【プレイヤー・トゥ・アスク・フォー・ア・スター】 #2
雨天時開放の公共避難所は、どこもほぼ類似の造りである。厚い自動扉の先にコンクリートが打ちっぱなしの広々とした部屋があり、並んだ長椅子の合間合間にニュースやお笑い・バラエティ番組、映画を流すモニターがある。部屋の1/3ほどのスペースは、簡素なガラス戸と壁で仕切られた喫煙室だ。 1
ここには、個人番号や身分証による認証など存在していない。そんなものがあっては、避難が間に合わないからだ。ニッポンの人口は『鎖国』の動乱を脱して以降、即ち40年ほど前より、WW2終結後のベビーブームを上回る増加傾向にあるのだ(当然、戸籍がない者は含まない。含めたなら、もっとだ)。 2
故に、何者かがそこに入り込むはあまりに容易い。ほんの数回、扉を叩けば近くにいる誰かが、鉄扉を開いてくれるだろう。当間仁 刃(あたまに やいば)は、いつものように扉を叩く音に気付き、扉を開いた。だがその瞬間、開いた隙間から飛び出した刃が、彼の頭を貫いた。「アバーッ!」 3
血飛沫を上げて倒れる男。避難所の人々の視線が集中する。そこには死体と…扉をこじ開け入り込む、刃の腕持つ人間の肉で出来た操り人形じみた何か!人形は刃の体を何度も刺突し、その体を捻じ曲げてゆく!「あ、ああ…」一人のサラリーマンが呻いた。彼は知っていた。人嚙劇≪にんぎょうげき≫を! 4
哀れな男の体をすっかり作り変えた人嚙≪にんぎょう≫が、怯えたサラリーマンの方を向いた。「ギシッ」骨が軋むような音がした次の瞬間、サラリーマンが胴部を貫かれた。「へぎゃッ!」「き、きゃあああッ!」事態を認識した他の者が悲鳴を上げた。そこへ体を組み替えられた人嚙が襲い掛かる! 5
人嚙は人を襲い、作り変える。そうして新たに人噛が生まれ、それもまた人を襲う。ネズミ算式に増える人嚙は瞬く間に公共避難所を覆い尽くす。そして人噛に襲われているのは、この避難所だけではない。あらゆる公共避難所、そして人が逃げ込む地表全ての場所が、人嚙に蝕まれていた。 6
レインコートを再び纏った侑斗は、雨の中を悠々と歩く。彼の指先は忙しなく動き、その度ネオンの極彩が、そこから伸びる細い線を僅かに浮き上がらせた。糸だ。人嚙の神経線維から作られた糸だ。これが全て人噛を操り、意のままに動かしているのだ。まこと悪魔の兵器に相応しき、魔技であった。 7
侑斗は名古屋テレビ塔の敷地に入った。途端、空気がどろりと凝り、重くなる。人外魔境。通常の人類ならば、入らば瞬く間に精神を鑢り削り正気を失うそこを、侑斗は躊躇なく歩む。周辺から飢えた視線が突き刺さる。侑斗はそれを全く意に介さない。否、羽虫に纏わり付かれたように眉を顰めるのみだ。 8
侑斗の前に、一頭の獣が現れた。人類に根源的恐怖を覚えさせるであろう巨躯の獣は、猿じみた顔に備わった口を、にやりと笑うように歪めた。それは狸の胴。虎の手足を持ち、蛇の尾でできた異形の体を楽し気に震わせ、久方ぶりの獲物に高揚した。《ヌエ》。獣は歓喜と共に侑斗に飛び掛かった。 9
侑斗は一歩だけ踏み出した。次の瞬間、彼は跳躍した《ヌエ》の後ろにいた。《ヌエ》は中空に縫い留められたかのように静止していた。その体躯には糸が絡みつき、縛り上げていた。《ヌエ》は藻搔くことすら許されない。侑斗は指を振り上げ、降ろした。ばつん、と音がし、《ヌエ》は輪切りになった。 10
