【プレイヤー・トゥ・アスク・フォー・ア・スター】 #8

《セト・アン》は連続側転で高みより襲い来る人嚙≪にんぎょう≫の刃を躱すと、勢いのままに瓦礫を駆け上がった。追従する3体の人嚙がランスで瀝青に傷を刻み、蛇行しながら迫る。「はァッ!」《セト・アン》は壁面を蹴ると、水琴へと向かう残る1体へ、流星めいた跳び蹴りを放つ。 1



鎧をへしゃげ、くの字に折れ曲がりながら人嚙は吹き飛び、転がった。地に腕を突き刺し、バーンナウト跡を引きながら《セト・アン》は旋回。見上げると、先に自分へと迫っていたそれらは、ターゲットを水琴へと変えていた。水琴は刀を金剛に構え、それらを迎え撃たんとす! 2



しかし人嚙らは水琴の直前で足裏を合わせ、互いに蹴り跳び直角のターンを決めた!狙いは依然として《セト・アン》!「ちッ…!」舌打ちと共に腕を打ち開き氷壁を生成。ランスの挟撃を押し留めるが、鎧をへしゃげさせた人嚙が立て直し、正面より迫っていた!新たに氷壁が伸び、しかし…間に合わぬ! 3



「ぐああッ!」不完全な氷壁は容易く砕け散った!《セト・アン》は一早く攻撃半径より脱しており、追撃は空しく礫を掻き分けるのみ。その狭間より刹那、彼は人嚙を包む鎧の底を見た。へしゃげた鎧。兜の隙間より流れる涙めいた血と、その奥に潜む決意が、決然と《セト・アン》を睨んでいた。「…」 4



同時、左右氷壁が砕け、ランスが飛び出してくる!「う、やば…」横薙ぎに襲うそれを、もはや躱す暇は残っていない!「ジャッ!」瞬間、蒼き稲妻が閃き、鎧ごと人嚙を焼いた!砕け舞う氷の欠片を這って網となった雷は人嚙を押し留め、槍を躊躇わせる。《セト・アン》は跳び退り、水琴と並び立った。 5



「散漫だぞ、《セト・アン》殿」「ああ…ゴメン」目を細める《セト・アン》。彼の瞳は油断なく飛び構える3体の人嚙から、一度も逸らされていない。残る1体は、上空でこちらの様子を伺っていた。((アレが頭か))意識だけで捉えたそれに《セト・アン》は考えを巡らせる。((アレを潰せば瓦解できるな)) 6



同時にある思いが湧き上がる。先に一瞬、人嚙を覗き込んだ時に感じたもの。敢えて言葉にするならば、同情である。他者に乗っかることでしか何かを成せぬことへの同情。目的の為に自ら人嚙となった彼らは、かつての自分そのものだ。植え付けられたものが萌芽して、無意味に笑っているだけの自分だ。 7



その愚かには、致命的なことが起きるまで決して気付けない。そして血の涙を流す彼らは、それに気づいているのだろうか。((いずれにせよ、哀れなこった))《セト・アン》はシニカルに笑った。だが、傷ついた自分たちに終わらせることはできるのか。 8



兜の中から涙めいて血を流す人嚙。彼らはそれを振り落とすかのように飛翔し、襲い掛かった!赤を中空に幾何学模様じみて引きながらのアトランダム飛行。二人が万全であれば反応もできよう。だが既に満身創痍であり、その集中を上回る速度と精度である……! 9



赤い螺旋の挟み込むような突撃を《セト・アン》と水琴はそれぞれ受ける。インパクトと同時に赤は解け、ランスに纏わりついて質量に速度を与えた。そこより放たれる致命的な連撃を二人は辛うじて受け…そこへもう一体が、同様に突撃した。連撃に対応しながらの対処は、もはや二人には不可能! 10



「「グワアアーッ!」」《セト・アン》と水琴は赤の奔流に弾き飛ばされた!その勢いが故に逆に致命には至らず。しかしそれを知った人嚙らは、即座に赤を振り捨てた。そのままに体を軋ませ、態勢を立て直す前に再度の突撃を放つ!「く…」氷と雷が盾となり、その勢いを緩める。 11



そこへ3体目の人嚙が突撃を見舞う。「何度同じ手を使えば気が済むッ!」水琴が叫んだ。だが、それに十全な対応が出来ていない以上、虚勢以上の意味を持たない。そして名の通り虚ろな勢いに、付け入らぬ理由などありはしないのだ。人嚙は兜の奥、表情無き顔で嗤い、より強く羽撃いた。 12



