【プライド・フロム・マシン】 #1

ガッ… 1



ガッ、ピガッガッ… 2



ピガガー! 3



…放送をご覧のみんな、こんにちは!窮極実験素敵都市ツクバへようこそ!僕はガロ。ツクバを管理する最強管理無敵AIさ!これからみんなに、ツクバについてお話させてもらうね! 4



窮極実験素敵都市ツクバ。『海外』の都市と同じドーム構造を持つこの街は、『鎖国』以前から続く学術都市なんだ。多額の費用を投じて様々な研究が行われるここは、ニッポン技術の最先端!ここで生まれた技術がニッポンの明日を支える糧となり、この国を牽引しているんだ。管理AIとして鼻が高いよ。 5



例えばロボット工学。君たちの街でもロボットを見掛けることは多いと思う。けど、この街は間違いなく、その比じゃあない!最新のAI(僕には劣るけどね!)を搭載されたロボットが学校で教鞭を執り、路上でパフォーマンスをする。街を巡視し、赤ちゃんの世話をする。人間とロボットが完全に共生する。 6



この街では、人間と機械は対等な存在だ。共に手を取り合って、より良い未来を目指す仲間なんだ。それがいい事かはまだわからない。けど、僕はとても、とてもいい事だと思うよ。何せ…君と会うことが出来たんだからね!『科学の作る明日、ツクバ・シティ』………… 7



…来訪者向け案内放送を繰り返す街頭ディスプレイに目を向ける者はいない。燃焼する車。累々する人間の屍をすり抜けて、息を切らせて一心不乱に走る男が一人。彼を追うように、人型警邏ロボットが多数。ロボットが持つ空間断裂アックスには、人間の血と肉の屑がこびり付く。「殺ス…人間…」 8



男は屍につまずき、転んだ。倒れたまま這うように逃げる。「やめろ、やめてくれ…」「殺ス」「殺ス」「人間」「「「殺ス」」」機械は、無感情に言った。行く手を燃える車に塞がれた男が手を伸ばした。「やめろって!俺は機械技師だ、お前らのバグも…」機械は斧を振り上げた。「ぎゃあぁぁぁッ!」 9



────────────────



天井のシミも数えきってしまった。終わるまでの時間をどう潰そう。お腹の中で動くものが気持ち悪い。一心不乱に前後する男が穢らわしい。痛みを切り落としても、それを見ぬふりはできない。どれほどの時間が経っただろう?既に数十年にもなるかも知れない。苦しみは、無為に時間を引き伸ばす。 10



パパが会社を出奔した。多くを語りはしなかったが、『もう耐えられない』と何度も繰り返していた。最初はいじめやパワハラの類かと思ったが、下層の腕利き探偵を雇っての逃避行が始まった時、ただごとではないとわかった。パパは、会社の機密を持ち出していた。だから、刺客が差し向けられた。 11



刺客は強かった。雇われた探偵の誰よりも強かった。私はその姿を見なかったが、探偵たちの断末魔だけは耳にこびり付いた。『クソが!やってられるか!』探偵たちは逆上し、パパを殺した。パパは死ぬ前、何も言わなかった。ただ、全てが終わるかのように安心した顔を見せただけだった。 12



それからママとお兄ちゃんが殺された。私だけは殺されなかった。慰み者とする為に。探偵たちは企業から逃げながら、代わる代わる私を犯した。行為はエスカレートし、爪を剥がされたり、歯を抜かれたり、白目に針を刺されたり、変なものを入れられたりもした。怖くて痛くて、逆らえなかった。 13



お腹の中で男が震えた。遠慮なく吐き出される欲望にも慣れてしまった。むしろ、これくらいならマシだ。痛いことをされずに済むなら。目の前に、さっきまで自分の中に入っていたものが差し出される。男は何も言わない。何かを言わせたら、また痛いことをされる。私は、何も言わずにそれを口にした。 14



その時だった。「せいやーッ!」部屋の外で裂帛が響いた。同時に、何人かの断末魔が聞こえた。「な、テメ」「せいやーッ!」「チゃ!」「せいやーッ!」「にュッ」「せいやーッ!」「ばばがァ」殺戮が続く。「あ…ああ…」私を犯していた男は、恐怖に震えていた。男は私を立たせ、盾にした。 15