「お美事」ぼとぼとと落ちる《ヌエ》の体を見ながら、何者かが拍手した。見ると、金の瞳の青年が侑斗に向かい、歩き来たっていた。「オロチ」「どーもどーも」於炉血は慇懃に一礼した。黒い髪が揺れ、僅かな光を血のように赤く照り返した。「何の用だ」「うんにゃ、そろそろ出ようかってだけ」 11
「私は心配だよ。また君が何かいらんことをしでかすのではとな」「うーわ、信用ねえなあ。僕」「当たり前だ」侑斗は目を伏せた。「この際だから言っておこう。君な、作戦にわざと不確定要素を盛り込んでどうするんだ」「それが楽しいんだろうが」「遊びでやってるんじゃないんだよ」呆れる侑斗。 12
「大体な、星空探偵社の件だってそうだ。何で牙に襲わせるなんてマネしたんだ。特等探偵が牙に殺られるなんて不自然極まりないだろう。私に任せておけばよかったものを」「ほんッとうるさいね、君。過ぎた事だろ」「今に遺恨を残す可能性があるから言ってるんだろ」「だからいいんだろうが」 13
「話にならんな」於炉血は肩を竦め、歩き出した。「オロチ。君が撒いた種だ。君がしっかり刈り取れ」「覚えてたらねー」肩越しに手を振りながら、於炉血は闇に姿を消した。侑斗は大きく溜息をついた。あの調子では、彼は自分の気の赴くままにしか動くまい。いたずらに面倒を増やされた形だ。 14
計画に修正«リビルド»が必要だ。己の力で監査官代理を狩るその為にはもっともっと、人嚙が必要だ。「せいハーッ!」侑斗は連続側転を繰り出し、テレビ塔を上った。一息に地上100m、展望スペースまで上がると、そこには数体の人嚙がいた。人嚙は互いを突き刺し、混ぜ合い、ある形を成した。 15
「…フム」侑斗は、そうして出来上がった肉のオルガンを満足げに眺めた。肉の椅子に座ると、数度腕を回し、全ての糸をオルガンのリードに通す。居住まいを正すと、赤黒い鍵盤に指を叩き付けた。湿り、しかし荘厳で、冒涜的で、魂を梳るような音がナゴヤ地表に響いた。 16
それと同時に、あらゆる建物から人嚙が這い出してきた。避難所から。コンビニから。ホテルから。オフィスから。誰かの家から。次々と。波のように。水のように人嚙が溢れ出し、ナゴヤに氾濫する。それらは雨の中を瞬く間に埋め尽くし、そしてターミナルへ…地下都市へと向かってゆく。 17
探偵粛清アスカ
【プレイヤー・トゥ・アスク・フォー・ア・スター】 #2
ナゴヤ上層にある味噌カツ屋『象の牙』は、知る人ぞ知る店だ。ウナギの寝床と呼ばれる狭く細長い店内はカウンター席のみで、数も6席程度。供される肉は柔らかく肉厚で、噛む度にザクザクとした衣と肉汁が絡み合う絶品なのだが、その肉の正体は知れない。だが、店が繁盛しない真の理由は他にある。 18
店長のカツ氏は、異形の白い人型としか呼べぬ風体である。象牙じみて黄ばんだ白い機械鎧に身を包み、その口からはサメじみた牙が垣間見ゆる。鋭利な爪こそ持たぬが、それ以外のシルエットは『牙探偵社』と呼ばれる異形の人食い探偵社に属する探偵と、全くの同一なのだ。人はそれに恐れ、遠ざける。 19
清原 正吾は、目の前に出された特上味噌カツを噛み、間を置かずに白米を口に入れた。衣・肉・米が織りなす食感の妙と、濃厚な肉汁と米の甘さを包む味噌ダレのマリアージュを暫し楽しむ。「うまい」やがて名残惜し気に飲み込み、水をゆっくりと飲んだ。「いい腕してるじゃないか、カツ」「まぁな」 20
歪んだスピーカーを通したようなカツの声が、自慢げに通った。「しかし驚いたよ。まさかカツにこんな才能があったとはな」「俺も驚いてるんだよ。名前が『カツ』だから始めてみただけなんだけどよ。コイツが中々面白い。ドラム叩くより性に合ってるくらいだぜ」カツは獰猛な牙を隠しながら笑った。 21