人嚙のランスが彼らを食い破らんとした、まさにその瞬間であった。突如として上から何かが降り来たり、致命の突撃人嚙を地に叩き付けた!「AAAARGH!」それは漆黒の外骨格纏いし人型は咆哮すると、鋭き爪を連続で突き刺し人嚙を解体する!「牙、だと…!」水琴が視線を巡らす。周囲には大量の牙! 13



東西南北の階層移動ターミナルより湧き出す彼らは、一様に怒りを込めた咆哮を轟かせ、亡骸と化した都市に羽撃く蹂躙者を見下ろしていた。「はァッ!」《セト・アン》は受け止めていた人嚙のランスを掴み、投げ飛ばした。水琴が受け止めていた人嚙を巻き込んで転がり、瞬時に彼らは立て直した。 14



《セト・アン》は顎で上を、羽撃くままに見下ろしていた最後の1体を示す。水琴が頷くと同時に二人は跳躍。瓦礫を駆け上がり、向かう。最中、水琴が牙と呼んだ鎧の群れが飛び降り、下にいる人嚙を襲った。「何だ、コイツらは」「私の仲間がやってくれたんだ」訝る《セト・アン》に水琴は言った。 15



「……そうか」《セト・アン》は頷いた。「なら、この機を押さえるぞ」「応ッ」鋭く睨む彼らの視線を、最後の人嚙は堂々と受けた。そこに悲壮の色は見えない。《セト・アン》は目を細めた。そして、激突した。蒼電と氷撃。それらを鋼で弾く。弾く。弾く。火花が散り、そして二人は落ちてゆく。 16



人嚙は高みから追った。高低差による利を活かした刺突。雨霰と降るそれを、《セト・アン》が展開した氷の傘が防ぐ。その下で彼が差し出した足を水琴は蹴り、跳び出す。瓦礫を蹴って稲妻めいたトライアングルリープを決め、人嚙のトップを取る。人嚙は、自らの攻撃が死角となり、反応できなかった。 17



「ジャッ!」雷霆と共に振り下ろされた峰側からの刀が、人嚙を叩き落とした。疲弊した体ではもはや斬鉄すら不可能、その判断故の打撃であった。氷を砕きながら地に叩き付けられた人嚙は数度バウンドし、起き上がろうとするが、その動きは緩慢であった。身体機構が致命的な損傷を負ったのだろう。 18



《セト・アン》、続けて水琴が着地した。周囲には、多くの牙が赤黄色い液状ヒトタンパクを流しながら、動かなくなっていた。だが、なお多くの牙が先んじて落ちていた人嚙に群がり、五体を引き裂いている。既に勝負は決していた。「哀れだな」《セト・アン》は腕組み呟いた。 19



その瞬間、最後の人嚙に牙が飛び掛かった。次々と爪が突き立てられ、解体されてゆく。「この、牙は…ひょっとしてナゴヤの人々か?」「ああ」「そうか」《セト・アン》は細めた目で、引き裂かれる人嚙の群れを見た。「……哀れだな」やがて人嚙の姿が完全に消えると、牙は瞬く間に去って行った。 20



「少なくとも彼らは、この都市を踏み躙ったものにしか興味がないらしい」水琴が言った。「なら、僕たちも行かないとな」「ああ」「斗いは、まだ終わっていない」二人は再び上を目指して走り出した。《セト・アン》はその間、牙たちを想っていた。 21



彼らがナゴヤの人間ならば、怒り、無念を背負っている。故に彼らは立ち上がり、走り出した。弱き者の怒りを纏って。((……少し、うらやましいな。何でだろうな?))彼の口元には笑みがあった。未だ都市には人嚙が蔓延り、牙はそれと対峙している。願わくば、弱者の意志が何かを変えんことを。 22



────────────────



血風劇場«グランギニョール»は肉の祭典の下、敵を睨め付けた。「グレンマキナー…紅蓮の地獄造りし機械、か。企業の犬め。お誂え向きの名だな」「そうですね。地獄と向き合うことのできなかった愚かを裁くには」「ほざきおる」目を細める両者。空気が研ぎ澄まされ、世界が圧縮し、そして弾けた! 23



「せいハーッ!」血風劇場が、交差した両手を開くようにしながら振り下ろした!斬糸が荒れ狂い、肉の社に亀裂を刻む!尋常ならざる、脳を破壊するような悲鳴が上がる。肉は未だ生きており、その神経が糸となっているのだ!明日香…グレンマキナーはジグザグに走り、糸を躱しながら接近する! 24