勢いよくドアが開いた。入ってきたのは、黒く長いポニーテールをなびかせた…青年?女性?わからない。ただ、『鎖国』前の番組アーカイブで見た本物の月のような美貌を持っていた。銀の右目と金の左目で部屋を見回す度ポニーテールが揺れ、差し込む光を血のような赤に照り返していた。これが刺客。 16



「う、動くんじゃねえッ!」「せいやーッ!」探偵が叫ぶと同時に、刺客は強く踏み込んだ。床が爆ぜ、浮き上がった瓦礫を蹴る。瓦礫は壁と天井を跳ね、私を盾にする探偵の頭を粉砕した。私に掛かった血の温度は覚えていない。ただ、刺客の鮮やかな手並みに見惚れていた。 17



「一つだけ質問するぜ」いつの間にか近付いていた彼(声が男性のそれだ)は、私の鼻先に指を突き付けた。「アレについてどこまで聞いた?」「アレ…?」辛うじて絞り出した言葉に、彼は満足げに頷いた。「知らない、OK。それなら、おれはキミの救助隊だ」「え…」 18



彼はジャケットを脱いで私の肩に掛けると、通信を始めた。彼の声は屍山血河にあって明るく、楽しげだった。まるでスクールで友達と話す時のように、或いは家族に一日の出来事を話す時のように。自然で飾らず、そして強固だった。アクションする度にポニーテールが揺れ、流れる血色が鮮やかだった。 19



「うし、終わったぜ」彼は携帯端末をしまうと、私に手を差し伸べた。「立てるか?」「あの」「ン?」「私を弟子にしてください」口を突いて出た言葉に、彼は銀の右目と金の左目を瞬かせた。予想外だったようだ。私だって、自分が反射的にこんなことを言うとは思わなかった。だが、きっと本心だ。 20



彼は亀裂のような笑みを浮かべた。それは瞬く間に深まり、鮫のように広がる。そして。「だぁーッはッはッはッはァ!」地を揺らさんばかりに哄笑した。仰け反り、唾を撒き散らし、心底から楽しそうに。やがて彼はバネ仕掛けみたいに跳ね起き、顎を擦った。 21



「中層育ちのお嬢様ッて聞いてたけど、まさかそんな発想出してくるとは。いや、それだけのことだったのかね」彼は無理矢理に私を立たせると、手を引いて歩き出した。脚が長い上にスキップ混じりであり、私は半ば走るようだった。だけど、羨ましい。私も彼のように。こんな風に笑いたい。 22



「おれはディーサイドクロウ。オマエは?」彼の問はやはり明るかった。そこに含まれるポジティブな響きが心の中に染み入る。彼の下で修行すれば、私もきっと強くなれる。どんな理不尽や残酷にも負けない。そんな気がした。「篠田 明日香」口元が緩んでいることに気付いたのは、名乗った後だった。 23



───────────────



目覚めた明日香が見たものは、知らない天井だった。毒々しいまでに白いそれに嵌められたLED電灯も白。この天井自体には確かに見覚えがないが、類似した構造には覚えがある。((病院…?))明日香は体を起こした。広い部屋にはベッドが一つ。自分の腕に繋がる機械と多数の血痕、見覚えのある人影。 24



「原?」胡座を掻いて俯く影は、明日香の呼び掛けにビクリと体を震わせ、焦点の合わぬ目を上げた。「篠田、起きたか」「こっちの台詞なんだけど。鼻毛出てるよ」原 宏樹は顔を顰め、鼻毛を抜いた。「痛ッ!」「なんでアンタがここに?と言うかどこよココ。そも…」「話すから質問はその後にしろ」 25



宏樹は掻い摘んで説明した。ディーサイドクロウの命で明日香のサポートに来たこと。MoISで明日香を於炉血から助けたこと。明日香がツクバに自分を導いたこと。そしてツクバ中央病院到着より48時間が経過したこと。明日香はそれらを聞き終えると、考え込むように膝を抱えた。 26



「於炉血、か」「於炉血だな」宏樹の適当な相槌を無視し、明日香は自分の顔を指でなぞった。腕と顔には独特の痒みがある。再生医療の痕跡であり、於炉血によって一度それらは失われていたことを何より雄弁に語っていた。「怖かった」「…」「死ぬのが怖かった。私が殺した人も…そうだったのかな」 27