カツはパンク・ロックバンド『耳狩芳一』の元ドラマー、つまり正吾とは元同僚の間柄である。カツの脱退は正吾よりもいくらか早く、正吾がバンドを脱退したことを、彼がここを見つけ足を運ぶまで知らなかった。 22
「正吾、お前なんでバンドやめたんだ?」カツは怖じることなく切り出した。「正味、芳一ン中じゃお前が一番上手かったと思うんだがな」「ああ。実は……な」「ン?」言い澱む正吾。カツはカウンターから身を乗り出した。「結婚、考えててさ」「マジか!?」「うん」正吾は曖昧に頷いた。 23
「マジか!何で言ってくれねえんだよ。ご祝儀くらい用意したのによ」「それ目当てみたいになっちゃうだろ」「カーッ。真面目だねぇ。それでもパンクロッカーかよ」「今は求職中の若者だよ」「つまり無職…いやアレか!ヒモか!」「…だから言いたくなかったんだ」手を叩き、カツは笑う。 24
しかしそれもすぐに収め、神妙に言った。「けどだったらよ。何で未だにギター担いでるんだ?」「別に音楽やめる訳じゃないからさ」「ほォん?」カツは首を傾げ、しばし考え込む。正吾は、彼が続けるのを待った。カツは迷いがなく、思慮深い人物だ。正吾は、彼に大きな信用を置いていた。 25
「いきなり二足の草鞋を履こうとするのはやめた方がいいと思うぜ。本格的に再開するなら、就職してそっちが落ち着いたらにしとけ」「わかってる。けどさ…」「焦ってもしゃあねえぞ。奥さん…まだ彼女さんか。安心させてやるのもお前の役目だ」「うん。それもわかってる」 26
「お前ホント張り合いねえなあ。人の言うこと素直に聞きやがって。それでもパンクロッカーか?」「俺が正しいと思ったことをやるだけだよ」「俺の言うことは何でも正しいってか」「きちんと考えた上で君が正しいと思ったのさ」「素直かよ」「それが取り柄でね」「お前パンクロッカー向いてねえよ」 27
カツは棚の下から大量の無期限クーポン券を取り出し、正吾の前に置いた。「今度は嫁さんと一緒に来な。サービスしてやるよ」「うん。ありがとう」そうして正吾は、再び味噌カツと向き合った。だが、ややあって顔を上げた。「なあ、カツ」「ン?」「もし、お前さえ良かったら……」 28
「待て」カツが正吾を制した。怪訝そうに見る正吾をよそに、カツは油断なく周囲に視線を走らせている。やがて彼の両の手首が、金属質な音を立てて落ちた。機械のジョイント口めいたその断面から、赤黄色く粘ついた、汚穢な液体が滴り落ちた。「カツ、どうしたんだ?」「静かに」 29
カツは屈み、棚の下に腕を差し込む。がちりと音がした後に腕を抜くと、そこには研ぎ澄まされた刀が如き爪があった。それはまさしく、牙探偵社の探偵…牙に備わるものである。「カツ?」「外に何かいやがる。それもかなり多い」歪んだ声は低く、その中に鋭い殺意があった。 30
瞬間、店の扉が破れ何かが雪崩れこんできた!「殺ッ!」同時にカツは飛び出し、現れしものに爪を揮う!一撃、二撃、三撃!次々と来たるそれは、刃の腕持つ肉で出来た人形としか呼べぬ何か!「何だ、コイツら…!」粗方を斬り伏せたカツが困惑した。これらは、明らかに害意を持っていた。 31
「わからねえけど…ヤベえ!逃げるぞ正吾ッ!」「う、うん!」ギターケースを掴み、二人は飛び出す。その瞬間、新たな肉人形が襲撃!「殺ッ!」カツはこれを容易くスライス。だが彼は、人形が開けると共に眼前に広がった光景を見、驚愕した! 32