「ふッ!」疾走の最中、手袋より槍を抜き、勢いのままに叩き付けた!しかしそれは甲高い音と共に、即席の網によって受け止められる。血風劇場の指は絶えず動いている。それに合わせて悲鳴が轟き、肉が糸を吐き出していた。なんたる非人道虐暴的防御及び殲滅機構を備えた無慈悲悪辣なる戦斗空間! 25



グレンマキナーの目が燃え、その血が冷えた。槍を止めた網に氷が走る。彼女はそれを残したまま、連続で槍を揮った。その全ては異なる網によって阻まれる。打擲の度、網に氷が走る。それは元となる糸をも蝕み、結合し、大本たる肉をも苛みながら、やがて一枚の氷壁となった。 26



「ふぅアァァァッ!」そして一際強く槍を叩き付けた!氷壁が、凍てついた肉を抉りながら砕ける。煌めく冷たきプリズムの先、血風劇場は嘲笑うかのようにグレンマキナーを見ていた。肉の殿堂が絶叫し、震える。槍が凍てつき、紅蓮を迸らせた。グレンマキナーは槍を持ち変えると同時に、強く突いた! 27



瞬間、血風劇場が解け、バラバラの糸となって消えた。ダミー!「せいハーッ!」グレンマキナーの背後より、ドリルめいた跳び蹴りが襲い掛かった!それは比喩ではない。糸が渦を巻き、獄滅ドリルとなって彼女を突き穿たんとしていた!しかしそれは、火花と共にグレンマキナーを弾いたのみに終わる。 28



「氷の鎧を薄く、膜のように纏っているな。硬い、硬い」ブレイクダンスめいた動きで隙を消すグレンマキナーに、しかし血風劇場は既に肉薄していた。「せいハーッ!」糸ドリル纏いし拳をより高速、連続で叩き付け、鎧ごと抉り砕かんとす!グレンマキナーは氷の小刀でこれを弾き、防ぐ! 29



ZZZZZT!ZZZZZT!糸と氷が火花を散らす。糸のドリルは少しずつ冷気に蝕まれ、氷の刀は削られつつあった。大気は冷たい熱を孕み、散る火花がぶつかり合う二人の心を燃やす。それを隔て、血風劇場とグレンマキナーは互いを強く睨み付ける。譲れないもの。激突するエゴ! 30



「グレンマキナーよ」烈撃の中、血風劇場が口を開いた。「貴殿の斗う理由、問うていなかった。これほどの格闘があらば、貴殿ならばどうとでも生きることができよう。ならば何故、それを揮う?」「……」グレンマキナーは、暫しの沈黙と共に目を細めた。 31



それは彼女自身も抱いていた問いだった。彼女は、血風劇場の中にある種の高潔があることに気付いていた。地獄を終わらせる為、地獄と化す。その矛盾を飲み下す覚悟。「その問いに答えるには、先に問わねばなりません」「言ってみなさい」「荒覇吐とは何です。ナゴヤを贄と捧げ、何が起こるのです」 32



「……過去、人類が最も幸福だった時期とはいつだろうか。私は常に問うてきた。その答えは未だ得られていないが、ひとつわかったことがある。人は愚かだ」「…」「多く蒼生は、自分たちで道を見出すことができない。否、見出さない。楽だからだ。他者に己の舵を取ってもらうことがな」「…」 33



「結果、約200年前。ある巨悪が生まれた。ハーケンクロイツ、鉤十字を掲げるあの組織…存在と、その悍ましき所業くらいは知っているだろう。指導者のカリスマに酔いしれ、それに自分自身の舵を握らせた果て、のさばった悪徳を」血風劇場は悲し気に目を伏せた。「人は、愚かだ」「…」 34



「だが逆に考えるがいい。義しきカリスマであらば、蒼生に全く善き道を歩ませることができるのだ。ニッポンに於けるカリスマ、即ち強さ。最強。ディーサイドクロウをも超える最強ならば。人々を喰らい、情報物質イデアを抽出する。そして於炉血を依代に、最強を生み出すのだ。それが荒覇吐」 35



グレンマキナーは反芻した。情報物質イデア。世界を形作る最小単位。生ける者のエゴにより、現実をも塗り替える無限の可能性。然るにイデアそのものが目的であるならば、人嚙≪にんぎょう≫の生死にすら意味はない。最後に纏めて全てを簒奪するのだから。全ての惨劇は、その為の下拵えに過ぎない。 36



