第10話 バイオハザード【ざまぁ】

――――【若葉目線】


 高校入学初日から変な人たちに絡まれるなんてついていない。いえ、おかげで兄さんと手つなぎ登校できたので良かったのかも。


 でも最も恐れていることがあったの……。


 それは兄さんと違うクラスになり、離れ離れになってしまうこと。兄さんと違う教室で学ぶなど考えられず、そうなればはっきり言って高校に通う意味なんてない。


 違うと分かった時点で私は即刻退学して、結婚したての若妻のように学校を終え、帰宅した兄さんを胸元から覗く谷間、丈の短いスカートでショーツが見えてしまってるえっちなメイド服で出迎えるの。


 ご飯のまえに私を食べちゃう兄さん……。


 そのあと二人で入るお風呂。


 湯船のなかで私の身体を乳房ごとバックハグしてきて、抑えきれなくなった兄さんは……私を。


 ああっ、えっちな妄想が止まらない!



 そんな妄想が捗るぐらい兄さんとしあわせに過ごせるのも、おじさま、おばさまのおかげ。高校入学を決めたとき、おじさま、おばさま……いいえ両親から言われた。


『若葉、入学祝いをやろう。若葉は私たちに一度も欲しいものを言ったことはないだろう。なんでも好きなものを用意してやるぞ』


『そうよ、若葉。遠慮しないでなんでも言ってちょうだいね。お洋服でも、ブランド物のバッグでも、お化粧でも好きな物ぜんぶ買ってあげますよ』


『お父さん、お母さん、本当にありがとうございます。私の望みはただひとつです。それだけ叶えば、他はなにも要りません』


 私は初めて両親からのプレゼントを入学祝いとしてもらった。



 まだ着慣れていない制服の生徒たちが桜並木の校門をくぐり、いったん足を止めて掲示板のまえで自分のクラスを確認している。


 ――――なにあの子かわいい!!!


 ――――アイドルかよ!!!


 ――――天使過ぎる!!!


 私たちも掲示板まで歩いてゆくとそんな声が聞こえてきたけど、新入生に誰かアイドルみたいな子がいるのかな? 


 もしかして、兄さんのこと? 


 だったらうれしい。けどもし菜々緒先輩みたいに兄さんのそばに近づかれると厄介なので、接近を阻止しないと。


「俺と若葉のクラスは、と」


 兄さんが、兄さん自身と私の名前を探していて、私は怖くて目を閉じてしまう。どうか私の想いが叶っていますように、と祈りをこめ、恐る恐る閉じた目を開けて掲示板を見ると……、



 1年A組


 真下 祐介    三木 友那


 八乙女 善行   八乙女 若葉


 矢野 圭吾    湯沢 みちる



 兄さんの隣に私の名前があった!


 私の入学祝いは兄さんと同じクラスになること。両親は裏で手を回して、私のために願いを叶えてくれた。どんな高価な服やアクセサリーなどより、最高のプレゼント。


「やった、若葉とおんなじクラスだよ! これで教科書忘れても、若葉に借りられるな」

「兄さんは馬鹿なのですか? 同じクラスだと貸したら、私が見れないじゃないですか。まったくもう、忘れない努力をしてください」


「まあ、がんばるよ。いやそもそも若葉と席が隣になれば万事オーケーっしょ」

「兄さんと席が隣だなんて、嫌すぎます。まるで私がブラコンみたいじゃないですか!」


 兄さんと机をくっつけて、ひとつの教科書を共有しながら勉強……そんなの絶対に授業なんて耳に入らない!


 私の耳に入ってくるのは、兄さんの吐息、兄さんが教科書をめくる音、シャーペンをカチカチとノックする音、私と兄さんの袖がふれ合いこすれる音。


 最後列でみんなの目を盗んで、兄さんのあれと私のあそこを“くっつけ合いっこ“なんかしちゃったりして……。


 きゃっ!? 恥ずかしい……。


 両親から先生に言っておいてもらおうと思う。必ず隣の席にして欲しい! って。


 私が頬に手を当て、兄さんとのいちゃらぶスクールライフの妄想に浸り、恥ずかしがっていると無粋な声がかかってしまった。


「ハンカチ落としたよ」


 その言葉に仕方なく振り返ると白い歯を見せ、前髪をかきあげながら微笑む男子がいた。背丈は兄さんより低く、身体の線は細い。


 まさか自分がイケメンとか、格好いいとか勘違いしてるのかな? 


 兄さんを知らない女の子ならなびく可能性はあるのかもしれない。


 けど私ははっきり言って無理!!!