大通りを埋め尽くし洗い流す肉人形の群れ!そこかしこから火が立ち上り、舐め取るように建物を覆う!飛沫いた血があわいより流れ、肉の大河へと還元される。それに圧されて来た人々が飲み込まれ、人形に弄ばれ、同じものへと変えられてゆく!悲鳴!痛苦!殺戮! 33
「な、何なんだよこりゃ…!」「あ、あぐ…」正吾が震え、うずくまった。その顔は蒼白し、瞳はここではないどこかを見ていた。「正吾?オイ、正吾ッ!」「母さん…父さん…!俺だよ、どうしちゃったんだよ…」「ああクソ」カツは毒づいた。正吾は明らかにこれを知っている。そしてトラウマがある。 34
これが何なのか。正直に言って問いただしたいところだが、今そこをこじ開けるのは得策ではないだろう。「明日香、どこだ?どこにいるんだ」「オイ正吾!」「明日香……明日香!どこにいるんだァッ!」「ああ、クソッ!」カツは正吾の頭に肘を落とし、彼を気絶させた。 35
流れの中から、何体かの肉人形が自分たちを見ていた。正吾の声に反応したのだ。「死んだら恨むぜ、正吾」カツは正吾を背負い、向かい来る人形に相対した。即座の臨戦。時間が引き延ばされ、その中でカツは攻防の趨勢を予見した。「殺ッ!」裂帛と同時に時間が再び圧縮。弾かれるように飛び出す! 36
手近な一体が高みより振り下ろす刃を潜り抜け、その背を蹴る。「殺ッ!」反動で跳び、二、三体目の刃をすり抜けつつ回転。残虐なるフードプロセッサーじみて細切れにする!「ギシッ」四、五体目の挟撃!カツは地面に爪を立て制動すると、そのままアスファルトを切り出し、はぐって盾とした! 37
「殺ッ!」人形の刃がアスファルトに刺さった瞬間、カツの爪が発射された!爪は赤黄色い粘性液体を糸と引きながらアスファルトを砕き、人形を突き刺す。そして爪は汚穢な糸を手繰り、人形をカツの下へと引きずる。カツはそれらの頭を引き抜くと、戻り来た一体目に投擲!粉砕した! 38
五体瞬時殲滅!カツは油断なく残心し、再び肉の流れに向き直った。そこからは、新たな人形が次々とこちらに兵を差し向けつつあった。「勘弁してくれよ」呟きながら、肉の大河が来たりし方へと目を向ける。西の果て。((連中、ターミナルから来たのか?))カツは当たりを付けた。 39
ターミナルは、ニッポン都市の階層移動施設だ。ならば地表か、或いは中層以下からこれは現れたのだ。((だが、コイツらに対しての警報はなかった。中層にゃ企業の何某も多い。企業に気付かれずにこの数が下から来るのは不可能だ))では、これらは地表から来たのだ。 40
((なら、逃げるのは下だ))カツは走り出した。家屋と雑居ビルを駆け上がり、跳び、走る。彼の立てたプランはこうだ。都市管理通路をこじ開けて、そこより中層に降りる。彼は戸籍を持っており、対価を払えば企業の庇護は得られる立場だ。が、万一にこれが都市を埋め尽くしたら? 41
これが計画されたものであれば既に企業は出し抜かれている、或いは何らかの理由で無力化されている可能性が極めて高い。その場合は、中層から伸びる他都市へのサブウェイ路線を辿り脱出する。流石に他都市までの侵食はない…そう願いたい。もしそこまで手が伸びていたら、手詰まりだ。 42
カツがプランを再確認した、その瞬間であった。彼はふと脚を止め、自分が立っている雑居ビルを見た。この中から、悲鳴が聞こえた気がしたのだ。「…何で止まってんだかなあ、俺」彼は大きく溜息をついた。後ろからは、肉人形が迫り来ている。すぐにも肉薄し、攻撃を仕掛けてくるだろう。 43
