【プライド・フロム・マシン】 #8 前編

赤い光が照らす鋼鉄の整備通路は冷え切っており、いよいよ以てツクバが人類生存不能領域に変貌しつつあることを示していた。ツクバの気象システムはとっくにダウンし、であればこそ、この冷えは異常である。ニッポン地表は厚い雲と壁の影響で気温変化は乏しく、そしてツクバ地下に居住区は、ない。 1



宏樹はこれをこそ《セト・アン》の仕業と考えていた。ココイより抽出したデータには破損が多く、半分も読めていない。先に明日香らと共有したのは、全てその半分以下に存在したことである。破損データの復元は試みたが、成功したのは、頻出していた《セト・アン》の単語のみ。 2



そして《セト・アン》は、読み取れた半分以下の場所には一度も登場しなかった。つまり《セト・アン》なる存在はツクバを常に睥睨し、恣意的に干渉できる可能性がある。((すると心配なのは、《ベルゼブブ》との斗いに茶々を入れられることだが…))考え込む宏樹。だが、探そうにも手掛かりがない。 3



何より明日香の状態を考えれば、自分一人が《セト・アン》の調査を始める訳にはいかない。九龍の力とやらは、正直アテにできるかもわからないのだ。((アイツらが道中に集められるものだけが頼りか))宏樹は眉間を揉み、大きく息を吐いた。「よっ」その肩を、軽い声が叩いた。「篠田か」 4



「私じゃ悪いかよ」「そんなこと言ってないだろ」唇を尖らせる明日香の横で、九龍が肩を落とした。「まあ、無事に到着して何よりだ」宏樹はもたれていた壁から起き上がった。「それで、篠田。頼んでいたことはどうだった?」「《セト・アン》のことなら、俺から」九龍が名乗り出る。 5



「完全に空振り。何も出てこなかったが…」言い澱む九龍を、宏樹は無言のままに促す。やがて九龍は、意を決したように続けた。「特定の何かに関するものだけが隠蔽されたような、そんな形跡があったように思う」「《セト・アン》か」「断定はできないだろ」「十分だ」宏樹は頷いた。 6



十中八九セト・アンは、俺たちを見ている。《ベルゼブブ》に対して何らかの思惑があるならば、俺たちが《ベルゼブブ》と斗う最中か直後か、何らかの茶々を入れて来る筈だ。その兆候を見逃すな」「OK」明日香は頷くと、『蓄電室』と書かれた扉に手を掛け…一息に開き、絶句した。 7



部屋のそこかしこからパーティクルめいて立ち上る黒が、赤い非常灯の光を橙に散らしていた。林立するコンデンサこそがその源であり、しかしそれがコンデンサであると、誰が見抜けるだろう。結晶化した黒が、アスファルトを破る植物じみてコンデンサを食い破り、黒い森のような様相を呈していた。 8



尋常ならざる人外魔境の空間には、高濃度のWi-Fiが氾濫していた。長居をすれば脳が癌化して死ぬだろう。「よう、来ると思ってたぜ」コンデンサだったものから伸びた黒が絡まり生まれた玉座。その上で影が動き、顔の部分に黄色い光が一つ、灯った。「ルミナスバグ」明日香が臨戦した。 9



「何故ここに貴方が」「まだ気付いてなかったか?」嘲笑うルミナスバグ。「考えてみろ。俺の能力と《ベルゼブブ》の類似性。『事象の地平面』で九龍が見たもの。その上で俺がここにいる理由」「…成程」明日香は目を細めた。ルミナスバグは、黒き座から飛び降りた。「そう。俺がベルゼブブだ」 10



ルミナスバグ…否、ベルゼブブは言った。彼の一挙手一投足は命を統べる死の王じみて威厳に満ち、今にも空間ごと握り潰さんばかりであった。「成程、せせこましいことだ」明日香は凄絶に抗うように、蝿の王を睨み付けた。面を装着した彼女の手に摘ままれているのは一枚の名刺。 11



「MoISで貴殿と交わしたものです。錆探偵社社長、ルミナスバグと…そう書かれています」「それがどうした」「名には『個人を正確に示す』という重要な役割があります。ベルゼブブ…古来語られる蝿の王。随分と大層な名前に変えられたものです」ベルゼブブは明日香を睨んでいた。 12