気付くと同時に、彼女は知った。ここで起きたあらゆる惨劇に意味はない。あったとすれば、それは監査官代理たる自分を殺すことだけだ。無意味な血。無意味な死。万物に意味を見出すことがどれだけ馬鹿げていようとも、しかし求めずにはいられない。それすらも、ナゴヤは踏み躙られたのだ。 37



KRACK!氷の小刀が、糸のドリルを受け止めた。「……ふざけるな」グレンマキナーは呟いた。氷が糸を這い、ドリルを止めた。「ふざけるな」グレンマキナーが煮え滾った。それすらも覆い尽くすが如き冷気が発散された。「ふざけるな!」ドリルが氷と共に砕け、血風劇場の腕を露にした! 38



グレンマキナーは素早く腕を回し、捻り上げた。「グが……!」血風劇場の関節が極まった!「ふぅアァァァッ!」そのままに連続で拳を叩き込む!『関節の極まりが勝負の決まり』。戦士に囁かれる真実である。何より血風劇場の腕を、氷が蝕み始めている……! 39



「それでも人は生きる。自分の中の何かを変えようと。自分の外の何かを変えようと、必死に生きる!」グレンマキナーは叫ぶ。「それを誰にも…止める権利はない。それを守るのが、私の…グレンマキナーの、篠田 明日香の斗いだッ!」グレンマキナーはトドメのチョップを放った! 40



「ならばそれを…!」血風劇場は、グレンマキナーが加える力に従った。肩が、腕の関節が外れる。それと引き換えに、彼は一定の自由を得た!「社会自身に問えッ!」そして体を捻り、投げ飛ばした!グレンマキナーは空中で態勢を整え、肉の壁を蹴って膝立ちで着地。血風劇場は、腕の関節を嵌めた。 41



「…殆どの人は愚かだ。規範、然るに支配と言う軛がなければ、己の牙が望むものに届いた時、容易く奪う側に回るだろうな」「そうかもしれません」「それでもか」「それでもです」グレンマキナーは言った。「我々に出来るのは、自分の行いが種となるのを期待すること。その萌芽を待つことだけです」 42



「……期待、か……」血風劇場は、穏やかに繰り返した。静かに目を伏せる彼と共に、肉の社が戦慄き始める。それは盛り上がり、うねり、血風劇場を覆い始めた。「……戯言だッ!」彼が決然と目を剥いた時、オルガンの音が止まった。そして肉は全て血風劇場の下へと集まり、立ち上がった。 43



見るがいい。再び空は闇の下へ投げ出された。屹立するナゴヤ電波塔、その展望台屋根上に立つ禍々しき巨体。さながら10m超の巨大肉ロボットじみたそれの中に、血風劇場はいる。『人は変わらない。監査官代理、貴様もだ。貴様は、私に勝てない』「…天秤探偵社社長、血風劇場殿。粛清いたします」 44



巨大肉ドールが大口を開いた。巨体に赤きエネルギーが血管めいて走り、口に向けて収束する。イデアを絞り、致命的な攻撃へと転化しようとしている。グレンマキナーは手袋から刀を抜き、脇に構えた。口に集まった光が収縮し、消えた。そして次の瞬間、ビームとなって放出された! 45



「ふッ!」グレンマキナーはサイドステップでそれを躱し、即座に疾走へ転ずる。ビーム即ち光速。彼女ならば、見てからの回避は可能。だがそれは、血風劇場とて同じこと!「せいハーッ!」巨体は首を振り、光をも躱すステップに、ビームを完全に追従させている!迂闊に近づくこと決して能わず! 46



「ふッ!」グレンマキナーは氷刃を連続投擲。しかし光の圧倒的な熱量が、それが届くを許さない!牽制すら無意味。((ならば強引に埒を開くッ!))グレンマキナーは足を止めた。瞬間、光が彼女を飲み込み……否!怒涛の光は、6つに分かれて彼女を避けていた!盾!彼女は、紅蓮の刀を盾としていた! 47



弾けた光の狭間より、グレンマキナーは血風劇場を睨んだ。そのままに一歩。威圧的に足を踏み出す。さらに一歩。二歩。三歩。受け止めて、進む。巨大な熱量が体躯を苛み、それでも彼女は歩み続け…やがて、畳一枚分の距離にまで接近した。光はもはや上から降り注ぎ、グレンマキナーは耐える。 48