だが、いま背負うている友は、この状況を知っている。それに深く傷ついている。……友と同じ傷を持つ者が、生まれようとしている。「ッたく。甘いのは出来の悪ィ味噌ダレだけで十分だッつの」カツは深く腰を落とし、迫り来る人形を見た。「来いよ、木偶の坊。遊んでやる」 44
……正吾が目を覚ましたのは、それからきっかり2分後のことであった。「よお。珍しく寝覚めが悪かったな」彼の傍で、歪んだ声が軽口を叩く。「カツ」彼は傷つき、白き鎧は赤く穢れていた。そしてその脇で、膝を抱える少女の姿。「カツ、何があったんだ」「何も。人助けしただけだよ」 45
「人助けだって?」「応。ま、あんなザコ相手なら容易いわな」「よく言うよ。ボロボロだろ」正吾は呆れたように言った。「これからどうするんだ」「逃げる」「その子を連れてか」「当たり前だろ。この子はお前だぞ」カツは、少女を傷つけないようにゆっくりと、小さな頭を撫でた。 46
「この子、目の前で両親を人形に変えられたみたいでな。お前もそんな口だろ?」「…」「そんな子、ほっといていいのかよ」「わかってるよ。けどその為に、君はそうやって傷つく気か」「丈夫なのが取り柄でな。もっと言うと、逃げる間に助けられそうな奴は全部助けるぞ」「君が傷ついてもか」「応」 47
「…何か、俺に手伝えることはないか」「そうさなあ…じゃ、こんなのはどうだ」カツは正吾のギターを示した。「それ、弾けるだろ?」「当たり前だ。練習は怠らない」「逃げながらの特別ライブと行こうぜ」「俺、囮か?」「応。その間になるたけ連中潰すよ」カツは立ち上がった。「いけるか?」 48
「正直めちゃくちゃ怖いよ」正吾はギターを取り出し、肩に掛けた。「けど友人が傷ついてるのを見てるだけって訳にもね」「やっぱお前パンクロッカー向いてねえよ」「俺が正しいと思ったことをやるだけだよ」正吾はピックをギターに宛がう。「取り敢えず、その子を元気づける為にもまず一曲演るか」 49
「いいね。ドラムは任せな」カツは笑った。正吾は足で数回リズムを取ると、ギターを掻き鳴らした。アンプ内蔵ギターから破壊的で、それでいて蠱惑的な音が放たれる。合わせて正吾の喉から、地獄の底から響くような声が飛び出した。泥を啜り、運命を呪い、それでも尚そびえ立つが如き声であった。 50
少女が顔を上げた。頭を振り乱し、ままならぬ現実への呪いと破壊の意志を叫ぶ男を見た。「なにあれ…」困惑する少女。その瞬間、人形の群れが飛び出し来たる。「ひ…」「殺ッ!」カツが動く。破滅的な曲のリズムに乗り、引き裂き、抉り、殴り飛ばす。破壊と殺戮の音がグルーヴを生む。 51
「…センキウ!」ギターからピックを放し、正吾が叫んだ。同時に襲い来た人形が全て倒れ伏し、カツが残心した。少女はぽかんとそれらを見ていたが、彼らの間に流れていた何らかの一体感じみた何かに気圧されるように、小さく手を叩いた。正吾とカツは互いに見合わせ、笑った。 52
「正吾。次の曲だ」「その前に、やること忘れてないか?」正吾が指摘した。カツはばつが悪そうに肩を竦めた。「忘れてねえって。久々の演奏が楽しかったとかねえって」「嘘つけよ」正吾は笑い、少女に手を差し伸べた。「立てるかい?」「う、うん」少女は正吾の手を取り、立った。「いい子だ」 53
「ここからは多分、休める場所はないぜ。今までで一番過酷なツアーになるだろうな」「上等」正吾は汗を拭った。音楽が彼の心構えを強固に固め、その意志をしっかりと樹立させていた。「始めようぜ。ホウイチ・ザ・エクソダス・ツアーをよ」 54
(つづく)
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