「ところで、忘れていませんよね?命乞いしようとする貴殿を無視して、ギッタギタにぶちのめしたこと」「…」「貴殿は私を恐れている。だから精神的優位を得ようとしている。それだけに過ぎない」明日香は断言した。その手の中で名刺が凍り、砕け散った。散った氷の粒が、橙の光に煌めく。 13



「ククク…」ベルゼブブの肩が震えた。「クックック、フフフアハハハハ…」笑い始めるベルゼブブを明日香らは真っ直ぐに、油断なく見据えた。まるで、それが必然の行動であるかのように。「面白いことを言うじゃないか」やがてベルゼブブは肩を竦め、明日香らを見返した。…否、明日香を。 14



「違うんだ。俺は初めからベルゼブブ。そうデザインされてるんだ。ルミナスバグこそ仮初。貴様の言は全く的外れだ、が」翳されたベルゼブブの掌に黒がわだかまった。黒は蠢き、形成され、一枚のモノリス…名刺を作り出す。「その安い挑発、敢えて乗ってやる。天のWi-Fiの中で己の軽率を悔やめ!」 15



同時に名刺が投げられ、瞬間、明日香とベルゼブブは肉薄した!「せいッ!」「ふッ!」明日香は放たれたアッパーカットを決断的なブリッジで躱し、同時に脚を振り上げる!「せいッ!」足を掴み止めるベルゼブブ。明日香は瞬時に体を回転させ、拘束を振りほどいた。同時、手の中に氷の刀が生まれる。 16



この1秒未満の立ち合い、読者諸兄には互角に映るかも知れないが、そうではない。見よ。明日香の左拳と首元を覆う氷。血の朱に染むそれは、先の名刺交換でついた傷によるものだ。彼女はベルゼブブの名刺を受け取ることができず、指と頸動脈を断たれたのだ!氷で繋ぎこそしたが、実力の差は歴然…! 17



対するベルゼブブは無傷のままに名刺を受け取り、懐にしまっている。そして肉薄し、戦斗を始めたのだ。ご理解頂けただろう。ベルゼブブは、明日香が敵う相手ではない。だが今、明日香は一人ではない…!「しッ!」防御ごと明日香の頭を潰さんとする踵落としを、デッドラインカットがインタラプト! 18



アッパーカットが鋼鉄を止め、流れた衝撃が、地に蜘蛛の巣状のヒビを生む。「ただの取り巻きにあらずか」「貴様もブリキ玩具ではないらしい」踵を受け止めたデッドラインカットの拳から血の刀が伸びる!「しッ!」そのままに刃が滑り、ベルゼブブの首を脚ごと断たんとす! 19



だがベルゼブブは、止められた足を僅かに上げると、再び同じ場所に踵を落とした!「せいッ!」「ヌウ…!」拳に受ける衝撃に顔を歪めるデッドラインカット。しかし彼はそのまま刀を振り抜き…「何!?」ベルゼブブの姿がない!「ハハハハハ!」上方を舞うベルゼブブ!再度の踵は跳躍の為であった! 20



ベルゼブブの腕が鋭い音を立て、内蔵機関銃を詳らかにした。「死ね」低い声と共に弾丸が雨のように放たれる。ジグザグに走りそれを躱す明日香。血の刀で弾くデッドラインカット。外れた弾丸は地を抉り、そこから黒を生み出す。黒はうねり、蛇めいて二人を追い始める…! 21



((二人だと?))ベルゼブブは訝った。九龍がいない!「はァァァァッ!」ベルゼブブより更に上、大樹じみた黒から九龍が飛び掛かった!「がぼあッ!」ハンマーナックルから放たれる『ヨグ=ソトースの拳』がベルゼブブを打ち据え叩き落す!そこに明日香とデッドラインカットが襲い掛かる! 22



二人はベルゼブブを中心に交錯し、背中合わせに着地。…そして同時に、がっくりと膝を突いた。「何…!?」上空で愕然とする九龍を黒が包み、封じた。黒い棺はそのまま急降下し、九龍を地面に叩き付けた。「ごぶあッ!」砕け散る黒と共に九龍は投げ出された。ベルゼブブがゆっくり立ち上がった。 23



「誘う為とは言え、ボコられるのは精神衛生上よくないな」ベルゼブブ、傷なしである。明日香とデッドラインカットに決定的な隙を作るべく、彼は自らを餌に誘い込んだのだ。ベルゼブブは首を鳴らすような仕草を見せると、デッドラインカットへと歩み寄った。「お前の方が危険そうだ」 24