瞬間、轟音と共に足場が崩落した!放たれ、弾かれ続けた熱線が展望台の屋根を破壊したのだ!「うッ…!?」光線が外れる。グレンマキナーは空中で体勢を立て直そうとし、しかし!「せいハーッ!」巨大な掌が、彼女を叩き潰した!「げぼごあッ…!」血と共に全ての空気を絞り出す! 49



展望台内に穿たれた小クレーターの底で、グレンマキナーは藻掻いた。肉の巨腕は尚も圧力を掛け、完全に擦り潰そうとしている。彼女にもはや、これを跳ね返す力は残っていなかった。呻き声が聞こえる。怨嗟の声か。はたまた、自分を呼ぶ声か。その中で、グレンマキナーは己の意識を握り締めていた。 50



グレンマキナーは、握った意識を手繰り寄せる。声は、上から聞こえた。己を潰したもの…巨大肉ドールが発散するものであった。((ああ、そうか))得心した。これは、無念の声であった。踏み躙られた者の怒りであった。彼らは皆、巨大な者の一部となって尚も生きており、涙を流している。 51



グレンマキナーの意識の中で、ひとつのシステムが燦然と輝く。『ogre.exe』。己の中の修羅が、解き放てと叫んでいた。先の於炉血との斗いでは、奔流する怒りに呑まれることはなかった。だが今は?この怒りの中では?そこで彼女は、考えるのをやめた。覚悟を決める時…否。覚悟はとうに決めた筈だ! 52



「まだ息があるか…!」血風劇場は、グレンマキナーを押さえる手に拳を振り下ろした。だがインパクトの直前、押さえつける手が凍り付く。「な…!?」狼狽する血風劇場。拳を止めることはできず、巨大肉ドールは自分自身の手を粉砕した!「グワーッ!?」痛みのフィードバックはない。屈辱の叫びだ。 53



砕け拡散する煌めきの中から、グレンマキナーが飛び出した。口吻じみた氷の嘴持つ彼女は、氷の尻尾をのたくらせながら、鋭く血風劇場を睨んだ。「何だ…その姿は!?」「人は変われないか。ならばそれが貴様の限界だ」氷の獣は、刀の刃先に指を添わせた。「貴様はそこで果てるがいい。私は先へ往く」 54



「ほざくがいいッ!」血風劇場は、残る腕でグレンマキナーを殴り付けた。瞬間、獣の姿が消え、透明な閃光が数度迸る。閃光は血風劇場の足元で終端を迎え、糸が綯い合わさるかのように、グレンマキナーの姿を詳らかにした。「うぬおおッ!?」直後、閃光の道筋通りに巨大肉ドールの腕が断たれた! 55



「何だこの力はッ!?」両腕を失った巨大肉ドールがたじろいだ。「貴様を潰す。その為の力…ではない」グレンマキナーは揺らぐ自我を踏み止まらせる。「私の信ずる道…弱きを救う、活人の為の力だッ!」刀から冷気が噴き出した。それは瞬く間に凝固し、長大な刃となった!彼女はそれを振りかぶり…! 56



「ふぅアァァァッ!」回転し、薙ぎ払った!刃は巨大肉ドールの脚を断ち、腰から落下させる!「グワーッ!」屈辱に叫ぶ血風劇場。斬り飛ばされた脚が凍り砕け、煌めきのプリズムを生む。グレンマキナーはその中から血風劇場を睨んだ。そして薙ぎ払った勢いのまま長大な氷の刃を振りかぶり…! 57



「ふぅアァァァッ!」回転し、薙ぎ払った!刃は巨大肉ドールの腰を断ち、胸から落下させる!「グワーッ!」屈辱に叫ぶ血風劇場。斬り飛ばされた腰が凍り砕け、煌めきのプリズムを生む。グレンマキナーはその中から血風劇場を睨んだ。そして薙ぎ払った勢いのまま長大な氷の刃を振りかぶり…! 58



「ふぅアァァァッ!」回転し、薙ぎ払った!刃は巨大肉ドールの胸を断ち、首から落下させる!「グワーッ!」屈辱に叫ぶ血風劇場。斬り飛ばされた胸が凍り砕け、煌めきのプリズムを生む。グレンマキナーはその中から血風劇場を睨んだ。そして薙ぎ払った勢いのまま長大な氷の刃を振りかぶり…! 59



回転、跳躍した!「弱き者の怒りを…知るがいいッ!」咆哮と共に刃を突き出し、肉の首を縦に引き裂くが如き一撃を繰り出す!血風劇場は、それを避ける術もなく……肉の首に、受けた!凍てついた刃が肉を貫き、そして……! 60



