俺が相手をする。篠田は今の内に面の修理をしろ。今更許可がどうとか言ってられん」「OK。5分で終わらす」「2分でやれ」「無茶苦茶言うなあ!」 26



明日香は大滝を抱え、走り出した。「ガロと、ええと、君も早く!」「ガロ、行こう」少年が明日香の後に続く。ガロは、殺人機械の群れに切り込む宏樹を眺めていた。斬り伏せ、斬り捨て、やがて巨大な脚が動く。その度、果実が落ちるように次々と機械が侵入する。「チッ」ガロは舌打ち、走り出した。 27



「しィィィやァァァッ!」繰り出される蹴り嵐が次々と殺人機械を粉砕。「「「ピガガーッ!」」」内蔵機関を曝け出しながら他の機械を巻き込み斃れるを尻目に、宏樹は跳躍した。天井の穴より見える巨体。それに機械は集まっているのだろう。ならば、まずはこれを討つべし。巨体の脚を駆け上がる。 28



再びノイズ塗れの空の下に飛び出した時、宏樹は無数の殺人機械に包囲されていた。宙を飛ぶもの。四足で這うもの。人型のもの。中には、六臂の魔人めいた姿のものもあった。先に宏樹に手傷を負わせた型の機械である。それらを見下ろすは、邪悪なる滅裂殺巨大戮タカアシガニロボットめいた威容。 29



「上等だ」宏樹のナイフより、コードが伸びた。宏樹はそれを数度腕に巻き付けると、先端の針を腕に突き刺す。すると見るがいい。逆手に構えていたナイフ、その柄より真紅の…血の刃が伸び、刀と化したではないか!これなるは宏樹に貸与された試作兵器、ブーブスである。宏樹は、血刀を霞に構えた。 30



「「「ピガガーッ!」」」機械の群れが殺到した。彼らの牙が宏樹に突き刺さろうとした瞬間、宏樹の姿が消えた。「ピガッ!?」動揺する機械たち。互いを蹴って跳び離れ、態勢を立て直す。あらゆるセンサーから、宏樹の反応が消滅していた。…否、宏樹だけではない。あらゆる仲間の反応が消えている。 31



…数間離れた場所が揺らぎ、そこに宏樹の姿を描き出した。その瞬間、彼に襲い掛かった機械たちの体が、斜めにずれた。「「「ピガッ…?」」」彼らは互いに見合わせると、そのまま地に落ち、斃れた。「フウーッ」宏樹は息を吐き、辺りを見回した。残る機械は、明らかに警戒レベルを引き上げている。 32



「怖いのならば逃げても構わん。追いかけ、追い詰め、一匹残らず潰す」宏樹は威圧的に宣言した。「PIGAGAGAGAAAAGH!」頭目たる巨大タカアシガニロボットが恐怖を塗り潰すように叫び、腕を振り上げた。「それでいい」宏樹は笑い、刀を構えた。「処刑者代理、デッドラインカット…参る」 33



────────────────



KRAAAASH!タイムリープは蓋を蹴り落とすと、通気口より降り立った。「ふう…」演技じみて息を吐くと口布を外し、服に付いた埃を払う。懐よりブラシを取り出し、丹念に、丹念に。彼はその作業をしながらも、片時も警戒を緩めることはない。 34



ニッポン都市の例に漏れず、ツクバにも地下は存在する。しかしその役割は居住ではなく、全く交通の為だ。血管めいて張り巡らされた地下道はツクバ各所を繋ぎ、或いはサブウェイに接続され、他の都市からの玄関口となる。当然ここにも自衛隊の目は光り、機械、人間、別なく屍が堆く折り重なる。 35



人が往来する道を血管と呼ぶなら、その整備通路は組織液とでも呼ぶべきだろうか。ツクバ地下道整備通路には、電子化された機械は少ない。『人によって整備を行う也』と規制された通路は狭く、機械の立ち入りは困難。此度のような状況に於いて、これ以上のパスは間違いなく存在しないだろう。 36



「…の、筈なんだがな…」キャトルマンハットを被り直すと、タイムリープは非常灯に切り取られる闇の先を見通す。「人間…殺ス…」徘徊せし殺人機械の一群。薄赤の光の中に血よりも紅き殺戮の歓喜をもたげ、黒き塵を闇の中に散らしている。忙しなくカメラアイを回し、何かを探しているようだった。 37



タイムリープは壁を蹴り跳び、襲い掛かった!「せいッ!」「「「ピガガーッ!」」」槍めいたサイドキックが複数体をまとめて破壊!巻き込まれ、態勢を崩したものに突如として風穴が開いた。遅れて数度の銃声が狭き通路に木霊する。タイムリープは演舞めいた動きの後、残心した。瞬殺である! 38