「篠田、お前…」宏樹は、信じられないものを見るような目で明日香を見ていた。「恐怖なんて感情を持ってたのか?」「はぁ!?どういう意味だよそれ!」明日香は腕に繋がるケーブルを千切り、食って掛かった。「人を殺人機械みたいに言うんじゃないよ!」「どっちかと言うと猪武者だな」「はぁ~!?」 28



明日香は唇を剥き、シャドーボクシングを始める。「あったま来た!かかって来いよ、ギタギタにしてやる!」「こんな時に付き合ってられるか」宏樹は明日香にスーツを投げ渡し、背を向けた。「とっとと着替えろ。一刻もここを早く出るぞ」「ちょっと!逃げるの!?」「いいからさっさと着替えろ」 29



明日香はむっとしながら服を開いた。しかし宏樹は沈着の男であり、その彼がいやに急かすことが気に掛かった。「終わったか」明日香がスーツのボタンを止め終わると同時に、宏樹は振り返った。明日香は強く見返す。「出る前に方針を決めるぞ。まず、お前はどうしてツクバに来ようと?」 30



「九龍…粛清の渦中にいるクローンレイブンが攫われたんだ。たぶんツクバに…」携帯端末を取り出し、確認する。発信機は、ツクバ・シティの中にあった。「いる」「最優先はその奪還か」「うん」「こいつはどうする」宏樹はガスマスクめいた面を取り出す。於炉血に破壊された明日香の装備であった。 31



「貸して」明日香は受け取り、確認する。ネオギア。脳に特殊なパルスを与え、アクセルトリガーと呼称される異能の行使を可ならしめる新兵器。その心臓とも言うべきチップは無事だ。直せる。「これの修理もしたいかな。幸いツクバは機械が豊富だし、いけるでしょ」「いけるかねぇ」宏樹は呟いた。 32



「原こそ随分と弱気じゃん」「そうもなる」宏樹は、部屋に広がる血痕に目を向けた。「さっきは茶化して悪かった。死ぬことが怖いかどうかなぞ、当人にしかわからん」「…」「ツクバ・シティは死んだ。そこに恐怖があったかは、自分で確かめろ」宏樹は部屋を出た。明日香も無言で続いた。 33



部屋の外は、ガラス張りの廊下だった。床、壁、天井。全面のガラスの向こうにはカメラめいたレンズが並ぶ。廊下の先には、シェルターじみて重厚な扉。「何ここ。本当に病院?」明日香は首を傾げた。宏樹は酷く乾燥した空気を舐め、舌打ちした。「…ここまでやるかよ」 34



その瞬間。廊下の先で、壁から一本のレーザーが迸った。レーザーは空気を焼きながら明日香らに迫る。「ここマジで病院!?」「退がれ、篠田」レーザーが回転した。光は回りながら枝分かれし、極殺網となって行く手を塞ぐ。それは、明日香らの背後からも襲い来る。宏樹は、一歩前に進み出た。 35



懐からナイフを逆手に抜く。歪みなき三日月型、弧の外側に突起めいたハンドルの付いたそれは、シャイニングと呼ばれるタイプのカランビットナイフだ。「しッ!」宏樹は正面より迫る網レーザーに向け、刃を揮った。銀の軌跡が光を断ち、網に穴を開ける。「美事」「まだまだだ」穴を抜け前進する。 36



廊下の先から、光の網が次々と襲い来る。しかしそれらは銀の一刀にあえなく食い破られ、獲物をすり抜けさせてゆく。明日香はそれを見、歯噛みした。宏樹は自分よりも強い。何故ディーサイドクロウは宏樹ではなく、自分を監査官代理に任命したのだろう?彼なら、自分よりも上手くやってのける筈だ。 37



明日香の胸が痛んだ。於炉血は、ディーサイドクロウと面識があるかのようであり、そして監査官代理のことを待ち望んでいるように見えた。MoISの斗いを想起する。生贄。そのような単語が頭を過ぎった。「何してる」両断された鉄扉の向こうで、宏樹が手招きした。「さっさと来い」「あ…うん」 38