刃が、押し返された。「卑賤な輩が…!」地獄の底から響くような声がグレンマキナーを打つ。肉が盛り上がり、片腕で刃を掴み止めた血風劇場を吐き出した。「崇高なる千年王国を阻もうとするんじゃあないッ!」糸が刃に絡みついた。そして、バキンという音と共に、グレンマキナーの刀は切断された! 61



糸はグレンマキナー自身にも巻き付いていた!「せいハーッ!」血風劇場が腕を揮う。それと共にグレンマキナーが飛び、壁に叩き付けられ、抉りながら引きずられてゆく!その終端で、彼女は縛り上げられ、宙に磔られた!「武器の一つ二つを得、好い気になるなよ。弱者の杖だ、そんなものはッ…!」 62



血風劇場は跳躍。致命的な刺突を放つ!「真の強者の斧の一振りで、容易く崩れ去るのだッ!」「……違う!」グレンマキナーは叫び、身を捩った。左の腕がぶちぶちと音を立てながら千切れる。肉のあわいから配線をだらしなく垂らした腕を引きずり、グレンマキナーは血風劇場に組み付いた! 63



「私は武器のおかげで強くなったんじゃない……私が強くなれたから、この武器を拝領できたんだッ!」「うぬおおおッ!?」グレンマキナーは走った。血風劇場に組み付いたまま走った。そして激闘により脆くなっていた展望台の壁を突き破り、闇の下へと飛び出した!「な…貴様ーッ!」 64



血風劇場の傷は浅い。だが、目の前の敵が纏う気迫。そして組み付かれた場所から、氷が広がっている。この高さから落ちたれば、致命となり得る!「は…放せッ!」懐からナイフを抜き、グレンマキナーを何度も突き刺す。だがグレンマキナーは、決して力を緩めはしない!「く…くそッ!」 65



血風劇場はナイフを捨てた。そしてグレンマキナーの頭を掌で挟み込み、万力めいた力を加え始めた。不死者であろうと、脳を破壊すれば実際死ぬ。確実なる殺害手段である。「さあ、死にたくなければ私を放したまえ…!それともチキンレースでもするかね?」「アア…アアアア…!」 66



「明日香。君がそんなものに付き合う道理はないぜ」異なる声が闇に響いた。その瞬間、血風劇場の指が芋虫めいて落ちた。「な、何…!」グレンマキナーは血風劇場から引き剥がされ、闇に浮かぶ影に抱き留められていた。「う…《セト・アン》…!?なんでここに」「これで借りは返したぜ」「借り?」 67



「なんでもない」《セト・アン》は電波塔の骨組みに着地し、グレンマキナーを降ろした。「う…うおおおおおッ!」血風劇場は、吠えながら落ちる。体は凍てつき、態勢を整えることができない。己の体を支える糸もなし。あったとしても指がない。((私は…死ぬのか?志半ばで))血風劇場は絶望した。 68



蒼生を踏み躙り、その果てに何も成せず死ぬのか。否。死んでたまるか。絶望すらもエゴとなる。強きエゴは現実を捻じ曲げる。体を這う氷が溶け始めた。まだだ。まだ終わりはしない。血風劇場は歯を剥くと、体を捻り、腹を下にして着地しようとした。…彼が落ちようとした場所に、土師 水琴がいた。 69



雷霆が血風劇場の心臓を貫いた。「グワアアアアアーッ!」血風劇場は、あらゆる感情が綯い交ぜになった絶叫を上げた。苦痛。絶望。恐怖。そして……怒り。彼の瞳は怒りに満ちたまま、己を突き刺した水琴を見下ろしていた。「おのれ……おのれェェェェッ!駒が、生贄如きがァァァァァーッ!」 70



水琴は、何も言わずに彼を見返した。そのままに力を籠め、刀を二度揮った。血風劇場の胸から上が正中線で断たれ、そして首が体から離れた。どさりと落ちたそれから、血は流れ出なかった。雷が焼き焦がしていたからだ。その目は怒りに見開かれたまま固まり、決して閉じることはなかった。 71



「……終わりだ。何もかも、な」水琴は呟き、刀を鞘に収めた。一陣の風がナゴヤに吹いた。悪意によって死んだ都市に。穢れを禊ぐように流れる風は、瓦礫を揺さぶる。その音が、泣き声のように響いた。 72






(【プレイヤー・トゥ・アスク・フォー・ア・スター】エピローグにつづく)

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