 それに見え透いたナンパの手口で誘ってきても、そもそもハンカチ自体、私の物ではないし。


「あれ? キミ、スゴくかわいいね。髪だってスゴく綺麗だ。入学式が終わったら、遊びに行こうよ」

「初対面なのに馴れ馴れしいな。俺の妹が怖がってる」


 私が彼を無視していると初対面にもかかわらず、私の髪に触れてこようとするセクハラ男にとっさに身構えてしまう。


 そのとき、兄さんがセクハラ男の手を振り払い、私を痴漢行為から守ってくれた。兄さんの行動にイラついたのか、痴漢は柔和な顔から兄さんを睨みつけ詰め寄る。


「はあ? おまえは誰なんだよ、名前くらい名乗れよ。それに高校生にもなってシスコンとか、呆れてしまうぜ!」

「俺は八乙女善行だ。おまえの名前は知ってる。稲垣雅人だろ、聞きたくもない有名人だからな」


 キモい行為で有名になるなんて、さすが痴漢男です。兄さんは危ない男から私を守るために情報網を張り巡らせてくれていて、涙が出るほど頼もしいと感じたし、うれしかった。


「ああん、師匠! お待ちしておりました。ささ、早く生徒会長室にいらしてくださ~い」


 兄さんが痴漢退治に本腰を入れようとしたときに現れた菜々緒先輩は朝から盛っていて、本当に気持ちが悪い。


「若葉もいっしょだったの? もう高校生なんだから独り立ちしたら、どう?」


 高校生にもなってお漏らしした人にそんなこと言われる筋合いはないと思ったけど、今日限りで兄さんにつきまとったり、偉そうな口も聞けなくなるのでスルーする。


 私が兄さんと腕組みして、入学式が行われる体育館へ導こうとすると、菜々緒先輩はあろうことか兄さんのもう一方へ腕組みしていた。


「菜々緒先輩はそこにいる人がお似合いなんじゃないですか? 先輩みたいに誰彼なく誘惑するビッチには」


「言ってくれるわね。勘違いしないでね、私は師匠一筋の処女だから。若葉こそ、そこのイケメン気取りを誘惑したんじゃないの? 本当に見る目がないよね~、そこに立ってる男などただのモブ以下だ・か・ら!」


 ふと後ろを振り向くと痴漢男が私たちの会話を聞いており、ぐぬぬと奥歯を噛みしめて歯ぎしりしていたけど、ただの事実に過ぎないし、そこだけは先輩に激しく同意してしまう。



 菜々緒先輩に兄さんを寝取られるまえに遅れてきた両親に預けて、ガードしておいた。先輩は油断も隙もあったもんじゃなく、目を離したら兄さんの赤ちゃんを妊娠してそうで怖い。


 もし先輩が妊娠したとか言いだしたら、お腹のなかを確かめてみないといけなくなりそう。


 そんな私はお花を摘みに兄さんたちに告げて、先輩の生殺与奪を握る場所にいた。舞台袖から小さな階段を下りた控えのための狭い空間。在校生あいさつで先輩は登壇する予定で、私の目の前のテーブルの上には先輩の私物とともに飲みさしのペットボトルがある。


 ごくっ、ごくっ。


 先輩の飲んだお茶の量に合わせたあと強力な下剤を盛り、ペットボトルを入れ替えれば、彼女は羞恥心のあまり、学校を去ることになる……。


 先輩が悪いんです、私の最愛の兄さんを寝取ろうとしたのが……。その罰はきっちり受けてもらわないと。先輩が兄さんをいじめてなければ、こんなことをせずに済んだのだから。


 そのとき舞台袖が揺らめいたような気がしたけど、誰にも見つからずに作戦を決行できたことに安堵あんどしていた。


 していたけど、列に並んで式の開始を待っているとだんだん怖くなってくる。もし、先輩が私のしたことで最悪なことになったら、どうしようと思い直して、ペットボトルを回収しようとしたら、もうすでになかった。



 そうこうしているうちに入学式が始まってしまい申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、見守っていると……、生徒会長の菜々緒先輩が在校生を代表してあいさつしようと舞台にあがる。


 私はやりすぎてしまったことを後悔した。いくら恋敵とはいえ、卑怯なやり方で蹴落とそうしたから。でも演壇で言葉を紡ぐ先輩にはまったく変化なく、お腹を痛そうにする素振りもなく、彼女の在校生あいさつは終わろうとしていた。


 ――――それではこれをもちまして、在校生を代表して歓迎のあいさつとさせていただきます。


 先輩が美しい姿勢で頭を下げ、あいさつの締めの言葉を口にしたとき、事件が起こる。


 ブリュッ、ブリュリュッと、どこからともなく量の少なくなったチューブからマヨネーズを絞り出したような音がしたのだけど、先輩はすでに拍手のなか平然と舞台を下りていた。


 ――――きゃーーーーーーーーっ!!!


 ――――う、うわぁぁぁーーーっ!!!


 ――――こいつ、漏らしやがった!!!


 私のクラスの前のほうから絶叫にも似た悲鳴が聞こえてきたかと思うと、こちらにクラスメートや両隣の生徒が下がってきて、身体が押されて苦しいのを兄さんが壁になり、私を守ってくれていた。


「大丈夫か、若葉!?」

「はい、なんとか……ありがとう、兄さん」


 ざわつく入学式の会場となった体育館。


 異臭が漂い、まるで閉鎖空間に毒ガスでも撒かれたかのような混乱ぶり。ひとりの生徒を中心に新入生たちがサークル状に距離を取り、口にハンカチを当てたり、鼻を摘まんだりしてる様子が見て取れた。


 なかには気分が悪くなった子もおり、先生の許可を取ることなく体育館の鉄の扉のロックを勝手に外して、駆け出ていったりしている。


 サークルのなかから学年主任として紹介された先生が中心でうち震えている生徒に駆け寄り、訊ねていた。


「稲垣雅人!? なんで事前にトイレに行っておかなかったんだ!!!」

「み、見るなぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー! オレを見るんじゃぁぁねぇぇーーーーーー!!!」


 私をいやらしい目つきで見てきていた雅人という痴漢男がなぜか汚物をズボンの裾から垂れ流し、絶叫していた。


 まさかあの男が私が下剤を盛ったお茶を飲んだっていうの!?


―――――――――――――――――――――――

nice b○at.ならぬ、nice Wakaba.

漏らしたのはマサトでしたね、めでたしめでたしw 自ら善行の仇討ちを果たしてしまいましたwww

面白ければ、フォロー、ご評価お願いいたします。


 

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