「こんな雑魚じゃ、何億いようが格闘の足しにもなりゃしねえ」悪態をつくと、拳銃をしまった。無論、それが目的でツクバ地下道整備通路に潜り込んだのではないが、やはり雑魚の相手は面倒極まりない。早々に用事を終わらせ立ち去るべきだろう。 39



ニッポン都市は、発電床による発電が主流である。道路に敷設された上を人が車が往来することで電気が生まれ、それによって民は光を甘受する。全て民衆は、生活するだけでニッポンに貢献するという仕組みだ(無論、民の承認欲求を満たす為でもある)。ツクバの生活電源も、それによって賄われている。 40



発電床は、都市の全域に敷設されている。ツクバ地下道も是であり、それは現在地下に待機している自衛隊部隊にまで及んでいることを、タイムリープは確認していた。では、この発電装置を最大限に悪用…例えば、電気を逆流させればどうなるか?彼はそれにより、自衛隊に穴を開けるつもりだった。 41



パイプとケーブルがのたくり回る整備通路の壁に、地図が貼られていた。電気管制室までは間もなくだ。タイムリープは自分の方向感覚に惚れ直すと、意気軒昂と歩き続ける。薄赤が、闇の中にぼんやりと脚の長い影を描く。影は迷いなく脚を交差させ、進み続ける。影は闇に消え、次の赤が影を再び描く。 42



カラン。「ン…?」何処かより聞こえた音に、タイムリープは歩みを止めた。明らかに自然発生的な音ではない。聞こえた場所は、すぐそこの扉。その先は資材置き場だった筈だ。((殺人機械共ではないにしても、誰かいるのか…?))タイムリープは暫し考え込むが、やがて意を決したように扉を開けた。 43



瞬間、強烈な冷気が頬を叩いた。「これは…!」タイムリープの脳裡を一人の少女…監査官代理、篠田 明日香が過る。だが、そこにいたのは一人の兵隊であった。パイプで組まれた棚に身を預け、冷たい空気の中、絶え絶えに呼吸を繰り返している。「これは…?」タイムリープは訝るように目を細めた。 44



エンブレムから判断するに、ハイドアンドシークの威力部門だ。企業の威力部門は小隊、最低でも班単位で動くのが常であるが、ここにいるのはただ一人。そして明らかに手負いだ。((整備通路で何かが起きてやがる))タイムリープは結論した。知らねばならぬ。目の前の男を、見殺しにしてはならない。 45



「大丈夫か」タイムリープは男を抱え起こした。男の目は虚ろであり、酷く憔悴している。精強なる企業戦士をここまで追い詰めるものとは?タイムリープは密かに戦いた。「み…水…」男が掠れた声を出した。「水か。待ってろ」タイムリープは懐からペットボトルを取り出した。飲みかけだが仕方ない。 46



「ひィィィィ違ァァァァァう!水が襲ってくるゥゥゥゥゥ!」男が叫んだ!瞬間、ボトルの蓋を突き破って水が飛び出す!「な…!?」ボトルを取り落とすタイムリープ。飛び出した水は氷の龍と化し、男の首を噛み千切った!「アバーッ!」噴水じみて血が吹き出す。しかしそれは、瞬く間に凍り付いた。 47



「GRAWL!」氷の龍はタイムリープに牙を剥いた。だがその瞬間、龍の顔面が不可視の何かによって粉砕される。氷の龍だったものがボトルごと地に落ちると同時に、銃声が響いた。「どうなってやがる…!」タイムリープは銃に弾丸を込め直すと、がなり始めたWi-Fi受信機を取り出した。 48



『5474N』のWi-Fiが一際強く名を輝かせていた。その電波強度…実にバリ80!「馬鹿な…魔王級のWi-Fiだと!?どこにこんなバケモノが…」狼狽するタイムリープの下。床からの冷気に乗り、黒がパーティクルめいて舞い上がる。それは、殺人機械と全く同じものであった。 49



タイムリープは、少し前に見た邪悪なる滅裂殺巨大戮タカアシガニロボットめいた威容を想起した。構造物が変形したあれも黒をパーティクルじみて散らしており、殺人機械と同様の状態にあったと推測される。そして整備通路もまた、構造物だ。「まさか、整備通路全体が…『5474N』の胃袋の中かッ!」 50






𝙰𝚂𝚄𝙺𝙰:𝙿𝚞𝚛𝚐𝚎 𝚝𝚑𝚎 𝙳𝚎𝚝𝚎𝚌𝚝𝚒𝚟𝚎

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