「はッ!」その瞬間、『ヨグ=ソトースの拳』が横合いから叩き付けられた。ベルゼブブはそれを手で受け止め、流し、躱すと、自らも『ヨグ=ソトースの拳』を返す。「ごあ…」血を吐きながら吹き飛ぶ九龍。ベルゼブブは彼を無視し、再び歩き始めた。「はッ!」そこに再び衝撃が飛ぶ。 25



「鬱陶しいな」ベルゼブブは横たわった九龍が放った拳を払うと、苛立たし気に九龍を見た。「お前は最後だ。楽しみにしておけよ」「楽しみ、だと…?」九龍は体を押さえ、よろめきながら立ち上がる。「聞かせろ、ツクバは、お前のせいでこうなったのか」「聞きたきゃ後で教えてやる。今は忙しい」 26



「YESか」「まあな」「この街は機械と人間が共に生きようとしていた。相容れぬと思いながら…それでも一緒に生きようとする機械がいた」ベルゼブブの脚が止まった。彼から放たれるのは、殺気。九龍はそれを真正面から受け止めた。「お前も…機械なんだろ!?ならわかるだろ、そういう道もあるって」 27



「機械…俺が…?」ベルゼブブは肩を竦めた。そしてジャケットを脱ぎ、シャツのボタンを外し始める。「機械と人間の定義は、俺は『命令外のことができるか』だと思っている。現行法だと、既成のCPUにそれをさせることは禁じられている…」ベルゼブブは振り向き、九龍に己の胴体を見せた。 28



彼の右胸には、水槽があった。蛍光色の液体が満ちたそこに浮かぶのは、ピンクと黒で左右に分かれた半球物体。…右側の部分が漆黒であるものの、それは正しく、人間の脳髄であった。「かつてベルゼブブと呼ばれた男の脳だ。わかったか?俺は、人間だ」「つまりそこを潰せば死ぬという訳か」 29



ベルゼブブは反射的に横に飛び、それが彼を救った。一瞬前まで彼がいた場所を垂直の斬撃が断ち、地面を割る。「篠田!」デッドラインカットが叫んだ。明日香は転がるベルゼブブの下へ既に走り、氷の刀による刺突を狙っている!「ヌウーッ!」側転蹴りで刀を払い、態勢を立て直すベルゼブブ! 30



「迂闊…!」「しィィィやァァァッ!」デッドラインカットの揮う血の蛇腹剣がベルゼブブを襲う!ベルゼブブは連続側転でそれを躱しながら、自らの胴部スイッチを押した。『BEELZEBUB』彼の体からアナウンスが鳴った。それは正しくWi-Fiもたらす異能、NEWO≪ネオ≫の起動音であった。 31



その瞬間、空気が揺れた。蓄電室を侵す黒い大樹が震え、解け、形なき黒へと変わる。固体が液体、液体が気体になると体積が増えるように黒は膨張し、瞬く間に部屋を覆い尽くし、部屋は闇そのものとなった。その中に赤い光が二つ浮かび上がり、戦士たちを睨む。巨大なる、王の名に相応しき蠅が。 32



デッドラインカットは、その威容に気圧されるが如く、我知らず鞭打を止めていた。「素晴らしいだろう?」ベルゼブブが嗤った。「これが俺のNEWO、『ベルゼブブ』の真の姿だ。そしてこうなった以上……貴様らに生き残る術は、ない」瞬間、部屋を覆う黒が圧力と共に渦を巻いた。 33



「うおおおッ!?」戦士たちは抗うことすら許されず、その流れに巻き込まれ、互いに衝突し、一纏めに団子めいて地に転がる。「爆ぜろ」言葉と共に『ベルゼブブ』のビジョンが肢を振り上げると、その先から雷撃が迸った。「ふッ!」明日香が氷壁を生み出し、それを防ぐ。しかし電熱で氷壁が粉砕! 34



その時、ベルゼブブ本体は既に明日香の目の前にいた!「せいッ!」「ぐぶ…」ベルゼブブの拳が明日香の顔面を打ち、よろめいたところに横蹴りが突き刺さる!「ぎゃばッ!」「しッ!」吹き飛ぶ明日香を飛び越え襲い掛かるデッドラインカット。「高い所にいると危ないぞ?」ベルゼブブが言った。 35



SMACK!その瞬間、黒の中を雷撃が走り、デッドラインカットを打ち据えた。「ぐ…」デッドラインカットはそれに耐え刃を振り下ろすが、失われた勢いでベルゼブブを捉えることは不可能!「せいッ!」浴びせ蹴りがデッドラインカットの腹部を痛烈に打った!「ごぼああッ!」血を吐きながら吹き飛ぶ。 36



