第60話 人生終了【ざまぁ】

「なんなんだよ! なにが起こってんだよ!」


 利き腕をわなわなと震わせ、狼狽える日下部に俺は静かに告げる。


「弦と矢がエアだから威力がエアだとでも?」

「くそったれがっ!」


 懲りない日下部は夕霧の背中をドンと押して、ナイフを拾い上げようとしていた。


「俺の後ろに隠れてて」

「うん、気をつけてね、八乙女くん……」


 俺は夕霧の手をしっかり掴むとダンスを踊るかように前後のポジションを入れ替え、振り向きざまに矢をつがえる動作に入る。


 第3射を撃つ用意を済ませ、ナイフに向かって放つとキーンと甲高い音が周囲に鳴り響き、ナイフは柄と刃で真っ二つになっていた。


「ひいっ! 馬鹿な、ナイフが勝手に砕けるわけがあるかっ」


 ナイフを取ろうとしていた左手を慌てて引っ込め、割れたナイフにつっこみを入れる日下部だった。


 俺の後ろに隠れてて、背中を掴む夕霧の手が震えている。それを感じ取った瞬間、俺の怒りが頂点に達する。


「おまえは俺を怒らせた。ひとつ目は停学、ふたつ目は夕霧を離すよう促した。更正の機会を2回も与えてやったのに、それを無に帰して夕霧に乱暴しようなんてクズにもほどがある」


「ははは、おれがサツに捕まったところで未成年だ。この程度ならワンチャン保護観察で済むんだよ、バーカ!」


 周防の入れ知恵なんだろうな、日下部が偉く強気出られるのは。おそらく弁護士も周防グループが用意する手はずなんだろう。


「そうだな、この程度の暴行では残念ながらおまえを重い罪には問えないだろう」

「そうだ! 八乙女、おまえがいくら金持ちだからって、おれを潰せるわけがないん……ぎゃぁぁぁぁーーーー!!!」


 なにをもって潰せるとか潰せないと考えてるんだろうか? 俺は躊躇なく、日下部の左腕に矢を放った。


「俺の放った怒りの矢のことを忘れたのか? こいつは俺が死ぬまでおまえに刺さり続ける。俺が抜いてやるまでな。おまえは一生、矢ガモのように見えない矢が刺さったままだ」


 矢も見えず、血も出ないが痛みはホンモノ。


「ど、どんなトリックを使ってやがんのか分かんねえが、生憎おれはこんなつまらねえところで終わるわけにはいかねえんだよぉ!」


 日下部はいきなり踵を返して廊下を走り出す。


「待て! 待たないと足を撃つぞ!」

「待てと言われて待つバカがどこにいんだよ!」


 仕方ないので俺は逃げる日下部に矢を放つ。俺は日下部の右膝を狙ったのだが……、


「ぎゃうーーーーーーっ」


 凄まじい叫び声が響いた。


 日下部が変な走りかたをするもんだから、俺の放った矢は奴の股間にってしまったのだ。おそらく奴の生殖機能は損なわれてしまっただろう。


 俺が日下部の下へゆくと股間を両手で押さえながら、日下部は涙ながらに懇願してきた。


「た、頼むぅぅ……や、八乙女、いや八乙女さまぁ……なんでもするから、この痛みを取り除いてくれぇぇ……」


「おまえは夕霧が雅人におまえが寝取ったことを言わないよう懇願するのを無下むげにした。それどころかもてあそぶだけもてあそんで、妊娠した彼女を放置したんだ。そんな奴を許せるわけないだろ」


「は? おまえはなにを言ってるんだぁぁ! おれはそんなことやってねえ!!!」

「そうだな、さっきのは俺の独り言だ。忘れてくれ」


 そう、俺の言ったことはゲーム内で日下部が起こしたことに過ぎない。


「だったら、このわけの分からねえもんを抜いてくれよぉぉ」


「それは無理な注文だな。どうせ俺の矢が抜ければ、また女の子が不幸になるのは分かってる。さっきも言った通り、おまえの矢は一生抜くつもりはない」


 だが再構築されたこの世界で、日下部がまた愚行を犯さないとは考えられなかったのだ。


「こんなことをして、許されねえぞ! 絶対に訴えてやるっ!!!」


「さっき日下部は大した罪に問えないと言ったな。俺の不射之射はいわば呪いみたいなもんだ。中世ならいざ知らず、現代の法律で呪いは罪に問えない」

「そんなことが許されてたまるかぁぁーーー!!」


 ほぼ形がついたところで生徒を避難させていた先生たちが刺股を持って、ぞろぞろとやってきた。


 身体に見えない矢が刺さったままなので、日下部はずるずると床を這いつくばり、泣きわめきながら叫んだ。


「だ、誰か、す、周防を、周防を呼んでくれ! あいつがすべて仕組んだことだ。『うちがぜんぶ保証したるさかい、思い切りやってきいやぁ~』って言ってたんだよぉ!!!」



 しばらくして周防が現場に呼ばれたのだが……。


「え? うちがこの男にそないなこと言うたって? 冗談きっついわぁ。顔も見たことないし、ましてや女の子を誘拐まがいのこと、せいなんてひとことも言うてへんわ」

「ウソだっ! 証拠だって、ここにある」


 日下部がもぞもぞとポケットを指差すと若い教師が恐る恐るポケットからスマホを取り出した。


「おい、ロックの解除方法は――――」


 若い教師が日下部に訊ねようとしていると教師が片手に持ったスマホを周防はスッと取り上げる。



 バギッ!



 華奢な手に握られたスマホはあろうことか、ぐしゃぐしゃに潰れてしまっていた。


「あかん、やっぱ安物はすぐ潰れてしまいよる。これやから嫌なんやわぁ、貧乏人は! ほな、うちは行きますえ」


 潰れたスマホを日下部の前に投げ捨て、教師たちがあ然とするなか、周防は平然と立ち去ろうとしていた。


 若い教師が「おい、周……」と言いかけたとき、中年の教師が肩を掴んで制止する。「あいつに関わるな」とひとこと告げて……。


 周防沙織……。


 自分の手は汚さずに他人を使って、悪事を働く。悪役令嬢なんて言葉が生ぬるい、おまえはただのドブネズミだ!


 あいつがいる限り、ヒロインたちは決して枕を高くして寝ることはできない。俺は周防を完膚なきまでに打倒することを決意した。


 だがあの甘さ……脇が甘い、詰めが甘いというより、考えが甘い。雅人や日下部たちに逆襲されなきゃいいんだけどな。


―――――――――――――――――――――――

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