明日香は扉を潜る。鉄扉は厚く、硬い。それを一刀の下に裂く業前。自分には未だ届かぬ領域であった。「原」俯きがちに明日香は言った。「なんで私が選ばれたんだろう」「自分が班長に生贄にされたとでも思ったか」宏樹は見透かしたように言った。「それも考えたが、まあ有り得んな」「どうして?」 39



「第一。回りくどすぎるだろ」宏樹は断言した。「あの人がそのつもりなら、戦争でも起こした方が手っ取り早い。サンゼンレイブンより班長の方が強いぞ」「それは…確かに」明日香は肩を落とす。ディーサイドクロウがニッポンと敵対すれば、瞬く間にニッポンは生存不能領域と変わるだろう。 40



二人は歩き始める。レーザー廊下の先は、一般的な病院の廊下だった。血の朱に染むことを除けば。「第二は?」「ヴィマーナの連中が町田にいる」瞬間、二人の間に緊張が走った。「なんで、奴らが…?」「わからん。だがヤツらがいる中で、ニッポンの潰滅など公言するのは愚かどころの話じゃあない」 41



「班長には未来予知がある。仮にニッポン潰滅を狙っていても、このタイミングでは有り得ない…か」明日香は顎を擦った。電灯が音を立てて明滅する。病院に、人の気配はない。「じゃあ、於炉血は何者なんだろう。九龍はどうしてここに連れて来られたんだろう」「それこそ調べるしかない」 42



「調べる、か」「翌0時、自衛隊がツクバ殲滅戦を決行する。それがリミットだ」「殲滅戦?」「ああ」宏樹は頷いた。暴走した機械が人間を襲う。それらは構造物を作り変え、悪意に満ちた罠とすることもあるのだ。「なら、さっきのレーザー廊下ってひょっとして?」「ああ」「成程、捨て置けないね」 43



ロビーを抜け、病院の外に出た。ドームの天蓋に描かれた青空は、ノイズに塗れ濁っている。崩れたビルの鉄筋には人間だったものが突き刺さり、胡乱な瞳でそれを見上げる。道路には亀裂が走り、燃え盛る車がオブジェとなって点在していた。広がっていたのは、荒廃そのものだった。 44



…ガロは滅んだ都市を見下ろしていた。視線の先では、狂った機械が守るべき人間を引き千切り、串刺している。今、この場にいるの彼はホログラムであり、それを止める力はない。管理AIの力は、もはやこの都市には及ばなかった。機械で作られたような黒い犬が、ガロの傍らに座った。 45



…ツクバが死んだ時、一人の少女が生まれていた。流れる銀の髪を人工風に靡かせる彼女の足元には、人間、機械の別なく屍が累々する。彼女は努めて無関心を装うように、その間を歩く。その足取りは、風に飛ばされてしまいそうな程に脆く、儚い。少女は己の名を《ルシファー》と定義していた。 46



…ルミナスバグはモニターを眺め、苛立たしげに進捗率を見守っていた。モニターの横で座らされた九龍には、用途も不明な機械が幾つも接続され、白目を剥いて痙攣している。「ああ、くそ」解けそうになった九龍の拘束を、ルミナスバグは直した。その手間が、より彼を苛立たせた。 47



…タイムリープは、バーボングラスを握り潰した。直後、崩落したBARの扉を破り、カメラアイを真っ赤に輝かせた機械の群れが入り込んでくる。「人間…殺、殺…」「いい気分が台無しだぜ」ぼやきながら、義手の調子を確かめるように、懐の拳銃に手を掛けた。 48



…メンテナンス工場で目覚めた2機の警邏ロボットは、自分たちの他に仲間が全くいないことと、本部との連絡が取れないことを不審に思った。ツクバに緊急事態が発生していることに気付き、人間とツクバを守る為、出動を決意する。だがその時、工場に逃げ込んでいた、一人の女の子を発見した。 49



ツクバにはいくつもの命が残っている。それぞれの生を全うすべく抗う彼らを嘲笑うように、ドームの空はノイズを走らせた。「人間、発見」それを見上げる明日香らの前に、殺意に満ちたロボットの群れが現れた。宏樹がナイフを抜き、明日香は構えた。再び空にノイズが走り、瞬間、二人は走り出した! 50






探偵粛清アスカ

【プライド・フロム・マシン】 #1






ニッポン滅亡決定まで:109時間



(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る