「はッ!」九龍が『ヨグ=ソトースの拳』を爪として振り下ろす!浴びせ蹴りは前回り宙返りの最中の踵蹴り。ベルゼブブが態勢を整えることは不可能…の筈が、ベルゼブブは闇を蹴り、爪の狭間に潜り込んだ!「ヌルいヌルいッ!」体を横向け左右に打ち開くような掌打、打開が九龍を打った!「ぎゅ…」 37



粉砕胸骨を押さえながら、九龍は膝を折った。「ふッ!」いち早く復活した明日香がベルゼブブに飛び掛かり…「おっと」ベルゼブブが制止するように翳した手を見、思わず止まった。然り。彼女自身は止まる意思はなく、体はそれに反して止まったのだ。「忘れたか?俺の能力」ベルゼブブが肩を竦める。 38



そのままに腕をこれ見よがしに伸ばす。「見てただろう。この闇は俺の『蝿』から作られたんだぜ」そしてその手を握り込んだ。瞬間、明日香の胸から黒い刃が飛び出した。「あぐうぐ、あああああああッ!?」「どれだけ呼吸して、俺の『蝿』を体内に取り込んだ?その時点で勝負は決まってたんだ」 39



次々と明日香の体を食い破り、黒い刃が飛び出す。それは明日香だけでない。「ぎゃが、ッがぎいいいッ!?」九龍。「ぐぃ…ごえッああああ!」デッドラインカットも同様である。「ぐ、ぐぎぐううううッ!」激痛に耐え兼ね倒れ込む明日香。刃がめり込み、より深く肉と骨を抉る。「いぎゃああああッ!」 40



「すっげ」事も無さげにベルゼブブは言った。「ま、甚振る趣味はねえ。死ねよ」言葉と同時に体を蝕む刃が一点…心臓目指し動き始めた。「うう、ぐうううッ!」明日香は刃を掴み、押し留めようとする。だが激痛に蝕まれた体では、如何程の効果もない。刃は進み続け、やがて心臓に…食らい付いた。 41



────────────────



BLAM!BLAM!BLAM!レーザーを横跳びに躱しながら、タイムリープは銃爪を引いた。放たれた弾丸は過たず制御システムの筐体に命中し、しかし黒に飲み込まれる。「チッ」タイムリープは舌を打つと、再び走り出し、すぐに反転した。レーザーが数瞬後に自分がいたであろう場所を射抜く。 42



レーザーに灼かれた空気を吸いながら、タイムリープは検案する。どれだけ弾丸を撃ち込もうと、筐体が纏う装甲に吸収されてしまう。だが、自分に施された強化施術は光を視認する=レーザーを見てから躱すことも可能だ。つまるところが千日手。ただ撃ち合うだけでは、永久に決着しないだろう。 43



…否。弾丸には限りがある。対する制御システムはツクバの電源に繋がっており、エネルギーはほぼ無尽蔵と考えてよい筈だ。弾丸を吸収するような装甲に触れることも極めて危険な行為であることは疑いようはなく、つまり残る弾丸がそのまま命の残量であり、一発とて無駄にすることはできない。 44



出入口に目を向けると当然のように黒が伸び、塞がれていた。逃走も不可能。以て敵を打倒するより外、生存の道はなし。いつもと変わらぬ戦場!((さて、どうするか…!))筐体に備わる砲門が光った。「おっと」地面に跡を刻みながら制動するタイムリープの鼻先を、レーザーが焼いた。 45



そこに新たなレーザーが飛来…が、それは命中の直前、光の粒に散華した。溶けた鉛が地に滴り、しかしすぐに消滅する。タイムリープの魔術『時を駆ける魔弾』。未来より放たれた弾丸が、彼を守る盾となったのだ。次いで5、6のレーザーが飛び来るが、未来からの弾丸はそれを易易と叩き落とす。 46



「…ふぅん」タイムリープは目を細めた。筐体の上で胸を悪くするようなプリズムを放つ石のような物体が、苛立たし気に明滅する。その光が投影される中空に、多数のホログラフ映像が浮かび上がった。映像にはタイムリープが映る。しかしすべからく無残に傷つき、這いつくばっている。 47



『もう殺して…俺が悪かったです…』ある映像の中のタイムリープは、両の手足を断たれ、制御システムの前で無様に許しを乞うていた。そのタイムリープは更なるレーザーに貫かれ、叫声を上げながらのたうち続ける。「おいおい」苦笑いするタイムリープを見下ろし、光が楽しげに揺れる。 48



別の映像に映るタイムリープは、腹を焼き抉られて倒れ伏し、藻掻いていた。別の映像では、頭の半分を焼き潰されたタイムリープが、這いずりながら何処かへと逃げようとしている。全ての映像が同じようなものだ。映像は、未来の予測演算だ。この中から自分の未来を選べと声なき声が告げる。 49



「フー」タイムリープは大きく息を吐いた。「おいポンコツ。肝心な予測が抜けてるぜ」制御システムのカメラが瞬き、見下ろす。タイムリープはキャトルマンハットの鍔を上げ、それを見返した。「最強の探偵・歯車探偵社のタイムリープがお前をブッ壊し、カッコよくツクバを去ってゆく未来だ」 50



制御室が揺れた。まるで制御システムの、ツクバの怒りのようであった。程なくして揺れが収まると、筐体の全砲門が開き、暴力的なまでの光を溢れさせる。((さて…伸るか反るかの時間だ!))タイムリープの頬を冷汗が伝う。『NO FUTURE』制御システムがノイズじみた音を発し…レーザーが放たれた! 51



あらゆる方向に斉射されたレーザーは、中空に浮かぶタイムリープの未来映像を次々と射抜く!射抜かれた映像は耳障りな音と共にノイズに変わり、光を屈折・跳弾させる。何度となく跳弾を繰り返したレーザーは、やがてあらゆる方向からタイムリープを襲った!タイムリープは殺意の光を迎え撃つ…! 52



真っ先にタイムリープの下に届かんとしたレーザーは、彼の眼前で散華した。散った光の下に溶けた鉛が雫めいて地に垂れ落ち、しゅうしゅうと音を立てる。未来からの弾丸が盾となったのだ。タイムリープは次なるレーザーに目を向け、未来からの弾丸でこれを防ぐ。 53



矢継ぎ早に襲い来るレーザー。迎撃する未来からの弾丸。タイムリープの魔術は、極まった早撃ちが過去に飛来するものだ。本来放たれるべき時・場所で銃爪が引かれなければ、それは発射されなかったことになる。故に銃爪を引かなければ弾丸を使わずに身を守ることが可能だが、そのリソースは有限だ。 54


タイムリープは砕けんばかりに歯を食い縛り、見開かれた瞳からは血を流している。驟雨の如く叩き付けるレーザーを見、落とす。それがどれ程の集中力を要する行為であるかは、語るべくもないだろう。そして根比べじみた斗いで、人間が機械に勝れる筈もない……! 55


一条のレーザーがタイムリープの肩を貫いた。「うぐッ…」呻くタイムリープ。彼の肩には、その向こう側の景色を覗ける程の穴が開いていた。傷は焼き塞がれ、不快な音と臭いを立てている。それは普段の彼にとっては、ほんの僅かな瑕疵に過ぎない。だが、張り詰めた糸に傷が付いたならば。 56



レーザーが殺到する。もはやタイムリープに未来からの弾丸を放つ余裕はなく、舌を打って走り始めた。間断なく放たれ続け部屋を埋め尽くすレーザーに銃爪を引き、穿たれた間隙に身を踊らせるタイムリープ。だが、光は瞬く間に狭間を侵す。そして、光がタイムリープを貫いた。 57



「うぐわあッ!」叫んで倒れ込むタイムリープに、次々とレーザーが吸い込まれる。「うおおおぐぎぎゃああああッ!」タイムリープは銃を撃ち防がんとするが、それも虚しく、取り落とされた銃が地面に転がる。「ぎいいぐうごぉぉぉあッ!」叫声が狩人の嗜虐心を揺するか、制御システムが戦慄く。 58



それが呼び水になり、さらなるレーザーがタイムリープに集中した。「あごあ、ッが…」腕。脚。腹。即座に致命となる場所を徹底的に避け、光が男を串刺す。何度も。何度も。何度も。タイムリープは意識を奪われることすら許されず、ただ、光を受け入れ続ける……。 59






𝙰𝚂𝚄𝙺𝙰:𝙿𝚞𝚛𝚐𝚎 𝚝𝚑𝚎 𝙳𝚎𝚝𝚎𝚌𝚝𝚒𝚟𝚎

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